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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第四章 波乱の祭典と目覚める鍵

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第128話 祭典前夜

「「「お〜〜!!」」」


 日が沈む頃、ジュリアお嬢様の案内で中継港(ミッドポート)一の客亭に特別招待を受けた私たちは、その内装を前に興奮を隠せずにいた。

 宿は港の最奥――世界最大の都市が浮かんでいる巨大湖をバックにした、都会全域を見通せる最高のロケーションに聳えている。外観は凹凸が殆どないシンプルな形状だが、見晴らしの良さと内部の装飾、サービス諸々を含め、最高級の宿泊施設だと観光客から非常に高い人気を誇っているそうだ。

 エントランスにて出迎えるは、次の階へと通ずる巨大なかね折れ階段と独特な絵画が並ぶ広々とした踊り場。塵埃の一切が無い絨毯やカーペット、宝石で彩られたシャンデリアなどの光源にも、グレードの高さがひしひしと伝わってくる。


「ふふっ、お気に召していただけたかしら?」


 こちらの反応に対し、ジュリアは得意げな顔で肩に掛かった髪を払う。その隣には、彼女の側近であり護衛役の男が、大人しやかに恭しく佇んでいた。

 癖毛や遊びの一切が無い艶のある清楚な黒髪。若々しく、温和な雰囲気を漂わせつつも、どこか緊張を解くまいとする荘重さも感じられる早熟な顔つき。

 護衛にしては細身の体格で、ジュリアを余裕で見下ろせるくらいには背が高い。皺が全く見られない清爽な黒のスーツを、襟から裾の先まで一つの乱れもない、それこそ布のほつれなんて探しても見つからない程、完璧に着こなしている。タイが曲がっていてよ、なんてお嬢様の決まり文句は期待しない方がいいだろう。

 立ち居振る舞いから服装の着こなしまで、全てに指導が行き届いた怖いくらい完璧な執事。彼こそが、王都マウリムの西の司令塔(ウェストコマンダー)を支える用心棒――セバスである。


「改めましてアリア様、私の身を回復していただき、深く感謝申し上げます」


 と、宿屋の玄関周りを興味津々に見渡していた私へ、執事セバスが片手を胸に置き、深く頭を下げて感謝を述べた。その様子を横目で見やり、ジュリアは意地が悪そうな表情で彼に指南する。


「あらセバス、お辞儀の角度が2度ほど深いですわよ」

「これは…申し訳ありません」

「細かっ!!」


 お辞儀の角度が深いとは何ぞやと呆気にとられる私の反応を一目した上で、ジュリアはお淑やかに軽く笑いながら、「冗談ですわ」と付け加えた。そして、セバスはルナたちの方へ向き直り、同様に謝意を表明する。


「皆様も、事態の収拾にご協力いただき、感謝します。特に、〝大精霊〟様の回復力には恐れ入りました。お陰で、この件による死者は0との報告を受けています」


 気を失っていたにも拘わらず、目覚めた瞬間、真っ先に都の復興に助力する。なんて出来た執事だろうか。お嬢様の身を案じていたとはいえ、中々行動に移せるものではない。


《へへへ、大精霊様だなんて〜。それ程でもあるけど〜》


 ご丁寧に感服を示された上、大層な敬称まで付けて貰い、珍しくシロが得意げな顔を見せる。

 広範囲に渡り、重症の者たちを一瞬で完治させるのだから、覚醒した精霊の治癒魔法は決して侮れない。今頃、何処からともなく現れた謎の精霊が都の住人の傷を癒していた、などと噂されている頃合いだろう。

 しかし、あれだけの騒ぎになっていたにも拘らず、勇者の一人も駆けつけて来なかったのが少し気になる。倒壊した建物を修復している間、明日が祭典だということを一瞬でも忘れそうになっていた。

 まあ、勇者の出番は三日目だし、祭りだなんだと勝手に騒いでいるのもひ弱な人間だけだから、その場に居合わせなかった彼らに当たるのも酷な気はする。


「ぐぬぬ…なぜシロばっかり……。私だって、色々頑張ったのだ〜〜!」

「はいはい、瓦礫の撤去頑張ってたねー。偉い偉い」


 わーわー騒ぎ立てるユィリスの頭を雑に撫で、宥めようとするサキ。一体どっちが子供なのやら。生まれて数年のサキの方が、よっぽど大人に思える。


「お辞儀の角度、相手を敬い気遣う姿勢…。これは見習わなくては!」


 同系統の職種だからか、フランは執事としてのセバスの身のこなしに感銘を受け、すらすらとメモを取り始める。ただでさえ、私たちからすれば最優秀賞もののメイドなのに(一部の性癖を除いて)、これ以上完璧になられでもしたら、表情すらも無くなりそうで怖い。

 そんなやり取りの最中、ジュリアはエントランスの受付に足を運び、宿代の支払いを済ませていた。


「ご予約をされていないお客様ですと、少々お高くなってしまいますが…」

「構いませんわ。今空いてる中で最上級の部屋をご用意してくださる?」

「で、では…代金の方が、こちらに」


 受付嬢が恐る恐る提示した積り書きをこっそり覗き見た私は、そのあまりの額に目玉が飛び出る勢いで驚嘆した。

 世界の中心に位置する最高級ホテルのスイートは、やはり伊達じゃない。一室に掛かる金額は、一泊で一般の人間が2年間休みなく必死で働いて得た合計賃金に相当する。

 こんなもの、セレブ以外の誰に払えようか。そこら辺の弱い魔物を相手に、ギルドの依頼でちまちま稼いでいる自分が惨めに思えてきた。


「あら、こんなものですの?」

「お支払方法は――」

「ああ、ご請求はこちらにお願い致しますわ」

「え、えっ…?うえぇぇ……!?」


 ジュリアが紙幣のような薄く細長い小切手を渡すと、受付嬢の硬く畏まった表情が一気に崩れ、落ち着いた雰囲気であったエントランスの場が徐々にざわつき始める。言わずもがな、ジュリアの身分証明を目に入れての反応だろう。

 彼女程のセレブになると、その場で自ら支払いをする、なんてことはしないらしい。私たちの代理人として契約書にサインした後、セバスを連れて宿の外に向かう。


「では、また明日の祭典でお会いしましょう」

「あれ?二人は泊まらないの?」

(わたくし)たちは他の宿を予約していますわ。こんなお高い所に泊まるなんて、とてもとても」

「……」


 突っ込み待ちなんだろうけど、嫌味とも取れるお嬢様の冗談に皆が無言で呆れを示す。全てを払って貰った手前、返す言葉が見つからないだけなのだが。


「まあ、とにかく…ありがとね、ジュリア。助かったよ」

「お礼なんていいですわ。命の恩人ですもの。ご所望なら、もう一度〝キス〟して差し上げても良くってよ?ふふっ」

「なっっ!!??」


 わざとらしく唇に手を置いて、またも私の反応を楽しむようにおちょくりだすジュリア。キスというワードを耳にするや否や、私よりも先に皆が皆強い反応を示して、こちらに詰め寄ってくる。


「アリア!!キスとはどういうことなのだ!?したのか!しちゃったのか!?」

「いや、あれはキスというか…」

「女の子同士のキス!!百合キス、ええ百合キスです!さあ、アリアさん!詳しくお聞かせ願えるでしょうか!メモの用意はバッチリです!」

「はい?」

「キスって、あのちゅーのことでしょ…!?師匠が言ってた…男女でちゅーすると、赤ちゃんができちゃうって!!」


 この子に何教えとんじゃあのロリババァ!!

 そこはコウノトリが運んでくるだの言っておけばいいものを、なぜ少しばかり生々しく伝えるのだろうか。村に帰ったら説教確定だ。


「え?そうなんですの!?知りませんでしたわ…」

「真に受けないで!?」

「あたしは一部始終をしっかり聞いてたよー」

「そこっ!勝手に盗聴しない!」


 もう突っ込み疲れた。粛然たるセレブ達のリゾートを、一般庶民の喧々轟々とした修羅場で包み込む。


「ハァ…あなたたち、少しは冷静になったら?アリアが初めて会った女の子と、その…キスするなんてあり得ないわ。どうせ、挨拶代わりに頬っぺたにされたとか、そんなとこでしょ?」


 てんやわんやの状況下、眠るちびシャトラを肩に乗せたルナが、一つ溜め息をつき、呆れた様子で切り込んでくる。

 内心びくびくしながらも、それを顔に出すことなくフォローしてくれた。そんな彼女の心の内など知る由もない私は、とにかく弁明しようとみんなを押し除ける。


「そ、そうだよ。ルナの言う通りだから!」

「ちぇ、残念ですぅ…」

 

 濃厚なちゅーでも期待していたのか、フランは残念そうにわざとらしく舌打ちする。

 前言撤回だ。このメイド、一度頭の中からピンク色の思想でも取り除いてやらないと気が済まないらしい。こんなんじゃ、一生かかってもセバスのような使用人にはなれないだろう。


 場をなんとか落ち着かせ、改めてジュリアにお礼を告げた私たちは、その後、中継港一と噂される最高級の部屋(スイートルーム)に案内された。

 ちなみに、馬車は中継港(ミッドポート)の正門付近にある役場へ預託してある。PREMIUM PASSPORTを提示すれば、勇者の祭典が終わるまで利用料は無料(ただ)だ。なんだかんだ言って、私たちもいいご身分である。


 今回の祭典に当たって、最大8人まで宿泊可能になった特別仕様の一室。身に余る超贅沢な空間に、全員の口が開いたまま塞がらず、暫く部屋の入り口で放心状態になっていた。

 

「これが、一流の客室……」

「うちより全然広いわね…」


 8人用の一部屋というのもあるだろうけど、お風呂・シャワーが2つ付いており、4つの豪華なダブルベッドが余裕で収まるくらいの空間なんて、もはや一階建ての家レベルである。最上階から中継港の景色を一望できる上、完全防音で幾ら騒ぎ立てても他の部屋の迷惑にならない。

 とはいえ、こんな静粛な場で大騒ぎするような身の程知らずなんている訳――。


「わーい!ベッドふかふかなのだ〜〜!!」


 普通にいたわ!!

 きっちりメイキングされた皺一つない新鮮なベッドへ、我先にとダイブするユィリス。そのうつ伏せ状態のまま、ぽよん…ぽよん…とトランポリンで遊んでいるかのように跳ねまくる。

 一流のものは弾力も違うようだ。小さな子供が大暴れするくらいじゃ、軋む音さえ聞こえてこない。


「さあ、アリア!カモーン!」

「やらんわっ!!」


 長旅の疲れを癒したいところだが、ここでホテルに複数人で泊まると必ず起こり得るイベントが勃発する。それは、フランの何気ない疑問から始まった。


「ところで…誰がどのベッドで寝るんでしょうか」

「――っっ!!?」


 彼女の一言に、私とシャトラ、シロ以外の全員の顔つきが、刹那の内に真剣なものへと切り替わる。


「ダブルベッドが4つ…最低でも2ペアできるわね」

「その…アリアちゃんはどこで寝るの??」


 恐る恐る質問してきたモナに対し、私がなんと答えるのか、皆の視線がこちらに突き刺さる。

 別に寝る場所なんてどこでもいいと思うのは私だけだろうか。なんて思いながら普通に答える。


「私は、どこでもいいよ。みんなで好きに決めてよ」

「だって」

「じゃあ、アリアはペアで寝るの確定なのだ」

「問題は、誰がアリアちゃんと同じベッドで寝るかだよね…」


 あ、そういうこと…?

 だったら話は変わってくる。みんなはそれぞれ仲良い子と楽しく夜を明かして貰って、自分は部屋の隅っこのベッドにでも寝ようかと思っていたが、どうやらそういう訳にもいかないらしい。

 てか、なんで私はペア確定なの…!?


「アリアさんと寝たい人ー!」

「はい!!」

「はい、はーい!!」

「はーい、なんか面白くなりそうだから」

「貴様ら!ご主人様との添い寝は我の特権であるぞ!」


 真っ先に手を挙げるモナとユィリス。その後、意味不明な理由を付けてサキが挙手。続いてシャトラも参戦する始末。

 もう頼みの綱はルナだけだ。そう思い、彼女の方を見やるも、なぜか難しい顔でじとーっとこちらを睨んでいる。ちょっと怖い。


 ここで私は、軽く脳内でシミュレーションを行ってみた。

 寝相が悪く、どんな意地悪をしてくるか分からないユィリス。0距離になるまでくっついて、無意識に耳を甘噛みしてくるモナ。夜行性なのか、夜が明けるまで私を実験台にし音の研究をするサキ。

 結果、いつも同じ布団で寝てあげているシャトラは除外するとして、誰と寝てもぐっすり眠れる気がしない、という結論に至った。

 ルナやフランだったら、静かに夜を明かせそうな気がする。ルナとはちょっとドキドキしちゃうかもしれないけど…。


「ぐぬぬ…お前ら、そんなにアリアのことが好きなのか!?」

「だ、大好きだよ…!」

「すきすきー」

「よーし!全員でくじ引きなのだ~!!」

「お~!!」


 仲良いな!!?

 どうしてそこまで私と一緒に寝たいのやら(←好きは好きでも友達としての好きだとしか思っていない)。なぜか一致団結しだすみんなに呆れ果てていると、フランの口から聞き覚えの無いワードが飛び出てくる。


「では、ここは〝ジャンケン〟で決めましょう」

「じゃん、けん??」

「なんだそれは?また新しいボードゲームでも教えてくれるのか?」

「ゲームと言えばゲームですね。すぐに決着がついてしまいますが」


 そう言って、フランはじゃんけんなるもののルールを手指を使って表現し始めた。私も少し気になり、彼女の説明に耳を傾ける。


「いいですか?ジャンケンというのは、ぐー・ちょき・ぱーという三種類の手の出し方で勝敗を決める簡単なお遊戯です。手をぎゅっと握った形が〝ぐー〟、ピースサインが〝ちょき〟、パッと掌を全開にした状態が〝ぱー〟です。ぐーはちょきに勝て、ちょきはぱーに勝て、ぱーはぐーに勝てる…といった三竦みの対決ですね」

「へ~!」

「じゃんけん、ポン!の掛け声で、一斉にぐー・ちょき・ぱーのいずれかを出して貰い、勝ち負けを決めるんです。勝負は一瞬ですけど」

「もし、相手と同じ手を出しちゃったら??」

「それは〝あいこ〟といって、もう一度勝負するんです」


 一見運だけのゲームかと思いきや、相手の指の動きを見て瞬時に自分が出す手を判断できたり、あいこになった後の駆け引きで心理戦にもなり得たり、意外と奥が深く面白い手遊びのようだ。

 くじやコイントスのように物を使わずして、その場即興で何か勝敗を決めるとなった時、最も有効な手段となり得るだろう。思いつきそうで思いつかない柔軟な発想だ。

 みんなが軽くジャンケンの練習に勤しんでる間、その光景を微笑ましく見守るフランに質問を投げる。


「この遊び、どこで知ったの??」

「昔、友人が教えてくれたんです。他にも色々な遊びを知ってたんですよ」

「へ〜、その友達って今何して――」

「さあ皆さん、準備はできましたか?」

「……」

 

 いや、まだ練習始めてちょっとしか経ってないけど…。

 やはり、自分自身に関することはあまり話したくないのだろう。見事に会話をスルーされ、ちょっとばかししょんぼりする。

 

「よーし、始めるぞ〜!ルナはやらないのか?」

「し、仕方ないわね。面白そうだから、私も参加しようかしら」


 あ、参加するんだ。


「お前、そんなキャラだったか…?」


 なんてユィリスに突っ込まれつつ、みんなから見えない所でこそこそ手指を動かしていたルナも参加し、総勢4人という超小規模のジャンケン大会が始まろうとしていた。なぜか全員が拳を強く握り締め、並々ならぬ闘志を静かに滾らせている。

 ちなみに、シャトラはいつも私と寝ている為、今回は見送られた。私以外の人間と夜を共にするのは嫌だと、今日は床で寝るみたい。そんなこと言って、いつも誰かしらの膝の上でいびきかいてるくせに。  

 部屋の中央から緊迫した空気が漏れ出てる中、私はシロと中継港(ミッドポート)の夜景を眺望する。


《人間界で、エルフの森以外にもこんな素晴らしい景色があるなんて、びっくりだよ。自分たちの世界だけが全てじゃないってことだね》


「うん。ネオミリムはもっと凄いって聞いたよ」


《へ~!早く行きたいなぁ…》


 そう感激する半面、どこか哀愁を感じさせるような表情で光り輝く都に意識を向けるシロ。恐らくはポジティブな感情で考えないようにしているのだろう。故郷から遠く離れた異国の地に訪れたことで、嫌でも募っていく寂しさを。

 それは多分、私たちと一緒に暮らし始めた時にも抱いていたもの。少しずつ顔に出始めているんだと思う。

 しかも今回は、テレポートでギリギリエルフの森へアクセスできるカギ村からかなりの距離にある人間界の中心への旅。うら寂しさを感じてもおかしくはない。


「ティセルたちも、一緒に行けたら良かったね…」


《精霊たちは、基本森の外に出ちゃいけない存在だからね。大丈夫、帰ったらいっぱいお土産話を聞かせてあげるんだ》


「そっか。じゃあ、その時は私も連れてってよ」


《勿論!》


 夜景をバックに、精霊特有のオーラを散らしながら、シロは微笑む。

 おふざけ大好きなユィリスと常に共にしているからか、この子の笑顔を見られることが増えてきた。故郷を離れたばかりの当時、私たちとの距離感に悩んでいることもあって、部屋の隅っこで塞ぎ込んでいた時期もあったが、今となっては懐かしいくらい。

 今のシロがあるのは、偏にユィリスの真っ直ぐな性格と強引さのおかげだ。あの子に掛かれば、誰かの笑顔を引き出すことくらい造作もないのだろう。私も見習わなくては。


「うわ~、緊張する~」

「早く始めるのだ、フラン」

「ユィリスさん、千里眼使ってるのバレバレですよ。動体視力を高めるのは反則です」

「うっ…バレたか」

「ズルは無しだからねー。勿論、後出しも」

「はい、私がちゃんと見てますから。……では、いきますよ~」


 そうこうしてる間に、ようやくジャンケンが行われるようだ。今宵私と同じベッドで寝る券を賭け、円状に並んだ4人が緊張した面持ちで見合い、フランの掛け声を待つ。

 そして――。

 

「せーのっ!じゃーんけん、ぽんっ!!」


 殺伐とした雰囲気の中で、全員の出した手が一点に集まる。

 初めての実践(というには大袈裟だけど…)で、皆が皆、互いの手指を確認し合う謎の沈黙が訪れた。その後すぐに、参加者三名の顔色が徐々に曇り始め、緊張の糸がぷつりと途切れる。

 十中八九、勝負は一瞬にして決まったのだろう。特に焦らす場面でもないから、結果だけを言うと、ルナだけがぱーで、他三人はぐーという見事な一人勝ちで終わった。


「やっっt……ご、ごほん!ま、まあ…勝っちゃったならしょうがないわね」


 喜びを露わにしたと思いきや、すぐに気丈な態度へ直るルナ。腰に手を添え、満足そうな顔を見せた後、中央のベッドに腰掛けていた私の隣にしれっと座り込む。

 片や勝負に負けた三人は、ふかふかした高級カーペットに両手と膝をついて、どよよんとした効果音と共に気持ちを沈ませていた。


「うぅ…負けたのだ……」

「モナ、ジャンケン弱いのかなぁ…」

「くっ…今夜はアリアちゃんの添い寝ボイスVol.2を収録予定だったのにー」


 は?

 そんな負け組三人衆は置いといて、ともかく同じ寝床を共有するルナに一言言っておこう。


「…じゃあ、一緒に寝よっか。ルナ」

「ええ!」


 本気で嬉しかったのか、屈託のない笑顔を向けられ、心臓がきゅんと音を立てた。

 なぜこんなにも可愛いのだろうか。この子の破壊力には毎度驚かされる。ルナと出会った当初に抱いていた、あわよくば恋人になりたいとかいう下心丸出しの幻想に踊らされていた初期の自分を殴ってやりたいくらいだ。


「皆さん、そう落ち込まずに。あと二日もチャンスがあるんですから」

「そ、そうなのだ!おい、ルナ!明日はお前抜きだからな!」

「なんでよ!明日も参加するに決まってるでしょ!?」

「面白そうだからって一番薄い理由で参加した奴に主導権握られてたまるか!」

「何よ、別にいいじゃない!」

「お前、さてはアリアのこと好きだろ!」

「なっ…へ、変なこと言うのやめて!!」


 はいはい、いつもの可愛い喧嘩ね。

 幼馴染み同士のいがみ合いを他所に、私はどこか神妙な面持ちで窓の外を見やるシャトラに気づいて、傍に歩み寄る。ネオミリムのある方角から何かを感じ取ったようで、キュートな額に皺を作り、いつの間にか魔物特有の警戒心を露わにしていた。

 毛並みを伝う脂汗。かなりの嫌悪感を覚えているようだ。魔物にここまでの顔をさせるのは、彼らと相対する種族――つまり、人間に他ならない。

 それも、化け物じみた強さを持つ…。

 

「ご主人様…感じますか?」

「うん」

「この甚大な魔力量…奴らが続々と集まってきているようで」

「そうだね~。やばそうなのがちらほらと…」


 おー怖い怖い。

 と悪役っぽいセリフを呟きつつ、現在の人間界もまだまだ安泰だと、逆に安心してさえいた。今の私じゃ到底敵いっこないような〝勇者〟が、何人もいると分かったのだから――。

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