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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第四章 波乱の祭典と目覚める鍵

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第119話 ミーニャの一件

「ニャーの出番が少ないのにゃ!!」


 夕刻、村の活気が静まりつつある中、老猫の甲高い鳴き声が辺りに響き渡った。

 いつの間に私の〝テレパシー〟無しで人間の言葉を話せるようになったのか。開口一番に発した人語がこれなもんだから、私たち三人の首が横に傾く。


 シャロたちとの話を終えた私は、モナとサキに誘われ、冒険者ギルドの裏手に足を運んでいた。

 そこで待ち受けていたのが、カギ村の冒険者ギルドで看板猫を務める黒猫ミーニャ。モナの師匠であり、年老いてはいるが、その経験値は豊富で、はっきりとした意思を持って人間と接することができたり、どこで覚えたのか、扱う魔法の精巧さは一流だ。

 そんな聡慧猫は大変ご立腹なようで、私たちが尋ねてくるや否や、少々の怒りを露わにしだした。


「師匠、何言ってるの??」


 純粋な弟子の疑問に対し、ミーニャはイカ耳状態で声を荒げる。


「一応ニャーは、神の生まれ変わりである神霊族を立派に育て上げた優秀な猫にゃ。それなのに…扱いが酷過ぎる!!ニャーが最後に姿を見せたのはいつにゃ!?お前たちが【獣人の里】に行く前にゃよ…。もはやモブ以下にゃ…」

「はい…?」


 どうやらミーニャは、私たちには決して理解できない特殊な〝壁〟の先を知っているらしい(←この文章自体がメタ)。全くもって意味が分からないけど、相当悔しい思いをしたというのは伝わってきた。


「ふにゃぁぁ~~~!!!」


 散々言葉で噛みついた直後に号泣する。そんな最近涙脆くなった黒猫の様子が、これまでの苦悩を如実に物語っていた。

 単なる小動物とは思えない程、喜怒哀楽が激しい。見兼ねたモナが、泣きじゃくる情けない師を抱きかかえ、頭を撫でる。

 

「よしよし、大丈夫だよ師匠。何言ってるのか全っっ然分からないけど、元気出して」

「モナ、お前だけは理解してくれると思ってたのににゃ~~!」


 純粋が故、無意識に毒を吐くモナ。いや、私からしたら毒を吐いているようには思えないが、分かる人には分かるのだろう。

 ミーニャには悪いけど、実際何言ってんのか分かんないし…。

 最近だって、みんなで度々ギルドへ挨拶しに行ってるし、決して蔑ろにしているつもりはない。私たち以外の誰に、モブ以下の扱いをされるというのだろうか。


「それに何にゃ、あの()は…。唯一の癒し枠だったニャーの席を奪い取りおってからに……」

「シャトラのこと??」

「そうにゃ。戦える小動物など、キャラが濃すぎると思わんかにゃ!?」

「……」


 挙句の果てに、なぜかシャトラを目の敵にし始めるミーニャ。何とも救いようのない八つ当たりを聞き入れ、サキはこちらに振り向き、困り顔で「さあ…?」とでも言っているように両手を広げる。


「確かにシャトラは可愛いけど、師匠だって負けてないよ。どっちも可愛いじゃだめ?」

「うーむ…もはやニャーは可愛いと呼ばれる程ぴちぴちではないからにゃぁ…」


 今さっき、自分で癒し枠とか言ってなかった…?

 心の中で突っ込む私たちの視線を受け、ようやく冷静になってくれたのも束の間、どうやら見せたいものがあるようで、ミーニャはまたもその顔色を変える。そして地に降り立ち、堂々と宣言した。


「だが、出番が無いからといって、泣く泣くのんびりと過ごしていた訳ではないのにゃ。今日はお前たちに、ニャーがただの老猫でないことを見せつけてやるにゃ!」

「人間と話せる時点で、ただの猫じゃないけどねー」

「うむ、確かにそうにゃ」

「受け入れはやっ!!」


 ちゃっかり人間とお喋りしている事実を共有したい訳ではないらしい。直後、ミーニャは真剣な顔で内に魔力を込め、私の方に目をやる。


「アリアよ、お前は見たことがあるかにゃ。動物が擬人化する…その様を」

「あるよ」

「あんのかい!!やる前に気持ちが沈むにゃ!」

「いや、ただ質問に答えただけだけど………って、まさか…!?」


 ミーニャがやろうとしていることを悟り、私たちは顔を見合わせる。

 その魔法が果たされるまで、数秒も掛からなかった。目を細め、ニヤリと笑みを浮かべるミーニャから無色透明な光が漏れ出し、その小さき体を包み込んでゆく。

 老猫の外見を模った耀きは、徐々に肥大化。やがてそれは、私たちと然程変わらぬ人間の体躯へと変化した。

 眩い光は徐々に失われていき、魔力の放散(魔法の終息)と共に、その姿が露わになる。


「師匠…!?」

「おー!」

「嘘…!?」


 各々の反応を示す私たちの目の前に現れたのは、完璧なまでに擬人化の魔法を遂げた黒猫ミーニャの姿だった。ようやく勝ち誇れると、老猫――いや、獣人の少女は腕を組み、昂然と仁王立ちしている。


「どうだお前たち!このニャーの姿に感服するがいいにゃ!」

「うん、普通に凄い…凄いけど……」

「何にゃ?言葉が見つからぬ程に衝撃を受けたのか?」

「いや、見た目が…」

「あたしより小っちゃいねー」

「小っちゃくても凄いからにゃ…!!?」


 猫界では還暦を迎えようとしているミーニャの事だ。人の姿になれば、見た目は老人でありながら凄みや威厳を漂わせる、そんな真の実力が知れぬ謎めいた存在に目覚めるのだと、勝手に想像していた。

 けど、実際の風采は成人ですらなく。貫禄の一つも伝わってこない幼気な童女で、誇れるものと言えば、その可愛らしさくらいだろうか。


 黒猫としての名残を見せる艶やかな黒髪と頭部に生やした真っ黒な猫耳。少しばかり毛先が外にはねたボブ風の髪型をしている。

 瞳の色は黒。猫と同じく、縦に若干伸びた瞳孔、そしてキリッとした真っ直ぐな眉毛が特徴的だ。

 丸っこい顔つき、僅かながら赤く染まっている柔らかそうな頬、そして口を開けば覗かせる二つの小さな牙。猫が持つひげ袋のよう(ω←こんな形)な口元が、実に愛くるしい。

 見た目はぴちぴちどころか、生後数年の幼児だ。これはあれか、年齢を重ねると背が縮んでいく現象に似たものなのだろうか。にしては、ギャグか!と突っ込みたくなる程変化が極端だけど。


「師匠~~!可愛い~~!!!」

「お、おいモナ…!ニャーは偉大なる師だぞ!」


 師匠の人間体はどストライクだったようで、モナは擬人化したミーニャに勢いよく飛びついていった。そのまま自分の方に抱き寄せ、頬っぺた同士をスリスリさせる。

 なんと素晴らしい光景!!魔法画にして部屋に飾りたい!!

 猫族の戯れ合いに癒され、知能指数が下がる。そんな私に呆れつつ、この場で唯一落ち着き払っていたサキは、擬人化ミーニャの服装に着目した。


「それにしても、猫ちゃ…いや、ミーニャの着ている服ってさ、もしかして〝和装〟ってやつ?」

「良く知ってるにゃね。ニャーは人間界の北西で生まれてな。そこの領地【ミーレス】に古くから伝わる装束を想像してみたが…似合ってるかにゃ?」

「うん。すっごくかわいーよ」

「何にゃ、その棒読み感は…。グランツェル家の末女として初めて出会った時とは印象が違い過ぎるにゃ」

「あたしも成長したってことさー」


 なんて呑気に会話するサキは置いておいて、私もミーニャが着ている〝和装〟とやらに注目する。

 余計なまでに大きな袖と、お腹周りに巻かれた幅広く長い帯が目を引く独特な装束だ。神の等級へ覚醒した『神格』という称号を持つ『究極者(アルティメット)』の魔族らが、形ばかりに着飾っているのを目にしたことがある。

 恐らく、神なる存在に精通している伝統的な衣裳なのだろう。人間界でも一部の地域の者たちだけに親しまれている文化のようで、あまり見慣れぬ服装であることは確かだ。ミーニャの場合、腰から足にかけて真っ赤な袴が身につけられている。

 この上下が紅白に分けられた和装束、どこかで見たような…。うーん、いつだったかなぁ。

 己の記憶力の無さに落胆しつつ、一先ずはミーニャの故郷である北西の領地――【ミーレス】についての話を聞くことに。


「それにしても、人間界の北西って、かなり遠くない?そんな所から歩いてきたんだ」

「若かりし頃のニャーは、とにかく好奇心旺盛だったにゃ。世界中を歩いて回るなど、苦に思えん程に――ひにゃ!!?」


 すり寄るモナを引き剝がし、立ち上がりつつ背筋を伸ばした途端、ミーニャの腰がぐぎっ…!と鈍い音を鳴らす。苦悶の表情を浮かべ、彼女は前のめりに地へと伏せた。

 余りにコミカルなぎっくり腰。どう考えても、体にガタがきているとは思えない。そんな見た目であるからか、あまり憂いの感情が湧かず、逆に呆れたような視線を向けてしまう。

 猫状態の方が、もっと活発に動けるんじゃ…。


「大丈夫?師匠…」

「おぉ……寄る年波には勝てないのにゃ…」


 モナに支えて貰い、腰を屈めながら、やっとこさ立ち上がるミーニャ。なんとまあ威厳の無い師匠である。

 痛みが治まるのを待ってから、再びミーレス領の話題に立ち返った。


「ねぇねぇ!師匠の生まれ故郷って、どんなところだったの??」

「うぅ…ミーレスの事かにゃ?ふむ…あの領地は、殆どが川や湖で埋め尽くされた湿地帯にゃ。ミーレスの中央には人間界最大の湖があり、その奥深くに巨大な湖底都市が築かれているのにゃ」

「へぇー!」

「湖の中に都市…!?」

「水の綺麗さは世界一にゃ。彩り鮮やかな魚たちに囲まれた金色の(やしろ)は、実に幻想的…毎年観光客が絶えぬ有名な名所にゃよ」


 なんとも夢のある美しい光景が脳裏に想見される。汚染し尽くされた魔界の泥沼に囲まれる生活を当たり前だと思っていた私にとって、ミーレスの湖はさぞかし荘厳に映るだろう。機会があれば、ぜひ観光に行ってみたいものだ。

 しかし、湖の深くに都市を築くなんて、余程に湖底都市のイメージを頭の中で強く描いていたのか、はたまた魔法の精度が尋常ではないのか。非常に興味が湧いてきたところへ、ミーニャからの説明が入る。

 

「湖底都市は先代勇者が築き上げた特別な遺産にゃ。そこから〝和〟という文化が受け継がれていき、今の勇者もそれを大事にしている。和装を世に広めたのは、他でもない今のミーレスの勇者なのにゃ」

「そっか。領地だから、当然勇者はいるよね。その子も、今回の祭典に来るのかなぁ」

「会えるといいね~」

「ま、待てお前たち!まさか、あの勇者の祭典に出席するのか!?それならニャーも――ひにゃ!!?」


 驚きの反動で、またも腰に響いたよう。蚊の鳴くような唸り声を上げたミーニャの手が、再度地につく。

 招待枠は残ってるし、連れて行ってあげたいのは山々だけど、年寄りの幼女(?)に無理はさせられない。それに、()()()を聞いてしまった以上、いよいよ何が起きるか分かったものじゃない祭典に、非力な子を参加させるのは、万が一を考えるとリスクが大き過ぎる。

 残念だけど、今回は村で大人しくしていた方がいいだろう。その辺はモナも分かっているようで、


「師匠…こんな状態じゃ、行きの馬車で何度腰を痛めるか分からないよ…。もう少し良くなったら、モナと一緒に行こ?」


 と老師の腰を優しく摩りながら言った。


「うむ…こればっかりは致し方ないにゃね…」

「いや、猫に戻ればいいじゃん…」

「あの小さい体じゃ、歩くのも億劫なのにゃ」

「それで良く出番が少ないとか言えたね…」


 ごもっともなサキの突っ込みに、心の中で同意する。いや、それ自体がミーニャに対する扱いの酷さの表れなのではないだろうか――なんて馬鹿げたことを考えてみる。


「してお前たち。勇者の祭典に出向くと言うなら、最低でも勇者たちの名前と二つ名くらいは覚えているんだろうな」

「うーん…リツとエリカには会ったことあるけど、二つ名に関しては誰も分からないなぁ。そもそも、今勇者って何人いるの??」

「そっからかにゃ!?世間知らずにも程があるにゃよ」


 本当の事を言うと、あと二人、前世で面識のある勇者がいる。今もそいつらが勇者をやっているか分からなかったし、ここは少し無知を演じることにした。

 モナとサキも、勇者の事は殆ど知らない。いや、興味が無かったと言う方が正しいだろう。

 まあ、二人はグランツェル家の被害者だし、勇者に対する印象はあまり良いものではないというのも理由の一つかもしれない。じゃあ、なんで(お前)は知らないんだって話になるんだけど。

 嘗ては勇者に狙われていた身だったし、今世は彼等と無縁の生活を送りたいと無意識に避けていた――なんて答えでは苦しいだろうか。今となっては、そんな言い分も通用しなくなる程、勇者という存在に接触しているから、実際のところ無識であることに理由はない。


「うん…確かに、祭典にお呼ばれされた以上、勇者の名前も知らないなんて失礼にあたるかも。ねぇ、ミーニャ。知ってる事、教えてくれない?人間界の勇者について」

「仕方ないにゃね。耳の穴をかっぽじってよく聞いておけ――ひにゃ!!?」

「師匠~~~!!!!」


 ………。

 調子に乗って語気を強めるとすぐこれだ。このままじゃ、話の腰も折られ兼ねない。

 この後、私は魔法でミーニャ用のふかふか座布団を拵えたのだった。

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