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第38話 レースゲームと騎乗スキル

 舞台は、整った。

 俺たちはレースゲームにて雌雄を決するべく、《相棒》を選び終わったのだ。


 英理香えりかはメルセデス・ベンツの高級セダン・Eクラスのスポーツモデル、E63だ。

 走行安定性に優れる四輪駆動車(4WD)で、加速力もそこそこだ。

 初心者の英理香にと思って、俺がセレクトした。


 一方の真央まおはフェラーリ・ラ・フェラーリという、ハイブリッドGTカーだ。

 操舵性に優れる後輪駆動車(MR)で、大型エンジンとモーターによる加速力は段違いだ。

 スペックの上では英理香のメルセデスより遥かに上だが、果たして……


 そして俺はスバル・WRX STIという、国産スポーツセダンだ。

 4WDで非常に走りやすいが、しかし英理香や真央の車よりもスペックは低い。

 まあ真央はあまり上手じゃないし、英理香に至っては初心者なので、このくらいのハンデは必要だ。


「お兄ちゃん、今日こそは絶対に勝つよ! こんなハンデを付けられたんだから!」

弓弦ゆづる、なんだかワクワクしますね!」

「ああ、そうだな!」


 赤信号が3つ点灯し、カウントが始まる。

 3……2……1……0!


 俺はアクセルを踏み、WRXのエンジンを唸らせる。

 英理香や真央に直線でぶっちぎられたが、まだ慌てる時間じゃない。


 第一コーナーでブレーキを踏み、クラッチとシフトレバーを操作して、最適な進入速度でコーナーを攻める。


「きゃっ!」


 どうやら真央は、いきなりコーナリングに失敗してしまったらしい。

 ドリフト中に後輪が過度に滑り、壁に激突してしまったのだ。

 お世辞にも上手いとは言えない真央には、ラ・フェラーリは荷が勝ちすぎた。


 俺は真央のラ・フェラーリを尻目に、直線でアクセルを底まで踏む。

 英理香のメルセデスはすでに見えなくなっていた。

 まあ無理もない、彼女は初心者だからだ。


 ──フッ……俺の勝ちだな。


 俺はいくつものコーナーを攻め、何周もコースを走った。

 もちろん、誰にも邪魔されることなく。


 俺はロンリネスなドライブをエンジョイしていた。

 だが──


「な、なにッ!?」


 俺がコーナーを攻めようとした時、突如として英理香のメルセデスに追い抜かれた。

 俺は思わず、英理香が座る筐体の方を見てしまう。


 ──ヤダ、カッコいい……!


 英理香のドライビングは、神がかっているとしか言いようがない。

 アクセルワークやブレーキングにも気を配っている様子で、ハンドルやパーキングブレーキも上手く使いこなしている。

 曲がりにくい4WD車なのに、ドリフトまで完璧にこなしている始末だ。


 この時、俺は気づく。

 いつの間にか、周回遅れになっていたことを──


 こうして、レースは幕を下ろした。



◇ ◇ ◇



「弓弦、私の運転は上手でしたか!?」

「あ、ああ……めちゃくちゃ上手だった……カッコよかったよ……」

「ありがとうございます!」


 レースゲームにて1位を取った英理香は、目を輝かせていた。

 ちなみに2位は真央だったのだが、これは俺がうっかりよそ見をしてしまってクラッシュしたせいだ。

 本来なら俺はWRXで、ラ・フェラーリをぶっちぎっていたはずなんだ。


「英理香、君は初心者じゃなかったのか……?」

「レースゲームは初心者です。ですが私には《騎乗》スキルがありますので」


 前世の記憶によれば、《騎乗》とは、馬やチャリオットといった乗り物を乗りこなせるスキルだ。

 前世の英理香はこの《騎乗》以外にも、《剣術》や《魔術耐性》といった様々なスキルを保有していた。


 だがそもそもスキルなんてものは前世、あるいは異世界にしか存在しない能力のはずだ。

 こんな現代日本に、スキルなんて概念はない。


「前世のスキルを、そのまま使えるのか……? っていうか、車にも使えるのか?」

「はい。《騎乗》スキルがあれば、どんな乗り物でも乗りこなせます。戦闘機やスペースシャトルにも乗れますよ?」


 自動車・戦闘機・スペースシャトルなどというものは、もちろん前世には存在しない。

 前世は中世ヨーロッパっぽい感じで、文明もそこまで発達していなかったのだ。


「英理香ちゃんズルいよ! なんでスキルのこと隠してたの!?」

「ごめんなさい、真央。でも、ゲームにまでスキルが使えるとは思わなかったのです」


 真央は英理香をポカポカと叩く。

 そんな真央の背中を、英理香は優しく撫でていた。


「今度スイーツおごりますから、それで許していただけないでしょうか……?」

「本当!? やったあ! 英理香ちゃん、大好き! えへへ……」


 真央は満面の笑みを浮かべながら、英理香に抱きつく。

 まったく、子供なんだから……


 まあ、そういうところも可愛らしくて好きなんだが。


「あ、お兄ちゃん!」

「うん? どうした?」

「ゲームセンターって言ったらプリだよね! 今から三人で行こっ!?」

「いいですね! 行きましょう!」


 真央と英理香が、ハイテンションで盛り上がっている。


 確かに「女子高生」と「ゲームセンター」という2つの単語を並べた時、プリントシール機──すなわち写真を撮影・加工する筐体を連想してしまう。

 プリ機は女性をターゲットにしたものが多く、男である俺が気軽に立ち入れるスペースではないのだが……


 俺は勇気を振り絞ることにした。

 今日は真央のためのお出かけだから、妹のワガママに付き合うのも兄の務めだ。

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