第100話 躍動する聖剣
「ふぅ、こんなもんだな」
勝敗が決した後、ユィリスは弓を器用に回して背中に収める。瞳に宿した千里眼の魔力も鎮め、金色の虹彩は普段通りの真っ白な瞳孔へ戻った。
常にオッドアイにあらず、千里眼を揮った時、姉の魔力がユィリスに力をくれる。離れていても、二人で一緒に足並みを揃え、力を合わせることができる。
ユィリスにとって、これ以上ない大事な宝物になった。
此度の奇跡的な覚醒は、今後人間界で語り継がれる偉大な有史になることだろう。
そして、未だ研究室内に綺麗な光の魔力が漂う中、主要機器の結界を解析していたシロが、大声で朗報を告げる。
《ユィリス!結界が、もう!!》
そう伝え終わるや否や、パキィィン!!と氷結晶の割れるような音が響き渡り、機械中央を取り囲んでいた青白い強固な結界が、消滅し、魔力となって空気中へ散布した。
少し前まで、外壁にヒビも見受けられ、効力が弱まってきてはいたが、崩れ去るのは一瞬。結界を維持する余裕が無くなったのか、もしくは完全に勝負がついたのか。何れにせよ、勇者以外の勢力、また脅すための〝カード〟を全て失い、もう敵陣営に後は無い。
無論、そんなことを考えるよりも先に、体が動いていたユィリス。その瞳には、シロと共にゆっくりと床へ舞い降りる姉の姿が映っていた。
魔力を人や物に纏わせ、重力へ逆らうように操る精霊の魔法。透明な光を帯び、ふわりと降り立ったアィリスは、シロに手を引かれ、妹の元へ向かう。
「姉ちゃん!!!」
「ユィリス!!!」
ユィリスは主人の帰りを待ちわびていた子犬のように、一目散に駆け、アィリスの上半身に飛びついた。
姉妹でも、背丈はまるで違う。アィリスはしがみ付いて離れない妹の体を抱き上げ、ぎゅっとその身に引き寄せた。
半年ぶりに感じる家族の温もり。ようやく、触れることができた。苦しくなるくらいに強く抱き締め合い、お互いの存在を再度実感する。
数秒の間、言葉無き抱擁が続いた後、目尻に涙を浮かべながら、アィリスが口を開いた。
「大きくなったわね、ユィリス」
「へへ、いつか姉ちゃんより大きくなるのだ」
自分たちを隔てていた結界の向こう側。そこから聞こえてくる声は、どれだけ遠いものに感じただろう。
念願の、待ちに待った姉の言葉が、ユィリスの胸をいっぱいにし、溜め込んできた様々な思いを溢れさせる。それらは涙となって零れ落ち、屈託のない満面の笑みとして現れた。
「本当に、ありがとう…!凄かったわ」
「あんなの、大したことないのだ。姉ちゃんが無事だったことが、何よりも嬉しいんだからな」
「ユィリス…」
尊い姉妹の抱擁に、傍で眺めていたシロも嬉しそうに涙ぐむ。
出会ってから初めて、心の底から幸せそうなユィリスを感じることができた。ずっと気に掛けていた思いやりの精霊にとっても、最上の喜びである。
「うっ、うぅ、ぐすっ…良かったわね、ユィリス~…」
「ルナちゃん、泣きすぎだよ…ぐすっ」
「モナだって泣いてるじゃな~い…」
どれだけ離れていようと、お互いに引き合う絶対的な血縁関係。二人の思いは届き、実を結んで、こうしてまた心身に寄り添い合う。
両目の光を失った姉と、その光を受け継いだ妹。紆余曲折あれど、これから先も、幼少期から育んできた愛情と絆、深い信頼関係は、絶対に崩れ落ちることはない。共に歩んでいけば、如何なる苦労や困難も、必ず乗り越えていくことだろう。
アィリスを救い出し、此度の目的は達成。周囲にも影響を与える程、この場は喜びと感動に満ちていた。
しかし、ことの発端となった〝元凶〟の討伐には至っていない。更に、その悪心に影響されし極道者も、絶望への執着・執念をもってして、最後の最後まで狂乱に足掻く。
「お前たちは、うっ、くっ……知り過ぎたんだ」
低く、重々しい弱り果てた女の声。この場にいる誰の耳にも届き、寒気をもたらした。
激しい戦闘により、朽ち果て、残骸と化した鉄の山――天才錬金術師が誇る研究の宝庫は、全てが見る影もなく。吹き出した気体は、中和や高度の魔力反応を起こし、モナから抽出した鉱石と共に、空気中に舞う自然魔力へと還元されていった。
そんな嘗ての面影など微塵も残っていない研究室の中央に、虚しく虚脱する一人の女――ファモス。まだ意識があったようで、貫かれた胸元を抑えつつ、少女たちを激しく睨みつけていた。
「お前!まだ…」
「ククク…認めよう、ユィリス・ノワール。随分と面白いものを見せてもらった…。ぐっ、私の、負けだ……」
「……」
「だが、いくらお前たちが勝利を収めようが、次期にこの世界は消滅するだろう…。あの戦争から、もうすぐ1000年の時が経つ……。〝理想郷〟の復活も近いということだ…」
「何を言ってるのだ?お前は」
誰が聞いていようがいまいが、ファモスには関係ない。壊れた機械人形のように、淡々と言いたいことを連ねている。良からぬ希望に満ちた、狂気の目を光らせながら。
「ネオミリムの馬鹿どもにも伝えておけ…。いずれ、貴様らには天罰が下るとなぁ!!」
「天罰が下るのは、お前なのだ。もう一回、貫かれないと気が済まないようだな」
「だが最も、貴様らがここから逃れられる保証はないがな……」
ユィリスが弓を構えた直後、ファモスはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。同時に、懐から手のひらサイズの機械を取り出し、そこへ備えられた細いアンテナから、主要機器に何やら信号を送り始めた。
《――っ!?今すぐ部屋の外に出て!!爆発する!!!》
そのシグナルを感知した瞬間、シロが血相を変え、大声で退却を促す。
シールドでは防げない程の爆破か、はたまた爆発後の部屋の惨状が余程のものだと踏んだのか。兎にも角にも、覚醒したシロの言葉を無視することはできない。
「姉ちゃん、いくぞ!!」
「え、ええ…!」
バディの指示を聞き入れ、ユィリスは素直に頷く。即座に姉の腰を抱きかかえ、室外へと一気にジャンプした。
ルナの手を引き、モナも後に続く。シロが最後尾でシールドを張り、全員が部屋の外へ出ようとした、その直後、研究ルームは凄まじい大爆発に見舞われた。
爆ぜた瞬間に飛び散った火の粉が、錬金素材と作用して交わり、数秒もしない間に室内が巨大な炎塊で満たされる。隅々まで業火に焼かれ、コンクリートの壁はおろか、鉄骨でさえも高温度で溶かし、部屋そのものを焼失させた。
影響は他の部屋にまで及び、衝撃で通路やエントランスホールの階段すらも半壊。地下施設は揺れ動き、その左半分が一瞬にして崩落する。
外壁は焼け落ち、グラン街地下空洞が丸見えの状態と化した。火は燃え移り、数分もしないうちに地下全域へ広がることだろう。
最後の最後まで、狂気の心が絶えることはなかった。
事実上の自爆。己の死すらも厭わぬ執念深さを、ファモスは体現した。
自棄になっていたのかもしれない。人間が持つ感情だけが残留し、爆発後、嘗て天才錬金術師の研究部屋と呼ばれていたそこは、ただの灰空間となり、物の影一つ残っていなかった。
そして、物語は数十分前の出来事へと遡る――。
―――――――――――――――
地下施設二階、勇者の間――。
見事、キロ・グランツェルに大技を喰らわせたサキを部屋の外へ逃がし、勇者との戦いは、既に終盤戦へと差し掛かろうとしていた。
虚空の聖剣(キュラの方)を召喚した私は、今にも手元から零れ落ちてしまう程、うっきうきに体をくねらせるそいつを、じとーっと観察する。久しぶりに呼び出されて興奮するのは分からなくもないけど、勝手に動かれると戦いづらいから、少しは大人しくして欲しいものだ。
シェルと違って、赤いボディに深紅の水晶が嵌められている。剣の人格だけでなく、色合いも異なり、かなり見分けがつきやすい。
「よーし!ひっさしぶりに体を動かすからな~。初回は全力でいかせてもらうぜ、マスター!!」
「それはいいけど、戦闘中はじっとしててね。手元が狂ったら、危ないんだから…」
「…と、その前に」
キュラはどういう仕組みか、刀身をぐいっと伸ばし、更には曲げ、私の鼻頭に剣先を向けた。
「なんで、最初にシェルを召喚したんだよ~~!!出会った時、一番初めに声を掛けたのはアタシなのに、なぜ記念すべき一発目がアタシじゃないんだ!順番的におかしいだろ、全くぅぅ…!」
「そんなことで怒らなくても…」
「そんなこととはなんだぁぁ!!大事なことだぜ!ほんと、あんなかたっ苦しいシェルのどこがいいんだか。しゅん……」
「……」
ぷんすかと煙を出しながら、私に文句を垂れた挙句、終いには項垂れる聖剣。感情の起伏が激しいのなんの。
というか、そこまで私に使われたかったんだ…。何きっかけで信頼を得たのか、未だに良く分かってないけど、初めての奪い合い(←深い意味はない)に躍起になる程、私のことを思ってくれていたのは素直に喜ぶべきことだろう。
だから、私は今率直に思ったことをキュラに伝える。
「で、でもさ…さっきの悪魔との戦いは単なる前哨戦というか、準備運動みたいなものでさ。今は本格的な戦闘の真っただ中だし、この大事な場面で使いたいのはキュラだって、私は思ったけどなぁ」
「え、ほんとか??」
「うん」
「へへっ、そっかそっか~!マスターがそこまで言うなら、頑張ってやらんことも無いぞ~!ふっふ~ん!!」
ちょろい…。
刀身をしならせ、機嫌を直す。そんなキュラに、段々と愛着が湧いてきている自分がいた。
正直、高火力が出せるという点以外は、情報が全くないし、相手は勿論、私との相性が良いのかも未知数。少しは悩んだりもしたけど、相性が悪かったら悪かったで、私がフォローすればいいし、どれだけ不可思議な武器だろうと、扱える自信は大いにある。
使ってあげたいという純粋な気持ちが真っ先に現れ、こうして召喚に至った訳だ。
大事なのは、お互いの気持ちだと思う。特に、意思がある者同士ではね。
「何をべらべらと…。その剣はなんだ?音が出るだけのスクラップか?」
ずっと蚊帳の外にいたキロは、私たちのやり取りに呆れた様子で皮肉を垂れる。虚空の聖剣なるものを知らないのか、禍々しい闇のオーラを纏いながら、余裕の笑みを浮かべていた。
そんな闇の勇者の言葉に、分かりやすくムカッとしたキュラは、奴の持っているエクスカリバーに目を向ける。
「あん?お前の持ってる剣の方が、よっぽどおもちゃに見えるな。ふむ、アタシの見立てによりゃ、大体300年ぽっちしか存在してないみたいだが、そんな〝ルーキー〟と比べられる日が来るとは思わなかったぜ」
「300年って、分かるの??」
「ああ、剣の勘って奴さ。昔の記憶は失っちまったが、アタシはあんなひよっこより、遥かに歳を重ねてるぜ。多分…」
記憶は曖昧らしいけど、随分と長い間存在しているという情報には納得できる。鍵文字と共に封印されてたし、私が知らなかったということは、1000年以上生きてると言われても驚きはない。
ただ、なんで私なんだろう。
そんなに生きてるなら、一人や二人、鍵文字を読める人に出会っててもおかしくない。強さだけで言っても、今の私より強い人間は何人かいるし(これは確信をもって言える)、あの出会い方で、ここまで従順に慕う程の魅力が、私の何処にあったのだろうか。
人格が二つあれば、どちらかは反対するようなもんだけど、キュラもシェルも私を秒でマスター呼ばわりしてきたし。謎は深まるばかりだ。
まあ何にせよ、こうして出会ったからこそ、すぐにユィリスの元へ向かうことができたし、今となっては些細な疑念。聞くのは後にして、そろそろこの戦いに集中するとしよう。
「んで、勇者…えっと、キロ・グランツェルっつったか?武器相手にイキり散らすのは辞めた方がいいぜ。程度が知れる」
「くっ、剣の分際で言わせておけば……すぐにこのエクスカリバーで、真っ二つにへし折ってやる!!」
お次は私が蚊帳の外となった。キロは完全に、標的を私からキュラへと変えている。
少し煽りが過ぎたようだ。怒りで奴の力が少しだけ上がったような気がする。
私はシェルの時と同様、端整に剣を構え、今にも飛びかかってきそうなキロと睨み合う。
「キュラ、いい?先ずはあなたの扱いに慣れないといけないから、いくつか技を試すけど、その衝撃に耐えられなかったら、すぐに言ってね」
「ほう、アタシを試そうってんだな。いいぜ。マスターに相応しい聖剣だってこと、証明してやるよ。逆に、マスターの方こそ、アタシに遅れを取るなよ」
言ってくれるじゃん。まあ、それくらい強気でいてくれた方が、お互いの士気も上がるってもんだ。
早く使ってもらいたくてウズウズしているキュラ。そして、私も凛々しく、それでいて口角を上げた表情を見せていた。
結局、考えていることは同じ。心の中では、ワクワクしてしまっている自分がいた。
さっさと倒して、キュラ・シェルにいっぱい話を聞かせてもらおう!
「うん!いくよ、キュラ!!」
「あいよ、マスター!!」
100話到達!ここまで見てくださった方、本当にありがとうございます!とはいえ、完結までは果てしなく遠いかと…。
これからも、何卒よろしくお願いします!!




