第99話 覚醒と契約の力
「……ざけるな。ふざけるなぁぁぁ!!!!」
このまま何事も無く終われる筈もない。黙って見ていることに限界を迎えたのか、ファモスは全身に埋め込まれたあらゆる器官から、多大な魔力を放出。身体機能を抑えていたユィリスの魔力を、内側から破壊した。
周囲の研究機器に傷をつける程の魔力発散。二人の覚醒魔力に対抗するような怒りの混じった気迫とオーラが、巨大な暴風となって襲い掛かってくる。
「ふにゃ…!?なんて威力!」
「くっ、アイツ…魔力だけみたら、勇者パーティの奴らとそんな大差ないわよ…」
とんでもない〝魔力嵐〟を受け、踏ん張るのがやっとなモナと、吹き飛ばされないよう柱にへばり付くルナ。機械の外壁が次第に凹んでいき、中で調合していた得体の知れない液体やら有毒な気体やらが、飛び散り、空気中に散漫する。
もはや、これまで積み上げてきた己の研究すらも、眼中にないのだろう。なんせ、それらの錬金術がちっぽけなものだと吐き捨てるまでに、千里眼の研究は精到であったのだから。
長年を犠牲にして答えを出し、ようやく完成までこぎつけた千里眼を、間抜けにも単なる子供騙しに躍らされ、油断して奪われた挙句、研究の限界を超越した覚醒を許してしまった。
天才にとって、これ以上ない愚かな失態。だが、それを認めるまいと、研究者としてのプライドが芽生えたのか、全ての怒りを目の前に存在する人間たちに向けている。
機械によって、抑え込んでいた感情が爆発したとも言えるだろう。腐っても人間なのだと、既に己で証明してしまっているのだ。
「シロ、二人を守るのだ」
《うん!》
そんな中、突如吹き荒れた異常な嵐を目の当たりにしても、微動だにせず、平常心で佇むユィリスは、同じく暴風に何の影響も受けていないシロへ指示を出す。
部屋中に巻き散らされる危険な薬品。当然、じっとしていれば、体に付着し、修復不可能なまでの致命傷を負ってしまう。
特に、防御力のないルナは一発でアウト。身体を溶かす薬液に触れるだけで、言うまでもなく死に直面するだろう。
なんとも恐ろしい状況だが、それらを簡単に覆す精霊の防御壁が二人を守護する。シロが遠隔で生み出した無色透明のシールドが、目には見えない粒子状の気体でさえも弾き飛ばし、鉄壁な防御を誇っていた。
一方、千里眼を発揮させながら、暴走しかけているファモスを真剣に見やり、攻撃の機会を窺うユィリス。万物を見透かすその目には、空気中に散布されたナノレベルの粒子がハッキリと映し出されている。
故に、シールドを張らずとも、ユィリスにとって避けるのは容易。最も、今の彼女の防御力をもってすれば、有毒な薬品など、触れたところで何の影響も受けないだろう。
少しばかり魔力で改造された愛武器『メイズ・アルクス』をゆっくり構えだし、ファモスに照準を合わせる。
弓を打つ瞬間は、いつだって真剣だ。半端ではない集中力で、確実に相手の弱点を射抜く。
「先ずは、小手調べなのだ」
個体レベルが上がると、使用可能な魔法や能力の詳細が、直接頭の中に入り込んでくる。それでもユィリスの場合、バグレベルで急速成長を遂げたため、脳内に流れ込んできた膨大なステータス情報――その全てを把握するには、かなりの時間を要してしまう。
利発的にも感覚的にも左右されるユィリスの思考において、少々の慣れは不可欠。故に、最初はシンプルな攻撃を仕掛け、己の力を確認するところから始める。
「ふん、お前の覚醒など、恐怖に値しない…。所詮、思考は猿以下だ」
直線的に向かってくる矢を視野に入れたファモスは、すぐさま正気に戻り、皮肉を飛ばしながら宙へと避けた。
しかし避けた筈の矢は、そのまま一方向に突き抜けていくかと思いきや、標的の跳躍を見計らうかのようにして、瞬時に進路を変更。上向きに弧を描き、速度を落とすことなく、ファモス目掛けて追尾を始めたのだ。
「なっ…!?」
そして、矢は見事に相手の足首へ突き刺さる。貫通した上に、毒針のように刺し通され、ファモスは足先から広がる鋭い痛みに襲われた。
たとえ機械を埋め込んでいようと、痛覚は存在する。一瞬で力が抜け、地へ落下するファモスに目を向けることなく、ユィリスは一言、
「射程範囲内なのだ…」
と瞳を閉じて告げた。
魔力による矢の追尾。予め、千里眼で相手の魔力情報を解析し、その解析結果を矢に伝達させることで、目標とする相手へ確実な狙い撃ちが約束されるのだ。
矢の威力は鉄をも貫き、与える魔力によって、時に防御力を無視した弓撃と化す。
魔力で生成したものではなく、何の変哲もない只の一本矢でこの精度。そして最も厄介なのが、魔力であれば即座に消滅するものの、物理的な矢は、一度突き刺されば、引き抜くまで身体的ダメージは蓄積される。更にそこへ、持続的な猛毒や麻痺性の薬物を織り交ぜられたら、目も当てられない。
遠距離戦闘において、最強の一角――弓術士。扱いが難しく、スコープ付きの〝狙撃銃〟に比べ、標準を合わせる上で頼れるのは己の視力のみ。
故に、弓を手に取る者は少ないが、全体を通して遠距離最強と言われる所以は、これから展開されるユィリスの戦闘に全て詰まっているだろう。
「〝敏捷強化〟…!」
ファモスが無様に蹲っている間、ユィリスは前方へ跳び上がり、着地点に魔装の矢を複数放った。当然、地に向かった魔矢は消滅するが、代わりに銀色に輝く円形のフィールドが生成される。
一時的な魔力域。そこへ着地したユィリスの身体に、放たれた高濃度の光が纏わりつく。
力値を一定時間向上させる、弓術士仕様のバフ魔法だ。他者にも使用可能で、〝弓神の魔矢〟により生み出した円形の魔力領域が、与えるエネルギー量に比例したステータス強化を促す。
今回は素早さを増強させたようで、光領域に踏み入った途端、ユィリスの敏捷性は数段階進化した。
「くっ、小賢しい真似を!!」
足先に刺さった矢を勢いよく引っこ抜いたファモスは、向かってくるユィリスへ拳を振るう。
数分前であれば、その殴打は確実にヒットしていただろう。しかし今のユィリスには、ファモスの行動一つ一つが止まって見える。まるで、現実をコマ送りで視認しているかのように。
覚醒した千里眼は、生物の体内に流れるエネルギーをハッキリと捉えられる。そのため、次に相手がどのような攻撃を仕掛けてくるのか、魔力や単純な力の伝わり方で、即座に行動を予知することも可能だ。
「遅いのだ…」
「ぐっ、はっ!!?」
軽々と躱したユィリスは、小柄な体を生かし、速攻でファモスの懐に入り込む。そのまま左足を軸に、回転の勢いを乗せ、目にも止まらぬ速さで頬辺に回し蹴りを入れた。
バキッ!!と鈍い音を立て、踵が顔横を抉る。恐らく、防御のために埋め込まれた機械が、衝撃で半壊したのだろう。
幼児と大差ない体格を持つ子供のどこに、そんな馬鹿力があるのだろうか。驚く間もなく、ファモスは数メートル先の壁ごと吹き飛ばされる。
「チッ、このクソガキがぁぁぁ!!」
狂気の目を光らせ、鼻血を垂らしながら咆哮を上げるファモス。煙を振り払い、白衣に仕込んでいた薬品を取り出す。
指で摘まめるサイズの小瓶に入った、紫色の液体。蓋を開け、それを一気に飲み干したファモスの魔力――溢れ出ているオーラが、見る見るうちに闇色へと染まっていく。
「お前から、あの兄妹と同じ魔力を感じるのだ」
「研究のために、奴らの遺伝情報をサンプリングしていたのさ。少し錬魔術で加工すれば、問題なく私の体内に取り込める。量は限られるがな」
「ふーん」
「この力で、お前を地獄に送ってやろう。ユィリス・ノワール…!!」
特に興味を示す様子の無いユィリスへ、ファモスは血走った目で襲い掛かる。
両手に携えるは、高速に回転する見るだに恐ろしい闇魔力。高エネルギーを秘めたその二つの〝魔弾〟を、時間差で投げつけてきた。
無軌道に宙を蠢いているが、矛先は確実にユィリスへと向けられている。
触れた瞬間に大爆発。魔力濃度の高い跳弾に対し、ユィリスは弓を構え、標準を合わせる。
「シロ、一つ防ぐのだ」
《うん!》
バディからの指示を受け、シロは一つ目の気弾を無色透明なシールドで防ぎ切った。
闇の魔力が爆ぜる中、ユィリスの放った四本の矢が、魔弾以上に蠢動し、標的へ突貫していく。その内の一矢が、後に続く二つ目の気弾を相殺し、それによる爆風を避けるようにして、残りの矢が一定の速度を保ったまま、ファモスを狙う。
(な、何なんだ…こいつの矢は!?まるで、生き物のように…!!)
掌から魔力を発散させ、ファモスは矢の勢いを殺そうとする。しかしその魔力の流れを察知したかのように、三本の矢は瞬時に軌道を変え、それぞれ別の角度から再度責め立ててきたのだ。
恐るべき矢の軌跡。これには、少し力を上げただけのファモスもお手上げだった。
「〝無我の皆中〟…」
どんな状況下にあろうと、放った矢全てを命中させる出鱈目な弓術。見事な針路を描き、三本ともファモスの体へ豪快に突き刺さった。
持ち前の腕力で弾こうとしても無駄に終わる。振り払おうものなら、強力な矢の威力をもってして、その腕を貫くからだ。
「馬鹿げている…!只の木片如きに、なぜ私の体が射抜かれるんだ!!」
「魔力で矢をコーティングしてるからな。私の魔力を解析できないお前に、防ぐ術はないのだ」
「くっ、クク、ククク…面白い。今すぐにでも、その舐め腐った口が利けないよう――うっ、ぐわぁぁぁ!!!」
駄弁りだしたファモスは、何らかの刺激を受け、突如として悲鳴を上げ始めた。膝から崩れ落ち、吐血しながら、止まらぬ痙攣に身を捩らせる。
「〝魔力抵抗〟。突き刺さった矢から流れる魔力は、次第に体の自由を奪っていく…」
そうユィリスは重々しい口調で解説。彼女の魔力が籠った矢に射抜かれた時点で、ファモスの敗北は確定した。
傷口から魔力を侵入させることで、体内への干渉が可能になる。後は遠隔で魔法を放ち、抵抗も叶わない雷系統の刺激を与え、身体機能を停止させるだけだ。簡単に言えば、矢から強力な麻痺性の電流を発生させている。
更に理屈を並べると、何もユィリスは適当に矢を放っていた訳ではない。腕、横腹、太腿、足首と、等間隔に相手の体を射ることで、満遍なく衝撃を行き渡らせているのだ。
これらは全て、覚醒と契約の賜物。ユィリスの千里眼からはバフの魔法、アィリスの千里眼からはデバフの魔法が発揮され、いずれも魔力の法則を逸した特性になり得る。
且つそこへ加わるのが、精霊との契約で得た防御力と知性。簡単には打ち崩せない鋼の矢を生成し、それを聡明に生かすのは、脳内に湧き出てくる天才的な思考。元から持っていた感覚的な知能と掛け合わさって、瞬発力も跳ね上がっている。
「シロ、結界の解析は終わったか?」
《うん、防御は確実に落ちてきてるよ。もう少しで壊れそう》
「へへっ、そっか。やっぱり、アイツは凄いのだ!」
一体、何の話をしているのだろうか。と、刺激に耐え忍びながら、ファモスは二人の視線の先を見やる。
「何の、冗談だ…!?何を、やっているのだ、キロ・グランツェル!!」
室内中央にそびえ立つ主要機器――その上方へ意識を向けた途端、大きく目を見開いた。
アィリスを取り囲んでいる、超強力な青白い障壁。闇の勇者キロ・グランツェルが生成した、半永久機関の結界が、ザザザ…と歪み、乱れ、今にも消えかかろうとしているのだ。
この意味は、もはや言うまでもない。明らかに、キロの力が弱まってきているということ。
アィリスの救出も、時間の問題だろう。溢れそうになる喜びの感情を抑え、ユィリスは最後の矢を弓に番える。
先ずは、己の役目をきっちりと終わらせよう。そう自分に言い聞かせ、神々しく輝きを放つ魔力を矢先に込めた。
「これ以上、貴様らの好きにさせるかぁぁぁ!!」
両足を踏ん張り、やっとのことで立ち上がったファモスは、よろけながらも両手に巨大な魔力を生み出す。
最大限のエネルギーを溜め込んだのだろう。奴の魔力値は、もう0に等しくなっていた。
「今まで好き勝手やってきたのは、お前らの方なのだ。姉ちゃんのことも、モナの魔力を悪用したのも、全部ひっくるめて、私が制裁する」
「やれるものなら、やってみろ!!ユィリス・ノワール!!!」
叫喚し、ファモスは速攻で注ぎ込んだ禍々しい魔力玉を、ユィリスへと真っ直ぐに打ち放つ。怒りのオーラを交えたその錬魔法は、闇色の憎悪がひしめき合い、まるで本人を体現しているかのような、悍ましい〝絶望〟の塊と化していた。
避ければ、後ろで見守っている仲間たちに被害が及ぶだろう。シロは、万が一ファモスが何か仕出かしても対応できるよう、アィリスの側へ付いているため、全てはユィリスの放つ一矢に掛かっている。
「番えし一筋の光…闇の妖気を浄化する一途の破魔矢となりて、悪しき怨念を打ち砕く……」
神聖な魔力が、ぐっと引かれた弓矢を覆い、バチッ!と金色に光った千里眼と共鳴する。
特に集中することはない。いつも通り、己の感覚を頼りにして、スッと押えていた右手を離す。
その瞬間、纏っていた光が、矢を中心とした三つの輪となり、煌びやかな軌跡を描き始めた。このまま相殺するかと思いきや、光臨の矢は、闇の魔弾を瞬きする間に破壊、消散させる。
そして、威力・スピード共に落ちることなく、一直線にファモスの胸元へ。たった一本の矢に全力の魔法を打ち崩されるなど、微塵も思っていなかったファモスは、射抜かれる直前まで、自分の身に何が起こったのか理解できなかった。
「〝光輪の破魔矢〟…!」
矢は突き刺さることなく、ファモスの肉体を貫通し、更にその後方の壁に巨大な風穴を開けた。
とんでもない殺傷力。急所を避けて射抜かれたため、即死ではないが、致命傷を負ったファモスは言葉を発することなく昏倒した。
お待たせしました。次回から、アリア視点です。
ここまで来たら、すんなり終わって欲しいものですが…。章終わりにも、色々と今後のストーリーに大きく絡んでくる爆弾情報構えておりますので、ぜひ第三章ラストまでお付き合いください。




