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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第二章 王都レアリムでの一件(※加筆修正中)

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第15話 知り得ない恋心

「ふわぁ~…」


 真夜中の時間帯――。

 村がすっかり寝静まった頃、ふと目が覚めてしまい、よろよろとベッドから体を起こす。少しお花を摘みに――なんて冗談も言えない程の眠気に苛まれながら、盛大に欠伸をしつつ、御手洗いに向かった。

 ルナはいつも通り、同じベッドでスヤスヤと眠っている。一方で、流石に三人も入るスペースは無いと、予備の敷布団を敷いて寝ていたユィリスの姿が見当たらない。

 あれ?ユィリス、どこ行ったんだろう…。


 用を済ませ、寝ぼけ眼で家の中を探し回る。夜食でも漁っているのだろうかと台所を確認するも、その影はなく。

 何とは無しに玄関の扉を開け、外に出ようとすると、


「姉ちゃん…。私が絶対、取り戻してやるからな……」


 そんな、少しばかり哀情が混じった少女の呟き声が、静寂の中、鮮明に耳へ届いてきた。

 誰かと話をしているような声色ではない。独り言ではあるものの、まるでその場にいない者へ語り掛けているかの如く、言葉を紡ぎ、思いを馳せている。

 声の主はすぐに分かったものの、今日のおどけた様子からは想像できない程、発した一言は重々しく、あまりに印象が違い過ぎて、目が一瞬で冴えてしまった。

 外に出て、声の出所を探る。辺りを見回すと、家のすぐ傍に立つ木の上に人影が見えた。

 

「ん…起きたのか?アリア。まだ真夜中だぞ?」


 その子は私に気づき、可愛らしい八重歯を見せて、笑みを浮かべる。月明かりに照らされた白髪を一層綺麗に靡かせながら、美麗な瞳を持つユィリスが宙返りで木から飛び降りた。


「そっちこそ、寝なくていいの?」

「んー、なんか眠くならなくてな。夜風に当たりに来たのだ」

「そうなんだ…」


 先程の一人口からして、何か思い詰めていることでもあるのかと心配していたが、本人のテンションに変わりはなく、私が聞いていたかどうかも気にしてはいない様子。こちらから触れて良いものかどうか分からず、言葉を詰まらせる私の元へ、ユィリスはトコトコと駆け寄ってくる。


「………」


 そして何を思ったのか、彼女は真顔で私の顔を下から覗き込んできた。至近距離まで近づかれ、二歩程後ずさりするも、なぜか執拗にその間合いを縮めてくる。


「アリア、私の目を見て」

「え…?」

 

 視線を逸らそうとする私の目を、ユィリスはその純一無雑な瞳で捉え続ける。いくら寝起きで頭が回らなくとも、真正面に立つ女の子と目を合わせ続けるのは、羞恥で容量過多(キャパオーバー)になりかねない。

 そう思ってか、私の頬は次第に赤く染まり始めた。


「なあ、アリア。今、ドキドキしてるか?」

「え…え!?な、なんでそう思うの!?」


 更なる追い打ちをかけるように、図星を突いてくるユィリス。あたふたし始める私を見て、意地悪そうに口角を上げ、真意を語りだす。


「ん、何となく。なあ、ルナから聞いたんだが、お前人間に慣れてないんだろ?よく分からないけど…」

「え、ルナが…?」

「口を滑らせて言ってたぞ。私たちの秘密だってな」

「あ…うん。その事は、私の中で留めておきたかったんだけど、ルナは特別。必然的に知ることになったというか、何というか…」

「ふーん…」


 その事というのは、ルナだけが知る私の秘密――つまり、私が元魔王アリエ・キー・フォルガモスだということ。ベルフェゴールからルナを護った件を踏まえ、ユィリスはなんとなく勘づいていて、少しばかり探りを入れようとしている。

 なんて思っていたけど、予想の斜め上を行く言葉が、彼女の口から飛び出してきた。


「でも、思ったのだ。いくら人間に慣れてないからって、近づかれただけでそんなに顔赤くしないだろ。ましてや女同士なのに…。本来なら、それは異性に対して起こり得る反応だからな」

「うっ…」

 

 やっぱり、ユィリスにはバレている。というか、あんな辱めの数々に耐えてかつ平静を装うなんて、私には無理な話だった。

 パンツを見られたり、甘い言葉を囁かれたり。そんなの嫌でもドキドキしてしまうのだから。

 寧ろ、未だルナに気づかれていないことがおかしいくらいだ。


「女が弱点な女…ってとこか?ルナは気づいてないみたいだけど」


 とユィリスはかなりオブラートに包んで言ってくれた。もう隠し通すのは無理だと判断して、私は正直にこくりと頷く。


「んまあ、なんだ…七大悪魔を倒した人間がいるって聞いて、どんな奴かと身構えてたが、思った以上に人間味に溢れてて安心したぞ」


 特に気を悪くしたり、不快感を露わにするようなこともなく、得意のしたり顔で精一杯にフォローしてくれたユィリス。彼女の言葉を聞き入れた私は目を見開き、ずっと懸念していたことを尋ねる。


「いや、その…気持ち悪いとか、思わないの?」

「ん?何が??」

「だ、だって、同性の相手にそういう感情を抱いちゃう女だよ。普通じゃない…」

「なるほど、だから隠してたのだな」


 そこまで発言したユィリスは、腕を組み、難儀な表情を浮かべる。何か考え事をしているようだったが、二の句を告げるのに時間は掛けず、当たり前だと言わんばかりに真面目な顔で答えた。


「んー、別に良いんじゃないか?私はお前の気持ちよく分からないが、誰かを好きになることが気持ち悪いなんて、それこそ普通に考えておかしいだろ」

「ユィリス…」


 何を言われるのかと身構えていた私の心が、ユィリスの温かい言葉に浄化されていく。

 決して大袈裟ではない。そう言ってくれるだけで、どれだけ救われることか。今までの苦悩や偏見に苛まれてきた思いを経て、気づけば目尻に涙が溢れ出ていた。


「お、おい…!泣く程か…?」

「はっ…!ご、ごめんね…なんか、嬉しくって…」

「ったく……ほんと可愛い奴だな、お前」


 不器用に涙を拭いつつ、私は笑みを浮かべる。

 本当に嬉しかった。この感情を、気持ち悪くないって言ってくれたことが。

 優しいな、ユィリスは…。

 胸のつかえが取れたように和らぐ気持ち。心の底から暖まり、その余韻に浸っていたのも束の間、生意気そうな相好に早変わりしたユィリスが、透かさず私をからかい始める。


「で、ルナとはどこまでいったんだ?んー?」

「ふえ!?る、ルナ…!?なんでルナが出てくるの?」

「だってお前、ルナのこと好きだろ?ふふん!ルナに頭撫でられてる時のお前、完全に()()の顔してたぞ」

「なっ……!??ゴホッゴホッ...!め、め……って、何言ってんの!?」


 ど直球過ぎて、吃驚仰天。盛大に咽せてしまった。

 裏表が無さ過ぎるというか、恐れるものがないというか。それがこの子の長所ではあるけど、もう少し言葉を選んで欲しいものだ。

 先程は凄く気遣ってくれたのに、その思い遣りの心は一体どこに行ってしまったのだろう。ユィリスの背後で輝いていた、優しさと言う名の後光が、容赦のない一言により完全にシャットアウトした。

 顔を真っ赤にさせ、心に余裕が無くなり、グルグルと目を回す。そんな私とは裏腹に、何か不味いことでも言ったか?なんて思ってそうなあっけらかんとした態度で、ユィリスは首を傾げた。


「だって、本当のことだろ?」

「もう、言い方ってものがあるでしょ!むぅ…」


 流石の私も、ムッと頬っぺたを膨らます。

 メスの顔?をしていたのは、言い方に問題があるけど、本当だと思う。でも――。

 加減の知らないユィリスに対しての溜め息を一つつき、私は続けて言った。


「でも、分からない…」

「ん…何がだ?」

「ルナのことが好きなのかどうか…」

「……??」


 私の返答が意外なものだったのか、ユィリスはまたもキョトンとした後、今度は逆に困惑の様相を見せる。


「いやいや、あれは好きだろ。好きの顔してたぞ!?」


 好きの顔…か。

 何と言い表せば良いのだろう。少しの間熟考して、この場に沈黙を作り出した私は、今の気持ちをなんとか言葉にする。


「好きってさ、その人の事を想ってドキドキする感情でしょ?多分…。たしかに、私はルナに触れられた時とか、可愛らしい仕草を見た時、すぐにドキドキしちゃう。でもそれって、他の女の子にも言えることなんだよね…」


 恋愛なんてしたことないから分からない。

 ルナと一緒にいる時に感じる、胸が締め付けられるような思い。それは、ルナ個人を想ってのものなのか、単純にルナが女の子だから抱くものなのか、私の中で説明がつかないのだ。

 魔王であった頃も、勇者の女の子に心を奪われ、可愛い!綺麗だ!と思いながらドキドキしていた。

 この気持ちは、確かに恋愛対象が女の子だからこそ起こり得る心の反応。しかし、果たしてそれは恋心を抱いていると言えるのだろうか。

 違和感を覚えれば覚える程、分からなくなる。こんな曖昧な気持ちのまま、軽々しくルナと恋人になりたいだなんて言える訳がない。

 ハッキリとした答えが出ないからか、気づけば己の思慕の念を悲観的に考え始めていた。


「他の女の子に会う度、同じようにドキドキしてしまうような女なんて、すぐに愛想尽かされる。そもそも、ルナは…私とは違う。異性との恋愛に憧れるような女の子だから……」

「……そんなの、どうなるか分からないだろ」

「え??」

「ルナの気持ちを勝手に決めるなってことだ」


 気持ちを沈ませる私へ喝を入れるように告げたユィリスは、横を通り過ぎ、家の玄関前まで行くと、こちらへ振り返り、


「何だかんだ言って、私もルナのことは気にかけてるんだぞ。今のアイツ、私が村を離れる前よりも、笑うことが多くなった気がするのだ。だから、お前がいつまでもルナのそばに居てくれるなら、私は嬉しい」


 と言い残し、家の中へと戻っていった。

 一人残された私は、今一度胸に手を置いて考える。

 ユィリスは言った。ルナの気持ちを勝手に決めるなと。

 

「ただのドキドキとは違う…何か別の感情。それが恋なら、私はルナのことを――」

 

 ユィリスに面と向かってはっきりと言われたからか、頭の中がルナのことでいっぱいになる。

 この気持ちが恋なのかは、まだ私の中で断定はできない。だからこそ、少しずつでも女の子に慣れ、自分の中に芽生えた気持ちの区別をしっかり付けられるようにならなければいけないのだ。

 そして、いずれ恋の感情を知った時、もしもその矛先がルナに向けられているのだとしたら、私はあの子のことが――。


「―――っ!!///」


 思うが早いか、恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。両手で頬辺を覆い、足早に家の中へと滑り込んでいった。




     ◇




「まさか、アリアがあそこまで寝相悪かったなんてね~」

「あはは…」


 昨日の夜、顔を熱くしたまま寝室に戻った私は、変に意識してか、ルナの隣で寝るのが恥ずかしくて、こっそりと床で寝ていた。ルナは私の寝相が悪すぎて、ベッドから転げ落ちたと思っているみたいだけど。


「ほんと、戦闘以外だとなんでこうもだらしないのだ?もしかして、また何か…いや、誰かさんのことを考えて恥じるようなことでもあったのか?ふふん」

 

 とニヤニヤしつつ、ユィリスはわざとルナに聞こえるようにからかってきた。

 なんとまあ底意地の悪い小娘だろうか。飲んでいたココアを吹き出しそうになった私は、満足そうにほくそ笑むユィリスに睨みを利かせる。

 もう、知ってる癖に…。


「で、ユィリス。あなたこれからどうするのよ。住むところあるの?」

「村の宿でも借りるのだ。まあ、王都に帰ってもいいが…アリアと一緒にいると、何だか退屈しないからな!」

「そ、そう…。でも、あんまりアリアをからかわないでよね。今度泣かせたら、ゲンコツ10発だから」

「うっ…分かってるのだ」


 自由奔放なユィリスでも、ルナのゲンコツには頭が上がらないようだ。今度からかってきたら、それを盾にさせて貰うとしよう。

 それにしても、ユィリスって元々このカギ村に住んでたんだよね…。家族とか親戚の人は、村にいないのかなぁ。

 なんてふと思ったものの、あまり人様の家庭事情に踏み込むのも如何なものかと、直接は聞かないことにした。逆にユィリスは、ぐいぐいと私のプライバシーに踏み込んでくるけど。




    ◇




 朝食を食べ終え、私たちは日課である冒険者ギルドへ足を運んだ。今日はユィリスも一緒だからか、ギルドの主人が彼女の姿を見て嬉しそうに笑う。

 

「おう、ユィリスちゃんじゃねぇか!久しぶりだな~」

「ギルドのおっちゃん、久しぶりなのだ!」

「おっちゃんって…」


 ギルドのおっちゃ――いや、主人が気さくな人にしろ、怖いもの知らずにも程がある。まあ、私が言えた話じゃないけど。


「そうそう!先月、お姉さんが来てたぞ。ユィリスちゃんを探してたみたいだったが、会わなかったか?」


 お姉さん…ユィリスの…?

 主人の言葉を聞き入れた途端、ユィリスは「あっ…」と一言だけ呟き、不自然に体を強張らせる。しかしそれは一瞬のことで、すぐに普段通りの無邪気な笑顔に戻った。


「そ、そうなのか!残念だが、会ってないのだ。次またここに来たら、よろしく言っといてくれ」

「おう、そのつもりだ!」


 主人との会話を終え、ユィリスは何事も無かったかのように壁に掛けてある依頼書を眺めだす。今のやり取りに関して、あまり突っ込んで欲しくないという雰囲気を醸し出しているように思えた。

 そんな空気感の最中、ギルドの奥から一匹の小動物が全速力で私の元に走ってくる。


「お、ミーニャだ。お前も久しぶりなのだ!」


 最近姿を見なかったけど、今日は表に出てきたらしい。勢いよく私の胸に飛びついてきて、にゃんにゃんと鳴き続ける。

 初めて出会った時と同じ反応。どうも、私に会えたことが嬉しいという訳ではなく、何かを執拗に訴えかけているような気がする。

 その真意を尋ねるための魔法を、たった今思い出した。


「あ、そうだ。〝テレパシー〟!」


 動物の心中を直訳し、直接的な会話を可能とする魔法――〝テレパシー〟。音のみで意思疎通を図る超音波とは異なり、動物の意思や伝えたい事が言葉になり、はっきりと頭の中へ届いてくるのだ。逆に、こちらの言葉も相手に届くようになる。

 私はミーニャを抱きかかえ、おでこの辺りに手を翳した。


「ミーニャ、私の声聞こえるかな?」


 そう尋ねた私に対し、一瞬目を見開いたまま硬直していたものの、言葉が通じるのだと理解したのか、ミーニャは伝えたいことを口にし始めた。


(ニャ…ニャーの...)


「うん…?」



((ニャーの〝弟子〟の安否を、確認してきて欲しいのにゃ!!))



 弟子…??

 物凄い剣幕で訴えてきた黒猫の様子から、私はただ事ではない話だと悟った――。

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