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百合色の鍵姫~転生した元魔王の甘々百合生活  作者: 恋する子犬
第三章 尊い姉妹と幸せを得た少女

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第107話 軍人の勇者

 勇者キロ・グランツェルの悪行は、決着がついた昨日の真夜中から、既に街中へ広まっていた。

 グラン街の住民・そしてグランツェル領民は、上辺に騙され、彼らを信じてきた者が殆ど。勿論、疑う者も中にはいたが、揉み消されていた事実や証拠が露呈されていくうちに、自分たちの置かれていた状況を理解し、身震いせざるを得なかった。

 当然だろう。勇者の立場を利用して、魔界の帝王と共に強大な軍事国家を生み出し、人間を滅ぼすための計画を立てていたのだから。

 加えて、危うくその計略も、モナの魔力鉱石の有無に関わらず、最終局面へと差しかかるところであったのだ。グランツェル家の拠点の目と鼻の先に住む者たちにとっては、肝を冷やすような話であろう。


 そして、証拠に関しては十分なものが出揃っていた。

 人間界で起きた不祥事の後始末。それは、勇者が当たらなければならない仕事の一つだ。とんだ面倒ごとに巻き込まれたものだと、勇者であるリツは、グラン街のお偉方や号外を発行する広報などを回り、一から事実を説明した。


 ――勇者リツだね。これ、あたしがずっと溜め込んでた音声なんだけど、相当有力な証拠になるよー。


 妙な耳当てを装着した少女の言葉を思い出し、リツは小さな機械のようなものから発される録音データに耳を傾ける。そこには、これまでのグランツェル家の悪質な言動、秘密裏に行っていた計画を裏付ける言質、アリアとの戦いの最中に吐いた文言等、この上ない証言が詰まりに詰まっていた。


 無論、証拠はそれだけではない。

 王都レアリムで起こった事件。近年、得体の知れない錬金術師を名乗る女が、誰彼構わず被験者を求めていたこととの関連性。魔族を味方につけていた事実。苦痛な隔離生活を送っていたモナの経験談。地下施設の存在と、そこから次々と発覚した計画のプラン。

 細かいことを挙げればキリがない。何より、街が闇に覆われた際、人々を守る勇者パーティの誰一人としてあの場に現れなかった。その決定的な真実が、領民の信頼を最底辺にまで突き落としたのだ。


「ホムンクルス、最高傑作…ねぇ。()()()()にとって最大の()()…。生み出したものがあまりに優秀過ぎて、逆に自分たちの首を絞めたってとこ?そもそも、神の末裔である神霊族を隔離した時点で、天罰が降るのは目に見えてた筈なのに」


 そう淡々と、リツは相手の立場に立ちつつも、呆れたような口調で告げた。為す術もなく、無色透明な〝魔力牢〟に封じ込められた、グランツェル家4人を前にして。

 全員、一夜明けて意識を取り戻したようで、案外大人しく居座っている。暴れた所で、どう足掻いてもリツの生み出した強固な牢からは抜け出せないと、冷静に悟ったからであろう。

 当然ながら、外部干渉不可。テレポートは通用しない。完全に無力状態だ。


「もっと暴れるかと思ったけど、意外と大人しいじゃん」

「チッ…」


 胡坐をかき、腕を組みながら、か細い舌打ちをつくキロ。彼がそのような状態であるからか、他の3人も無気力に項垂れている。


「あんたらの罪は重い。騙し、脅迫、殺人、窃盗、洗脳、支配……どんな罰が与えられるかは、天命様か『究極者(アルティメット)』の勇者が決めることだけど、それだけのことをやっておいて、死刑じゃなかったら相当運が良いレベル。これから生きていけたとしても、居場所なんて何処にもないだろうね。あんたらの行いは、人間界中に知れ渡るんだから」

「ふん…承知の上だ」

「何?開き直ったの?」

「あんな少数のガキ共に全滅させられたんだ。もう、何をする気も起きねぇ…。なんでまだ生きてるのかすら分かんねぇしな」

「……??」


 吐き捨てるように言って、キロは虚ろな目で天を見上げる。

 生きる意味さえも無くなった。

 己のものだと思っていた力は、その殆どが寄生した闇によって操られ、形作られていた偽りのアイデンティティ。折れた空虚な心だけが、自身の中に留まり続けている。

 今もなお、自分がなぜ生きているのか理解できない。完全な敗北を喫し、闇の魔力も何もかもが失われ、崩れ落ちる瓦礫の雨に埋もれ死ぬ。そんな、無益で愚にもつかない最後を迎えるものだと、()()()に悟ったのだから。


 ――なぜ…だ。なぜ、俺を助ける…。さっさ、と……ころ、せ……。


 雑に担がれ、施設の安全な場所へ放り投げられたキロは、蚊の鳴くような声で訴えた。


 ――きもち、わりぃんだよ……そういう、偽善ってやつ………。同情でも、してる、つもりか…?


 残りの体力を使い、出来る限りの悪態をつく。

 本当に、訳が分からなかったのだ。

 考えも思想も真逆で、力の差は圧倒的。一撃一撃に重く込められた、グランツェル家への怒りや犠牲になった者たちに対する強い思い。善悪はさておき、確実に自分とは真反対の存在だ。

 唯一の共通点を挙げるならば、人間であるということくらいだろう。そんな相手にとどめを刺さず、ましてや見殺しもしなかった。

 一体、何を考えているのか。ずっと己の闇に閉じこもっていたキロには、全く理解ができない行動であった。

 だが、冷酷な表情でありながら、少女は口を開く。


 ――人として…。

 ――……??

 ――()()()()()、行動しただけ。それ以上でも、以下でもない。

 ――あん…?意味が、分からねぇな……。

 ――私も、分からない。ただ、これだけ好き勝手やっといて、死ぬのも勝手なんて…そんな()()()()がまかり通って良い筈ない。多くの人の幸せを奪い、奪おうとしたお前の罪は、死んだって拭われないよ。

 ――ふん…。そういう、お前、ら…人間の……甘さが、後に悲劇を、生むことに……なるのさ。

 ――お前も人間じゃん。

 ――はっ……そういや、そう、だったな………。


 交わした言葉はそれっきり。少女は最後まで目を合わせることなく、必要最低限言いたいことを並べた後、立ち去って行った。

 完璧な返しを受け、いよいよ思考が停止し、自分自身の発言に一笑を付すキロ。そのまま、乾いた声色と共に、再び気を失った。


 そして、現在に至る――。

 なぜ、未だに生きているのか。それは、あの少女が助けたからだという単純な理由に収まるものではない。

 死のうと思えば、いつでも命を絶てたであろう。もはや、生きる理由が失われたのだ。一度救われたとて、意識を取り戻した直後に自害することもできた筈。


(俺はまだ…生きることを望んでいるのか??)


 死ぬ気力も失せたのか、はたまた少女の言葉に自ずと感化されたのか。

 己の思考は、今もなお闇の中。何も見えてはいないが、いずれは理解できる日が来るのかもしれない。この瞬間にも、命脈を保っていることの意味が。

 一寸先が闇であることには変わりない。故に、救われたことを〝運命〟と片付けるには、少しばかり大袈裟だろう。

 最も、それを決めるのは、他の誰でもないのだが――。




     ◇




 グランツェル家が拘束されているのは、街の管理や経済を担っている役場の最奥。いつ暴れ出すか分かったものではないため、リツの結界で部屋全体を取り囲み、殺気立たせた悪魔が常に〝魔力牢〟を見張っている。

 

(……眠い)


 ふかふかのソファーにちょこんと座り、ウトウトし始めるリツ。昨日から、殆ど眠らずに勇者の仕事を全うしていたのだから無理もない。年相応に可愛らしく、お気に入りのぬいぐるみに顔を埋めながら、訪問者を待ち侘びていた。

 無意識に愛らしいオーラを放つ少女に対し、一方は張りつめた空気の中で殺気が飛び交う異質な空間。そんな混沌とした部屋の雰囲気をぶった斬るように、次の瞬間、バタン!と音を立て、扉が勢いよく開いた。



「「たのもーーー!!!!」」



 活気に満ち満ちた、道場破りの如き甲高い挨拶。その一声に、眠気が一瞬で吹き飛んだリツは、仰天して目を丸くさせる。


「あれ?なんか、空気重くないか?ふむ、どうやら来る部屋を間違えたようだ」


 明らかに、場違いな様相を醸し出す黒髪の女性。サラッとした細長いツインテールを可憐に揺らめかせ、何ともエキセントリックに現れたかと思えば、お次は顎に手を当て、冷静に思考し始める。

 何をしに来たのだろうか。理解不能だ。誰しもがそういった顔で彼女を見やる中、口から心臓が飛び出てしまう程に驚かされたリツは、沸々と湧き上がる怒りを抑え切れず、声を荒らげる。

 

「うるさい!!もうちょっと節度をもった挨拶ができないわけ!??」


 そんな怒号など気にも留めず、女性はリツを見るや否や口元を綻ばせた。


「リツ!!久しぶりだなぁ!会いたかったぞ!」

「ハァ…ほんと、そのちゃらんぽらんで脳筋な性格、どうにかしてくれない?こっちは昨日からずっと寝てないんだけど」

「それは大変だ。何かあったのか?」

「あったから、あんたを呼んだんでしょ!自分が何しに来たか分かってんの!?」

「そんなピリピリすんなって」

「誰がさせてんのさ!」

「それと、あたしは脳筋ではない」

「2ターン前の会話を掘り返してこないで!気にするとこ違うから!」


 朝っぱらから無駄にエネルギーを使う始末。他人にはとことん不愛想な対応を取るリツが、ここまでかき乱された様子を見せることは滅多にない。

 知り合いというのもあるだろうが、重々しい部屋の空気を目の当たりにした上での、この無軌道っぷり。彼女から漂う〝大物感〟は相当なものであろう。

 とはいえ、傍から見れば、友達同士の眇眇たる会話としか思えない。()()()()という関係を除くのならば。


「ハァ…とにかく、さっさと罪人を連れてって。≪時幻の軍勇者(クロノ・アドミラル)≫、〝エリカ・ロンド〟」

「なんでそんな他人行儀なんだよ!?一応()()()()だろ!?」

()()()()()付き合いに、幼馴染みも何もないから。無駄話もいい加減にして」

「ったく、愛想が悪いのは変わらずか~。まあ、そういうとこが可愛いんだけどな」


 そうニッコリ笑いながら、おふざけ口調で言葉を交わす勇者エリカ。軽い弄りを受け、恐ろしく静かに睨むリツを尻目に、渋々とグランツェル家の元へ足を運ぶ。


 あった筈の過去、そしてこれから起こり得る未来を行き来できる、時の加護を持つ勇者――≪時幻の軍勇者(クロノ・アドミラル)≫、エリカ・ロンド。自らを軍人と名乗り、勇者パーティという名の義勇軍を束ねる〝天命〟直属の近衛騎士だ。

 実力で言うならば、リツと同等で、主に銃器を用いて戦場に出向く。武器の扱いに関して、彼女の右に出る人間はいない。

 そんな軍勇者が、今回、闇の一族の末裔であるグランツェル家を連行することには、ある大きな意味があった。


「……」


 力関係はどうであれ、この一室には、現在三人の勇者が顔を揃えている。本来であれば、荘厳で堂々たる威厳を醸し出していてもおかしくはない。だが、如何せん緊張感の欠片もない会話と軍勇者の性格が相まって、幾ばくか茶番のような時が流れている。

 しかし、それも束の間の一刻だった。大罪人を前にした途端、エリカの目つきは明らかに変わる。


「エリカ・ロンド…時を旅する軍人だと聞いている。40年前は失態だったな。お前が取り逃がした一族の生き残りが、この俺だ。覚えているか?この悲劇は、お前が生んだと言っても過言じゃねぇのさ」


 罵詈雑言を浴びせる余裕はあるのか、キロは雑に言葉を投げる。

 もはや自暴自棄。何も失うものがないからか、格上の勇者に対し、臆することなく無駄に張り合おうとする。

 彼女の実力をあまり理解していないのだろう。それを抜きにしても、キロの性格上、先程の会話を目の当たりにすれば、彼女に対して舐め腐った態度を取るのは当然といえば当然だ。


「ああ、覚えているとも。あたしにとっては、()()()()のことだからな。昨日の夜、リツから知らされて、全てを理解した。この一件は、あたしにも非がある。だから…」


 今までの姿はどこへやら。程度の低い人間に煽られても、気丈な対応で、冷静に己の非を認めるエリカ。

 ()()()()()()()()()失敗に対する憤りもあるだろう。冷酷な表情でキロを見下ろし、自らが招いてしまった落とし前をつける。


「――っ!?ぐ、がはっ!!!」


 何かに体を操られるような感覚を覚えたキロは、突然額を床に叩きつけた。いや、叩きつけられたと言う方が正しい。まるで強い重力がのしかかったように、うつ伏せで、べったりと地に張り付いている。

 訳も分からず、目線だけを上に向けるキロ。その先には、何やら無色透明な球体状のエネルギーを片手に佇む、冷然とした軍勇者がいた。


「今度は逃がさない…」

「チッ…重力系の、魔法か…?その魔力は、なんだ?」

「これは魔力ではない。お前の〝魂〟だ」

「なに!?」

「あたしの〝固有時界(クロノス)〟に閉じ込めておく。安心しろ、死にはしないさ。一切の魔力が使えないけどな」

「チッ…神域能力(ゴッドスキル)ってやつか…?どうやって、俺の魂に干渉した…!」

「極度に精神が弱っていたからな。あたしの魔力が付け入る隙は、いくらでもあった」

「くっ……」


 魂を支配下に置かれた者は、自ら死ぬことが許されない。肉体を傷つけたとて、永遠の苦しみが続くだけだ。

 言わば、半永久的な不死。聞こえはいいが、体の自由も制限された者にとっては、生き地獄でしかない。

 生き方も死に方も選べず、何もかもが絶たれ、以降、キロの口から言葉が漏れ出ることはなかった。これから、エリカ率いる軍の面々が、グランツェル家の身柄を引き受けることだろう。

 ここで、リツがふと気になったことを尋ねた。


「ねぇ、エリカ。未来は、変えられなかったの?」

「……そうだな。あんまり言い訳みたいなことは言いたかないんだけどさ…あたしが見た未来は、こんなことになってなかったんだ」

「え…?」

()()()も言ってただろ?あたしにもよく分からないんだが、本来起こる筈の事象が、何者かによって書き換えられてる可能性がある。……いや、逆に私が見てきた景色が、偽物なのかもしれないな」

「でもそれって、前にも言ってなかった?」

「ああ。やっぱり、奴は生きてる」

「……」


 エリカは軍服のポケットから、棒付きのキャンディーを取り出し、口元に持っていく。

 彼女がそれを咥える時は、様々な理由が伴う。しかし今回ばかりは、色々な思いが綯い交ぜで、無意識に自分の懐へ手を伸ばしていた。

 やはり、あの〝王〟の前では、何も見ることができないということ。全てが霧に包まれ、謎のまま。彼の者が死んだとされる現時間軸でさえ、その影響は及ぼされている。

 刹那の沈黙後、エリカは遠くを見つめ、ゆっくりと口を開いた。




「魔王アリエに関する未来は、絶対に見ることができない…」




     ◇




 同時刻、大使館の食事会場――。


「くしゅん!!」

「アリア、大丈夫??」

「う、うん」

「誰か噂でもしてるんじゃないか?」

「あざといくしゃみ、助かります!!」

「助からないから!!」


 噂をすればなんとやら。刻々と世界が混沌に渦巻く中、平和で尊い少女たちの日常も、同じ時の中で甘く緩やかに動いている。

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