第16話 看板猫からの依頼
前話でのテレパシーの定義を少し変えました。
私が魔法を使い始めるや、急に鳴き止み、落ち着きを取り戻したミーニャ。そんな黒猫と、この場に漂う異様な雰囲気を肌で感じ、ルナとユィリスは不思議そうな顔でこちらを見やる。
「アリア、何してるの??」
「独り言…には見えないのだ」
テレパシーは、動物といった人の言葉を理解できない者からの意思を汲み取り、かつこちらの言動を相手に理解させることを目的とした魔法。当然、二人には聞こえておらず、傍から見たら、私が一方的にミーニャへ語り掛けている奇妙な光景にしか思えないだろう。
「ねえ、ミーニャ。二人にもミーニャの声、聞かせてもいいかな?」
(構わないにゃ)
可愛らしい見た目に反して、凛々しさに溢れた声質で告げるミーニャ。黒猫の同意を得た私は、早速ルナとユィリスに目を向け、隣に来るよう促す。
両手に花とは、まさにこのこと。両腕に二人の体がぴとっ…とくっつき、同時に女の子特有の甘い匂いが鼻孔を掠めだす。
気づけば赤くなっていた顔を隠し切れず、ドキドキしながらも説明を始めた。
「二人とも、ミーニャのおでこに利き手を翳して」
「うん」
「こうか?」
テレパシーの基盤として、私が生成した魔力の塊。ミーニャのおでこに当てたそれを介すことで、テレパシーを使えない二人にも心の声が届くようになるのだ。
(聞こえるかにゃ??)
ミーニャの思念を汲み取った二人は、自分の耳を疑うような素振りを見せる。
「今の声…」
「なんか、頭の中にスーッと入って来たぞ!」
「よし、成功。今二人が聞いたのは、ミーニャの意思を言葉にしたもの…まあ心の声だと思ってくれればいいかな。私の〝テレパシー〟を使って、間接的にミーニャと会話できるようにしたの」
「へ~!!」
不思議な体験を受け、驚嘆し、心を弾ませるルナとユィリス。そんな二人を余所に、ミーニャは私の方へ向き直って、淡々と語りだした。
(やはり、ニャーの目に狂いはなかったにゃ。信じておったぞ、お前が〝テレパシー〟を使って語り掛けてくれることを)
伝わってきた言葉の抑揚からして、ミーニャの喜ぶ様子が伺える。
人間と間接的な会話ができていることに、あまり驚いてはいないようだ。人間、もしくは他種族と語らうのには慣れているのかもしれない。
私を信じていたということはつまり、ミーニャは私が〝テレパシー〟を使える人間だと分かっていたのだろうか。
「もしかして、初めて会った時…」
(うむ。お前が強い奴なのは、最初から見抜いていたにゃ。歳はとったが、その分人を見る目に長けていてな)
だから、あんなにも執拗に、必死に鳴いていたのだろう。私が何かを察して、話を聞いてくれるまで。
「凄い、今ミーニャとお話してるのよね、私たち…」
「なんか変な感じなのだ」
そして、ミーニャは片一方の耳をぴくりと跳ねさせ、未だこの状況を吞み込めていないルナとユィリスを交互に見やり、
(お前たちも、中々面白い奴らだにゃ。千里眼を持つ弓使いに、潜在能力が計り知れない勇者候補…。これだけの逸材が、こんな世界の端くれで平穏に暮らしていたなんてにゃ)
と、聡明な眼差しを利かせ、各々を評価する。
二人に関しても、ある程度の理解があるようだ。買い被るミーニャに対し、ルナは苦笑いを浮かべる。
「あーいや、私はただ候補ってだけで…。というか、ミーニャ知ってたの?」
(メイヤードという家名は、同族間でよく耳にしていたにゃ。生き残りがいたとは驚いたが…)
一方、賢い黒猫に〝逸材〟だと言われ、ユィリスは得意げに胸を張る。
「ふふん!ミーニャよ、中々見る目があるのだ。いずれ、魔王をも撃ち抜く最強の力を手にするために、私は日々努力しているからな!」
魔王はもういないけど…。
いや、私が死んだことによって、新たな魔王が誕生してしまった可能性は無きにしも非ず。冗談か否かは置いといて、初めて耳にするユィリスの目標に、私は軽く驚かされた。
それにしても、この子――ミーニャは、一体何年生きているのだろうか。
言葉の端々に年の功を感じるし、人を見抜く力に長けているのは、人生経験が豊富な証。小さな見た目に反して、かなり聡明な猫ちゃんであることは確かだ。
(調子に乗るな。ニャーからしてみれば、お前はまだひよっこだにゃ)
と、ミーニャはそっぽを向き、しっしといなした。調子よく鼻を高くしたのも束の間、小動物に軽くあしらわれ、ユィリスの頬がぷくっと膨らむ。
「ひよっこだと…!?ぐぬぬ…一人称が『ニャー』で語尾が『にゃ』の猫に言われたくないのだ!」
「何よ、その返し…」
ボケなのか突っ込みなのか分からないユィリスの反論に、私とルナは呆れたような視線を向ける。ちょっと面白いけど。
(言葉に表すと、こんな喋り方になってしまうのにゃ。聞きづらくても文句は言わないでくれにゃ)
「可愛いじゃない!語尾がにゃなんて」
両手を合わせ、ルナは朗らかな笑顔を向ける。彼女にはかなり好評のようだ。
「上から目線が可愛げないのだ」
「いや、あなたがそれ言う?」
といった具合に、お互い〝テレパシー〟での会話に慣れてきたところで、私は本題――ミーニャの第一声について触れる。
「どうやらミーニャは、私に何かを伝えたくて必死に鳴いてたみたい。えっと、お弟子さんの安否を確認してきて欲しい…だっけ?」
「へえ~、ミーニャに弟子なんているのね」
弟子のことを再度思い起こし、ミーニャは不安げに俯きながら、その子の名を告げた。
(うむ…。名前は【モナ】、獣人の女の子にゃ)
弟子と聞いて、てっきり同じ小動物の猫だと思っていたけど、少し違ったようだ。
獣の耳や尻尾を持つ亜人を獣人と呼び、魔法を使わずして動物と会話ができる特殊な種族。普通に会話ができるのであれば、弟子であっても不思議ではない。
「それで、そのモナって子に何かあったの?」
(何があったのかは定かではない…。ただ、一年前からずっと消息が不明なのにゃ)
そして、ミーニャは落ち着いた様子で、私たちに弟子であるモナとの関係を話してくれた。
(モナと出会ったのは、あの子がまだ小さかった頃…同族からの迫害を受け、縄張りから追い出されたところを、ニャーが保護したのにゃ)
「迫害…?異種族からなら分かるけど、同じ獣人から受けたの?」
(そうにゃ…。理由は知ってるが、それはニャーとモナだけの秘密。すまぬが、お前たちには話せない)
「……」
(モナはニャーを〝師匠〟と呼び、慕ってくれたにゃ。だからニャーは、二人で暮らしていく中で、モナに生きるために必要な知識と最低限自分の身を守れるようにと、魔法や戦闘を教え込んだ。あの子は覚えがいいし、才能もある。それこそ、ある勇者パーティに誘われる程ににゃ…)
勇者パーティ――魔王を倒すために、勇者がリーダーとなって結成する冒険者グループを指すものだ。
役職が異なるメンバーを引き入れ、バランスの良いパーティを作るのが理想的だと言われている。まあ、そのバランス全てを一人で受け持てるくらい、今の時代の勇者は強者揃いなのだけど。
「勇者パーティに誘われるなんて、モナって奴は強いのだな」
(……特殊な魔法が扱えるのにゃ。それに目を付けた…という言い方はよくないが、モナの力が魔王を倒すために必要だと言って、そいつらはニャーたちに近づいてきたのにゃ)
「その勇者パーティは、もしかして悪い人たちなの?」
(あくまでニャーの見解にゃ。そいつらは全員家族というのもあって、パーティ内での仲は良さそうだったし、傍から見れば良い雰囲気だとは思ったのだが…)
「家族で勇者パーティを組んでるってことか!?そんなの聞いたことも無いぞ…。変な奴らだなぁ」
ユィリスの言う通り、家族だけで構成された勇者パーティなんて目新しいし、聞いたこともない。最近誕生した新参の勇者なのだろうか。
少し妙に思いつつも、ミーニャの話に耳を傾け続ける。
(家族構成は、父親、母親、長男、長女、末女の五人。勇者は父親にゃ。【レアリム】という王都を拠点としてる奴らで、最初は定期的にニャーたちの所へやってきては、子供をモナと遊ばせていたにゃ。次第にその頻度も高くなってきて、終いにはモナを勇者パーティに勧誘してきたのにゃ…)
「レアリムね~。ユィリス、あなた何か知らないの?ずっとそこに居たんでしょ?」
「いや…そんな勇者パーティなんて耳にすらしていないのだ」
今の話だけ聞けば、特に悪いところは見つからない優しそうな家族に思える。でも、ミーニャは当初から何かを勘ぐっていたのだろうか。
それに、家族で固められた勇者パーティなんて、人間界中で話題になっていてもおかしくない。レアリムで過ごしていた割と情報通なユィリスが知らないとなると、今は拠点を移しているのか、或いは何処かで身を隠しているのか。
何れにせよ、モナの行方が知れない時点で、きな臭い話であるのは事実だ。
(同族に迫害されたモナは、家族という存在に憧れていたのにゃ。その時、奴らは近々拠点を変える予定だと言っておったし、せっかく仲が良くなった子供たちと離れたくないと、モナも言って聞かなかった…。心配だったが、近況報告を記した手紙を定期的に送るという条件で、ニャーは渋々モナを見送ったのにゃ)
「その…ミーニャは、一緒には行けなかったの?」
(ニャーの声は人間には届かない。それに、あの家族はモナとニャーを執拗に遠ざけようとしていたように思えたにゃ…。無理に付いて行っても、すぐに追い払われただろう)
「それは、今から何年前の話なのだ?」
(二年前にゃ…。住む当てがなかったニャーは、ちょうど近くにあった村を拠点とすることに決めた。まあ、それがこのカギ村にゃ。運良くここのギルドの主人に飼われ、約束していた場所に手紙が届くのを待ちながら暮らしていたにゃ)
「うん…。たしかに、ちょうど二年前からギルドの看板猫としてミーニャが現れたのよね。まさか、そんな事情を抱えていたなんて…」
「ん、そういえばそうなのだ」
と二人は過去を振り返る。信憑性に欠けるユィリスは兎も角、ルナが言うなら間違いないだろう。
しかしながら、ミーニャの心配事はそれだけに収まるものではなかった。
(最初は、伝書鳩を使ってニャーに手紙を送ってくれていたにゃ。だが、一年ほど前から急に連絡が途絶えてな…。人間界にいるなら、どこからでも手紙は送れる筈にゃ。ニャーはモナに何かあったのではないかと、あの子の手掛かりを必死に探し続けたが、何も分からずじまいだったにゃ…。そんな時、お前が現れてくれた)
ミーニャは眉尻を下げたまま口角を上げ、真っすぐにこちらを見やる。私を映し出したその眼からは、先程までの悲しげなものとは打って変わって、僅かな期待や希望、光明を真に感じているように思えた。
(どこから来たのかは知らないが、お前を見た瞬間、分かったのにゃ。信用できる人間だと…)
そこに戸惑いも迷いもない。本心から飛び出た動言(思念による言葉の動き)だと、私は一瞬で悟った。
「ミーニャ…」
「ほら~!私もアリアと初めて会った時、そう思ったのよね~!」
元気よく笑って、ルナは私の腕をぎゅっと掴んできた。その様が可愛すぎて、話が頭の中から吹っ飛びそうになる。
――何となく、分かったのよ。アリアは、絶対悪い子じゃないって…。
初めて会った日の夜、そうルナは言ってくれた。
信用できる――なんて自分ではあまり言いたくはない。けど、私は隠し事があるだけで、いつもみんなに見せている姿は、間違いなく素の自分(※乙女心は除く)だ。
根拠はなくとも、他者から見れば、私は信頼における存在なのだろうか。
(だから、頼む…。冒険者ギルド、看板猫からの依頼にゃ。行方不明になった弟子の安否を確認してきて欲しいのにゃ!!)
今までにない強い意志と思いを込めて、ミーニャは地につくくらい、深々と頭を下げた。ルナとユィリスは、私の答えを待っているかのように、真顔でこちらを覗き込む。
両サイドから女の子の視線を感じつつ、私はミーニャの顎を優しく摩り、頭を上げるように促した。人を見る目に長けた小動物にここまで信頼されて、期待に応えない訳にはいかない。
「頭を上げて、ミーニャ。誰にもこの事を話せなくて、辛かったよね…。お弟子さんのことは心配だろうけど、後もう少し待ってて」
(にゃ…??)
「大丈夫。私が必ず、お弟子さんを見つけるから!」
自信満々に告げ、私はにっこりと笑った。直後、ミーニャの相好がパァァァと笑顔に溢れる。
(ほ、ほんとかにゃ!?あ、いやだが…何の手掛かりも無いし、もしかしたらもう――)
「信じよう、ミーニャ。モナは、強いんでしょ?」
無事なのか否か、そんなの、まだ分かっていない段階で考えることなんてしたくはない。
とにかく探し出すのみ。無事でいることを、信じて。
(アリア…。うむ、そうにゃ。モナは、凄く強いのにゃ!!)
元気を取り戻したようで、再び笑顔に直ったミーニャ。
そんな黒猫をほっこりと見つめていると、不意に肩が重くなり、両サイドから強い視線を感じる。気づけば、ルナとユィリスが何か言いたげな表情で私を見つめ、一層こちらに体を預けていた。
「ねえ、アリア。私が…じゃないでしょ?」
「もしかして、ミーニャの依頼、一人でやるつもりじゃないだろうな?」
二人に両腕を掴まれていたことに気づき、心臓が脈を打つ。照れ隠しも儘ならない中、私は二人が言いたいことをすぐに察した。
「二人も…一緒にやってくれる?」
私の問いかけに、二人は満面の笑みを浮かべて、思いっきり抱きついてきた。
「勿論よ、アリア!」
「ふふん!やってやるのだ!」
まあ、私が昇天したのは言うまでもない。
この話を聞いた時から、私の――いや、私を取り巻くみんなの運命が大きく変わっていくことなど、今はまだ深淵に眠る不確かな未来。今は、ほんの序章に過ぎない。
こうして私たちは、冒険者ギルドの看板猫ミーニャからの依頼を受けることになった。




