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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第四章 波乱の祭典と目覚める鍵

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第116話 ネオミリムの天才探偵

 結局あの後、再びユィリスと買い出しに行かされ、戻ってきた私は、シャトラを枕にしてお昼寝タイムに入る。

 平穏を噛み締めて過ごす贅沢なひと時。縁側に差し込んでくる陽光を浴びながら、モフモフの毛並みに包まれ、少しばかりの至福を味わう。


「むにゃむにゃ…」


 元魔王にあるまじき、平和ボケしたなんともだらしない寝顔。夢の中で甘い飲み物でも吸っているのか、涎を垂らし、赤ん坊のように自分の人差し指を幸せそうに咥える。

 こんな気持ち悪い寝相を見られた日には、今まで積み上げてきた名誉が一瞬で傷物となってしまう(←同居している子たちには既に見られている)。尤も、この寝相の悪さを一番認知していないのは、他でもない私自身なのだけど。


 そして同じく、別室で微睡に興じていたサキが、何かに気づき、パッと目を覚ます。ゆっくりと体を起こし、頭部に装着したアーチ状の機械――レシーバーに手を当て、玄関の方へ目を向けた。


「……誰か来たね」


 人間の限界を超越した聴覚を持つサキが言うには、人が鳴らす足音にも微妙な違いがあるのだとか。彼女に掛かれば、遠くから聞こえてくる跫音だけで、その主が誰なのかを瞬時に言い当てられるそうだ。

 人が発している音というよりかは、足が地についた瞬間に響き渡る地面の音調として捉え、自分なりに聞き分けているらしい。言わんとすることは分からなくもないけど、理解できるかと問われたら口籠ってしまう。

 それ程までに、ホムンクルスであるサキの能力は常軌を逸しているのだ。今も、邸宅に訪問してきた何者かの存在を足音で察知している。


「アリアちゃーん、誰か来たみたいだよー……って、凄い寝顔。涎垂れちゃってるし」

「ふぇ…??」


 取り敢えず近くにいた私を呼びに来たサキは、じとりとした目を更に細め、呆れた顔色を見せる。 

 眠りが浅かったからか、すぐに起きたものの、己の醜態など知る由も無い私は、ぺたんと座り込みながら、呑気に大欠伸。口元を拭ってくれているサキを寝ぼけ眼で確認し、ようやく頭が回ってきた。


「あれ、サキ…?もう朝だっけ…」

「全くー、だらしないなー。こんな無防備で寝てたら、誰かに襲われちゃうぞー」

「もう、ここにそんな子いないでしょ……え?いないよね!?」

「さあねー、ふふっ」


 絵に描いたようなノリ突っ込み(?)を受け、思わぬ笑みが零れるサキ。感情の抑揚は少ないけど、そんな彼女が偶に見せる、このふんわりとした自然な笑顔もまた、私の心を揺れ動かしてくる。

 寝起きには刺激が強すぎる不意打ちの破顔。至近距離というのも相まって、不覚にもドキッとしてしまった。

 というか、幼女にもドキドキする私って……。


「はい、拭き終わったよー」

「あ、ありがとう…。ごめんね、だらしなくって」

「いいっていいって。そこがアリアちゃんのいいとこなんだからさー」

「は、はぁ…。あ、それより、誰か来たって?」

「うん。ちょうど玄関前に来たみたいだねー」


 この子の耳はほんとどうなっているのだろうか。さも当たり前のようにサキが言うと、事前に打ち合わせでもしたのかと思われるタイミングで家の戸がノックされる。

 

「ごめんくださーい!」


 同時に、可愛げのある声が玄関先から聞こえてきた。私は立ち上がり、すぐさま門戸へ向かう。

 知り合いなら、いつも足音が聞こえてきた時点で自分から出迎えてくれるサキが、わざわざ私に声を掛けたのは、訪問者が面識のない人物だったからだろう。まあ知り合いだろうが、仮にも家主のだらしない姿は晒せないけど。


「はーい」


 軽く返事をして戸口を開けると、そこには物珍しい帽子を被った女の子が、朗らかな笑顔で待っていた。私が扉を開けるや否や、その子はこちらへ飛びかかるように、勢いよく挨拶してくる。


「うわぁ~、あなたがアリアさんですね~!お会いできて光栄です~!どもども~」

「え、ええっと…?」


 (したた)か陽気で積極的。憧憬な眼差しを向け、まるで有名人にでも会ったかのような反応を見せる女の子は、戸惑う私の手を握り、無理やり握手してくる。


「やっぱり、()で見ると違いますね~!ささ、どうぞこちらへ」

「あ、あの…」


 用件を聞くことはおろか、挨拶を返す余裕すらも与えてくれない。女の子は私の手を強引に引っ張り、否応無く外へ連れ出そうとする。

 しかし、勢いだけで何とかなるほど今の私は甘くない。このままじゃ話にもならないと、一先ずこちらのペースに持っていく。


「待って!知らない人には付いていくなって、友達に言われてるの!」

「……」


 思い切って声を出したら、ようやく動きを止めてくれた。ところが、思っていた反応とは違い、女の子は目をぱちくりさせながら、不意を食ったような顔で言う。


「…意外と子供なんですね」

「こどっ…!?」

「ふむ、捜査にはその場の勢いが不可欠なんですが…仕方ありません。()()()を待たせる訳にもいかないので、ここは手短に名乗っておきましょう」


 一度手を離し、女の子は胸のポケットから一枚のカードを取り出した。それをこちらに手渡すと、帽子のツバを摘まみ、軽く会釈する。


「どうも、シャーロック・ヴィットウォードと申します。年齢は公開してませんが、まあ同じくらいだと思っていただければ」

「私は――」

「それにしても、かなり瞼が重そうですね。号外に載っていた魔法画より、顔がむくんで見えます。もしや、寝起きですね?若干服や髪の毛先も乱れてますし…」

「うっ…」


 初対面の相手に容赦ない言葉の数々。デリカシーの欠片も感じられない発言だ。

 来客と会うのに身嗜みが整っていなかった私にも非はあるけど、ここまでハッキリ言われると顔が熱くなってきてしまう。一応外に出る前、鏡で自分の顔を確認してきたつもりだったのに、整容が少々足りなかったようだ。

 それにしたって、指摘がちょっと細か過ぎる気がする。良く言えば、物凄い観察眼の持ち主だとは思うけど。

 私の挨拶を遮って、淡々と人の心を抉ってくる女の子――シャーロックは、顎に手を当てながら、更に畳みかけてくる。


「スンスン……んー、少し獣の匂いが染み付いてるようですね。大型の動物でも飼ってるんですか?いえ、この気配……魔物のようにも思えますが」

「なっ!?」


 目や鼻が利くだけでなく、魔力の感知にも長けているようだ。人間と暮らす上で、常日頃からオーラを抑えているシャトラの存在を秒で悟るとは、余程繊細な感覚の持ち主なのだろう。

 この子は、一体…。


「ああ、そう身構えないでください。悪い人でないのは分かってますから、誰にも言いませんよ。職業柄もありますが、気になったことは口にせずにいられない性分でして」

「職業柄??」

「私、〝探偵〟やってるんですよ。ネオミリムではかなり有名な方でして…。ほら、その名刺にも書いてるでしょう?」

「名刺…?」

 

 先程渡されたカードは、職業や身分を証明する名刺というものだった。確かに、小形の札には堂々と『ネオミリムの天才探偵――シャーロック・ヴィットウォード』と刷られてある。

 都会に事務所でも構えているのだろうか。その辺も含め、気になっていたことを尋ねる。


「ネオミリムの探偵さんが、なんで私を知ってるの??」

「そりゃもう、有名人だからに決まってるじゃないですか。あのキロ・グランツェルの脅威から街を救った英雄として、号外にでかでかと書かれていましたよ」

「嘘!?」

「勿論、アリアさんだけではありません。他、5人のお仲間さんの名前と顔も、しっかりと公表されてますから。ああ、あとペットが一匹」

「この世界のプライバシーポリシーどうなってんの!?」


 十中八九、義勇軍の仕業だろう。まあ、個人情報がどうとか今更な気はするけど、せめて公にするなら本人たちの許可を得て欲しいものだ。もし祭典で会ったら、文句の一つでも言ってやるとしよう。


「ああ、それと…一応私、勇者エリカ様のお墨付きを貰ってるんですよ。天才というのは、自称じゃありません」

「へぇ~」


 確かに、名刺を良く見ると端の方に小さく『天命直属の近衛騎士公認』とも書かれている。

 先程披露してくれた観察眼然り、探偵業を営んでいるのは本当みたい。エリカが認めているなら疑う理由なんてないけど、ネオミリムの探偵さんが遥々この村に、それも私に何の用だろうか。


「ふふん。その顔、なんで私がここに来たのかを尋ねたがっていますね?」

「……」

「ここで話すのは少々マズいので、一度村の外へ来てください」

「村の外?どうして?」

「誰かに聞かれてはいけない()()の内容なので。それに、今回の依頼人はかなりの人見知りと言いますか…。村に入りたくないと言うので、仕方なく外に停めてある馬車で待たせてるんですよ」

「はぁ…」


 その依頼人を含めて、何か話したいことがあるのだろう。きな臭い感じはするけど、ここまで来て貰ったのに何も聞かずして追い返すのも可哀そうだと、一先ず話だけは聞いてあげることにした。


「そこまで時間は取らせません」

「うーん、分かったよ。私一人だけだよね?」

「勿論です。では、案内しますね」




     ◇




 村の外とはいえ、馬車が停車してあるのは、結界を抜けてすぐの場所だった。外の魔物に襲われないようになるべく近づいたのだろうけど、ここまで来たなら、依頼人を馬車ごと(うち)に連れてくれば良かったのにと、心の中で呆れながら突っ込む。


「荷台の中は防音になってるので、声は漏れません」

「だったら村に入っていいじゃん!」

「まあまあ、細かいことは気にせずですよ~。【アオ】さん、アリアさんを連れてきました」


 荷台の窓は全て真っ黒な布で覆われており、外からだと決して中を見られない構造になっている。

 先導して馬車の中に入り込んだシャーロックは、依頼人と思われる人物の名を呼んだ。私も後に続き、ランプの明かりが灯っているだけの薄暗い荷馬車へ乗り込む。


「しゃ、シャロさん…そ、その方が…?」


 荷台内では、この場の幽々たる雰囲気に見合う、と言ったら失礼だけど、陰気な空気を醸し出した髪の長い少女が、端っこの方で縮こまっていた。私を見た途端、体を震わせ、シャーロックに助けを求めるかのように、拙い口調で言葉を絞り出す。


「はい。()()()のアリアさんです」

「協力者…?」

「アリアさん、この方が私の依頼人、アオさんです」

「ど、どど…どうも…」


 協力者という呼ばれ方に違和感を覚えたものの、私はすぐにアオと紹介された少女の容態へ目を向けた。

 もはや人見知りのレベルではない。対人恐怖症といっても差し支えない程、体すらこちらへ向けようとせず、出来れば話しかけないで欲しいというその姿勢が全てを物語っている。


「こんにちは」

「ひっ…!」

「……」


 挨拶を返されただけで…この様子じゃ、人から視線を向けられただけで卒倒しそうだし、村に入ろうとしなかった理由はなんとなく分かるけど…。なんだか心配になってくるなぁ。

 小さな丸机を挟んで座ると、改めてシャーロックの方から丁寧な紹介を受ける。


「それでは改めまして…私は天才探偵のシャーロック・ヴィットウォードです。街の皆さんからは〝シャロ〟と略称で呼ばれていますが、まあ好きなように呼んでください。これまで解決してきた事件は実に300超え。実績は折り紙付きなので、どうぞよしなに」


 癖になっているのか、幾らか特徴のあるハットのブリム(ツバ)を摘みながら、天才探偵は自信たっぷりに言い並べた。

 シャロというのは、シャーロックという名前が長いから自然と略されたのだろう。可愛らしいし、私もこっちで呼ばせて貰うことにした。

 そして、今一度シャロの容姿に目を向ける。


 肩にかかる程度に伸びたブラウンの髪。内側に巻かれ、全体的に整われた毛先がふんわりとした印象を作り出している。

 あどけない声や喋り癖、立ち居振る舞いだけを見れば、幼い部分が垣間見られるものの、目鼻立ちは既に完成された大人の女性だ。年齢が分からないから何とも言えないけど、恐らく年上の方だろう。

 瞳の色は焦げ茶。些細なことも逃さぬ探偵としての生命線が、パッチリと見開かれている。

 上下が一貫した派手さの無いドレスの丈は、膝が見え隠れする程度。格式高い制服のようにも思え、袖を通さず羽織ったチェック柄のボレロが、如何にも探偵といった感じの見て呉れだ。

 胸のポケットからは虫眼鏡と木製のパイプが顔を出している。人は見かけによらずと言うが、煙草を好むような子には思えないから、パイプはただの飾りだと思いたい。

 紐を交互に編み上げたブーツ然り、全体的に茶色系統に染まったコーデだ。探偵のイメージが色濃く出ている鹿撃ち帽の上端には、小さなリボンが添えられている。

 他に大きな特徴があるとすれば、頬の傷跡くらいだろうか。何か巨大な爪のようなもので、かなり深めに引っ掻かれた跡が痛々しく残っている。

 探偵の目は誤魔化せず、シャロはすぐに私の視線を察し、左頬の傷跡に触れた。


「これ、気になります?」

「あ、いや…」

「探偵というのは、ただ事件を解決するだけが仕事ではありません。時には命を懸けることもあります。レアケースですけどね」

「その、よかったら治すけど…」

「いいんです。この傷は、()()のようなもの…いえ、私自身が探偵であることの存在証明のようなものですから。死ぬまで、残しておきたいんです」

「……そっか」


 今の言葉の中に、シャロの探偵としての覚悟が全て詰まっているような気がした。知ったようなことは言えないけど、称賛されるべき実績の裏では、計り知れない苦労があるのだろう。

 彼女の思いを聞き入れてか、私はここに連れてこられた理由然り、探偵についても少し興味が湧いてきた。


「知ってますか?この世界には、まだまだ私たちの想像を超えたミステリーが眠っているんです。私の最終目標は、〝世界の真相〟をこの目で確かめること。もしかすると、今回の依頼はその尻尾を掴めるチャンスになるかもしれませんね」

「そうなの?」

「はい!アリアさんには、是非ともその記念すべき瞬間に立ち会っていただきたいのです!」


 これから始まるであろう出来事にわくわくしながら、シャロは両手をぎゅっと握り締める。

 ちょっと面白そう。不覚にも、更なる好奇心を駆り立てられてしまった。

 でも、そう上手くいくだろうか。何でもありと言われているこの世界で、誰も解明できなかったことを知ろうとすれば、相応のリスクを背負うことになるかもしれない。

 だからこそ、私に協力を求めたと考えれば、一応合点はいくけど。


「さっ、私のお話しはこれくらいにして…本題に入りましょうか。勇者の祭典の裏で執り行われる、極秘の捜査について――」

二つのイベントが並行する――。

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