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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第三章 尊い姉妹と幸せを得た少女

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第110話 少女とウサギと鍵文字と

 ――目と目が合う、瞬間~♪


 なんて、聞いたこともないフレーズが脳内を駆ける。だが、そんな軽快なリズムとは裏腹に、恐怖とはまた別のゾワッとした不思議な感情が、真っ先に私の心を吞み込んだ。

 視線がぶつかった途端、耳を劈く小動物の悲鳴が屋上全体へ響き渡る。と同時に、目の前の景色が一瞬だけ、ザザ…と不規則に揺らめくような感覚に陥った。

 瞬間的に乱れる映像の如し。転瞬の間、世界から色が消え、フリーズしたと思えば、恐ろしいまでの絶叫にかき消され、即刻現実へ舞い戻る。

 いや、ただの錯覚が今のような現象を生んだからであって、元から私の視界は歪んでいなかったのかもしれない。強いて受動的に捉えるならば、この何とも言えない違和感を与えてきたのは、目と鼻の先に転がっているウサギだということ。

 まるで、出会ってはいけない者同士が鉢合わせてしまったかのような、もっと大袈裟に言うなら、交わることのない二つの世界が重なってしまったかのような、魔法の範疇では説明がつかない不可解な事象。だとするならば、このエンカウントは幸か不幸か、果たしてどちらに傾くのやら。

 とまあ色々深く考えたけど、喋る特殊なウサギが、ただ股下を転がってきただけのこと。仰々しい解釈だ。ファンタジー小説の読み過ぎだろう。

 阿鼻叫喚した後、ウサギは汗水垂らしながら、続けて言葉を荒げだす。


「お、おおお前、人間だな!こんな時間にこんなところで、誰かに会うなんて想定してないぞ!」

「うん、私も」


 かなりテンパっているご様子。こっちの台詞だ!と思わず突っ込みたくなるような物言いをするもんだから、冷静に同意してみる。

 身体に目立った傷は見受けられず、特に苦しんでいる様子もない。頗る健康そうで元気が良く、格好が少し奇抜なだけのウサギという印象を受けた。


 白色で艶のあるもふっとした毛並み。片一方が折れた長い耳を、猫の尻尾のようにして立たせている。

 深紅の瞳を持ち、口元からちょこっと出っ張っている前歯が、私的にチャームポイントだ。丸みを帯びた尻尾も可愛らしい。

 ここまでは、普通のどこにでも居そうなウサギだが、喋ること以外にも、風体や身につけている装飾品が、この子の場合、一味も二味も違っていた。

 お腹周りまで覆うベージュ色のシャツに、重ねるは清潔感のある白のベスト。それらの上から、地につくほど裾丈の長い焦げ茶のジャケットが、襟を立てて羽織られている。サイズはともかく、実に紳士的で上品な衣裳だ。

 その風情を助長させる装飾品(アクセサリー)が三つ。頭部には、両耳の間に乗せられたリボン付きの黒いシルクハット。左目元に注目すると、光に反射して輝く金色の片眼鏡が、どういう訳か浮いたように装着されている。

 そしてもう一つ、私が最も注目したのが、首からぶら下がっている大きめの懐中時計だ。大きめとは言っても、人間にとっては片手に収まる程度のもの。随分古そうな骨董品(アンティーク)だけど、傷の一つも付いていない。

 私はこの時計の針の奥に薄っすらと刻まれた、見覚えのある文字列に気づき、目を細めて注視した。


「ふ、ふん!ここで会ったが百年目!!〝記憶操作〟で、お前の頭の中から、ボクとここで出会った記憶を跡形もなく消してやる!今のうちに、その何も考えてなさそうなちっぽけな頭に焼き付けておくんだな!この世にも珍しいウサギの、最高に()()()()()姿を!!」


 ボクっ子なんだ。可愛い。

 紳士というのは格好だけで、まだまだ無邪気なお子ちゃまのよう。言葉遣いや性格も含め、冷静とは正反対の言動から、容易に察しがついた。

 記憶を消すだなんて、言ってることは恐ろしいのに、声色も相まって軽々しく聞こえてしまう。そもそも、そんなことができるような凄いウサギには見えないけど。

 と、どうでもいいことを脳内で思考しつつ、私の眉間に向かって指を差すウサギの顔を――いや、ウサギが所持している時計に再度意識を向けた。

 見間違いじゃない…。この文字は――。

 ただ、世にも珍しいウサギというのは、あながち嘘ではないのだろう。私が今、喉から手が出るほど知りたい情報――その、数少ない〝手掛かり〟なるものを持っているのだから。


「鍵…文字…」

「――っ!!?」


 独り言のように発すると、時計ウサギは先程まで取り乱していた己を忘れたのか、言葉を失い、静かに驚嘆した。

 何とはなしに放ったも同然の一言に対して、この驚きよう。言葉の意味を知って無ければ、決して起こらない反応だ。


「お、お前!この文字を知ってるのか!?」

「うん」

「その……読めるのか…?」

「うん」

「なっ、なんだと!?そんな人間が…まだ……」


 今この世界で解読できる者が、指で数える程しかいないであろう古字――『鍵文字』の存在を、案の定知っていた時計ウサギ。驚愕と同時に、なぜか深刻そうな、そして酷い〝焦り〟に塗れた表情を無意識に向けてくる。

 因縁の相手と偶然居合わせた、という例えが一番しっくりくるだろう。こちらを睨むように目を細め、その顔色を保ったまま、ゆっくりと懐中時計に蓋をしだした。


「あ、待って!まだ全部は見れてないの」


 肝心の文字に関しては、薄く掠れている上に、半分以上が長針に隠れていて読み取れなかった。どこかの()の名前が書かれていたみたいだけど、全て確認すれば、何かが垣間見えてくる気がして、私は時計に手を伸ばす。

 しかし、その手から逃れるように、時計ウサギは後方へ飛び退いた。


「そうか、全ては読めていないんだな。危ない…。()()、失態を犯すところだった」

「見ちゃ駄目なの…?」

「当たり前だ!!この〝暗号〟には、誰にも教えてはならないボクらの機密情報が書かれている。どこの馬の骨かも分からないような人間に、これを見せる義理はない!」

「ふーん。機密情報ねぇ…」

「はっ…!!」


 つい口が滑ってしまったのか、焦ったウサギは何もせずともボロを出す。

 まあ、機密事項であるなら仕方ない。けど、もしかしたら押しが足りない可能性があると、もう少しだけ粘ってみる。


「お願い!ちょっとでいいから!一瞬だけ……ね?」


 両手を合わせ、片眼を閉じながら可愛らしくおねだりするも、逆に神経を逆撫でしてしまったのか、すぐにそっぽを向かれた。


「ふん。ボクの辞書にはこんな言葉がある。小生意気であざとい奴と関わると、碌なことにならないってね」

「………それ、私のこと…?」


 どっちが小生意気なのやら。これ以上は取り合ってられないと、時計ウサギはこちらに背を向けて歩き出す。

 その際、私はもう一つ、この子が背負っている風呂敷の中身に目を付けた。


「ねぇ、その風呂敷、重くない?」

「ボクを誰だと思っている。この重量を持ち運ぶくらい、朝飯前だ。食料のためなら、身を削ることも厭わない。このニンジンたちだって、ついさっきボクが必死で()()()()()新鮮な………」

「盗んできた…?」

「……」


 またしても、勝手に馬脚を現す盗っ人ウサギ。都合良く、追いかける理由ができ――いや、犯罪者を野放しにする訳にはいかない。私はスッと立ち上がり、しれっと逃走を図ろうとするニンジン泥棒をじーっと睨む。

 そして、一瞬の硬直の後、


「お、お元気で!!!」

「あっ、こら!どろぼー!!!」


 傑出したハイレベルな鬼ごっこが、今スタートした。

 後ろ足を思いっきり踏み込み、大使館から数十メートル先の建物の屋根へと、時計ウサギは疾風の如く飛び移る。

 自分と同じくらいの重量の荷物を背負っているとは思えない脚力。流石は珍しいウサギといったところ。もはやここまで来たら、ウサギという狭い種枠に収まる程、尋常な生物ではないのだろうけど。


「へぇ、やるじゃん。でも…」


 私だって負けていない。魔王時代から培われし卓越した身体能力を活かして、即座に同じ建物へ飛び乗った。

 当然ながら、こちらの動きを見るや否や、時計ウサギは驚いて目を丸くする。


「なっ!?やっぱりお前、ただの人間じゃないだろ!」

「逃げるってことは、自白したも同然。ちゃんとお金払わないとダメだよ~」

「くっ、人間の癖に生意気な!」


 屋根から屋根へと軽快に、そして高速で跳躍し、私から逃れようと必死な様子。如何にもドジを踏みそうな性格なのに、急斜面の上でもスピードを落とさず、容易に駆け抜けていく。


(全く、こんな筈じゃなかったのに…。どうしてだ。どうして、この街に来てからというもの、予言通りにいかないんだ!いや、原因はこの街じゃない。恐らく――)


 逃げ惑いながら激しく思考する時計ウサギの横を、何食わぬ顔で並走する。そんな私にようやく気づき、またもこの子は仰天した。


「うわっ!これにもついてくるのか!?くっ、かくなる上は…!」


 時計ウサギは魔力を用い、瞬間的にスピードを上げ、バネにでもなったかのように天高くまで飛び上がる。そして、私との距離が離れた一瞬のタイミングを見計らい、周囲に同量の魔力を散らして、数体の〝分身〟を生み出した。

 一体一体に、本体と同量の魔力を振り分け、ただの感知では見分けがつかないように工夫している。意外に器用なもんで、魔法の精度はかなり高い。

 分身それぞれに、本体が信号を送ったのか、数匹のウサギが火の粉を散らすように街中へ繰り出していく。


「分身か…。うーん、参ったなぁ。モナの嗅覚があれば、一瞬なんだけど。……だったら、あれを使うしかない!」


 分身とはいえ、ドッペルゲンガーのような勝手に自我を持つ個体を生み出すことなんてできない。先ず本体の意思・感覚ありきで、分身の行動が全て決定される。

 つまり、分身(ダミー)は本体よりも反応速度が遅い。といっても、本体から信号が送られ、分身の動きが決まるまでのタイムラグは、コンマ数秒と微々たるものだから、その合間を利用して奴らの妨害をするのは無理難題というもの。

 普通の魔法だったらね…。


「……」


 私は一度立ち止まり、両手を口元に添える。出来るだけ街全体に響き渡るよう、口をパクパク…とさせ、こちらからも特殊な信号を送り出した。

 ウサギの特性を熟知している訳じゃないけど、魔物の〝ブレーンラビット〟でも通用したんだ。感受性豊かなあの子なら、なおのこと反応してくれると信じ、同領域の周波――〝超音波〟を放った。

 

「ば、馬鹿な!〝超音波〟だと!?」


 早速つかまった。本体も分身も、ほぼ同じタイミングで反応したものの、分身同士が位置情報や各々の状況を共有し合うための信号回路に、全く別の合図(シグナル)が送り込まれれば、当然混乱は避けられない。極端に聴覚が優れているウサギなら尚更だろう。

 意思を持たない分身は、一度立ち止まり、本体への疎通を図ろうとする筈。逃げるという行動を止めてね。

 即ち、今この刹那の間、戸惑いながらも動き回っているウサギが、一匹だけ確かに存在する。間違いなく、そいつが本体だ。

 ウサギ共が完全に散らばる前に妨害したから、幸い、まだ目の届く範囲に本体が逃亡している。かなり焦っているようで、恐らく分身たちが止まらずとも、探し当てるのは容易だったろう。

 反応が分かりやすい子は助かるね~。


「ここまでとは…だが、距離は十分にとれ――」

「十分に、追いつける距離だね」

「なっ!??」


 後方で佇んでいた筈の私は、気づけばウサギの正面に。両手を腰に当て、ぷかぷかと逆さまになって浮遊していた。

 普通に走っているとしたら、到底あり得ない鬼の速度。身をもって体感し、(人間)に狂気すらも感じている様子の時計ウサギは、建物の屋根で急ブレーキをかけつつ、咄嗟の判断で逆サイドへと再び走り出す。


「ぐっ…お前、〝鍵文字〟をどこで知った!」

「うーん…。昔、誰かに教わったんだよね。その人の事は、もう覚えてないけど」

「昔って、まだそんな歳じゃ…いや、あり得なくはない話か……」


 とお互い牽制し合いつつ、何気ない会話を展開させる。

 民衆の邪魔にならないよう、人込みを華麗に駆け抜け、建物の壁に引っ付いて走り、素早さが上昇する魔法を使いつつ、相手の動静を伺ったり。グラン街の端から端までを探索し尽くす勢いで、鬼ごっこは苛烈さを増していく。

 もはや、私たちの姿を捉えている者は少ないだろう。時計ウサギが本気を出してるのかは分からないけど、魔法無しの単純なスピードだけで見ればほぼ互角。捕らえたと思って手を伸ばしても、小柄な体を活かして、簡単に掻い潜られる。


 ここまで本気の鬼ごっこはいつぶりだろうか。笑みが零れてしまう程楽しんでいる私に対し、時計ウサギは死に物狂いで逃げ続ける。

 そもそも、泥棒として捕まえる気などさらさらない。冗談で追いかけたつもりが、気づけば自分も必死になっていた。

 以後、一進一退のチェイスが何分か続き、流石に体力が尽きてきたようで、時計ウサギは分かりやすく失速。最終的に、スタート地点である大使館の屋上で収束した。


「ハァ、ハァ……な、何なんだ、お前…。意味が分からない…。〝音〟に匹敵する速さでも身につけてるのか??」

「いや――」


 息を切らし、汗だくで私を睨みつける。そんな疲労困憊の時計ウサギに、私は得意げに伝えた。


「音速じゃなくて、〝雷速〟だよ。子ウサギさん」

「……」


 何を言っているのかサッパリだ。といった顔で、文字通り子ウサギは、鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとする。

 しかしすぐさま正気に直り、半ば諦めたような声色で言葉を投げた。


「はっ、雷の速さで追いかけられちゃ、流石のボクもお手上げだ」

「観念した?いくらウサギでも、泥棒は良くないよ」

「観念しただろうさ。ただのウサギならな」

「……??」


 完全に追い込んだと思ったら、まだ奥の手を隠し持っていたよう。時計ウサギはニヤリと笑った後、自分を中心に魔力を放散し始めた。

 何か魔法でも使うのだろうか。殺気は感じないから、攻撃的なものではなさそうだけど。


 街中を流れるそよ風が、この場を優しく包み込み、私たちだけの空間へと昇華させる。

 出会った時と同じ感覚。不思議な衝動に駆られるような心の高ぶりを、私は無意識に覚えた。

 独特の空気が舞う中、呼吸を整えた時計ウサギは、落ち着き払った様子で問いかけてくる。


「一つ、聞いていいか?」

「ん?」

「お前の名は?」

「アリア…だけど」

「そうか。こんなにボクをかき乱してくれた奴は、後にも先にもお前だけだろう。……その顔、覚えたからな。また、どこかで会いそうな気がする」

「あっ!!」


 したり顔で、私のおでこに人差し指を突きつけた時計ウサギは、淡々と別れの言葉を並べ、〝テレポート〟であっさりと消えていった。

 テレポートを使われたんじゃ、感知しようがない。まあ、かなり楽しませてもらったし、もう追いかけるつもりはなかったけど。


 いつだったかな…。こんな風に誰かと四六時中、魔界を駆け回っていたような、そんな大昔の記憶が蘇る。

 前世の私は、一度たりとも女の子と触れ合ったことがなかったのだろうか。家族なら、或いは――。


「アリア~~~!!」


 一人で物思いに耽っていると、下の方から私を呼ぶ声が聞こえてくる。かなり待たせてしまったようで、大きな荷台を括りつけた馬車と共に、帰宅の準備をし終えたルナたちが、こちらに手を振っていた。

 軽く運動した後で、癒し成分を欲していた私。ぴょんと屋上から飛び降りて、みんなの元へ向かう。


「お待たせ!あれ?帰りも馬車なの?」

「まだまだ冒険気分を味わいたいって、ティセルから提案があったの。エルフの森までは、馬車で行きましょう」

「そっか。ティセルがそういうなら。じゃあ、帰ろっか」

「ええ」


 みんなが揃っているのを確認し、馬車に乗り込む。

 気づけば、大使館の周りには随分と人だかりができていた。街の長が呼びつけたのだろう。私たちの功績を讃える者たちで溢れ返っている。


「また来てくれよ~!」

「かっこよかったです!!」

「結婚してくれ~!」


 最後のは聞き流すとして…。

 まるで、英雄の凱旋だ。街の外まで続いている大通りを挟むように、皆が皆、手を振ってくれている。

 カナさんとアィリスさんが一緒になって操縦する馬車から身を乗り出し、私たちも元気よく手を振り返した。

 その最中、脳裏にこんな声が入り込んでくる。


《一つ、言い忘れてた。その……ありがとう。悪魔(家族)を、助けてくれて……》


 赤面しながら、お気に入りのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、恥ずかしそうに言い淀む子供の姿が目に浮かぶ。

 彼女なりに最大限の感謝を伝えたかったのだろう。出来れば面と向かって聞きたかったけど、それはまたのお楽しみに取っておいて、今は深く追求せず、私は一言だけ返した。


《うん。どういたしまして》


 かくして、悪性の勇者パーティを完膚なきまでに壊滅させ、全てを救い出した私たちは、グラン街の人たちに見送られ、ゆっくりと帰路に着く。精霊たちが待つ、エルフの森へと――。





 ―――――――――――――――





 グランツェル領北部に位置する、領境通用門。その最上部にて、一匹のウサギが、街から出ていく一台の馬車を遠目に眺めていた。

 ウサギ、とは言ったものの、今の姿は獣人と変わりない。()()にもなり得る兎、と表現する方が正解だろう。

 長いうさ耳を立たせた兎人の少女は、こっそり――いや、大胆に盗んできたニンジンを齧りながら、〝ある人〟との会話を思い出していた。


 ――あたしの、最後のお願いを聞いておくれ。この独特の〝匂い〟を、そこら中に巻き散らして欲しいんだ。

 ――そんなことして、何になるっていうのさ…。言っておくが、ボクは忙しいんだ。

 ――そう言いつつ、やってくれるのがお前だろう?

 ――……。

 ――頼んだよ。……最後の〝教え子〟を、助けてやりたいんだ。


 これが、亡き友人との最後の会話だった。

 王都の路地裏にひっそりと佇むアンニュイな雰囲気から、周囲の事細かな情景まで、ウサギの記憶にはハッキリと記されている。

 真夜中の時間帯、玄関口を隔てて聞こえてきた、老婆のしわがれた声。もう老い先短いのだと、そう口にしているような弱った生気、そして廃れゆく精神を隠せずにいた。

 そんな彼女を思い起こし、紳士なウサギは独りでに呟く。その者に向けて、語り掛けるように。

 

「さっきの人間…もしかして、あの子が〝カギ〟だったのかな……。もう、ボクには分からないよ。予言が全く当たらないんだもん。……魔王アリエの〝死〟を言い当てたあなたには、見えてたんだろ?この先の、未来も」


 胸元にぶら下がっている懐中時計の蓋を開け、中の文字を確認する。

 数奇な運命。その扉はいつだって、何かしらの〝鍵〟で解錠してきた。

 そこに書かれている国にもまた、鍵が必要。託されたものはあまりに大きく、タイムリミットは刻々と近づいていた。


「ボクに救えるかな…あの国を。〝カギ〟は、どこにいるんだ?……全部、知ってるんだろ?教えてくれよ。なぁ、







 ――シャーリー…」

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