第43話 水族館デートとお土産
時刻は11時前頃。
俺たちはついに、水族館に到着した。
カップルや家族連れが非常に多く、大盛況である。
「英理香、どこか観たいところはあるか?」
「イルカショーを観てみたいと思っていたのですが、パンフレットには載ってなくて……」
「──実はこの水族館には、イルカショーはないんだ」
「え、うそっ!?」
どうやら英理香は知らなかったらしく、驚いていた。
水族館といえばイルカショーが定番だが、この大都市圏にある水族館は一味違う。
水族館に行きたいと提案してくれたのは英理香だ。
しかし公式サイトにデカデカと「ショーはやってません!」なんて載せるわけないので、知らないのも無理はない。
そもそも、もし英理香が水族館を楽しみたいと思っているのなら、ネタバレを避けるために下調べをしない選択を取る可能性だってある。
「ふと気づいて公式サイトのFAQを見たんだが、『生き物たちを自然な姿、本来の生息環境に近い状態で観察してもらいたい』ってことで、ショーはやってないらしいんだ」
「そうなのですね」
「だから絶対に、ショーなんて目じゃないくらい面白いと思う。人間によって作られたありがちな可愛さとかじゃなくって、ナマの動物を観られるんだ。面白くないわけない!」
俺は英理香に前向きに捉えてほしくて、楽しんでほしくて、つい熱く語ってしまった。
デートでうんちくを語りすぎるのは、あまり良くない。
だが英理香は、俺のトークに目を輝かせていた。
「それは素敵ですね! さ、行きましょう!」
「お、おう! その意気だ!」
英理香は俺の左手を、指を絡ませて握る。
いわゆる「恋人繋ぎ」というやつだ。
ドキドキしながら、俺たちは奥へ進んだ。
◇ ◇ ◇
チケットを購入しエントランスを抜ける。
スタート地点から少し歩くと、南極ブースが見えた。
「弓弦! このペンギン、お腹タプタプで可愛いですね!」
南極ブースにいるペンギンを観て、英理香ははしゃいでいた。
ペンギンはヨチヨチ歩きをしながら湖岸に到着し、湖面をじっと見つめた後ジャンプして飛び込んだ。
「確かにとても可愛いな──俺もお腹タプタプだったら、君に可愛がってもらえるのだろうか」
俺はこの場を盛り上げるため、ユーモアをきかせてみた。
だが英理香は声に出して笑うのではなく、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「あ、もしかして嫉妬しちゃいましたか?」
「し、嫉妬なんてしてない!」
「ペンギンに嫉妬するなんて、弓弦も可愛いですね……よしよし」
英理香はそう言いながら、俺のお腹を優しく触ってきた。
服越しではあるが、だからこそくすぐったくて仕方がない。
「──でも、大丈夫です。私の一番は弓弦ですから……ふふ」
英理香は俺の耳元で、甘く囁く。
俺はもう、思考回路がショートするくらい、顔が熱くなった。
「き、君も可愛いよ! ペンギンよりも!」
英理香とペンギンを比べても仕方がないと分かっていても、そう言わずにはいられなかった。
英理香はクスリと笑い、俺と腕を組んで密着してきた。
「ありがとうございます……ふふ」
俺たちは南極ブースを抜け、色々と観察する。
また少し歩くと、タスマン海ブースに到着した。
「うわあ……イルカ、泳ぐのがとても速いですね!」
「──フッ……この速さだと、なかなか倒しづらそうだ」
イルカの雄々しき姿に見惚れている英理香。
一方の俺は右手を顔の近くに持っていき、かっこいいポーズをしながら呟く。
中二病を卒業した今でもたまに、カッコつけたい気分になることがある。
「もう、倒しちゃダメですよ? 可哀想じゃないですか」
「今のはエドガー・ジョークだ」
俺に迫ってきた英理香に、白い歯を見せながら応える。
すると英理香もまた、くすっと笑ってくれた。
「──それにしても、弓弦の言うとおりでした。イルカショーがなくっても、イルカの自然な姿を観られてとても興奮しています。ありがとうございます」
「いや、俺は大したことは言ってない。ただ、この水族館の方針がそうさせただけだ──でも、そんな風に言ってもらえて、俺も嬉しい」
俺たちはこのまま、水族館を見て回った。
◇ ◇ ◇
一通り水族館を見て回った後。
俺と英理香は、入館者にのみ許された秘境──オフィシャルショップに向かう。
「いっぱいあって、何を買うか悩んじゃいます……ふふ」
「悩むのも醍醐味の一つだな」
俺と英理香は陳列棚を色々と見て回る。
ぬいぐるみ・キーホルダー・お菓子など、様々な品が置かれていた。
「おっ……」
店内を歩いていると、ついに俺の琴線に触れるような品を見つけた。
イルカのキーホルダーで、若干デフォルメされているものの、ワイルドライフらしいカッコよさがある。
俺がキーホルダーを手に取り見分していると、英理香が覗き込むようにそのキーホルダーを見つめていた。
「弓弦。それ、カッコいいですね。買うのですか?」
「そうだな……うん、これを買うよ」
「じゃあ、私も買いますっ」
英理香は弾んだ声でそう言って、同型のキーホルダーを手にした。
──あれ……ということは英理香とお揃いってわけか!
嬉しいような……恥ずかしいような……
女友達──しかも今日告白しようと思っている相手からの思わぬ行動に、俺はタジタジになってしまう。
「お揃いですね……ふふ」
英理香は自分の取った行動の意味を、正しく理解している。
「たまたまキーホルダーの趣味が合ったから」というのもあるだろうが、一番の購買理由は「お揃いのアイテムが欲しかったから」なのだろう。
「そ、そうだな! ──英理香と、お揃い……」
「あ、顔が赤いですね。とても可愛いです」
「そういう君も、だろ? ──よし、レジに行こう」
「はい! ……うふふ」
俺たちは顔を赤らめつつ、レジに向かった。
◇ ◇ ◇
時刻は13時頃。
買い物を済ませた後、俺たちは近場にある商業施設に向かう。
事前に英理香と取り決めていた和食処に入ると、店員が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
「予約していた江戸川です」
「江戸川様ですね。どうぞこちらに」
相手を食事に誘う時、店を予約していたほうがスムーズに行く。
行く場所が決まっているので当日に悩まなくて済むし、何より相手を待たせずに済むからだ。
「弓弦、予約してくださってありがとうございます」
「そう言ってくれると、緊張しながら電話した甲斐があったというものだ。嬉しいよ」
英理香と会話を交わしつつ、俺たちはテーブル席につく。
俺は英理香に喜んでもらえるように、そして前世・エドガーではなく俺を好きになってもらえるように、心の中で構えた。




