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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第三章 尊い姉妹と幸せを得た少女

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第109話 忠告

 一方、グラン街東部、役場前広場にて――。

 ここは、他郷との取引によって、食材や物品などが運ばれてくる街の玄関口。荷馬車が多く募り、各市場へ輸する品物の管理・運搬のため、早朝は人通りが多い。

 そんな忙しい時間帯の最中、この場はいつにも増して慌ただしく、同時に穏やかではない空気が漂っていた。一部の者たちの怒号が飛び交い、その渦中から目にも止まらぬ速さで逃げ惑う何者かが、市場を混乱状態へと変えていく。


 なんでも、盗賊が現れたとか。小さめの風呂敷を肩にかけ、フードで顔を覆い隠した盗人が、とんでもない跳躍力であちこちから食材を盗んでは、民衆を騒がせている。そのすばしっこさに、関心を抱く者も現れ始めた程だ。

 盗まれたのは、いくつかの果物と数個の新鮮なニンジン。いずれも、他所との交易で得られた貴重な食材である。


「クソ!すばしっこい()()め!」

「見失ったか!?」

「ああ。だが、フードから長い耳が垂れてやがった。奴は獣人だ!」

「おし!徹底的に探すぞ!」


 商人らは必死になって、なんとか路地裏まで追い詰めたものの、盗人は忽然と姿を消した。

 もう暫く、役場前広場の混乱は収まりそうもない。僅かな手掛かりを元に、彼らは再び捜索に出向いた。

 その様子を、建物の屋上から眺める小さな人影が一つ。否、人影にしてはしたたか小ぶりであろうか。長い耳を携え、白色の毛並みに包まれた小物は、己の体と同等の大きさの風呂敷を背負い、街の中央まで駆けていく。


「急がなきゃ、急がなきゃ!!」


 何かに急かされているのか、かなり焦った様子。屋根から屋根へと軽快に飛び回るその身のこなしは、人間でもそう真似はできない。


「〝予言〟によれば……カギは街の中心に現れるはず!」


 しかしながら、焦燥するあまり、ドジを踏むこともしばしば。歩幅が狭く、ちょこちょこと突っ走っていては目的の場所に間に合わないと、街の中心にある一際目立った建物へ、大胆に飛び上がる。

 その瞬間、


「え、うわぁぁ!!!」


 屋根の軒先に風呂敷を引っかけ、空中でバランスを崩してしまう。

 勢いよく跳躍したせいか、反動も大きく、推進力が死んで、そのまま街の大通りに落下。かと思いきや、幸か不幸か、店を宣伝している巨大な横断幕がクッションになり、再び空中へ放り投げられた。


「ボフッ…!うぐっ!!」


 身軽が故に、街中を彩るオーニングやらフラッグやらに頭を突っ込んでは、狙ったように跳ね上がる。

 漫画や大層なおとぎ話じゃあるまいに。終いには、天を飛び回っていた大鳥の嘴につままれ、一緒になって空の旅を楽しんでいた。


「うわ~、良い景色~……じゃないわ!鳥如きがボクをあしらえると思うなよ!離せ~!!」


 ジタバタ暴れれば、当然鬱陶しくなった大鳥は口を開ける。

 今度は垂直に落下し始め、顔面蒼白で喚き散らす白色の毛玉。誰にも届くことのない悲鳴と共に、またも横断幕を跳ね、どこかの建物の屋上に着地した。

 いや、正確に言うと、まだコミカルな勢いは収まっていない。ようやく地についたと思いきや、ボールのようにコロコロ…と転がっていく。


 ドジを踏むにしても限度があるだろう。こんな展開を誰が予想できただろうか。少々先の物事を計れる予言でさえ、指し示す未来は違っていた。

 その意味が何であるかなど、運命以外に知る由も術も無い。偶然の産物は、ただ必然だけを創造する神にも生み出せたものではないのだから。

 そこに、()()がいる限り――。


「うぅ…ようやく止まった……。何だったんだ、も……う?」


 青い空と灰色の地面が視界を交互に渦巻く中、仰向けになったところで、なんとか異常の連鎖は収束する。

 酷い目に遭ったものだ。そう感受し、目をぐるぐると回す小物。徐々に焦点が定まっていき、おかしなひと時も終わりを告げるだろうと、空に意識を向けた途端、何やら違和感に気づく。

 仰向けに倒れているため、目の前に広がっているのは、間違いなく一面の晴れ空である筈。しかしそこに映し出されていたのは、空でも何でもなく…


 ――じーーーっ……。


 こちらを食い入るように凝視する、人間の顔であった。

 端麗というよりかは、愛らしさが勝る整った顔立ち。ほんのりと薄赤く染まった頬っぺた。

 身なりや髪の長さからして、女の子だろう。落ち着き払った大人の雰囲気を醸しつつ、あどけなさも感じられる独特な風格の持ち主だ。

 そんな子が、膝を抱えてしゃがみ込み、至近距離で覗き込んでいる。目と目が合い、最初は何かの間違いだと、瞳をぱちくりさせ、青空を眺めようとするも、やはりそこには彼女がいて。現実逃避するには、かなり苦しい状況だ。

 既に崩壊している未来の法則。人間に見られたからではない。このようなシチュエーションに至る事すら、己の中では決してあり得ない話であって、先程から発生していた不幸な物事諸々含め、完全に度肝を撃ち抜かれた。



「「「うわぁぁぁ~~~!!!??」」」

 


 しかし、これだけに留まらず。奇想天外でエキセントリックな〝()()()()〟は、まだまだ始まったばかりなのだから――。





 ―――――――――――――――





「それじゃあ、あたしはこれで失礼する」


 心の蟠りが消えたような、そんな晴れ晴れとした面持ちで、エリカは別れを告げる。

 〝義勇軍〟や『時幻の加護』について、興味が湧いたから色々と話を聞きたいところではあったけど、勇者も言うほど暇ではない。グランツェル家がいつまた暴れ出すか分からないし、緊迫した状況は続いている。

 全てが収束して落ち着くまで、奴らに付き添わなければならない。こんな可愛い女の子に、最後まで迷惑をかけるとは、なんて不届き者だ。と、全く関係ない所で憤怒する。

 少し抜けてるところは否定できないけど、人格や誠実さが秀でている彼女なら、何の心配もいらない。

 その逞しい後ろ姿をみんなが見送る中、


「あ、あの…!!」


 勇気を振り絞ったように、軍勇者を呼び止める声が上がる。振り向けば、そこには畏まった表情で姿勢を正すアィリスさんの姿があった。

 見えなくとも、気配は感じ取っているのだろう。何事かと振り返った相手の方に体を向けて、一言。


「ありがとうございました!」


 そう伝えながら、先程のエリカと同じくらい、深く腰を曲げた。

 お礼…??

 私たちは勿論、エリカも何に対しての感謝なのか分かっておらず、少し戸惑いを見せたものの、すぐに口元を綻ばせる。そして、自慢の軍事帽の鍔に手を持っていき、「ああ」と柔らかく包み込むような声で返事をした後、この場からテレポートで去っていった。

 帰り際の仕草もかっこいい。私が言っても説得力は無いだろうけど、あれは女の子でもときめいちゃう。彼女に責められたら、気絶する自信しかない(※アリアの妄想です)。

 それはそうと、なぜアィリスさんは唐突にお礼を伝えたのだろうか。その意味を尋ねようとした私は、不意に手を引かれる。


「ちょっと来て」

「え…?」


 こっちはこっちで平常運転。幼さを隠しきれていない小さな手で、私を強引に引っ張っていくムスッと顔のリツ。要件も告げず、黙ってついてこいと言わんばかりの勢いで、ここから遠ざかろうとしている。


 誰かに聞かれたら不味い話でもあるのだろうか。訳も分からぬまま、誰もいない大使館の屋上に連れられるや否や、彼女の意向を語られる。

 てっきり、同じ勇者のエリカについて話してくれるのかと考えていたら、意外や意外。全くの別件であった。


()()()()()…あんたの友達にいるでしょ?」

「へ……??」

「まさか、知らないの?」

「い、いや…予想外の言葉が飛んできたから、ちょっと驚いちゃって。ルナが、どうかしたの?」


 リツの面持ちからは、普段通りのツンとした素っ気なさが消え、気づけば神妙なものに変わっていた。冗談や戯言を言うような子じゃないし、意味もなくルナの家名を口にするなんてあり得ない。

 彼女が生粋の勇者だからというのもある。この先語られる事の重大さを、私はなんとなく悟ってしまった。


「あんたたちの戦いは、ずっと見てた。街を防衛しながらね。……千里眼を宿した子の重複覚醒にも驚いたけど、一番衝撃を受けたのは、そのルナって子の潜在能力(ポテンシャル)だった。あんな()()()な魔法、どこで覚えたの?完全に、魔力の法則を逸脱してた」

「それは……いつだろう。前に少し教えたことはあるけど…。たしかに、ちょっとおかしかった…かも?」


 言われてみれば…なんて顔で、曖昧に答える。あの時は、キロとの交戦の真っ只中だったし、先ず自分自身の能力が馬鹿げているから、大して気に留めなかったけど、感知しながら、多少違和感を覚えていたのは事実だ。

 そもそも、私が伝授した〝魔力乱壊砲(マジックバースト)〟とは、自分自身の魔力を用い、魔力(エネルギー)の激しい乱気流を巨大な球体(スフィア)状の結界に閉じ込め、限界まで膨張させたところで放射する魔壊魔法。使用者の力量に左右されるが、命中すれば、相手の体内に流れている魔力やエネルギーの循環に影響を及ぼし、一時的に身体機能の停止を促すことが可能な仕組みになっている。

 

 ルナの魔力量を考え、少しだけ相手を足止めできる程度の護身術として教えたつもりだった。

 故に、魔法初心者の彼女が、自然魔力を取り込み、かつ自身の持つ魔力に上乗せする方法なんて、知っていたとしても実現できる根拠が存在しない。今冷静に分析してみれば、あの一撃で『超位者(グランダ―)』のテレスが卒倒したのも、悪魔の支援があったとはいえ、おかしな話だ。

 どうやって、あそこまでの知識を得たのか。センスで応用できる程、簡単な魔法ではない。

 まるで、自分を()()()()見ているような感覚を、いつの間にか覚えていたのだろう。世界ランクや個体レベルが低かろうと、それらの水準を無視した力を発揮するルナに対して。


「それにあの子、悪魔の姿を視覚的に捉えてた。どう考えてもおかしい。だから、少し聞いたの。聴覚に長けたホムンクルスにね」

「それで、メイヤードって知ったんだ」

「全て()()がいった。だから、忠告しにきたの」

「忠告?」


 ルナがメイヤードだからって、特異な魔法が使えることと何の関係があるのやら。少し言い惑うような素振りを見せるリツだったが、小さく息を吐いた後、真剣な目をこちらに向けて口を開いた。


「これ以上、あの子の力をひけらかすような真似はしないで」


 怒りとはまた違う強めの語気が、彼女から発せられる。その戒めの言葉も相まって、どこか良からぬ未来を想像しているような、甚だ重苦しい含意を読み取ってしまった。

 子供から向けられたものとは思えない物の言いように心を揺さぶられつつ、私は詳細を探る。


「どういうこと…?」

「魔力の質を感知して分かった。原石の大きさで言えば、あの子の潜在能力はどの勇者をも上回る…。メイヤードは()()()()()、その可能性を秘めてきた」

「え、その…メイヤードって、勇者の中でも特別なの?」

「……知らなくていい。とにかく、もう魔法の類は使わせないで。あんたが本当に、あの子のことを大切に思っているなら…ね」

「それだけじゃ分からないよ。私にも教えられないことなの?友達だし、ルナのことを知る権利はあるでしょ!」

「……」


 少しばかり口調を強めても、リツは答えを教えてはくれなかった。そのまま静かに佇んでいた悪魔を連れ、私の前から立ち去ろうとする。

 けど、ただ一つ。去り際に告げた彼女の一言が、なぜか私の心の最奥に、深く突き刺さったような気がした。




 ――()()()()()の顕現は、世界を混沌の渦に変えていく…。




     ◇




 クラヴィス…。

 なぜそのワードに深い感銘を受けたのかは分からない。以前、どこかしらで聞いたことがあるのか、記憶にあるようでないような判然としない不思議な感覚が脳裏を巡る。

 今思えば、自分の記憶に関して、少し不可解に思う点がいくつかあった。

 先ずは転生直後、メイヤードが勇者の血を受け継いできた重要な血族であるという事実を完全に忘れ、ルナの家名を初めて知った時、どこかで見知った程度の、違和感にも至らない些細な疑念が()ぎっただけであったこと。そして、ルナとの甘々な生活が始まり、馬鹿みたいに浮かれていたとはいえ、カギ村の景色を見ても、ルナの両親を巡ってベルフェゴールと戦った――その当時の情景の一つも思い出せなかったこと。

 そもそも、前世最強の私が、あんな低級悪魔如きに遅れを取り、ルナの両親を守れず、挙句の果てに逃がしたなんて恥晒しもいいところだ。人間に近づけなかった、なんて仕様もない理由に収まる話ではないだろう。

 ここにきて、どこか引っかかりを覚えてしまう。何か重要な、それこそ私の〝転生〟に関わる肝心な記憶がすっぽ抜けているような気味の悪い感覚に苛まれる。


「あ~もう、じれったい!!」


 まるで、どう足掻いてもピースの嵌らない無色無柄のジグソーパズルを解いているようだ。これ以上は、何かしらきっかけがないと絶対に辿り着けない気がする。

 私、脳内ピンクのお花畑だからなぁ…。考えても分かりっこないよ、もう~。

 心の中で自虐を交えつつ、ごちゃごちゃした頭を整理しようと奮闘する。

 そんな時だった――。


「うわぁぁ~~!!!!」


 かき乱された思考をリセットしてくれる可愛らしい悲鳴が、背後から近づいてくる。と思いきや、ボフッ…!とクッションが跳ねたような割と物静かな音と共に、何か柔らかく小さなものが真後ろに飛び落ちてきた。

 そのままそいつは、コロコロ…と地を転がり、私の股下(足の間)を通過したところで、コテン…と仰向けになり静止する。新手のスカート覗き魔か!と一瞬思ったけど、それどころではないようで、余程酷い目に遭ってきたのか、ボロボロの体で暫く目を回していた。

 というか、相手はその辺にでも生息してそうな小動物。ウサギだ。自分の体に見合わない風呂敷を背負い、人間らしく衣服を纏っている。

 悲鳴の主は、十中八九この子だろう。魔物ではないみたいだけど、喋る動物なんて今時珍しくも無いし、特に驚きはない。

 どうやら視界が覚束ない様子。どこか怪我をしていないかと、私は膝を抱えてしゃがみ込み、じーっと真顔で観察し始めた。


「うぅ…ようやく止まった……。何だったんだ、も……う?」


 そこで、薄れていた意識が戻り、ウサギの目がパッチリと開く。

 真っ赤な目をしてて可愛い。そうほっこりとした表情で眺める私を見た途端、その子は更に仰天して、大きく取り乱した。



「「「うわぁぁぁ~~~!!!??」」」



 この瞬間が、後に語られるメルヘンチックな物語の始まり。

 少女アリアと時計ウサギの、神にも図れぬ運命的な出会いである――。

この物語は、まだまだ始まったばかり…。

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