教育的指導 By ブレイザー
密かに宰相テオドールの娘エリザの主導で改革穏健派と保守穏健派が統合され、現状に不満を持つ黒曜のエルフたちを粘り強く説得し、グレゴル達のような改革過激派に加わらないように尽力している頃……
スティーレ川流域の集落に帰還したコボルトたちも、それなりに忙しそうであった。
「アゥ~、グァルォウァ…… (あぅ~、畑が荒れちゃっている……)」
集落の中央広場の一角にある緑黄豆と赤芋の畑の前で、コボルト・スミスが四つん這いになって凹んでいる。
「ウァウ、グルァオ? ガルァーン グルァオアゥルゥ
(スミス、どうする? このままだとボスに怒られちゃうよ)」
「ウ~ッ (う~ッ)」
小柄で腰に手製の工具を吊るした垂れ耳コボルトが唸りながら畑を見渡していく。
幸いなことに、この地に染み付いたコボルト族の匂いが小型の動物を追い払い、スミスたちが作った集落を囲う木柵が中型以上の動物を阻んでいたため、獣害は少なく済んでいた。
また、彼らのボスの土属性魔法 “大地の祝福” の効果もあって、まだ頑張って手入れをすれば何とかなりそうではある。
「ワゥオア、ヴァオゥ グゥアヴォルオ ルォアンッ!
(とりあえず、雑草とダメになった作物を抜こう!)」
「ワォン~ (おっけ~)」
「ルオアァンッ!(引っこ抜くぜッ!)」
黙々と垂れ耳のコボルトたちが農作業に従事していく。
上手くいけば、6月末に撒いた緑黄豆は9月末に、同時期に種芋を植えた赤芋はさらに一月後の10月末 ~ 11月頃に収穫できる予定である。
「ウォアオン、ヴァオル クアルォウ ウォルァーンッ!
(頑張れば、冬にどんぐり以外が食べられるよッ!)」
「「ウォアッウ~ (いやっほ~)」」
冬場はイーステリアの森の動物たちも非活動的になるため、狩りの獲物と出会える確率もさがってしまう。最悪、秋の季節に一心不乱に拾った保存の利く “どんぐり” が主食となるのだが…… 栽培中の赤芋があれば状況は変わる。
この赤芋は土付きのまま常温保存が可能で、秋~冬の季節であれば3~6カ月ぐらい持つのだ。その点も踏まえて、猫人農家のジョセフは赤芋の栽培を勧めていた。
まぁ、ちゃんと収穫できたらの話だが……
農作業で汗を流すスミスたちから少し離れた場所では、そろそろ生後6ヶ月が近づき、二足歩行が可能となった所謂コボルト・パピーたちを集めて長身痩躯のコボルトが薫陶を授けている。
「ガゥオ、グルァッ! ウォルゥグオゥ ガルアゥ ヴァルグッ!!
(いいか、お前たちッ! まともに相手と対峙する奴は愚かだッ!!)」
「「「ワォーン、ガルゥー!(はーい、ししょー!)」」」
数匹の子供のコボルトたちが元気に声を揃えて返事をする。
「グオゥ ヴォルアッグルォアン オゥフッ!ガゥ、グォル キュオゥルァアァンッ
(どんなに強い奴でも不意を突けば脆いッ! だが、鍛錬が無意味とは言わねぇッ)」
ブレイザーの言葉に力が籠っていき、パピーたちがきらきらとした瞳で彼の話を聞く。
「グルゥグォルァ、ウォルガォオオン ガルヴォルアァッ!!
(己を鍛え上げ、最高の状態を維持してなお手段を選ばずッ!!)」
(((ししょう、かっけー!)))
そして、また戦士としては少々風変わりなコボルトたちが育つことになる。
「ワゥ、ワォア、グルガゥォオオンッ!!
(よし! じゃあ、腕立てからいくぞッ!!)」
彼の後を引き継ぎ、垂れ耳コボルトのナックルが子供たちに声を掛けて、体力づくりを目的とした基礎訓練の指導に取り掛かっていく……
その様子を暫く眺めた後、ブレイザーは森の南側に視線を転じた。
(…… 今頃、御頭たちはどうしているんだろうな)
…………
………
…
「クルァア、クァンオ♪ (燃えろッ、狐火♪)」
延焼防止のために穴を掘って周囲へ石を配置し、枯れ木や枯葉、それに普通の葉っぱを放り込んだ後、妹に狐火を落としてもらう。
(さて、次は俺の番だな……)
徐々に煙を生じさせる焚火へと手を向けて意識を集中し、掌へと風属性を帯びた魔力を収束させる。
「ウォフッ、ウォルッ! 『風よ、運べッ!』」
立ち昇る煙を風魔法で起こした気流に乗せて、約60m程離れた木の根元まで送り出す。そこまで辿り着けば後は自然と煙が空へと上がり、途中にあるゴールデンビーの巣を煙で燻していく。
「ヴァア、ヴァア~ ♪ (蜂蜜、蜂蜜~ ♪)」
「グアォゥ…… クァウルァオゥ、ヴォルオゥフ
(ダガー…… 尻尾が目立つ、動きをおさえろ)」
「ワォオン、ガゥアアァォン クルァアゥォオオゥ
(そうだよぅ、見つかったら逃げないとだよぅ)」
黄金色をしたモフモフの狐しっぽをぱたぱたと左右に揺らす妹が巨躯のコボルト二匹に諫められて、しょんぼりとなった。
「ウゥ~、キュオゥ (うぅ~、ごめんね)」
そうして、四匹に白磁のエルフ娘を加えた皆で草むらに身を伏せながら、煙にいぶされて飛び交う蜂たちを離れた場所から眺め…… 巣から出払う瞬間を狙う。
暫時の後、頃合いと見た俺はゆっくりと膝立ちの体勢を取り、背に左手を伸ばして機械弓バロックを掴んで構えた。
いままで訓練を含み何度も繰り返したがために、淀みなく腰元の筒から矢を一本取り出して自然な動作で番え、60m程先の木の枝にひっついている蜂の巣の根元へと矢先を向ける。
「グルォアゥッ!!『狙い撃つッ!!』」
ヒュンッ
風魔法を付与することで、多少は空気抵抗の影響を抑えた矢が風を切って進み、ゴールデンビーの巣へと吸い込まれて目的のそれを地に落とした。
「お見事です、この距離からアレを打ち落としますか…… 弓兵の名は伊達ではありませんね」
「ウォウル……『偶々さ……』」
スティアの世辞を聞き流しつつ、俺は落ちた巣の周囲を飛び回る蜂たちが諦めて去るのを気長に待つ。
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