第17話 自宅での勉強会
《明日からテスト1週間前よね? 今からあんたの家に行っていい? 勉強会がしたいの》
数年ぶりに届いた、由佳からのメッセージ。
スマホの画面には、勉強会へのお誘いについて表示されていた。
由佳が俺に勉強会を持ちかけてきたのは、これが初めてだ。
彼女は練習で忙しい運動部員としては成績優秀だと聞く。
それに彼女と休日を過ごすのは、一体いつぶりだったか……
中学校に進学して以来、俺と彼女は疎遠になってしまったのだ。
高校の弓道部で再会した後も、同じ部活の仲間として共に行動していただけで、幼馴染らしいことはなにもしていなかった。
俺はなんだか嬉しくなった。
また昔みたいに遊べる日が来るかもしれない、そう思っていた。
《分かった。今日は一日中暇だから、いつでも来てくれ》
俺は由佳からのメッセージに返信する。
それから5分くらい経った後、由佳からの返信がきた。
《ありがとう。今から行くから》
まったく、普段の会話でもそれくらい素直でいればいいのに。
俺は由佳のメッセージを見て、そう思った。
まあ、返信に5分もかかっているのだから、推敲に推敲を重ねたのかもしれないが。
◇ ◇ ◇
それから数分後……
インターホンの呼び出し音が聞こえてきた。
俺が玄関のドアを開けると、そこには由佳がいた。
「おはよう、由佳」
「お、おはよう……」
由佳は何故か、少しだけ顔が真っ赤だった。
体温が上がっているせいなのか、矢車菊のような甘い香りが強く漂っている。
それにしても、由佳が髪をおろしているところを久しぶりに見た。
彼女は弓道をしているときは邪魔にならないようにポニーテールにしているのだが、しばらくはその姿しか見ていなかったのだ。
先端だけに軽くウェーブがかかっているロングヘアは、ふんわりとした印象を与える。
といっても、本人の性格はそんなにふんわりしているわけではないが。
突如、後ろの方から足音が聞こえてきた。
「あっ、由佳ちゃんだ~! おはよう!」
「おはよう、真央」
真央は笑顔で由佳に挨拶をする。
その様子を微笑ましく思ったのか、由佳も柔らかな表情となっていた。
「今日はお兄ちゃんと遊ぶの?」
「いいえ、勉強会よ。明日からテスト1週間前でしょ?」
「あっ、そうだったね……じゃあ私も参加していい!?」
「い、いいわよもちろん……だって弓弦と二人っきりだとアレだもの……」
「アレって……」
由佳の発言については問いただしたい気分だが、やめておこう。
そして顔が真っ赤でいる理由も、聞かないでおこう。
「じゃあ真央の部屋でやるか。由佳も、男の部屋に入りたくないだろう?」
「そ、そんな事ないわよっ! むしろ、あんたが真央の部屋でなにかやらかさないか心配だわ! 女の子の部屋の香りいっぱい嗅いで、興奮しそうだし!」
「どんな目で俺を見ているんだ!」
「私としては、お兄ちゃんにいっぱい興奮してほしいんだけどなー……えへへ」
由佳も真央も、一体俺をなんだと思ってるんだ……
由佳は恥ずかしそうな表情をして、先を続ける。
「そ、それよりも弓弦の部屋で勉強した──いいえ、あんたが変な物集めてないか、調査したいのよ!」
「ええっ……」
とりあえず俺は、由佳と真央を連れて自室に向かった。
◇ ◇ ◇
「うーん……エッチな本とかあると思ったんだけどな……」
「そうだよねー。そういう本がないなんて、むしろ不健全だと思うなー」
由佳と真央は俺の本棚を見て、そう言った。
本棚には教科書や漫画が所狭しと置いてある。
もちろんエロ本のたぐいは持っていないし、そもそも今はまとめサイトで画像をチェックすれば十分事足りる。
由佳は一冊の漫画本を取り出し、俺に問うてきた。
「ねえ、この『メイガス・キラー』ってなに?」
「それは現代ファンタジーの漫画だな。ゲームのコミカライズなんだ」
メイガス・キラー、日本語に訳すと「魔術師殺し」という意味だ。
現代日本で普通の高校生活を送っていた主人公はある日、魔術師たちの儀式に巻き込まれる。
その儀式とはバトルロイヤル──つまり殺し合いであり、勝者にはなんでも一つだけ願いを叶えられるという。
主人公は自分の身と平穏な生活を守るため、儀式の参加者として戦いに身を投じることとなる。
「──これが大まかなあらすじだ」
「へえ……物騒だけど、なんか面白そうね」
「ほんとだよね! 私も魔術師として、そういう儀式やってみた──ううん、なんでもない!」
由佳は興味深そうに漫画本を読んでいる。
一方の真央は、無邪気な悪役のような顔つきをした後、急に慌てて否定した。
「実はもうすぐアニメ映画化するんだ」
「そうなの? えっと……ううん、なんでもないわ!」
どうして由佳は口ごもったのか、俺には分からなかった。
まあとにかく、本題に戻ろう。
「勉強しに来たんじゃなかったのか?」
「あ、そうだったわ」
由佳は慌てて教科書を取り出し、ページをめくる。
そしてとある部分に指をさした。
ほう、これは生物学だな。
「早速なんだけど、ここ教えてほしいの。どうしても分からなくって」
「えっと、これは──」
俺は一通り、由佳に説明する。
その後何度か問答を続け、少しずつ理解してもらうように教えていった。
「──なるほどね……ありがとう。く、悔しいけど、あんたが教えてくれなかったら、多分ずっと分からないままだったと思う……」
「テストでいい結果が出るといいな」
「そ、それはあんたに言われなくても出してやるわよっ!」
由佳は中々気難しい。
やっと素直になったと思いきや、急に高飛車な態度を取るのだ。
だからこそ、素直になったときの可愛さが際立つ。
俺は幼馴染として、その事をよく知っている。
「ねえ、お兄ちゃん。私にも教えて欲しいな。英語なんだけど」
「あっ、英語は得意だから私が教えるわ。えっと──」
由佳は真央に、文法を体系立てて説明している。
その説明っぷりは、俺ですら唸らせるほどのものだった。
「ありがとう、由佳ちゃん! 分かりやすかったよ!」
「どういたしまして」
俺たち三人は、互いに教え合いながら勉強会を進めた。
◇ ◇ ◇
「弓弦、英理香のことどう思ってる?」
14時頃……
勉強に飽きてきたのか、由佳が唐突に尋ねてきた。
「どうって言われても……ただの友達だ」
俺はそう答えるが、実際のところはよく分からない。
4月に同じクラスになったとき、俺は英理香の姿に見惚れた。
さらに成績優秀・スポーツ万能で人当たりがよいことが分かり、正直憧れの感情は抱いた。
だがあくまで「校内で一番綺麗で可愛い子」であり「優等生」としか思っていなかった。
そこに恋愛感情など一切なかった。
しかし英理香に告白されたことで、意外な一面を知ることが出来た。
本当かどうかは定かではないが、前世で俺と繋がりがあったこと。
情熱的に愛の言葉を囁かれたこと。
昨日公園で遊んだとき、俺と昼食を取るためにサンドイッチを作ってくれたこと。
英理香と友達になって初めて、俺は色々と気付かされたのだ。
とはいえ、真剣に付き合うにはもっと彼女のことを知るべきだと思っている。
「お兄ちゃん、『友達』っていうのは本当なの? 本当は恋人なんじゃないの?」
真央は鋭い眼光で、俺を睨みつけている。
彼女は英理香、というより英理香の前世である「勇者エリーズ」に対して、敵意を燃やしている節があるが……
「友達だよ」
「ふーん、そうなんだ……じゃあ、私と由佳ちゃんなら、どっちを恋人にしたい?」
「え、ええっ!? な、なんてこと聞くのよ!」
真央はいたずらっぽい笑みとともに、とても答えづらい質問をしてきた。
由佳もこの質問は想定外だったようで、とても驚いていた。
──そんなの、問われるまでもない。
俺は──




