第132話 歴史の彼方
「ちょっと、羨ましいです……」
勇者の器を見透かされたルナに対し、レベッカが私たちに聞こえないよう小声で呟く。しかし、ルナ自身は内に秘められた勇者の資質に納得がいっていないのか、終始不満げな顔で天命様の話を聞いていた。
「このネオミリムは、私の理想を詰め込んだ唯一無二の国家でな。ある王国を模倣し、1000年ほど前に創造して以降、皆の力を借り、修正を繰り返してきた…。現在のネオミリムは、私の理想に最も近しい〝桃源郷〟と言えよう」
「へ〜!天命様が…」
「本当に素晴らしい所です!」
嘘でしょ…?
地形や環境、建物、様々な娯楽施設に至るまで、あれら全てがたった一人の想像・理想の元に生み出された世界だとでも言うのだろうか。と、みんなが感心している中、独り静かに驚嘆する。
それにこの人、しれっと1000年以上も生きていると言い放った。つまり、前世の私よりも長生きしていると。
……とんでもないな。
「ネオミリムが上空に浮かんでいるのも、天命様のお力あってのものなのです」
「え、そうなんですか!?」
中継港から、遠目でネオミリムを眺めた時に感じた古代のエネルギー。あれは天命様が生み出した、巨大都市を浮遊させる為の神的な魔力であったよう。
ざっくりした幻想で、ただ広大なだけの世界とただ嵩高いだけのお城を構築するのがやっとであった私からしてみれば、あんなにも万人の心を撃ち抜く景観を想像できるなんて、正直羨ましい。しかし、発想の原点は己のイマジネーションだけに非ず、何か別のモデルがあったようで、そこがどうしても気になった私は何気なく尋ねてみた。
「その、ある王国とは…もしかして、このネオミリムと同じような世界観を持っていたということですか?」
「うむ…そうだな。我々では想像し難いあらゆる物事が集約された聖地…とでも言おうか。およそ1000年前に、私はそれを一度だけ目にしたことがある。あれは……とても人間や魔族が成し得る創造物ではなく、もはや神の偉業であった。突如この世界に現れ、颯爽と彼方に消えていった…」
「そんな王国が…」
「あの姿は、今も私の中に鮮明に刻み込まれておる。人間でいうところの、憧れ…なのかもしれんな。ネオミリムがあの地に近づいているのかは私にも分からないが、この世に存在し得ない唯一無二の国家であるという点では、同じように思う。まだまだ、進化を続けるつもりではあるがな」
誰だって、自分の中に憧れや理想を持っている。そう思わせてくれるような、天命様の語り口と弥が上にも輝きを増す樹皮の様子は、まるで希望を前にして胸を高鳴らせる子供に相違なかった。
人間界のトップが憧憬した聖なる創造物。いつ、どういった条件で現れるのかは分からないけど、時系列で考えれば、少なくとも最後に降臨したのは魔王アリエが生まれる前ということになる。
私も見てみたかった。このネオミリムと同等以上に発展した聖地というものを。
「それとお主…ユィリスと申したか。お主の質問に答えそびれたな」
「質問??」
「なぜ私がこのような姿なのか…気になったのであろう?」
「お~、そうなのだ!」
あんな無礼極まりない問い掛けを覚えてくれていたとは何という人格者。質問をしたことすら忘れていたユィリスの株が相対的に下がりつつある中、天命様は一つ咳き込んだ後、自身の境遇を包み隠さず話してくれた。
「私は……嘗てはお主らと同じように、人の型を成しておった」
「そうなのか…!?」
「うむ。生物と位置付けられていたかは分からぬが、確かに私の体はこの世界に存在していた。……生きとし生ける全ての者たちを愛し、常に世を見守り続けてきたのだ。しかし…」
「……」
「人間と魔族…二つの相容れぬ種族が誕生してからというもの、この世は平穏ではなくなっていった。人間を襲わなければ生きていけない魔族が存在する限り、人間もまた抵抗する手を止めることはない。競争は日々激化し、終には全世界を巻き込んだ歴史上最も強大な戦争が勃発してしまった…その戦いに巻き込まれ、私は肉体を失い、このような姿で存在することをやむなくされたのだ…」
人間と魔族の歴史を一から見届けてきた――いや、その前からこの世界を見守り続けてきただなんて、それこそ神が成せる偉業に他ならないだろう。もはや何千年生きているのかという問いが生まれる次元の話ではない。
そりゃ、こんなにも素晴らしい都を生み出せる訳だ。私たち生物とは、経験や物の見方・価値観がまるで違う。少しでも張り合おうとしていた自分が恥ずかしくなってきた。
功績だけを見るならば、『究極者』の勇者や魔王が揃って頭を地べたに擦りに来てもおかしくないレベル。そのあまりの偉大さに、私含め、みんなの顔が分かりやすく引き攣りだした。
それに、強大な戦争…。
程度によるかもしれないけど、少なくとも私が魔王をやっていた頃には、そんな規模の大きい対立は起こらなかったと思う。たとえ起こったとしても、それを私が許す訳ないし。
「ほえ~……」
と、流石のユィリスも言葉にならない相槌と共に、開いた口が塞がらぬまま硬直している。まさに、話が己の理解の及ばない域にまで達した者が見せるお手本のような顔つきだ。
「どうしたお主ら、そんなに固まって…ゴホッ、ゴホッ!!何か変な事でも言ってしまったか…?」
質問を投げたのはそっちであろうと言わんばかりの天命様のナチュラルな返しにすら、誰も反応できないまま、ゆっくりと静寂な時が流れていく。そんな中、レベッカが気を利かせて代わりに話を紡いでくれた。
「その〝世界大戦〟の最中、天命様はこのネオミリムの元となった王国を見られたんですよね?」
「ああ、そうだな。彼の王国が出現したと同時に、戦争は幕を閉じた…。私は僅かに残された自らの力を以て、この地の自然魔力を糧に生命を維持する大樹へと成り果てたのだ」
「そんなことが…」
つまり、天命様が憧れた王国の出現と歴史的な世界戦争は同時期に起こったということ。それも約1000年前に。
偶然か否か、ちょうど前世の私が生まれた時期がそこに当たるけど、二つの事変について知っていることは何一つ無い。昔の話だし、当時世界を支配していた者に揉み消されたと考えるのが有力か、はたまた私の記憶に齟齬が生じているのか、その答えを示してくれるように天命様は語り続ける。
「両陣営共に、戦死者の数は数千万を超えた…。人間、魔族、魔物問わず、世界ランク上位を占めていた者たちの殆どが戦死し、残された弱者は、この末恐ろしい戦争を口にする事も憚られ……いや、思い出したくもなかったのだろう。歴史の彼方に消し去ったのだ…」
それは、どれ程までに残酷で無慈悲な争いだったのか。
今更嘆いた所で何かが変わる訳でもないけど、やはり種の繁栄・存続の為には、異なる生体を持った他種族との衝突は避けられない。行く末に待つは、血で血を洗う見るに堪えない抗争なのだろう。
人間と魔族――生態系においてどちらが優位に立てるか。その回答を求めるに当たり、〝話し合い〟という選択肢が割り込んでくる余地なんて微塵も無い。
そもそも、そんな問い掛けが双方から飛び交っている時点で手遅れだ。身体機能も考え方も神以て異なる二つの人種が、利害関係無しに手を取り合う未来を描くなど、ただの夢物語に過ぎないのだから。
人間同士ですら分かり合えず、殺し殺されを繰り返す現状を考えたら…ね。
「魔王アリエが誕生したのも、丁度その頃だったか…そこから100年程は常に冷戦状態であったが、魔界の勢力は徐々に拡大するばかりでな…」
「魔王アリエ……アシュリナ様を侮辱し、アシュリナ様の崇高なお体に傷を負わせ、アシュリナ様に屈辱的な敗北を味わせた最低最悪の女…!」
「……」
あの、レベッカさん…?本人ここにいるよー…。
先程までの、陽気で人当たりの良い朗らかな笑顔を振り撒いていたガイドさんの姿は見る影も無く、途轍もない憤りを覚えているのか、鬼の形相で彼の魔王(私)に毒を吐き始めたレベッカ。ぶつぶつ…とぼやくも、私たちに聞こえていない筈はなく、眉間に皺を寄せ、歯軋りをかます。
思いっきり地雷を踏んだのだろうけど、正直、明朗快活なガイドさんのこんな裏の顔は見たくなかった。勇者に尊敬の念を抱いている反面、私に対してはかなり誇張された悪いイメージを抱いているようだ。
そして、逆にこちらを慕う元従者もまた、激昂しない訳は無く、声を荒げて反発しようとする。
「貴様…!我が主を愚弄する気――」
「あー!!天命様、続きをお願いしますぅ!!!」
そのユィリス以上に不躾で攻撃的な口を慌てて塞ぎ、私は無理やり話の続きを促した。肩に乗っていたからすぐに止められたものの、今のが公に聞こえていたら、今度こそネオミリム――いや、人間界から追放されてしまう。
ふぅ、焦る焦る……。
「出来るならば、世界の平穏を望みたかった。だが、如何せん人間と魔族では生得的な力に差があり過ぎる故、どう転がったとて、いずれこの世界が魔族の手中に収まることは目に見えていたのだ。人間界の美しき大地が常に殺伐とした戦地へと変わり、天然の恵みである自然魔力が消えて無くなってしまう…そんな世界など露ほどにも望んでいなかった私は、取り戻しつつあった己の力を一部の人間に分け与え、人間界を守護する精鋭を生み出した」
「それが、勇者という存在…」
うん…今の話を聞く限りだと、私の存在さえ無ければ、今も世界は平穏を保っていたと考えられるのでは??
当時を思い返すと、勇者が台頭してくるまでは人間なんて微塵も興味なかったし、只々暇な毎日をダラダラと過ごしていただけだったから、魔族の悪行に目を向けようとすらしなかった。周囲が勝手に私を慕い、勝手に魔王だと崇め、魔界は愚か、人間界をも支配すると勝手に息巻いていたことは知っていたが、奴らの独断で行われた蛮行だからと、それに伴われた結果がどうであれ、知ったこっちゃなかったというのが本音だ。
いや、最低か私!!一番たち悪いまであるよ!?
まあ、それも今の自分だから言えるのであって、当時の私は生粋の魔族だったし、何を目的に生きているのかも分からなくて、全てがどうでも良かったと感じていたのだろう。だからこそ、人間の女の子を初めて目にした時は、自分の中の世界が一気に変わる程の衝撃が走ったのだけれど。
「勿論、無作為に勇者を選出した訳ではない。周囲からの信頼と人望が厚い人間の、内に秘める魂の強さを指標とし、最初は三人の強勇な人間を勇者に仕立て上げた。お主らも知っておるだろう。ルべリオル、マクシム、メイヤード……その者たちの家名だ」
「メイヤード……ルナちゃんの、ご先祖様??」
「そういうことになるねー」
成程。その御三家は、まさに原初の勇者の血を代々受け継ぎ、魔族から人間を守って、今の比較的平和な人間界を作り上げたと。
そりゃあ、重宝される訳だし、魔族側がその偉大な血筋を絶やそうと必死こいて始末しに来るのも分かる。なんでかは分からないけど、ルナの家系――メイヤードは特に。
「ほう、やはりお主の中には勇者の血が流れておったか。明らかに他の者とは異なる魂を宿しておるからな…。それも、〝メイヤード〟……」
「……??」
今の一瞬、天命様の声調に僅かに圧が乗ったような気がした。
この人は何か知っているのだろうか。メイヤードが他の勇者候補と一線を画している理由を。
「昨今は、勇者の血を受け継がぬ者にも、器である魂の善し悪しで勇者の地位を与えておったが、今回のキロ・グランツェルの件は、それが仇となってしまったな。やはり、アシュリナに我が力を託したのは正解のようだ…もう、私は長くない」
「そんなことはありません。天命様にはまだまだ人間界を見守って頂かなくては…」
「相変わらず厳しいな、レベッカよ。どこの勇者に似たのやら」
「それは、褒め言葉ですよ。私の目標は、アシュリナ様ですから」
何だろう。この、組織のトップとその参謀または秘書の良く見るような掛け合いは。
ユィリスのインパクトが強すぎて霞んでいたけど、思い返せば、こんな偉大な人間界のトップとお話するにあたり、レベッカの応対はあまりにも泰然自若としていた。アシュリナに対する信仰心も、どこか身近にいる者へ向けられたような――そう、例えるなら私を溺愛するシャトラに似た盲目的な敬慕に感じられる。それも、嘗ての私に酷く恨みを募らせる程の。
「今や、魔王アリエこそ死んだものの、新たな魔王が君臨し、魔族全体の戦力は規格外に増えておる。均衡が、崩れつつあるということだ。勇者たちには、なるべく無理をして欲しくないが…」
「問題ございません。アシュリナ様がいる限り、魔族に勝ち目はありませんから。死んだ魔王アリエなど、取るに足らなかったという訳です」
「……」
そのアシュリナ様とやらがいても、キロ・グランツェルの計画は止められなかった訳だけど…?ほんとに頼りになるのかねぇ。
なんて、激昂を隠し切れないシャトラの口をなんとか封じつつ、私自身もムッと頬っぺたを膨らます。ふと隣を見やると、ルナも全く同じ表情で何とも言えない遣る瀬無さを噛み締めていた。
「アリアの事、何にも知らない癖に…」
「ルナ…」
とはいえ、真実を知る前までは、彼女も魔王アリエに抱いていた印象はレベッカと大差ないこともあって、あまり強気に出られないのだろう。それでも、人間で私に味方してくれる子が一人でもいてくれることが素直に嬉しい。
「ゴホッ!ケホッ…!!す、すまぬ…少し喋り過ぎたようだ。あまり込み入った話はするものではないな」
「天命様、これ以上はお身体が…」
魂だけの存在がどうやって咳き込んでいるのやら、という突っ込みは野暮だろうか。急に容態が悪化し、樹皮から神々しい魔力を撒き散らし始めた天命様は、今一度私たちの方へ向き直る。
「ああ…とかくお主ら、今は祭典を目一杯楽しんでくれ。大した褒美を用意できなくてすまぬな…」
「い、いえ!もうかなり贅沢させて貰ってますから!」
「うんうん!」
「では皆さん、そろそろ…」
これ以上は天命様のお体に障ってしまうということで、貴重な面会時間は終わりを告げた。まだまだ質問したいことはあったけど、十分に価値のある昔話を人間界のトップから直接聞けただけでも、かなりの充足感を得られたと思う。
「じゃあ、また来るのだ!」
「これでもユィリスちゃんはすっごく良い子だから、また会ってやってくださーい」
「お前は私の保護者か!?」
「では、お暇させていただきます」
「また会いに来ます!」
「貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました」
それぞれの言葉で、割かしフランクに天命様へ別れを告げた後、〝自動昇降機〟に乗り込み、地上へ帰還する。そんな私たちを見送りながら、天命様は誰もいなくなった聖洞内でぽつりと静かに呟いた。
「あの中に、私のよく知る魂を二つ持った者がおった……。なぜだ…なぜ、今になって現れた……」
◇
それにしても、この党内には私たち以外の人間が一人も見当たらない。見かけるのは〝ホムンクルス〟ばかりで、あとは見慣れない瑠璃色の機械や複雑な設備がちょこちょこ置かれているだけ。
まあ、階層によって目に入る情報量は違ってくるだろうけど、セキュリティが厳重なイメージのある玄関口にも人の目が無いのは、少し違和感を覚えてしまう。するとここで、タイミング良くモナが顎に人差し指を当て質問してくれた。
「ねぇねぇ、レベッカさん。ここって、モナたち以外に人はいないの??」
「はい。このネオンアベリスクの運営は、全てホムンクルスたちに一任しております。特に、ネオミリムのバリアを制御、管理する最重要区画では、人は勿論のこと、如何なる生物の出入りが禁じられており、極小の制御チップが内蔵された人工生命体でなければ、侵入と同時に生体反応が検知され、魔力光線による一斉放射で肉体が焼かれてしまいますので、くれぐれも立ち入りはご遠慮ください」
「な、なるほど…」
ネオミリムの防御の要を全て委ねるなんて、そこまでの信頼に値する生命体なのだろうか。いや、寧ろ余計な思考や感情を持たない正確無比のホムンクルスだからこそ、預けられる仕事だと考えれば納得だ。
恐ろしいまでの徹底ぶり。にも拘わらず、なぜあの日――事件が起こった日に、悪しき魔族の侵入を許してしまったのか、甚だ疑問である。
「とにかく!早くネオミリムを回りたいのだ〜!」
「もう待ち切れないよね〜」
これからの予定としては、ルナの希望である〝ネオンモール〟へ向かいつつ、都心の表通り――〝ネオンシュトラーセ〟を優雅に散策することになっている。ネオンアベリスク入り口の真反対にある通用門から市街地に出るや、私たちの耳に聞き慣れない曲調の音楽が流れ込んできた。
「これは…!」
見知った歌か、歌声か、曲か、いち早くその音を感じ取ったサキ。彼女の視線を辿った先には、とある音楽団の生演奏が市街道の側らで披露されており、先行く人々が足を止め、付近のお店の営業に支障がでるくらいには賑わっている。
「アリアちゃん、アリアちゃん!バンドだよ、バンド!ロックバンド!」
「ろっく、ばんど…??」
「刺激的なギターの音色を全面に押し出した音楽隊のことだよー。あたし、一度やってみたかったんだよねー」
「ふーん」
音楽隊は、メインで歌う人が一人、ギターを弾く人が二人、ピアノを弾く人が一人、そして太鼓やシンバルを叩く人が一人の5人構成だ。この手の知識にてんで疎い私は、何かと博識なフランに何気なく視線を送る。
「メインボーカリスト、ベーシスト、ギタリスト、キーボーディスト、ドラマー……なるほど、かなりバランスの良いバンド編成ですね」
といった具合に、彼女なら私の言いたい事を専門的に代弁してくれると踏んでいた。種類の異なるギターを弾いているとか、楽器の別称とか、それらを扱う人をどう呼ぶかとか、流石に知り過ぎている気もするけど。
「そーそー、良く知ってるねフランちゃん!ここに〝DJ〟がいれば、あたしの思い描く理想のバンドスタイルが出来上がる!」
「まーた難しい用語出してきたのだ」
「でも、なんだか楽しそうね。バンド」
「そーでしょ、そーでしょ!ねーねー、今度やってみない?みんなでさー」
確かに、面白そうではある。似たようなことを前にメアリーとやったことはあるけど、あれはロックバンドというより鼓笛隊を後ろに飾って歌うだけの派手な合唱会のようなものだった。
でもこれは、歌い手も演奏者たちも一体となり、誰もが主役で一つの音楽を生み出していて、絶妙に私の琴線を刺激してくる。家族のような固い絆で結ばれた私たちにはもってこいの演芸ではなかろうか。
「モナ、さんせーい!」
「ふふん、私はギター一択なのだ。異論は認めん!ルナは、ピアノ弾けるだろ?」
「んー…まあ、ね。昔、親に教わったくらいだけど」
家の物置に、年季が入った埃だらけのピアノがある。もしかしたら、ルナの両親が残した遺品ではないかと今まで触れてこなかったが、そんな気の遣い方が出来る程、ユィリスは甘くない。
幼馴染みの特権か、私が知らないルナの幼少時代を次々と引き出してくるから、興味がある身としてはありがたいと思う反面、少しだけ羨ましいとも思ってしまう。
「じゃあ、私は〜」
「あ、アリアちゃんはメインボーカルねー」
「なんで!?」
「メイドカフェアの時の歌声、未だに聞いててさー。なんか、癖になるんだよねー」
「あの時録音してたのか…。まあ、いいんじゃない?家に帰ったら、ね」
「やったー!約束だからね、みんな!」
気怠げな口調はそのままに、サキは珍しくはにかんで見せた。そんな可愛らしい彼女の音楽への情熱を浴びながら、市街をぶらりと漫ろ歩く。
――うちに帰ったら、みんなでバンドやってみよう!
その約束が、果たされぬことを知らぬまま…。




