第45話 美術館デートと次のステップ
時刻は14時頃。
俺と英理香は、水族館や商業施設のすぐ近くにある美術館に入る。
そしてチケットを購入し、特別展に突入した。
この特別展では、フランスの有名美術館で保管されていた品が展示されている。
まず目に入ったのは、権力者に縁のある芸術品が展示されたコーナーだ。
近代の革命家・皇帝の肖像画や石像が、所狭しと飾られている。
英理香は、戴冠式の正装を身にまとった皇帝の石像を眺めていた。
「あの石像、服の細かいシワが再現されていますね。レース編みの高級そうな服なのに、すごいです」
「本当だな──それに服が豪華だから、ゲームのラスボスみたいに強そうだ」
「もう、倒そうだなんて思っちゃダメですよ?」
英理香は頬を少し膨らませており、とても可愛い。
俺は「エドガー・ジョークだ」と、笑いながら返事する。
「それより弓弦、少し声が大きいです」
「あっ……ご、ごめん」
俺は英理香に小声で注意される。
美術館はとても落ち着いた雰囲気だ。
先程訪れた水族館よりも年齢層が高く、私語をする人や走り回る子供の姿はそれほど多くない。
少しマナーがなっていなかったな、反省しないと。
そう思っていた時、英理香は俺の左手を握り、肩が触れるほどの距離まで近づいた。
エリカの花のような甘い香りが、ふわっと漂う。
「こうすれば、小声でもきちんと会話できますよね? ……うふふ」
「あ、ああ……そうだな」
耳元で甘く囁かれた俺は、タジタジになりながらも答える。
だが、この状況は思ったよりも良さそうだ。
なぜなら密着状態だと、相手の歩調に合わせやすいからだ。
英理香が鑑賞するペースに合わせて、俺も歩けばいいのだ。
そ、それに……いい香りがするし、クーラーが効いていて肌寒い室内でも、暖を取ることが可能だ……
そんなことを考えながら少し歩くと、石像のコーナーに到着した。
古代から近代辺りまでのものが、ズラッと並べられている。
古代に作られたものは、独特の雰囲気を放っている。
全体的に丸く、デフォルメされている感じだった。
だが西暦150年の時点ですでに、人間そのものだと錯覚するくらいの出来になっていた。
かなり緻密に彫られている感じがする。
「時代が進むにつれて、技術って進歩するんだな」
「そうですね、ビックリです──あっ……」
英理香が急に顔を真っ赤にして、しおらしくなってしまった。
どうしたものかと思って視線の先を見てみると、そこには全裸の男の子の石像が置いてあった。
当然、皮を被った小さな『男の子の部分』が丸見えであり、女子には刺激が強い……
「えっと……その、まあ気にするな。芸術だから」
「は、はい……」
「それにしても、英理香もうぶなところがあるんだな」
「も、もう……からかわなくてもいいじゃないですか……」
やはり英理香は、防御力がないようだ。
自分からはグイグイ攻めるが、想定外のことが起きてしまえば案外もろく崩れ去ってしまう。
英理香の意外な一面が見られて、俺はとても嬉しかった。
俺の手をギュッと握りしめる英理香とともに、俺たちは先へ進む。
しばらく色々と見て回り、女性の肖像画のコーナーへ到着した。
王侯貴族の肖像画や、画家の自画像などが並べられている。
時代とともに表現方法も変化しているように見えた。
俺はふと、一つの絵に視線を吸い寄せられる。
目のハイライトがやけにリアルで、微笑み顔がとても柔らかく可愛かった。
英理香に少し似ていて美人だが、彼女の前世・エリーズとは一切関係ないことはネームプレートを見て分かった。
そもそも俺たちの前世は異世界人だし、自画像なんてあるわけがない。
「──もしかして、この絵のような女性がタイプなのですか? ……ふふ」
「え、えっと……」
英理香のことを少し意識していた時に、その本人から囁かれてしまった俺。
当然ながら頭が真っ白になって、どう答えればいいか分からなくなってしまう。
えっと……こういう時、どうすればいいんだろう?
少しの間悩んだ後、俺はこう切り出した。
「確かに絵の女性はタイプだけど……その、え、英理香のほうが可愛いくて綺麗だよ! 何倍も!」
「えっ……!?」
──やべっ、思わず叫んじゃった!
英理香は持っていたかばんを落とし、うつむき加減になる。
そして俺の手を握る力が、ほんの少しだけ強くなった。
「ありがとう、ございます……でも、館内では静かにしましょうねっ」
「あ、ああ……気をつける」
英理香は俺の手を引きながら歩いていく。
彼女の赤らめた頬を見て、俺はかなりドキドキした。
◇ ◇ ◇
時刻は15時過ぎ。
美術館の特別展示を一通り見終わった後。
俺と英理香は近くのカフェで休憩を取ることにした。
先程見て回った作品の感想を語りながら、ドリンクを飲んでいく。
俺はハーブティー、英理香はシトラスティーだ。
ハーブの香りはさっぱりしていて、とてもいい。
だがリラックス効果はまったく感じられず、ドキドキ感が収まらない。
俺は今、デートを締めくくる告白をどうしようかと考えている。
もちろんデートコースの下見時に、どこで告白するかなどは考えてある。
しかし、やるかやらないかの選択を、俺は今迫られているのだ。
笑われたらどうしよう。
フラレたらどうしよう。
絶交されたらどうしよう。
そんな未来が待っているような気がして、心が欠けそうになる。
確かに英理香は、俺に対して好意を見せている。
嫌いな奴が相手なら絶対にしないであろう行為を、俺に対しては何度もしてくれている。
しかし、英理香が俺を通してエドガーを見ている可能性は否定できない。
今日のデートを通してその疑惑は晴れつつあるが、万が一のこともある。
──英理香は今の俺と同じような思いをしながら、告白してきてくれたのだろうか。
そう思うと、その告白を断ってしまったことに対し、罪悪感を覚えずにはいられない。
自分が告白する段になってようやく、そんな簡単なことに気づいてしまった。
だがそれと同時に、勇気が湧いてきた。
英理香にできて、俺にできない道理はない。
「英理香、次はその……観覧車に、乗らないか?」
声をつまらせながら言うと、英理香はハッとした表情をする。
だがすぐに顔を赤くして、満面の笑みを見せてくれた。
「はい……いいですね、行きましょう。すごく楽しみだったんです!」
「よし! し、じゃあ! これを飲み終わったら行こう!」
俺たちは時間をかけて茶を飲んだあと、いそいそと観覧車へ向かった。




