第114話 憧れの観光地
「「「え~~~っ!!勇者の祭典への、招待状~~!?」」」
邸宅中に、みんなの驚嘆の声が上がった。そこまで驚くかと突っ込みたくなるような勢いに、招待されたことを何気なく告げた私は、思わず圧倒される。
「そ、そんなに驚く…?」
「驚きますよ!勇者の祭典といえば、人間界中の勇者が一堂に会し、各領地の首脳陣を交え、世界の近況について報告・議論を交わす貴重な催しです。そんな場から直接招待状が送られるのは、少なくとも国レベル…一国を担う権力者、または勇者からの厚い人望や信頼がある人たちに限るんですから!」
「へぇ~。勇者の祭典って、そんなに凄いんだ」
器用なもんで、フランは私とルナの分の紅茶を注ぎながら、理由を早口で説明してくれた。取り敢えず席に着いて、彼女が焼いてくれたクッキーに手を伸ばす。
「ん!美味しい~♡」
勇者の祭典というものがあるのは前世から知っていたけど、まさかそんなに規模が大きいお祭りだなんて知らなかった。国レベルってことは、有名どころの王都も入ってくるのだろうか。
だとしたら…。
「最初は小規模に執り行われていたんですが、普段、ただでさえ表に顔を出さず、お互いに干渉し合わないような勇者たちが一か所に集うことなんて滅多にないので、人々は〝聖祭〟と称し、勇者たちへの感謝や祈りを捧げる儀式として催されるようになったんです」
「フランちゃん、詳しいねー」
「レアリムにいた頃、少し話を聞いていたので。あの王都にも、招待状が届くみたいですから」
「だったら、メアリーも来るかもね!」
予想が的中し、パァァァと思わず笑みが零れた。
東の王都【レアリム】の≪東の司令塔≫――メアリーとは、しばしば伝書鳩でやり取りしている。久々に会いたいと思っていたところだし、私が参加すると知ったら、あの子も喜ぶだろう。もしメアリーが来るなら、行かない理由はない。
「むぐむぐ…でも、その招待状ってアリア宛なんだろ?私たちも行っていいのか?」
「大丈夫!ほら、これ見て」
私は招待状と共に同封されていた一枚のチケットを取り出し、そこに記載されている利用規約の項目を指差した。どうやら特別な招待券のようで、表には『PREMIUM PASSPORT』と派手に書いてある。
「一枚につき、8人まで有効だって!」
「凄いですよこれ!入国審査不要で、あらゆる娯楽施設への入場が無料らしいです!」
「じゃあ、あの有名なテーマパークで遊び放題だな!!」
「嘘でしょ…ネオミリム最高級のホテルも無料で手配されてるわ。しかもVIPルーム…」
「こんな待遇、受けちゃっていいの…?ちょっと怪しい…」
これ以上ないおもてなしの数々に、若干引き気味な一同。サキに至っては、何か裏があるのではと勘繰りだす始末だ。
確かに、少し優遇され過ぎな気はする。誰が届けてくれたのかは分からないけど、私だって、こんなことを直接言い渡されたら流石に遠慮してしまう。
「いや、私たちはあのグランツェル家の計画を阻止して、人間界を救ったんだぞ。これくらいもてなして貰わないと割に合わないのだ」
「あなたね、少しは謙遜しなさいよ…」
「でも、一理ありますね。勇者の誰も気づけなかった闇の組織の実情を暴き、撃退したんですから。本来ならば勲章ものかと」
「うんうん。バチは当たらないと思うよ」
「まー何かあったとしても、アリアちゃんがいるから心配ないよねー」
一国の権力者たちと同等の厚遇をしてまで、私たちを呼びたい理由があるのか、もしくはただ純粋に楽しんでもらいたいのか。主催者側の意図が読めないけど、私としては、ここは素直に受け取ってもいいような気もする。
もし偽りのものだったとしても、メアリーも受け取ったであろう招待状と照らし合わせれば、すぐに分かることだ。
ここでもう一つ、私は気になったことをフランに尋ねる。
「ねぇ、フラン。勇者の祭典って、招待状を貰った人しか行けないの?」
「そんなことはないですよ。誰でも参加可能なんですが、先程言った通り、この祭典は勇者への感謝と祈りを捧げるためのイベントなので、それなりの入場料を払う必要があります。富裕層ならともかく、領外の村に住まう人たちにとっては、雲の上の世界でしょうね」
「やっぱりそうなんだ」
そう考えると、招待状が届いたと分かった時のみんなの反応にも納得だ。こんな辺境の村に、人間界を統べる勇者から贈り物が届くこと自体、考えられないだろうから。
逆を言えば、それ程までに私たちが成し遂げたことは大きかったという見方もできる。招待券を一通り眺め終えたみんなに、私は参加の有無を尋ねた。
「みんな、どうかな…この招待、受ける?」
「―――??」
すると、なぜかこの場にいる全員が首を傾げたり、頭上に?マークを浮かべたりなんかして、不思議そうな視線をこちらに向けてくる。そんな自分たちの気持ちを代弁するようにして、ルナが最初に口を開いた。
「受ける?…って、この招待状を貰ったのはアリアじゃない」
「え?う、うん」
「だったら、私たちに決定権は無いわ。アリア自身はどうしたいの?…って、もう決まってるだろうけど」
私たちに遠慮するなと、そう遠回しに告げられたのだろうか。気を遣ったつもりが、逆に気遣われてしまった。
まだ子供の年齢の筈なのに、みんな考えが大人過ぎる。なんていい子たちなんだ(←謎の親目線)。
だからこそ、私は伝える――。
「そりゃ、行きたいよ。でも、出来れば…ここにいるみんなと一緒がいい。というか、一緒じゃなきゃ…嫌。駄目、かなぁ…」
決定権が私にあるというなら、多少の我がままは言わせてもらおう。頬を若干紅潮させつつ、みんなを巻き込むような形で、語気は弱いが強気で言い放った。
「アリアさん…なんて健気なんでしょうか……!!」
「ま、そこまで言うなら、付き合ってやらんことも無いのだ!」
「にぃへへ~、アリアちゃんかわいっ!」
「ご主人様のお申し出を断る者など、ここにはおりません。我は何処へでもお供します!」
素直な思いを伝えた私に、皆が皆、優しさに溢れた温かい視線を向けてくる。
どうやら、子ども扱いされていたのは私の方だったみたい。少し意地悪されているような気になって、恥ずかしさが倍増し、更に顔が赤くなってしまった。
「も~、からかうのはいいから~!!」
「さて、アリアさんのデレが見られたところで、当日の日程と詳細を確認しましょうか」
デレてないわ!!
とも言い切れないので、フランには目で制すだけに留めておいた。そんな私に目もくれず、肝心の招待状にみんなの注目が集まる。
「祭典は三日間。でも、勇者たちが直接議論を交わすのは、最終日だけのようね」
「三日も遊べるなんて最高じゃーん!」
「ネオミリムへの入国には、先ず〝中継港〟という場所を経由する必要があるみたいですね。そこで、入国審査やパスポートの確認を行うようです」
「世界一の都市なだけあって、結構厳重だね」
とはいえ、この『PREMIUM PASSPORT』を所持していれば、入国審査も難無く通過でき、一般の者たちよりも一足早く入場することが可能なのだろう。そんな豪勢な招待券が8人まで有効とは、随分と信頼されているものだ。
「むぐむぐ…警備が厳しいなら、魔物のシャトラは入れないんじゃないか?」
「そもそも、この有効人数の中に精霊やペットがカウントされるかどうか分からないわよね」
「誰がペットだ!!」
「ふにゃ!?その時は、シャトラはお留守番になっちゃうかも…」
「シロは人間のバディだから大丈夫だろうけど、純粋な魔物はねぇ…。まあ、警備に引っかかったら、置いてくしかないね」
「ご主人様!?我にだけ辛辣!!しゅん……」
半分冗談で言った私の言葉に、虎界最強の魔物は本気でショックを受け、ミニサイズへ縮こまる。その姿を見かねたモナが、シャトラを抱え、柔らかい膝の上に乗せた。
魔物や魔族は、体内に流れている魔力の質が人間と異なっている。魔力の感知に長けた者が取り締まっている場合、ほぼ確実に魔物だと悟られるだろう。
こればっかりは、説明して分かってもらうしかない。
「むぐむぐ…入場した後は、誰かが迎えに来てくれるみたいなのだ」
《あ~~っ!ユィリス、私の分のクッキーも食べたでしょ!》
「た、食べてないのだ…」
《返して~~!!》
「お、お前は腹に溜まんないからいいだろ~~~!!?」
こっちはこっちで話を脱線させる。食べ物の恨みは恐い。均等に取り分けられていた筈のクッキーを食べられ、怒ったシロは、ユィリスの胸ぐらを掴んで前後に激しく揺さぶる。
「ほんと、ユィリスは食い意地もいっちょ前よね。ほらシロ、私のを分けてあげるわ」
《ありがとう~!ルナは優しい…》
「ぐぬぬ、まるで私は優しくないみたいな言い方なのだ…」
バディ同士の喧嘩が落ち着いたところで、サキが話を戻す。
「で…あたしたちを迎えに来てくれる人が、一日付きっきりでネオミリムをガイドしてくれるみたいだねー」
「ネオミリムか~。どんな所なんだろう」
「テーマパークがメインだなんて良く聞きますが、それだけではありません。三日ではとても回り切れない程、数々の娯楽が詰まってるんです。お金さえあれば、一生遊んで暮らせるでしょうね~」
「美味しいもの、沢山食べれそうなのだ~。じゅる…」
「お洋服やアクセサリー、ネオミリムでしか手に入らない買い物も楽しみだわ」
各々が楽しみたいことを口にし、ネオミリムへの思いを馳せる。勿論、私も招待状の内容を確認した時から、行きたい気持ちを抑えきれなくてしょうがなかった。
この世界の全てが詰まっているとも言われ、人間誰しもが一度は憧れるアミューズメント国家――ネオミリム。弾む心が留まることを知らない。魔王であった頃、無理やり人間界に攻め入ってまで、一生に一度は絶対に観光したいと思っていた都市から、こんな高待遇の招待を受けることになるとは、まさに天にも昇る心地だ。
加えて、最高に可愛い美少女たちに囲まれながら遊び尽くせるときた。極力平静を装おうとしているが、今にも雄叫びを上げたくなる程、私の胸中は歓喜に舞い上がっている。
祭典は二週間後。一体、何が待ち受けているのだろうか。待ちきれないし、後でネオミリムに関する本でも探して読んでおこう。
「ごめんね、シャトラ。審査に引っかかっても、何とか説明するからさ」
「ご主人様ぁぁぁ!!ありがたき幸せぇぇぇ!!」
しかし私たちは知る由も無かった。この招待状を受け取った瞬間から、〝全て〟が始まったということを――。
◇
「あー、夕食の材料が切れてしまってますね。今日はクリームシチューにしようと思っていたんですが…」
食料が冷蔵してある保管庫を眺めた後、フランがボソッ…と呟きながら、意味ありげに私たちの方へ目を向けた。
毎度のことながら、この一言が買い出しの合図。誰か行ってくれないかなぁ…チラッという意味を込めた可愛らしい仕草だ。
そんな彼女の愛くるしさに負け、私が買い出しを担おうとした矢先、いつもなら絶対に率先して家事をやらないようなユィリスが、いの一番に手を挙げた。
「はいはーい!私とアリアが行くのだ!」
「勝手に決めないで!?買い出しなら一人で十分でしょ!?」
「買い出しついでに姉ちゃんのとこ行きたいんだが…そうか、アリアは姉ちゃんに挨拶したくないんだな……」
「後出し酷くない!?」
なぜ私なのだろうか。ユィリスのことは結構分かってるつもりでいたけど、今一つ掴めないところがある。グラン街の一悶着から、妙に私への意地悪が多くなった気もするし。
「シロ、お前も行くか?」
《ふん…!》
「…まだ根に持ってるのか?まあいいのだ。さあ、行くぞ!」
「あ、ちょ…私の意思は無視かい!」
強引に手を引っ張られ、思わず変な口調で突っ込んでしまった。
なんだかんだ思いつつも、結局はユィリスのペースに引き込まれる私。ちょろいと言われようが構わない。このマイペースな性格が可愛過ぎるユィリスのせいなのだから。
「なあなあ、ちょっと商店街を食べ歩いて行かないか?勿論、アリアの奢りで!」
「はいはい…」
この和やかな雰囲気を楽しんでください。一先ずは…。




