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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第四章 波乱の祭典と目覚める鍵

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序幕 招待状

第四章スタートです!

タイトル改変については、活動報告でご説明させていただきます。

「フッ…。此度の祭典は、ちと荒れそうだな……」


 ひらひらと舞い落ちる、黄金(こがね)色をした洋型封筒。どこからともなく現じたその〝切符〟が、遥か上空より祭典の幕開けを告げる――。


 ………

 ……

 …


 勇者が治める領地は、大きく6つに分かれており、一領につき一人の勇者がついて、人間界を守護する役割を担っている。

 人間界が誇る世界最大規模の都市《ネオミリム》。その巨大な国家が中心となった【ロンディア】領を取り囲むようにして、他の領土が各地に点在している。

 ただ、領数と勇者の数がイコールで結びつくわけではない。所轄を嫌い、領地を持たない勇者もおり、彼らは〝遊撃者〟として常に人間界を渡り歩いている。


 未知の悪魔を従える≪魔導の聖勇者(メイガス・パラディン)≫――リツ・シュヴァリエも、その一人。現在は、人間界南東の領地(旧グランツェル領)の見回りを任されている。

 闇の一族グランツェル家の騒動から数日が経ち、特に目立った事件は起きず、やる事一つない退屈な日々を過ごす中、彼女の元に、とある書状が届いた。


「は~む…。ん~~!!このドーナツ美味しい~!グラン街のスイーツも中々やるじゃん」


 陽光が差す幻想的な森の空きスペースに広げられた、小さなお茶会セット。森に住む動物たちに、草むらや木々の隙間から見守られ、一人の女の子が両手に持ったドーナツを美味しそうに頬張る。

 年相応に、無邪気におままごとを嗜んでいるようだ。草むらに敷いた敷物(シート)の上で、甘いシナモンの香りを放つドーナツが入ったバスケットを傍に置き、お気に入りのぬいぐるみと一緒になってお茶を楽しむ。


 なんとも愛らしく思える光景なだけに、決して見過ごすことのできない違和感が目立ってしまう。森に跋扈する野生の魔物たちが、少女の姿を視認するや否や、言葉には言い表せない程の物恐ろしさを抱き、蒼褪め、狼狽える様子を見せているのだから。

 推定年齢10歳。そんな人間の幼女が一人で森にいるとあらば、魔物たちは黙っていないだろう。襲わない理由など何処にあろうか。

 しかしまるで、


 ――私に襲いかかれば、その首が吹っ飛ぶ…。


 そんな思念を送っているかのような、少女の並ではない強者(つわもの)オーラを前に、殺意を抱いていた魔物たちは、恐れを禁じ得ず。絶対に彼女の機嫌を損ねないようにと、ゆっくりと後退りし、尻尾を巻いて逃げ出した。

 魔を操る生き物だからこそ、本能的に察知したのだろう。この少女に近づけば、ただでは済まないと…。


「あなたも食べたい?いいよ、あげる~。はい、どうぞ!」


 首が傾いているウサギのぬいぐるみに、ドーナツの乗ったお皿を差し出す。そんな少女の純粋な笑顔は、とある黒幽体の出現により、即刻消え失せた。

 魔力で作り出した黒いローブの中に存在する、確かな生気。肉体はあるにはあるが、少女でさえ、その素顔を見たことがない。

 決して言葉を発さず、もやもやとした漆黒の魔力で外見を模っている謎だらけの生命体。それが、彼女――勇者リツの唯一の側近として、また家族として傍に仕える強き悪魔だ。


「……いるなら言って」

「……」


 家族同然の悪魔にも、無邪気な姿を見せるのは気恥ずかしいのか、頬を赤らめながらムッとするリツ。いつもなら、ただ沈黙が返ってくるだけの、なんとも言えない二人の絶妙な距離感に、一つの()()()が彩りを加えた。

 差し込む日の目に反射して、光り輝く小さな金色封筒。悪魔から差し出されたそれを目に入れた途端、彼女の目つきは真剣なものになる。


「今回は、金色……」


 封を開け、中身を確認したリツは、分かってましたとばかりに溜め息をついた。

 そして一言。


「また、あの()()たちと話さなきゃいけないなんて…ほんと疲れる」


 と独り言のように呟き、ドーナツに齧りつく。

 リツの言い分は、あながち間違ってはいない。勇者に成り上がった者たちは、彼女を含め、一癖も二癖もある個性の塊であることは、誰もが周知の事実なのだから。





 人間界南西の領地【アルカディア】――。

 巨人が住みついていることで有名なこの領土にも、領主の勇者宛に金色の切符が届いた。

 海岸沿いに堂々と切り立つ勇者の塔。その内部で、ドタバタと忙しない足音が響き渡る。

 

「【アルゴス】君!ネオミリムから、勇者の祭典に来いって招待状が届いたみたいだよー」


 比較的小さな一室に、元気いっぱいの女の子が、招待状を握り締めながら飛び込んできた。そのまま、部屋の隅で号外を読む落ち着き払った少年の元に歩み寄る。


「ああ、そうか。後で読むから、そこに置いといてくれ」


 大人用のソファーに足を組んで座す少年は、友人である女の子に可愛らしく微笑みかけた。


「号外を読むなんて珍しいね。何読んでるの?」

「これさ。先日公表された事件の首謀者、キロ・グランツェルを倒したという子が気になってね」

「あ~、その子か!女の子なのに凄いよね。勇者でもないのにさ~」

「一度会って、話してみたいものだよ。まあ、僕こんなだから、舐められちゃうかもしれないけど…」


 少年、とは言ったが、実年齢は優に100を超えている。身長は130センチ程で、その小柄な体が大きくなることはなく。

 見た目は完全に子供だが、宿りし力は本物で、手を触れずに巨人を薙ぎ倒す所業たるや、まさに神の域。小さいからと舐めていると、忽ち怒りを買うことになる。主に、彼の想いびとからの、だが…。


「その時は、私がその子を屠っちゃう♡」

「相変わらず、発想が怖いな…」


 そんな彼、【アルゴス・アルカディオ】もまた、勇者の一人として祭典の招待を受ける。





 人間界北西の領地【ミーレス】――。

 河川や湖沼などの地表水が大半を占める特殊な領土で、湖の奥深くに沈む湖底都市が、主な観光地として挙げられる。

 不思議と常在するその都の守護者こそ、ミーレスを司る最強の巫女勇者。湖畔に聳え立つ巨大な鳥居の前で、金色の封筒を片手に目を瞑る。


霧時雨(きりしぐれ) 湖畔に浮かびし 冥の跡…」

 

 艶かしく潤った唇をゆっくり動かし、物思いに耽るように口遊む和装の少女。老若男女問わず、性別の隔たりを超え魅了されるその完璧な美貌が、この世界ではあまり見慣れぬ、振袖に重ねた神々しい羽衣と相まって、眩い美しさを放っている。

 そよ風が撫でる髪を妖艶にかき上げ、カラン…コロン…と下駄の音を立たせながら、鳥居に背を向け歩き出した。そんな美少女――【ハクヤ・ミレーシア】の元に、仮面を被った従者が颯爽と現れ、彼女に伝書鳩で送られた便箋を手渡す。


「ハクヤ様。祭典の開催に際して、勇者エリカ・ロンド様より吉報が届いております」

「おーきに。それにしても、珍しいなぁ。あの子から連絡してくるなんて…」

「ん?そちらの封筒は、もしかして祭典の…」

「うち宛の招待状らしいわ。前までは、こない金ぴかやあれへんかったけども…今回はえらい気合入っとるようやねぇ。祭典が待ち遠しいわぁ」


 人差し指と中指で封筒を挟み、ハクヤは意味ありげに口角を上げる。

 不敵な笑みの裏に潜む感情は、純粋な喜びか、はたまた何かしらの意図を含む悦びか。彼女の胸の内を知ろうとすれば、いつだってその端整な顔立ちが思考を放棄させ、枝葉末節に終わる。

 当然、持ち味は〝美〟だけにあらず。独特の口調で大陸を統べる勇者の肩書は、決して『究極者(アルティメット)』の猛者共に引けを取らない。

 

(勿論、あんたも来るやろ。()()()()()…)


 誰かを慮り、彼女は美麗な目尻を静かに下げた。





 人間界最南の領地【ラクヨウ】――。

 昼間は熱風、夜間は寒風立ち込める極端な気候を持ち、陸地の大半が広大な砂漠に覆われている。

 そんな風土であろうと、決して衰えることなく栄耀を極める砂海の街並み。勇者が生み出したその土地柄のおかげで、人々は活気に満ち溢れた暮らしを約束されている。

 故にこの地方では、勇者という存在を崇め、感謝する領民らが殆どだ。勇者へ貢物を捧げようと、砂漠の街に構えられた絢爛華麗な〝神殿〟に、今日もまた行列が伸びる。


「【フラグマ】様、ネオミリムより招待状が…」

「……」

「あー…これはまた、随分と頂きましたね…」


 祭壇仕様の巨大な一室に足を踏み入れたお付きのメイドが、積み上げられた頂き物の数に圧倒され、言葉を途切らせる。部屋の中央には、その貢物の多さに困惑を隠しきれずにいる勇者の姿があった。

 顔は勿論、全身を真っ白なローブで覆っており、垣間見えるは赤く耀う両目のみ。おまけに無口で、感情の一つも分かりはしない。

 誰かに言伝る際は、常に傍へ仕えるメイドを通している。そんな秘め事の多い不詳の勇者――フラグマと()()()()()()男に、大人びたメイドが金色の封筒を手渡した。


「どうぞ。恐らく、勇者の祭典への招待券でしょう。勿論、出られますよね?」

「……」


 メイドの質問に、勇者フラグマはコクリと大きく頷いてみせる。そして、グッと気合を入れ直すようにガッツポーズし、再度領民の差し上げ物に目を通し始めた。


(相変わらず、仕草が可愛らしいですね)


 とメイドは悟られぬように、口元に手を当てクスリと笑う。


「……」

「言ってくだされば、私が代わりに確認致しますのに」


 その提案には乗れないと、今度は首を大袈裟に振る。

 表情は誰の目にも映らない。しかし感情は、目に見える形で分かりやすく表現する。

 捧げられた物は、全てに目を通し、人々の感謝を常に受け止めて。

 領民を愛し、領民に愛された男。それが、フラグマという謎多き勇者について、分かっていることの全てだ。





 人間界、とある孤島――。

 何かを匿っているのか、或いは外に出さないように封じ込めているのか。巨大な隔離結界で覆われたこの島に、招待状が届くことはない。

 なぜなら、この島の場所を知る者など、住民を除いて存在しないのだから。島の端、荒れ狂った波が打ちつけてくる断崖絶壁の上で、一人の男が遠くを見つめる。


「あー…ねみぃ……。クソッ、随分と寝ちまったな…」


 口を重そうに動かし、無造作に頭を掻いて、堅い石地に躊躇なく倒れ込む。その、なんとも怠けた性格を持つ男の傍へ、一匹の小さな魔物が駆け寄ってきた。


「にゃんにゃん」


 尻尾が二本生えている猫のようで、男に何かを訴えかける。その思念を受け取れるのか、男はさも当たり前のように会話を始めた。


「アイツの様子はどうだ…?」

「にゃにゃ、にゃーにゃにゃ」

「そうか…。引き続き、面倒見てやってくれ」

「にゃん!」

「ああ、それと。一か月後に、少しここを離れることになった。まあ、一日くらいだ。……面倒な会合に呼ばれちまってよ。その間、アイツを頼めるか?」

「にゃにゃ!」


 ビシッと敬礼し、人間味溢れる猫型の魔物は、颯爽と奥の森へ去っていった。


「チッ、何をする気も湧かねぇ…」


 たった一度のパンチで、魔界の半分を消し去った過去を持ち、世界を構築すること実に2000。壊滅させた星々、異世界は数知れず。

 消去・破壊。それが、一言で表した彼の所業。その、全てだ。

 彼にとって、この世界の〝条理〟はつまらないものであった。何もかもを覆す、そんな馬鹿げた存在に出会うまでは…。


「なぜ死んだ…。魔王アリエよぉ…」


 男の名は、【ロア・マクシム】――。

 領地を持たない〝遊撃者〟にして、世界ランクトップ10に属する『究極者(アルティメット)』の一人。ある条約を結び、暴れることを制限された、出鱈目極まりない勇者である。





 人間界最北の領地【プラウズ】――。

 暑さに見舞われる南の地域とは真逆で、極寒の気候が永続するこの領土では、猛吹雪の中、孤高に聳える城の影が見え隠れする。

 城下に街はなく、繁栄も無い。あまり人々の前に顔を出すことのない女が、ただのんびりと暮らすために魔法で建造された、ガラスのように透明な居城である。


「魔界は、随分と荒れているようだな」

「はい。魔王アリエが死に、各地で『究極者(アルティメット)』の魔族が縄張り争いを始めているようで」

「フッ…。そのまま、潰し合ってくれれば良いものを…上手くはいかんものだな」


 銀色のティアラが似合う人間界最強の女は誰かと問えば、皆真っ先に彼女を思い浮かべることだろう。

 重々しい声質、真・偽全てを見透かす美麗な瞳、この世界と一体を成すその圧倒的な力と知識量。嘗て、三度に渡り魔王アリエに挑んだが、その戦績は有耶無耶に終わっている。

 ただ一つだけハッキリと言えるのは、魔王アリエに確実なダメージを負わせた唯一の〝生物〟だということ。その事実一つで、彼女は人間界で最も優れた勇者と謳われるようになった。

 魔界の女王を魔王アリエと呼ぶのなら、人間界の女王は間違いなく彼女だろう。【プラウズ】領に住まう民衆は、口々にそう言い張る。

 天命から授かりし能力の一つ、『世界維持』。彼女が存在する限り、世界中の猛者共がいくら暴れようとも、この世は保たれ、決して消えることはない。


「聞こえるか?この世界の、不吉な唸りが…」

「い、いえ…。【アシュリナ】様には、何かが見えていると…??」

 

 従者の問いに沈黙を返した後、孤城の露台に出ると、彼女は独りでに呟いた。


「フッ…。此度の祭典は、ちと荒れそうだな……」


 世界ランク3位、神格〝ヴィシュヌ〟――。

 この世界を統べる女王【アシュリナ・プラウズ】もまた、勇者の祭典に足を運ぶ。





 人間界中心の領地【ロンディア】――。

 現在、招待状を各地に送り届けているネオミリムでは、祭典に招待する人物のリストアップを始め、魔法による送付まで、全てを任された義勇軍が、忙しさに追われ、奮闘していた。都心『軍事党』内に、招待状の包装作業に勤しむ部下に向け、勇者エリカ・ロンドの激励が響き渡る。


「さあ、お前たち!時間がないぞ!手を動かせ~!」


 パンパン!と背後から手を叩くだけの軍隊長に対し、部下の一人が苦言を呈した。


「隊長も手伝ってくださいよ…。金箔貼って、折ってって、数人でやるの大変なんですから!」

「あたしは魔法で招待状を転送するという重要な役割があるから、そっちに体力を使いたくないんだ。それに、招待状に内容を記すのも、折ったものを丁寧に整えるのも魔法でできるじゃないか」

「いや、なんで包装だけは手作業なんすか!!?」

「その方が、手作り感があっていいだろ?」

「隊長言いましたよね?折ったものを丁寧に整える作業は魔法でやっていいって。それ、結局手作業でやった意味がなくなるじゃないですか…」

「……まあまあ、小っちゃいことは気にするなだ!はっはっはっ!」

「……」


 相変わらずのマイペースっぷりを発揮され、部下たちの表情は益々呆れたものに。エリカは特に重要となる宛先が書かれたチェックリストに目を通し、漏れがないかを確認する。


「勇者はあたしを除いて6人。それと、格主要王都…。ふふっ、あの子たちにも送らないとな~」

「てか、これ俺たち義勇軍がやる仕事ですか!?もっとやることあるでしょうよ!?」


 当然ながら、天命直属の近衛騎士である彼女、≪時幻の軍勇者(クロノ・アドミラル)≫――エリカ・ロンドも、祭典に出席し、名のある勇者らと同じ立場で議論を交わすことになる。


 ………

 ……

 …


 以上が、人間界を守護する7人の勇者。世界の秩序が乱されていく中、彼らがこの先どのような動きを見せるのか。それは、まだ刻まれることのない未来のお話。

 間もなく、異例極まりない祭典の幕が切って落とされる――。

あー、こんな奴らがいるんだ。くらいの感覚で大丈夫です。

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