第44話 食事デートと店員への態度
俺と英理香はテーブルに、対角線上になるように座っている。
相手の真正面に座ってしまうとお互い緊張してしまう、ということを考慮しての行動だ。
普段学食で食事を取っているときはあまり意識していなかったが、そこは初デートなので意識せざるを得ない。
「英理香はどれが食べたい?」
俺はメニュー表を英理香に渡す。
彼女が「えっと……」と悩みながら確認している間に、俺もメニュー表を反対側から眺める。
「そうですね……この『海老天ぷらとお造り定食』にしようかしら。ドリンクはアイスティーにします」
「おお、とてもおいしそうだ。刺し身はヘルシーなイメージがあるな」
「弓弦は何にしますか?」
俺は英理香からメニューを受け取る。
パラパラとめくり、俺の琴線に触れる品を見つけた。
「『豚の鉄板焼定食』と、ドリンクは烏龍茶だな」
「ガッツリ系を選ぶとは、やっぱり男の子ですね……うふふ」
お互いの注文を決めたところで、俺は店員を呼んだ。
◇ ◇ ◇
「お待たせしました。アイスティーのお客様──」
「はい、ありがとうございます」
女性店員が、先程注文したドリンクを持ってきた。
英理香はお礼を言いながら、アイスティーを受け取る。
「烏龍茶のお客さ──あっ!」
グラスから烏龍茶がこぼれ、俺のズボンにかかってしまった。
どうやら女性店員は手を滑らせてしまったらしい。
アイスの烏龍茶によって、俺の太ももに冷たく湿った感触がある。
不快感はあるが、しかし俺は店員のミスを怒ったりするつもりはない。
「大変申し訳ございません!」
「いえ、大丈夫です」
「すぐに拭くものと、新しいドリンクを持ってまいります。少々お待ち下さい!」
店員は慌てた様子で、裏に戻っていった。
「弓弦、大丈夫ですか……?」
「ああ、俺は平気」
デートにおいては、店員への態度も見られている。
店員に対して高圧的な態度を取ってしまえば、デート相手に不快な思いをさせてしまうことになるのだ。
まあ、デート以前に人としてどうなんだ、という話だな。
相手の話や謝罪を聞かず「店長を呼べ!」などと騒ぎ立てた場合、減点対象となることはあっても加点対象にはなりえない。
「客」という立場を笠に着て弱い者いじめをするのは、むしろ弱者のすることで非常にみっともない。
そんなみっともない人間と関わり合いになろうと思う人は、そうそういないだろう。
そう……デートだからカッコつけてるんじゃない。
円滑な人付き合いをする上での常識だ。
こういうときこそ、冷静・余裕・寛容の精神を忘れてはいけない。
他人を思いやる心が必要だ。
「──お待たせして申し訳ありません。今すぐ拭かせていただきます!」
「いえ、自分で拭きます。タオル、ありがとうございます」
俺は先程の女性店員からタオルを受け取り、ズボンを拭く。
烏龍茶なので、家に帰って洗濯すれば落ちるだろう。
「ご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。店長としてお詫び申し上げます」
女性店員の隣には店長と名乗った男性がおり、彼は俺に頭を下げていた。
「こちらはクリーニング代でございます。どうかお納めください」
「ありがとうございます。いただきます」
俺は店長から、いくらかの金を受け取る。
こちらとしてはこれ以上問題にする気もなかったので、新しいドリンクを受け取った後、やり取りを終わらせた。
◇ ◇ ◇
「いただきます」
しばらくして食事が届いた俺たちは、合掌して料理にありつく。
俺が注文した鉄板焼は自分で焼くスタイルなので、俺はカット済みの豚肉を並べる。
肉が焼ける匂いは食欲をそそり、香りだけでも白飯を食べられそうな感じだ。
英理香はまず、マグロの刺身を食べる。
箸の持ち方や食べ方はとても綺麗だった。
「マグロ、とてもおいしいです!」
「それは良かった。ところで、英理香は魚と肉ではどっちが好きだったりする?」
「お魚のほうが好きです。でもお肉が嫌いというわけではありません」
と、料理にちなんで雑談を挟んでいく。
適度にお喋りしつつ、俺は漬物を、英理香は刺身や天ぷらを食べていく。
しばらくして、英理香が甘えるような表情をして言った。
「弓弦、少し量が多くて食べ切れそうにないので、食べていただけませんか?」
「ありがとう。おいしそうだし、こっちの肉が焼けるまでに時間がかかるからいただくよ」
「はい! ──あ~ん……」
英理香は俺に、海老天ぷらを食べさせてくれるようだ。
彼女からはよく「あ~ん」されるが、いつまで経っても緊張してしまう。
俺は口を「あ~ん」と大きく開けて、甲殻類を食す。
妖しく微笑む英理香と目が合い、そして間接キスを連想してしまい、ドキドキさせられる。
「どうですか? おいしいですか?」
「ああ、おいしいよ」
俺はしばらくの間、英理香に食べさせてもらった。
かなりの量をいただいたので、英理香のお腹が空かないか心配になってくるレベルだ。
──と、そんなことをしている間に、俺の豚肉が焼けた。
俺は豚テキを箸で挟み、勇気を振り絞って言う。
「英理香……あ、あ~ん……」
「えっ……!?」
俺はいつも、英理香から食べさせてもらっている。
だから今回は、いわばリベンジであり逆襲であり、そして奉仕だ。
それに、この「あ~ん」を英理香が受け入れてくれれば、それだけ俺へのデレ度が分かる。
少なくとも、嫌な男からの「あ~ん」は絶対に拒絶するはずだ。
英理香は不意をつかれたのか、顔を真っ赤にして狼狽えている様子だった。
どうやら彼女は攻撃力特化で、防御力があまりないらしい。
「さっきの天ぷらと刺身のお礼だ──もしお腹いっぱいで食べられないっていうんなら、無理しなくてけど……」
「あ……ありがとう、ございます。でもすみません、ふーふーしてくださいませんか……?」
「あ、ああ! そうだよな! 焼きたてだから熱いよな!」
──ああもう! 可愛いなあ!
なんて思いつつ、俺は豚肉に息を吹きかけて熱を冷ます。
あれ……「ふーふー」がオッケーだということは、かなりいい線行ってんじゃね?
だが前世・エドガーを投影しているだけかもしれないので、念には念を入れて油断しないようにしないとな。
「あ~ん……」
英理香は頬を赤らめながら口を開ける。
俺は豚テキを口内に持っていき、英理香が口を閉じたのを確認した後、箸を優しく引き抜く。
やべえ……すっげえ恥ずかしい!
「あ~ん」される時の表情とか、おいしそうに食べる姿とかが可愛いくて、ドキドキしっぱなしだ。
「おいしいです、ありがとうございます……でも恥ずかしいので、食べてるところをじっと見ないでいただけると助かります……」
「ご、ごめん! 魅入っちゃってた!」
英理香は恥ずかしそうにそっぽを向いていた。
俺はそんな彼女を可愛いと思いつつ、豚テキと白飯をいただく。
「ところで、次はどこに行こうか。美術館とか観覧車とかがあるけど……」
「美術館ですか、いいですね! 行きましょう!」
「今、フランスの有名美術館の展示をやってるらしい。きっと面白そうだ」
「そうなのですね、楽しみです!」
次の目的地が決まったところで、俺はちょうど飯を平らげる。
会計を済ませて店を出て、美術館へ向かった。




