第41話 弓弦の恋心と、英理香が本当に好きな人
翌日。
目が覚めると、俺は真央に抱きつかれていた。
俺の脚と真央の脚が絡み合っており、朝からいやらしい気分になってしまう。
今は6月下旬なので部屋が少し蒸し暑く、お互い汗をかいてしまっている。
真央の薔薇のような甘い香りと、そして身体のぬくもりが、俺を刺激した。
「真央、起きてくれ。朝だぞ」
「う……ん……おはよ……お兄ちゃん……」
「おはよう」
真央は寝ぼけた目をしつつも、俺に笑いかける。
その様はとても可愛かった。
俺たちは布団から起き、朝の支度を始めた。
◇ ◇ ◇
朝の支度が終わった後、俺は勉強をする態勢に入った。
期末テストは2週間後に行われるが、少しでも余裕を持たせたい。
「と、その前に……」
昨日に英理香と真央との三人で撮影したプリを確認する。
英理香の話によれば、プリの裏面にあるQRコードを使えば、画像をダウンロードできるらしい。
ただし無料でダウンロードできるのは1枚だけなので、どれかを選択しなければならない。
昨日は疲れていて、確認作業を忘れてしまっていたのだ。
思い出に浸るということも兼ねて、チェックを始める。
アルカイックスマイルを浮かべている俺が写っている写真。
英理香と真央に腕を抱かれている写真。
英理香や真央から、ほっぺにキスされている写真。
どれも非常にコミカルだ。
「あ、あれ……?」
おかしいな。
英理香の笑顔を見ていると、胸がチクッと痛くなってきた。
顔が熱くなってきた。
なにかの病気かな……?
と一瞬思ったが、俺は驚愕の事実を思い出してしまった。
俺の前世・弓騎士エドガーの知識は、必要に応じて自動的に思い出すようだ。
俺が今味わっている胸痛は、かつてエドガーが抱いていたとある感情から来るものだ。
「──完全に、英理香に恋してるな……」
英理香と同じクラスになった直後、まだなんの接点もなかった頃、俺は容姿端麗で成績優秀な彼女に憧れていた。
しかしそれは断じて恋心ではなく、アイドルや女優へ抱く好意となんら変わらなかった。
だが俺は、そんな憧れの存在である英理香から「前世からずっと好きでした」と告白された。
思えば、その時から少しだけ意識し始めたのかも知れない。
「まずは友達から」と告白を断ったものの、英理香はめげずに優しくしてくれた。
公園にお出かけした時に、早朝からサンドイッチを作ってきてくれるほど、家庭的だった。
俺が観たかった映画にサプライズで誘ってくれるほど、気配りができる女の子だった。
真央の正体が魔王だと知った上で、優しく接してくれていた。
「本当に、なんであの時告白を断ったんだ……」
今になって、俺は後悔した。
学校中の人気者で、それでいて心優しい少女からの告白を断ったことを。
だって、しょうがないだろ……
誰かに恋したことなんて、一度もなかったし。
何より英理香は人気者で、俺みたいな陰キャぼっちとは釣り合わないって思ってから……
「でも、英理香が好きなのって、俺じゃなくてエドガーの方なんだよな……」
そう、英理香は「前世からずっと好きでした」と言っていた。
それはすなわち、俺の前世である弓騎士エドガーしか見ていなかったということである。
どうして今まで、そんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。
英理香のことを中二病だと勘違いして。
この俺・江戸川弓弦のことが大好きだと勘違いして。
とんだ勘違い野郎だ。
穴があったら入りたいくらいだが、残念ながら入る穴がない。
俺は英理香への恋心を忘れるべく、勉強を始めた。
プリのダウンロードは後回しだ。
◇ ◇ ◇
「──クソッ、集中できない……」
モヤモヤを残したまま、勉強などできるはずがなかった。
俺はトイレに駆け込み、英理香の事を考えながら自らを慰める。
しかしながら快感よりも、罪悪感の方が勝ってしまった。
「ったく……何やってんだか。俺らしくない」
俺はトイレを後にし、自室のフローリングに寝転がる。
「こういう時、前世の俺ならどうしてたんだろうな」
──なに、簡単なことだ。悠木英理香に告白すればいいだけだろう?
ふと、そんな声が聞こえてきたような気がした。
俺の中に眠る前世の知識が、心の声として聞こえたのだろう。
そう、俺が告白すればいいのだ。
英理香がそうしてきたように。
そもそも英理香は、俺に告白してきたのだ。
告白が成功しないわけがない。
「だが最大の問題は、英理香が本当にこの俺の事が好きかどうか、だな」
そう……英理香が本当に好きなのは、前世で彼女の恋人だったエドガー──つまり俺の前世だ。
この俺・江戸川弓弦ではない。
考えてもみてくれ。
俺は英理香に告白されるまで、なんの接点もなかったのだ。
去年は別のクラスだったし。
俺は女子に話しかけるタイプじゃなかったし。
英理香を助けてあげたことはなかったし、助ける機会もなかった。
英理香はただ、俺を通してエドガーを見ているだけだ。
真央のことを相談したときこそ「エドガーではなく、江戸川弓弦のことが大好き」と言っていたが、それはあくまで友達としてだ。
あるいは、「俺を通してエドガーを見ている」ことに無自覚なのかのどちらかだ。
そんな状態で告白をOKされて、彼氏彼女の関係になっても全然嬉しくない。
だからなんとしても俺のことを好きになってもらうか、あるいは俺への好意を確認しなければならない。
それにうってつけなのが……
「デート、というわけだな」
俺はデートスポットやマナーについて調べるため、PCのパワーボタンに手を触れる。
だがその直後、俺の頭の中に大量の情報が流れ込んできた。
──弓騎士エドガーの知識だ。
彼は百発百中の男であると同時に、無類の女好き。
ハーレムを作り上げ、多くの女と愛し合ってきた男。
そんなエドガーなら、女とのデートに関する知識は豊富なはずだ。
いわゆる、「前世の知恵袋」というやつだな。
──フン……女一人も落とせないのか、現世の俺は。
仕方ないから俺の知識を使え──
エドガーは蔑むように、期待するように、そう言ってくれた気がした。
「絶対に英理香とのデートを成功させてやる……!」
俺はデートでの戦略を練った後、勉強を再開させた。
するとビックリするほど勉強がはかどった。
ある程度モヤモヤが晴れた様子だ。
◇ ◇ ◇
翌日の月曜日。
いつもの駅のプラットホームで、英理香の姿を見つけた。
「お、おはよう。英理香」
「おはようございます。今日は珍しいですね、弓弦が私よりあとにここに来るなんて」
そう……俺は英理香と顔を合わせるのに少しチキッてしまったため、家を出るのに少し遅れてしまったのだ。
そんな事情を知らない英理香は、それでも俺に笑顔を見せてくれた。
「──って弓弦! 顔が真っ赤ですよ! 熱でもあるのですか!?」
英理香は慌てた様子で、俺の額に手を当ててきた。
恥ずかしくなった俺は、少しだけ後ずさりをする。
「いや、熱なんてない! ──それより、質問に答えてくれ」
「ど、どうしたのですか? そんな改まった表情をして……」
「どこか行きたいところはあるか? 来週の土曜に遊びたいんだ」
俺が呼吸を必死に整えながら言うと、英理香は肩に掛けていたスクールバッグを落とした。
……あ、もしかして嫌われたのか?
キモがられたか?
デートする、なんて一言も言ってないんだが……
「弓弦が……やっと自分からデートに誘ってくれた……嬉しい……」
デートするなんて、まだ一言も言ってないんだが!
い、いや! デートと認識してくれただけで、スタートラインはかなり順調と見ていいだろう!
英理香は涙目になりつつも、俺を見つめた。
そういえば英理香が泣くところを見たのは、これが初めてな気がする。
「では、水族館に行きましょう……?」
「よし、分かった。デートの詳しい予定は、また後で組もう」
「はい! ──あの、少し気が早いかもしれませんが、当日はよろしくお願いしますね……?」
「こ、こちらこそよろしく」
デートの約束をこぎつけたところで、電車がホームに到着する。
扉が開くと同時に乗車し、学校の最寄り駅に向かった。




