第103話 信じる
「なに、この爆発!?」
私が解析した脳内マップによると、先程までキロと交戦していた部屋が、施設二階の東にある勇者の間。そして今しがた、逆サイドの西側から、とんでもない爆発音が鳴り響き、地下全体が大きく震撼した。
軽く2、3部屋は消し飛んだであろう。エントランスホールの二階から下りて、階段の踊り場に行き着くと、爆発の影響か、微かな熱風と微量な灰を含んだ不快な空気を肌で感じ取った。そこから逆算し、爆発源を探る。
空気の流れ的に、研究室…ユィリスが戦ってたところで爆発したの?
「なんだ…自爆でもしたってのか?地下の空洞みたいなのが丸見えになってるぜ」
「キュラは休んでてもいいよ。少しは疲れてただろうし」
「おいおい、そんな水臭いこと言うなよな。アタシらは一心同体、運命共同体だ。どんな結末になろうが、最後まで付き合うぜ。それに、主の魔力が0に近いってのに、のんびりしてられねぇよ」
「キュラ…。うん、分かった」
一階に辿り着いたけど、人っ子一人見当たらない。と思ったら、爆破の影響を受けていないホールの端っこに、二人の男女が壁に背をつけてへたり込んでいた。
少し前まで、ユィリスを虐めていたグランツェル家の兄妹だ。まあ今となっては、覚醒したあの子の足元にも及ばないだろうけど。
二人とも意識がないことに加え、心身ともに憔悴しきっている様子。十中八九、色んな意味でルナとモナにしてやられたのだろう。
少なくとも、ここに寝かせておけば安全。そう考慮した彼女たちの優しさが伺える。
やっぱり、考えてることは一緒ってことだね。
私は無意識に微笑を浮かべ、この場を通り過ぎ、みんなが集まっているであろう施設外へと走っていった。
◇
地下に潜入してから、どれくらいの時間が経っただろう。大使館でテレポートしたのが夕暮れ時だったから、今はすっかり日も暮れ、空は闇夜に染まっている頃合いだ。皮肉なことにね。
「あ!アリアさんが来ましたよ!!」
外に出た途端、真っ先に出迎えてくれたのは、手を前に組んで上品に佇んでいたフランだ。
ボロボロのメイド服、その至る所に血が滲んでいる。今は回復してもらってるから大丈夫みたいだけど、様相を見るに、かなりの激戦を強いられたのだと容易に察せられ、胸が痛くなった。
殆どが私の非。シャトラを探しに行くだけだと高を括り、戦力を見誤ってしまった。
結果的には、思いの外フランが強かったから良かったけど…。
「フラン!こんなになるまで…ごめんね、私の勝手な指示で…」
「いえいえ、いいんですよ!自分の可能性にも気づけましたし!相手は大したことなかったです!」
「ほんと?でも、あまり無茶はしないでね。お疲れ様、後はゆっくり休んで」
可能性、という言葉が気になるけど、とりあえずは頑張ってくれたことを労ってあげよう。ポンと肩に手を乗せ、出来るだけの笑顔で労いの言葉をかけた。
「はぁぁ~~、アリアさんの慰労の言葉…身に沁みますぅ。私には勿体無い言葉…もうこの世に悔いはありません!」
「早まらないでね!?」
「ふへへ~……おっと、ついつい鼻血が。実に尊いです…」
「今のどこに尊さを感じたのさ!?フランの言う尊いが何なのかすら分からないけども!」
ガッツポーズしたり、満足そうにニヤけたり、鼻血出したり昇天しそうになったり。全く忙しない完璧メイドだ。
でも、こんな破天荒で可愛らしいフランの性格が、今の追い込まれた状況に安堵をもたらしてくれる。私に固執して、尊さを感じてる理由は未だに理解できないけど。
そして勿論、他のみんなも同じく、私が戻ってきたことに気づき、和やかなムードへと誘ってくる。
「今、皆さんでティータイムを楽しんでたんですよ。アリアさんも良かったら、色んな紅茶を嗜んでみてください」
「はい?ティータイム??」
一瞬、過度な疲労のせいで聞き間違いをしたものだと思った。視線の先に醸し出されている、エレガントな雰囲気を目の当たりにするまで。
「アリア!帰ってきたのね!!」
「アリアちゃ~ん!一緒にお菓子食べよ~」
そこには、どこから拵えてきたのか、大きめな丸テーブルを取り囲み、フランが淹れたであろう紅茶を優雅に嗜む少女たちが居た。初顔合わせの面々もいるけど、各々がお喋りだからか、秒で打ち解け、柔和な空気が流れている。
「いや、場違い過ぎでしょ!?」
ついさっき、この施設で規格外な大爆発が巻き起こった筈なのだけど…。
その直後の光景とは到底思えない、上品な淑女たち(←あくまでアリアの主観です)の空間。
肝が据わっているとかの次元じゃない。もはや、現実から逃避した異世界に迷い込んでしまったのではないかと、私は面食らう。
「ちょっと施設を漁っていたら、上質なティーセットが置いてあったんですよ。ここなら安全なので、皆さんとアリアさんの帰りを待っていたところなんです」
「は、はぁ…」
用意周到が過ぎる。この短時間で、よくここまで準備できたものだ。
無駄に高級そうな食器と甘美な茶菓子、そして日除けのパラソル。パラソルに関しては、時間的にも場所的にも、なんで取り付けてあるのか全く理解できない。
みんな、背伸びしたいお年頃なのだろう。楽しそうに、可愛らしく、無邪気に笑い合っている。
全く、呑気な子たちだ。なんて思ったのは一瞬で、そんな健気で純潔な女の子たちの笑顔溢れる楽園に、これでもかと頬を緩ませてしまう。
混ざりたいなぁ…。ちょっとくらい息抜きしても誰も怒らないよね。
と心の中で自分に言い聞かせながら、惚けた表情になる。
「マスター、なんて間抜けた面だ…。いや、逆に隙がないようにも見えるぜ」
「はっ…!!」
ボソッと呟いたキュラの一言で我に返り、天国へ踏み出しそうになっていた足を引っ込める。
危ない危ない。危うく私もエレガントな淑女(?)になるところだった!
口元から垂れ落ちそうになっていた涎を拭い、今の最悪な状況をみんなに伝えようとする。そんな私の元へ、みんな真っ先に駆け寄ってきた。
「アリア、待ってたのだ!色々言いたいことが――ぐへっ!!」
一人だけ、椅子の角に足を引っかけて、顔面から盛大にこけてるけど…。
高級なものは、その作りも物珍しい。小柄な体格もあってか、足の置き場を間違えたようだ。
覚醒しても変わらない気の抜けたドジっぷりに、後ろで控えていたアィリスさんとシロが呆れたような顔を見せる。
私もユィリスと話したいことは沢山あるけど、先ずはお姉さんの無事に安堵した。
「アィリスさん!無事で何よりです!!」
「アリアちゃん…。まさか、ユィリスのお友達だったなんて。本当に、ありがとう」
「いえいえ、私は何もしてないですよ。一番頑張ったのは、ユィリスだし」
「そんな謙遜しないで。……その、前みたいに、温もりを感じさせてもらってもいいかしら?」
「え?あ、はい…」
私はアィリスさんの前に立ち、そっと差し出された手を取る。そしてそのまま、ゆっくりと自分の頬っぺたへと持っていった。
乱れた感情など、全て吹っ飛ばしてくれるような包容の温もり。私が安心するのは勿論のこと、表情も含め、アィリスさんの安らぎがストレートに伝わってくる。
初めて会った時と同じだ。彼女なりのコミュニケーション。まだ慣れず、緊張して少し頬を赤らめてしまうけど、精一杯応えるため、私は真剣に向き合った。
「なっ!?まさか、姉ちゃんまでアリアに絆されてしまったのか!?」
「ユィリスちゃん、それは違うんじゃ…」
姉妹から僅かに感じる、特異な魔力の繋がり。なんとなくだが、ユィリスの覚醒の意味が掴めてしまった。
目の光は、取り戻せなかったんだ…。でも心なしか、二人の思いは以前よりも前向きに、穏やかになってる気がする。
間接的ではあったものの、妹に自分の千里眼を託したのかもしれない。都合の良い解釈かもしれないけど、少なくとも私にはそう映った。
「ありがとう、アリアちゃん。これからも、ユィリスと仲良くしてくれると嬉しいわ」
「勿論です!」
「はいはい、姉ちゃんのターンは終わりなのだ。次は私がアリアと――」
「って、それどころじゃなかったぁぁ!!」
アィリスさんと言葉無き胸懐を共有し合ったところで、ようやく自分たちの置かれた状況を思い出した。
ユィリスが何か言いかけてたみたいだけど、最悪が脳裏を過った私の耳に届く筈もなく。再度みんなを集め、〝テレポート〟の体制に入った。
「アリア、どうしたの?」
「まだ敵は倒しきれてないんだ。キロに寄生してた闇が、浮上して街に向かってるの。このままじゃ、みんなグラン街ごと消されちゃう!」
「えっ!??」
「嘘でしょ!?」
消される、というのは決して冗談で言ってるわけじゃない。それ程の力を、あの闇から感じ取ったのだ。
焦燥した私の並々ならぬ表情に、全員の顔が引き締まる。
私を含め、9人と一匹と人数が多いから、みんなが自然魔力を介せるよう、微小な範囲の転送フィールドを生成。自然魔力を使うから、ここはあまり魔力を消費することはないけど、体には多少の負担がのしかかる。
地下で待機するのが安全とも限らない。施設に倒れている敵が復活しないとも限らないし、地上が崩れたら、当然下にいる者たちは一巻の終わりだ。
何より私だけ地上に出てしまうと、みんなの生存を感知することが不可能になる(魔力に余裕があれば可能だけど)。目の届く場所にさえ居てくれれば、本当に最悪な状況に陥った時、この子たちだけでも街の外へ逃がすことができるから。
まあ、後者こそ口にせずとも、とりあえず全員にテレポートの旨を伝えた。
「そういうことなら、どこに居ても危険かもねー」
「最後までついていくわよ、アリア!猫ちゃんと一緒に!」
「我は猫ちゃんなどではないわ!!いい加減放せぇぇ!!」
モナにおぶられたサキ、そしてシャトラをぬいぐるみのようにぎゅっと抱きしめているティセルからも同意を貰い、私はみんなの中心に立つ。
ここから先、どんな結末が待っているのかは私にも分からない。
けど、もう誰一人として、闇の手に落とさせはしない。そう心に秘め、緊張した面持ちと共に、地上へと移動した――。
◇
グラン街中心部、大使館前広場――。
テレポートを終えた私たちを待っていたのは、一面真っ暗闇に色付けられた闇夜の空。そして、街中で飛び交う不安に駆られた人々の声。更には、胸の奥底まで突き刺さってくるような、出鱈目極まりない常闇の魔力。
それら全てが、私たちの緊張を刺激し、尚も張り詰めさせてくる。重苦しい空気が漂い、世界が変わってしまったのではないかと一瞬でも錯覚するまでに、街は混沌に包まれていた。
「何よ、これ……?」
転送した際に握っていたルナの手が、小刻みに震えている。
無理もない。この街は――いや、この空間は、既に闇に支配されかけているのだから。
まだ街は無事なように見えて、全くもって安心などできない。強大な暗黒の結界が、グラン街全域を取り囲み、その中で上空に満ちるは、無数に跋扈する闇色の粒子。
短時間でここまで…。まるで地獄絵図だ。
たった一人の人間に寄生していた一個体の魔力だとは到底思えない。逆を言えば、寄生魔力をここまで増幅させられる勇者の潜在能力には、無限の可能性が秘められている。
つまり、皮肉にも人間界を守護する筈の力が、人間を脅かす化け物を生み出してしまったということ。
最終的に、闇を生み出した帝王の思惑通りになろうとしている。人間界における勇者の〝システム〟を、上手く利用されたというわけだ。
「ふぅ…」
一息ついて、それからみんなの方へと振り返る。全員の表情が曇る中、私は笑顔で告げた。
「ちょっと待ってて。私がすぐに片づけてくるから」
「え…?まさか、アリアさん一人でアレを相手にするんですか?」
「うん」
「そんなの無茶よ!だって、アリア…もう魔力がないじゃない!」
魔力の感知に長けたルナにはお見通しだったようだ。実を言うと、限界は近い。
いくら強かろうと、前世が世界最強だろうと、魔力が無ければ戦力にならない。多分、みんなの方が力は有り余ってることだろう。
でも、ただ魔力があればいい、ただ力が強ければいい。そう意気込めるほど、生ぬるい相手ではないのだ。
そもそも、相手は知性を宿したエネルギーの塊。どう攻撃をすればいいのか、と思考できるような次元にはいない。再現性のある攻撃や魔法は、全て無に帰すだろう。
だから、私だったら――。
「モナたちも、一緒に戦うよ!」
「ううん…みんなの攻撃は、あの化け物には届かない。アイツを倒せるのは、勇者くらいだよ。……でも、私だって負けてない。引き継がれた加護が、力をくれる…」
「ご主人様、まさか…!」
「うん、使う」
私のやろうとしていることを察し、神妙な顔つきになるシャトラ。その反応を見て、他の子も心配の言葉をかけてくる。
「アリア…」
「無茶は、ダメだよ…」
みんなが案ずる気持ちは痛いほど分かる。それは、私が友達を大切に思う気持ちと同じだろう。
だからこそ、勝算があるなら身を賭して立ち向かわなきゃ。だって、それしか取り柄ないもん、私。
勇者――リツに託すことだってできる。だけど、それは最悪の場合でいい。
これは、この憎悪の闇は、魔界からの悪しき産物は、私の手で終わらせないと。前世で帝王を野放しにしていた、自分の責任でもあるから。
「なあ、アリア…」
覚悟を決めた面持ちで、天にのさばる闇を見上げる。そんな時、不意に服の裾をきゅっと優しく引っ張られ、私は後ろを振り返った。
口元を震わせながら、憂慮に堪えない相好でこちらを仰ぐ白髪の少女。気づいた私は、ようやく彼女と向き合う。
「ユィリス??」
「覚醒した私でも、力になれないのか…?今の私は、すっごく強いのだぞ。お前に、負けないくらい…」
「うん、分かってる。全てとは言い切れないけど、ユィリスの頑張りは、魔力を通じてずっと見てたよ。それでもね……」
その先の言葉を続けるか否か、言い淀んでしまい、俯く。
通用しない…なんて、覚醒したての自信に満ち溢れた子に、言うべきなのだろうか。現実を突きつけることとはまた別で、そんな単純な話に収まるような状況ではない。
強ければいいという問題ではないのだから…。
どんな言葉をかけてあげればいいものかと考える。そんな最中、先に口を開いたのはユィリスの方だった。
「ほんとに、お前は優しいのだ」
「え…?」
「私じゃ、通用しないんだろ?ハッキリ言ってくれていいのだ。自分でも、分かってる…」
「ユィリス…」
いつの間にか、ユィリスの表情は、明るく希望に満ち溢れたものになっていた。寧ろ、私の方が険悪な顔つきになっていることだろう。
「だから、私は信じるぞ。お前の勝利を」
「――っ!?」
「へへ、負けたら承知しないのだ」
本当に、強い子だ。
要らぬ心配は私の中から消え失せ、少しだけ心に引っかかっていた気持ちも晴れていく。心も体も、最後に後押ししてくれた。
そんなの、期待に応えない訳にはいかない。
信じる、か…。私の士気が、一番高まる言葉かも。
もう、迷いはなくなった。
「ありがとう、ユィリス。絶対勝つよ。何が何でもね。今度は、私が頑張る番だ」
「アリア…」
いつものように微笑みを返し、お礼を言って、頭を撫でてあげる。照れくさいのか、頬っぺたを真っ赤にしつつも、ユィリスは無邪気に笑う。
「ふふん、撫でられちゃったのだ。これで、アリアは負けないな」
「勿論。すっごいパワーを貰っちゃった」
私たちのやり取りに、この場を漂うピリピリとした空気が緩和されていく。全員が、私の勝利を信じ、前向きな表情を向けてくれた。
「じゃあ、行ってくるね」
待ってろよ、闇の化け物。私が、すぐに終わらせてやる!
そう意気込みながら、私は天高くまで飛び上がっていった。




