第46話 観覧車と、弓弦の気持ち
時刻は16時頃。
俺と英理香は料金を支払い、観覧車乗り場に到着した。
今は7月上旬であるため、まだまだ明るい。
告白をするなら、夕焼け・夜景をバックにしたほうがロマンティックで、今の状況は絵的に映えない。
しかしこちらは1時間もかけてこの大都市に来ているため、あまり夜遅くまでいられない。
告白する前の緊張感を紛らわせるため、そんな無駄なことを考えてしまう。
ぐるぐる回るキャビンを、目で追ってしまう。
ドアが開いているキャビンが、俺たちの前にやってきた。
「英理香、まず君が乗ってくれ」
「ありがとう、ございます……」
レディーファーストということで、俺は英理香を先に乗せる。
彼女の声音はとても震えていた。
英理香が乗車したのを確認し、キャビンに乗り込む。
彼女はベンチシートの端っこに座っており、俺は隣に座ることにした。
観覧車のキャビンは弧を描くように、どんどん上昇していく。
それとともに俺たちは地表から離れていき、あたかも天国に旅立つような感覚すらあった。
西方には海が広がっており、東方には山がそびえ立っている。
海と山を両方楽しめるのが、ここの観覧車の特徴だ。
「あの山の向こうが、私達の地元なんですよね……」
「あ、ああ……感慨深いな」
実は俺たち、この街に電車で向かっている最中、トンネルを1本抜けていたりする。
突如、英理香は俺の顔を覗き込んできた。
「弓弦、大丈夫ですか? もしかして高所恐怖症なのに無理して──」
「いやいやいや! それは絶対に違うから! むしろ英理香こそ、高いところは大丈夫か?」
「大丈夫です……嫌なら嫌とちゃんと断ります……」
よかった……気持ちが先走りすぎて、英理香に気を遣わせていたらと思うと……
今日のデートは、俺にとっては一大イベント。
必死過ぎて周りが見えなくなりました、なんて事になったら目も当てられない。
「それに私、前世では勇者だったんですからね?」
「はは、そういえばそうだった」
だが言葉とは裏腹に、英理香は緊張している様子で、肩が少しだけ震えている。
これが高所恐怖症か、あるいは男と密室でいることでの緊張なのか、それはわからない。
だが英理香は今日のお出かけを、「デート」だと正しく認識してくれている。
俺が緊張するように、英理香も緊張していると考えるのが道理だ。
だとしたら、できるだけ早い目に告白を切り出して、白黒はっきりつけるべきだ。
しかし観覧車の乗車時間は15分、早く告白しすぎて失敗した場合……想像もしたくない。
俺と英理香は景色を見ながら雑談し、だいたい5分くらい経過した。
まだ時期尚早な気もしなくはないが、俺は勇気を振り絞って告白することにした。
「──英理香、今から大事な話をする」
「はい……」
英理香が告白をオーケーしてくれそうかどうか。
そんなことは、カフェでじっくり考えて答えを出したはずだ。
漢を見せろ、江戸川弓弦!
俺は英理香の目を、まっすぐ見据える。
「好きだ、付き合ってくれ」
英理香は一瞬、嬉しそうな表情をした。
が、冷静になったのか、俺を見つめてくる。
「なぜ私のことが好きなのか、なぜ付き合いたいと思ったのか、教えて下さい」
「ああ。英理香はとっても美人だ。制服姿も私服姿も綺麗で可愛い。たくさんの男子たちから一目惚れで告白されてるから、自覚してるとは思う」
たくさんの男子に告白されてはすべて丁重に断ってきたという、《難攻不落》の悠木英理香。
その噂は、1年の頃から聞き及んでいた。
俺はソロ充だったので、クラスの連中の話を盗み聞きしていたのだが。
噂を聞いた時、俺は「ふーん」としか思わなかった。
何故ならその悠木英理香は別のクラスだったし、関わり合いがないと思っていたからだ。
だが2年に進級して同じクラスになった時、俺は《難攻不落》も伊達ではないと思い始めた。
ルックスがよく、成績優秀で、しかも品行方正と来た。
モテるのは当たり前だったのだ。
「正直、同じクラスになったときから、君のことは好きだったと思う。でもそれはアイドルや女優に抱くような憧れだ。友人とか恋人とかに向けるような『好き』じゃないし、『友達になれたらいいな』ってさえ思えなかった。思えるわけがない。だから、君から告白された時は本当にビックリしたし、嬉しかった」
でも、俺が英理香のことが好きなのは、ルックスだけが理由じゃない。
むしろルックスだの《難攻不落》だのは、英理香を好きになるきっかけに過ぎない。
「君と友達付き合いをするうちに、噂では分からなかった君の内面がよく分かった。俺のために気を遣ってくれていたのも、よく分かった」
公園デートのときは、手作りのサンドイッチを朝早くから作ってきてくれた。
俺が観たい映画を、サプライズで誘ってくれた。
「──それになにより、真央の件だ。真央と初めて会った時、前世では敵対していたにもかかわらず、優しくしてくれた。殺さないで、生かしてくれていた──本当にありがとう」
「いえ、真央に敵対する意思が見られなかったので、こちらも手を出さなかっただけです。ですがこちらこそ、感謝されて嬉しいです」
「話を戻そう──俺は君に救われたんだ。助けられたんだ。だから俺は、英理香のことが好きだ。外見も中身も……だから付き合って欲しい」
英理香はホッとしたような表情を浮かべ、胸を撫で下ろしている。
深呼吸をした後、俺の両手を取った。
「はい……ずっと待っていました。弓弦がそう言ってくださることを。私も弓弦のことが、ずっと好きでした」
「でも、まだこの告白には続きがあるんだ」
ようやくここで、俺は入り口に至った。
英理香から「好き」という単語を聞き出してからでないと、切り出せない話題だ。
「英理香が俺の告白を受けてくれる」という確証が得られてからでないと、自意識過剰過ぎて聞けない話題である。
っていうか、その確証があっても自意識過剰で失礼な質問だ。
「失礼だが……英理香、君は誰が好きなんだ? 江戸川弓弦か、それとも前世の弓騎士エドガーか。答えて欲しい」
安堵の表情を見せていた英理香は、俺から手を離す。
そして俺の目を真っ直ぐ見据え、こう言った。
「────江戸川弓弦、あなたです」




