表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/49

第44話 食事デートと店員への態度

 俺と英理香えりかはテーブルに、対角線上になるように座っている。

 相手の真正面に座ってしまうとお互い緊張してしまう、ということを考慮しての行動だ。


 普段学食で食事を取っているときはあまり意識していなかったが、そこは初デートなので意識せざるを得ない。


「英理香はどれが食べたい?」


 俺はメニュー表を英理香に渡す。

 彼女が「えっと……」と悩みながら確認している間に、俺もメニュー表を反対側から眺める。


「そうですね……この『海老天ぷらとお造り定食』にしようかしら。ドリンクはアイスティーにします」

「おお、とてもおいしそうだ。刺し身はヘルシーなイメージがあるな」

弓弦ゆづるは何にしますか?」


 俺は英理香からメニューを受け取る。

 パラパラとめくり、俺の琴線に触れる品を見つけた。


「『豚の鉄板焼定食』と、ドリンクは烏龍茶だな」

「ガッツリ系を選ぶとは、やっぱり男の子ですね……うふふ」


 お互いの注文を決めたところで、俺は店員を呼んだ。



◇ ◇ ◇



「お待たせしました。アイスティーのお客様──」

「はい、ありがとうございます」


 女性店員が、先程注文したドリンクを持ってきた。

 英理香はお礼を言いながら、アイスティーを受け取る。


「烏龍茶のお客さ──あっ!」


 グラスから烏龍茶がこぼれ、俺のズボンにかかってしまった。

 どうやら女性店員は手を滑らせてしまったらしい。


 アイスの烏龍茶によって、俺の太ももに冷たく湿った感触がある。

 不快感はあるが、しかし俺は店員のミスを怒ったりするつもりはない。


「大変申し訳ございません!」

「いえ、大丈夫です」

「すぐに拭くものと、新しいドリンクを持ってまいります。少々お待ち下さい!」


 店員は慌てた様子で、裏に戻っていった。


「弓弦、大丈夫ですか……?」

「ああ、俺は平気」


 デートにおいては、店員への態度も見られている。

 店員に対して高圧的な態度を取ってしまえば、デート相手に不快な思いをさせてしまうことになるのだ。


 まあ、デート以前に人としてどうなんだ、という話だな。

 相手の話や謝罪を聞かず「店長を呼べ!」などと騒ぎ立てた場合、減点対象となることはあっても加点対象にはなりえない。

 「客」という立場を笠に着て弱い者いじめをするのは、むしろ弱者のすることで非常にみっともない。

 そんなみっともない人間と関わり合いになろうと思う人は、そうそういないだろう。


 そう……デートだからカッコつけてるんじゃない。

 円滑な人付き合いをする上での常識だ。


 こういうときこそ、冷静・余裕・寛容の精神を忘れてはいけない。

 他人を思いやる心が必要だ。


「──お待たせして申し訳ありません。今すぐ拭かせていただきます!」

「いえ、自分で拭きます。タオル、ありがとうございます」


 俺は先程の女性店員からタオルを受け取り、ズボンを拭く。

 烏龍茶なので、家に帰って洗濯すれば落ちるだろう。


「ご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。店長としてお詫び申し上げます」


 女性店員の隣には店長と名乗った男性がおり、彼は俺に頭を下げていた。


「こちらはクリーニング代でございます。どうかお納めください」

「ありがとうございます。いただきます」


 俺は店長から、いくらかの金を受け取る。

 こちらとしてはこれ以上問題にする気もなかったので、新しいドリンクを受け取った後、やり取りを終わらせた。



◇ ◇ ◇



「いただきます」


 しばらくして食事が届いた俺たちは、合掌して料理にありつく。

 俺が注文した鉄板焼は自分で焼くスタイルなので、俺はカット済みの豚肉を並べる。

 肉が焼ける匂いは食欲をそそり、香りだけでも白飯を食べられそうな感じだ。


 英理香はまず、マグロの刺身を食べる。

 箸の持ち方や食べ方はとても綺麗だった。


「マグロ、とてもおいしいです!」

「それは良かった。ところで、英理香は魚と肉ではどっちが好きだったりする?」

「お魚のほうが好きです。でもお肉が嫌いというわけではありません」


 と、料理にちなんで雑談を挟んでいく。

 適度にお喋りしつつ、俺は漬物を、英理香は刺身や天ぷらを食べていく。


 しばらくして、英理香が甘えるような表情をして言った。


「弓弦、少し量が多くて食べ切れそうにないので、食べていただけませんか?」

「ありがとう。おいしそうだし、こっちの肉が焼けるまでに時間がかかるからいただくよ」

「はい! ──あ~ん……」


 英理香は俺に、海老天ぷらを食べさせてくれるようだ。

 彼女からはよく「あ~ん」されるが、いつまで経っても緊張してしまう。


 俺は口を「あ~ん」と大きく開けて、甲殻類を食す。

 妖しく微笑む英理香と目が合い、そして間接キスを連想してしまい、ドキドキさせられる。


「どうですか? おいしいですか?」

「ああ、おいしいよ」


 俺はしばらくの間、英理香に食べさせてもらった。

 かなりの量をいただいたので、英理香のお腹が空かないか心配になってくるレベルだ。


 ──と、そんなことをしている間に、俺の豚肉が焼けた。

 俺は豚テキを箸で挟み、勇気を振り絞って言う。


「英理香……あ、あ~ん……」

「えっ……!?」


 俺はいつも、英理香から食べさせてもらっている。

 だから今回は、いわばリベンジであり逆襲であり、そして奉仕だ。


 それに、この「あ~ん」を英理香が受け入れてくれれば、それだけ俺へのデレ度が分かる。

 少なくとも、嫌な男からの「あ~ん」は絶対に拒絶するはずだ。


 英理香は不意をつかれたのか、顔を真っ赤にして狼狽えている様子だった。

 どうやら彼女は攻撃力特化で、防御力があまりないらしい。


「さっきの天ぷらと刺身のお礼だ──もしお腹いっぱいで食べられないっていうんなら、無理しなくてけど……」

「あ……ありがとう、ございます。でもすみません、ふーふーしてくださいませんか……?」

「あ、ああ! そうだよな! 焼きたてだから熱いよな!」


 ──ああもう! 可愛いなあ!

 なんて思いつつ、俺は豚肉に息を吹きかけて熱を冷ます。


 あれ……「ふーふー」がオッケーだということは、かなりいい線行ってんじゃね?

 だが前世・エドガーを投影しているだけかもしれないので、念には念を入れて油断しないようにしないとな。


「あ~ん……」


 英理香は頬を赤らめながら口を開ける。

 俺は豚テキを口内に持っていき、英理香が口を閉じたのを確認した後、箸を優しく引き抜く。


 やべえ……すっげえ恥ずかしい!

 「あ~ん」される時の表情とか、おいしそうに食べる姿とかが可愛いくて、ドキドキしっぱなしだ。


「おいしいです、ありがとうございます……でも恥ずかしいので、食べてるところをじっと見ないでいただけると助かります……」

「ご、ごめん! 魅入っちゃってた!」


 英理香は恥ずかしそうにそっぽを向いていた。

 俺はそんな彼女を可愛いと思いつつ、豚テキと白飯をいただく。


「ところで、次はどこに行こうか。美術館とか観覧車とかがあるけど……」

「美術館ですか、いいですね! 行きましょう!」

「今、フランスの有名美術館の展示をやってるらしい。きっと面白そうだ」

「そうなのですね、楽しみです!」


 次の目的地が決まったところで、俺はちょうど飯を平らげる。

 会計を済ませて店を出て、美術館へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ