第14話 アリアvsユィリス
間もなく、最終戦の幕が上がろうとしていた。軽い気持ちで三番勝負を受けたつもりが、沸々と込み上げてくるこの何とも言えない緊張感に感化され、気づけば焚きつけられていた自分に驚いている。
それこそが彼女――ユィリスの狙いだったのかもしれない。
これまでの二戦はただの茶番。重かった私の腰を上げさせるための振りに過ぎなかったということだろう。
まあ実際のところ、そこまで考えていたのかは分からない。そう思わせる程、無邪気な性格の裏に潜む思慮深さが顕著に表れていた。
こちらの弱点を見抜いた上で、確実にサシ勝負へ持ち込めるような勝負内容を一瞬で考えつく辺り、頭の回転も早い。垣間見えるその地力が、ユィリスを決して侮れない相手へと昇華させた。
「本気の勝負とはいえ、当たり処が悪いと死んじゃうからな。お前がぐーすか寝てる間に、矢先を柔らかくしておいたぞ」
「……」
煽り口調も健在のユィリスは、腰に提げていた矢筒から一本の矢を取り出し、私に見せつけた。確かにその鋭利な部分には、柔らかいゴムのようなものが丁寧に巻かれている。
だとしたら、私が勝負内容を改案しなかった場合、どう決着をつけるつもりだったのだろうか。もしかすると、ユィリスの戦法は弓矢だけではないのかもしれない。
「そんな加工しなくたって、一発も当たらないから安心して」
「ふーん。そんな口が聞けるのも今の内なのだ。ルナ、合図を頼む!」
今まで見せていたしたり顔とは一変。ユィリスの表情はいつの間にか真剣なものへと切り替わっていた。
本気で勝とうとする気概を示し、一本の矢を番え、ゆっくりと弦を引く。
「いくわよ、二人とも。よーい、始め!」
これまでの二戦同様、始まりはルナの合図から。直後、逃さないと言わんばかりに、ユィリスの真直な眼差しが向けられる。
「先ずは、挨拶代わりの一発なのだ…」
重々しい声でユィリスは告げた。
その僅か一秒後、大きな弧を描くようにして、私の黒髪がぶわっと翻る。音の無い飛び道具が、とんでもない速度で首のすぐ横を通り過ぎた。
精度が良すぎて、思わず大袈裟に避けてしまう。どのような軌道で飛んでくるのかと思考する隙も与えず、放たれた矢は私の首筋辺りを確実に狙ってきた。
少しばかり尖った柔らかい矢尻から真っ白な羽の毛先まで。はっきりと私の目に映ってはいたものの、狙い易い胴体ではなく、いきなり首元を狙ってくるもんだから、完全に不意を食ってしまった。
一息つき、ふとユィリスの方を見やると、暗がりの中、ほんのりと光り輝く二つの魔力が目に留まる。
ただの魔力を逸した銀色の耀き。その異彩は、確かに彼女の両眼から放たれている。
今の正確な狙撃…もしかして、この子……。
「流石は、七大悪魔を倒しただけあるな。一発で仕留めたかったが、〝千里眼〟の精度を超えてくるか…」
「千里眼…」
スッ…と開かれたユィリスの瞳孔。その奥から、サラッとした霧のような魔力が流れ出ている。私にズルズル言ってた割りに、向こうも凄い能力を隠し持っていたようだ。
千里先を見据えることが可能と言われている天性の視覚――千里眼。その権能は、ただ人間離れした視力を得るだけでなく、バフやデバフといった補助系統の魔法において、非常に高い効果を発揮する魔力の生産源にもなり得るのだ。
ユィリスの瞳を始めて見た時、その透明感に思わず見入ってしまったけど、まさかそんな特異体質持ちだなんて思いもしなかった。
血筋によるものなのか、はたまた自ら発現させたのか。後者だとしたら、彼女は根っからの天才肌。いや、天才というだけで辿り着ける能力でもない。
ブレーン・ラビットの捕獲も、恐らく千里眼を使っていたのだろう。道理で、普通に探しても見つからないあの魔物を短時間で捕まえてくる訳だ。
「凄いね、ユィリス。千里眼なんて」
「もっと驚け!普通に凄いのだぞ!?」
「うん、分かってる」
「くっ…私の千里眼など驚くに値しないとは……お前は一体、どんな修羅場を乗り越えてきたというのだ…。まるで金銭感覚が狂った成金だな!!」
「はい…?」
一瞬だけ思考が停止したものの、よくよく考えてみたら、かなり絶妙な例えだった。
常日頃から、世界を創ったり破壊したりしてる奴らの相手をしていれば、そりゃ強さの感覚もバグってしまうというもの。まあ、そんな有象無象の化け物共より化け物だったのが私な訳だけど。
「まあいいのだ。奥の手は最後まで取っておくものだからな。どんどんいくぞ…」
「どこからでもいいよ」
ユィリスは動かない的ならば百発百中で仕留められる。そう考えて、こちらは動くべきだろう。
内なる士気の高まりを感じると同時に、自然と緩む頬。それはユィリスも同じなようで、弓を構えながら、ニッと可愛らしく笑っていた。
「ただの矢だけが来ると思わないことだな…」
再び放たれる高速の一矢。しかし先程のものとは様子が違う。
避けたと思ったら、その刹那、矢尻が急激に膨張。大きく弾けて、空気中に小さな爆発が巻き起こった。私は上手く体を逸らし、爆風から逃れる。
魔法…?それとも細工…?
村に影響はない。恐らく、ユィリスは私以外に害のないよう、計算して矢を撃っているのだろう。
「これも躱すか…」
「矢は加工したのに、爆弾は使うのね…」
「ふん!本当は最初の一発で仕留めるつもりだったのだ。それでもお前は避けるから、もう容赦はしない…それだけだ。もっといくぞ!」
ただ視力が良いだけではない。最初の一矢で悟った。ユィリスに狙われれば最後、確実に避けないと一瞬で勝負が決まる。
標的を必中させる彼女の正確性は、遠くが見えるからという理由に留まらず、絶対的な自信と、それを裏付ける並々ならぬ努力が呼び込んだ賜物だろう。手段を選ばなくなったユィリスの攻撃は、ここからノンストップで襲いかかってくる。
「喰らえぇぇ!!」
ただ、そうなればこちらも容赦なく避けさせてもらおう。
何度も放たれる爆弾矢に対し、柔軟な動きで躱し続ける私へ、ユィリスはムッとした顔を向ける。そして、お次は真上に飛び上がり、グッと弓を引いた。
「むぅ…じゃあ、これはどうだ。〝五月雨〟…!」
上方から一際大きな矢が迫ってくる。同じように避けようとすると、その矢はポン!と弾け、中から無数の小矢が飛び出てきた。
一つ一つの大きさは微々たるものだけど、四方八方に飛び散る様は、まるで矢の包囲網。とんでもない不意打ちに少し驚いたものの、酷く冷静になり、私は前方――ユィリスが居るところまで一気に駆け出していく。
姿勢を低くし、降り注ぐ矢雨を躱す私。そこに一切の魔法はない。
触れたら終わりだし、頼っているのは己の感覚と身体能力のみ。大きなハンデを背負ったこちらの状況が分かっているからこそ、ユィリスは悔しさを露わにし始める。
「もう!いい加減、当たるのだ~~!〝地獄雨〟!!」
随分と物騒な技名だ。同時に5本以上の矢を番え、こちらに打ち放ってくる。
取り乱しているように見えて、その狙いが狂うことはない。寧ろ、狙いの精度は上がる一方だ。この対決の最中、私の動きを分析した上で、先読みし、攻撃を仕掛けている。
頭の回転も早ければ、筒から矢を取り出して番えるまでの手際の良さも尋常ではない。千里眼という潜在能力然り、この子は将来大物になるような気がする。
「うおりゃぁぁぁ!!!」
やけくそに近いようなコミカルな表情になり、更に乱れ打ちのスピードを上げるユィリス。私が余裕で迫り来るもんだから、既に焦りが限界突破している模様。
(これも避けるのか!?うぅ、さっきの対決でバカみたいに気絶してた奴とは思えない動きなのだ…)
こちらのギャップの大きさに驚きつつ、彼女は最後の矢を放つ。
「これが、本気の一矢だ~~~!!」
手数が無くなったからといって容赦はしない。
加工や細工が施されていない純正の一本矢。迫ってきたその渾身の矢に目を向けることなく避け、ユィリスの間合いに入り込んだ。
先程の対決とは真逆。今度は私が至近距離まで詰め寄り、勝利を宣言する。
「チェックメイトだよ、ユィリス」
「うぅ…」
すっかり立場が逆転した。まるで悪戯した子供を諭す親のように、ユィリスが持つ弓を優しく掴んで、私は得意げに振舞う。
だが、完全には終わってなかった。こちらが勝利を確信した直後、なぜかニヤリと笑みを浮かべるユィリス。
「私の、勝ちなのだ…」
静寂の中、そう静かに言い張って、視線を真上に向ける。途端に私は何かを察し、肩の辺りに降ってきたそれを、二本の指で器用に掴み取った。
「なっ…!?」
いつの間に真上へ矢を放っていたのだろうか。最後まで抜け目のない攻撃に驚きつつ、目の前で動転する少女に優しく笑いかけた。
「最後のは、ちょっと危なかったかなぁ…」
「嘘つけ…お前、千里眼を使った私よりも目いいだろ」
「う、うーん…どうかなぁ。流石に千里眼持ちには敵わないと思うけど」
「ハァ…悔しいけど、私の負けなのだ。にしても、いくら私の矢が簡単に避けられるとはいえ、なんで初見の相手に終始冷静でいられるのかが分からん。爆発にも全然驚かないし、どんだけ戦闘慣れしてるんだ?お前」
まあ確かに、普通は目の前からいきなり精度の高い矢が飛んできたら、分かってはいても一瞬体が固まってしまうもの。その心理は理解しているつもりだ。
相手が何を仕掛けてくるのか知れたものではない状況にも拘わらず、最初から焦りを全く見せなかった私に対し、ユィリスは少し引いた目で見てきた。ちょっと傷つく。
「あはは…。私、あまりリアクションしないタイプだからさぁ…」
「じゃあ、パンツ見られた時の反応はどう説明するのだ?」
「い、いや…あれは、その…また別の話だから。というかそこ掘り返さないで!?」
緊張感が抜け、後ろめたさを隠せない普段の自分へと早変わりする私。何とか誤魔化そうとあたふたしていると、対決を静かに見守っていたルナがこちらへ駆け寄ってくる。
「ふふっ、アリアの勝ちね。さっすが~、夜の時間帯で矢が見えにくいはずなのに、凄いわ~」
「むぅ、せっかくこの暗闇で戦おうと調整したのに…」
「そういうずる賢さが、勝敗を分けたのかもしれないわね、ユィリス」
「ふ、ふんだ!これはまだ一敗目。次は負けないのだ」
ユィリスは肩頬をぷくっと膨らませ、腕を組みながらそっぽを向く。既にリベンジ戦を考えているようだけど、出来ればもうやりたくはない。
「ベルフェゴールと戦ってた時のアリア、ほんっと凄かったんだから~。ユィリスにも見せてあげたかったわ~」
「たしかに、気になるのだ…。よしルナ、今日はお前の家に泊めてもらうぞ!夜更かしして、その戦いの様子を説明してもらうからな!」
「泊まるって…ベッドは一つしかないのよ?」
「え…お前ら、いつも同じベッドで寝てるのか?仲いいな」
何気ない質問に、肩をビクッと跳ねさせる。そんな私を見るや、「ふーん…」という意味深な相槌と共に、ニヤリと笑うユィリスの顔が視界に映った…ような気がした。
「ええ、勿論仲良しよ。もう一つベッド買っても置くスペースないし、二人で寝る分には余裕だから」
と言って、ルナはクスリと上品に笑う。
毎日一緒のベッドで寝る程、私との仲が良い。単純にそう思われているのだと、ルナは純粋に喜んでくれているが、恐らくユィリスの意図は違う。
この子は分かっている。私が、そういう女だってことを。
見た目や言動に惑わされてはいけないのだ。ユィリスは頭が良いし、勘も鋭い。内心、私の弱みを握ったことでニヤニヤ笑っていることだろう。
「今日は久しぶりに強い奴と戦って疲れたのだ。ルナ、ご飯作ってくれ」
「はいはい」
「あ、でも…」
当番制で、今日は私が夕食を作ることになっている。そう告げようとした私の両手を取り、ルナは優しく口元を綻ばせた。
「アリアはゆっくり休んでて。今日一日、ユィリスに引っ張り回されたから疲れてるでしょ?」
「んー、でも…」
「いいからいいから。私には、これくらいしかアリアにしてあげられることがないんだから。ね?」
「ルナ…」
ルナは私よりも少し背が高いくらいだけど、それも相まって、偶に発揮するお姉ちゃん属性の破壊力についつい甘えてしまう。頭をポンポンとしてくれるのが嬉しくて、真っ赤に染め上げた頬を隠すことも忘れる程に。
(人間に慣れていない…ルナの言葉が引っかかるが、果たして本当にそうなのか…。やっぱり、そういうことなんじゃ?)
そんなことを考えながら、ユィリスはまたしても意地悪な笑みを浮かべたのだった。
◇
三人で囲う食卓。今日はユィリスも一緒だからか、いつも以上に賑やかな空気で、ルナが作ってくれた食事を堪能する。
そんな中、
「うええぇぇ!!?お前、世界ランク圏外なのか!??」
飲んでいたお茶を噴き出す勢いで、ユィリスが家の外にまで響き渡るほどの声を上げた。私のギルド会員カードを見ての反応である。
三番勝負を経て、ユィリスが最も気になっていた世界における私の立ち位置――世界ランク。特に減るものではないし、普通に教えてあげると、信じ難い光景を目の当たりにしたかのように魂消られた。
そう、私の世界ランクは転生初期から全く変動がない。つまり、『練れ者』未満――私よりも強い奴が、この世界に5000人以上いるんだってさ(←すっとぼけ)。
しかしながら、あの七大悪魔ベルフェゴールは上位者の領域で、世界ランク1000位以上(今はどうか分からない)。そんな奴を倒した私が、なぜ未だ圏外にいるのか理解不能だ。
「うん、私もびっくりしてる…」
「レベルは、163…いや、低っ!?もっと高くていいだろ!」
普通に考えて、5000位近いユィリスに勝てるのだから、私がそれ以上の順位でなくてはおかしい。何かのバグ?とか思ってしまうけど。
因みに、今のステータスがこんな感じだ。
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名:アリア
種族:人間
世界ランク:圏外
個体レベル:163
体力:1362
攻撃力:1203
防御力:862
素早さ:667
回復力:1030
魔力:1563
知識・知能:548189
獲得魔法:飛行・回復・火属性・水属性・雷属性・風属性・特殊操作・超感覚・結界・固有生成・建築
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元魔王アリエ・キー・フォルガモス。死亡し、人間へと転生。死因不明。死亡時、会得した全ての魔法および能力が消失。なお、生前の記憶・智慧は引き継がれ、魔力に準じ、魔法および能力の再取得が可能。
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レベルやランクの割には、細かいステータスがとんでもないことに。魔力だけなら、魔王幹部の中でも最弱の魔族くらいにはある(最弱と言っても、私の元幹部たちは全員高位者以上)。
使える魔法も増え、自由度は申し分ない。まあ、私にとって世界ランクとかレベルはどうでもいいし、これ以上上げるつもりはないけど。
「不思議な奴だな、アリアは…」
「私も思ったわ。だってアリア、戦う時だけはまるで人格が変わったみたいに格好良くなるんだもの」
戦う時だけ…か。
何の意図も含みもなく、ルナは言ってくれるものの、戦闘以外で魔王としての威厳が全く無くなってしまったというのは、どこか物寂しさを感じる(※前世もほぼ変わりません)。今更前世の自分に固執するのは可笑しな話かもしれないけど。
「普段はこんなに気弱そうなのにな」
なんて、ユィリスには馬鹿にされる始末。意地悪そうに顔を覗き込んできたから、恥ずかしくなって、つい視線を逸らしてしまう。
「うんうん、か弱そうなのにね。でもそれが可愛いのよ、アリアは」
「ふむ、たしかに可愛いな~。ふふん…」
いや、私よりも二人の方がぜんっぜん可愛いから!!今すぐ抱きしめたいとか思っちゃってるくらいなんだから!!
そんな口が裂けても言えない心の声を抑えつつ、この後も夜中まで、三人で楽しくお喋りしていた。




