商隊野営地にて
「ヒヒィイイィインッ!!」
「ブルルァアァァアッ!!」
王都セルクラムからヴィルム領への街道を2頭立ての幌付き馬車二台が走り抜けていく。外の景色は既に日が落ちていたが、お構いなしに馬たちは疾走する。
彼らの目は割と高性能だ。
今も正面からみれば、俺たちや猫人のウォレスと同様にその両目が暗闇の中で輝いていることだろう。馬は昼行性であるにもかかわらず、瞳の構造は夜行性動物に近しい。
傭兵時代、夜に光る馬の瞳をじっと見つめていたら、極東の小国から流れてきたと嘯く特徴的な武器を持った仲間に “瞳の奥に反射板があるらしいぞ” と教えてもらったのだ。
多少は見えづらくなるものの、夜でも馬の活動に問題はないのだが……
「すいません、聖獣様ッ!もうこいつら限界ですッ!!
そろそろ休ませてやってくださいッ」
「ガルァオンッ!『よく頑張ってくれたッ!』」
その返事を聞いた御者が上体を後傾させ、手綱を引いて徐々に馬脚を緩めさせると、後続の馬車も同様に速度を落としてニ台とも停車する。
俺は素早く懐から地図を取り出し、街道沿いの河川の位置を確認して御者台に座る男に示した。
「グゥヴァアル ウォガ クァルオォオォウ、ガルグァ グァン
『ここの川辺で馬に水を飲ませてやっていてくれ、朝方までには戻る』」
「それはいいんですが、私たちだけでは魔獣などに襲われた時に不安が残ります……」
…… 魔獣に分類されるコボルトに魔獣の心配を訴える御者たち、それはどこかシュールな雰囲気を醸し出している。
まぁ、この辺にもゴブリンたちやステッペン・ウルフがいてもおかしくないし、身を護るために武装していると言っても御者たちが強いとは思えない。
「ウォアフッ!『ウォレスッ!』」
馬車から飛び降り、後続の幌付き馬車に向けて声を投げる。
「どうしたんだい、銀色君?」
「ウォガ キュウル、ウォルァウ グルォアン…… ウォルァン
『馬が限界だ、ここからは俺たちがいく…… 彼らを頼む』」
「……ッ」
反射的に口を開こうとしたウォレスは途中でそれを飲み込んで考えを巡らす。
「…… 僕が行けば、エステルとリーリスの母娘が危険な目に遭う恐れがあると?」
「ウォン、グゥオァル グルァオォゥウッ
『そうだ、人質として有効だと思われる』」
ここはただの魔物の振りをして仕掛けたほうが後腐れはなさそうだからな。
「………… 分かった。ここまで追いかけてきた手前、僕の手で助けたいと想っていたけど、それよりも彼女たちの安全が優先だ。よろしく頼むよ」
優男の猫人剣士が納得したのを確認し、既に幌馬車の外に出てきている5匹の仲間たちに向けて声を上げる。
「グルォ、ガルァッ!!
『皆ッ、征くぞッ!!』」
「クァアオゥ、クルゥ ヴォルァアァンッ
(さっきから、私も走りたかったのよッ)」
「クルゥ クルァアァン~ (あたしも思いっきりいくよ~)」
馬車の速度に興奮したのか、群れでは最速の槍使いとそれに次ぐ妹が気合を入れているが、水を差しておく。
「グルルァン ガォファ キュウゥアン…… ヴォルォゥアァン
『それをやったら息が上がるだろうが…… 終わってからにしてくれ』」
「ウォアオォン ヴォオオアン ガルァアァン、グルァ?
(普通に歩いたら真夜中ぐらいに追いつくんだろ、御頭?)」
相手は日が暮れる前後で野営の準備に入るだろうし、もう今日の移動はないはずだ。それに加えて馬を急かせてかなりの距離を詰めたからな……
「ワフ、ガォン『あぁ、そうだ』」
「ワォア、ガゥアウォン (じゃあ、普通にだね)」
アックスがそう締め括ると俺たちはヴィルム領へ向けて脚を進め、ほどなく境界線を跨いで領内へと入るのだった。
……………
………
…
王都と都市ケルプを繋ぐ街道を進み、ヴィルム領へ入って十数kmほど進んだ地点で商隊は道の脇に三台のカーゴを止め、辺りの草を均して野営を行っていた。
先ず、野営の際は各々の食事を優先して済ませ、護衛たちの半分が直ぐに夜警に備えて眠る。残りの半数は馬や攫ってきた奴隷たちに食事を与え、そのまま6時間程度の見張りを行う。
そして、日を跨いだ深夜に寝ている連中を起こして見張りを交代した後、最初の夜警組は朝方まで眠りに就くというサイクルを繰り返しながら旅を続けてきた。
「さて、あと2時間足らずで交代だな」
「…………」
地面を掘り返した穴に薪をくべて燃やし、獣除けの明かりを維持している魔術師風の男に槍を持った冒険者崩れの護衛が話しかけるが、軽く頷いただけで反応は薄い。
「そいつに話しかけても無駄だぜ、いつもダンマリだ」
その様子を見ていた盾とロングソードで武装した若い剣士が横合いから割り込む。その彼は自身の左手の傷を少々気にしているようだ。
「どうかしたのか、ザィード」
「いやな、猫に飯をやるときに噛まれてよぉ……」
「ははっ、それは災難だったなッ、どっちに噛まれたんだ」
「ちびっこの方だ、イラっとしたけどよ…… 商品を殴るわけにもいかないだろう」
俄かに渋い顔となり、ザィードと呼ばれた男は悪態を吐いた。
「そういや、お前、あの猫人の母娘を捕まえる時に母親の肩を刺してセラムさんに怒られたんだったな」
「あ~、口を塞いだ手は噛むわ、暴れるわでつい……」
やれやれといった風に肩を竦める男の視線が少し離れた場所へ佇む剣士の姿で留まる。
「なぁ、ライオスさん。セラムさんから聞いたぜ、あんた“銀”の冒険者にまでなったんだろう…… いったい何をやらかしたんだ?」
「……酒で身持ちを崩してな、詳しくは聞かんでくれ」
「おい、サックス。あんまり詮索すんじゃねぇ……
ライオス、頼りにさせてもらうぜ」
要は実力さえあればいいのだ、その点で言えば薄気味悪い魔術師も腕は立つのかもしれない。
「…… ッ」
彼は自身が展開する警戒の魔術領域に些細な魔力反応を捉えて視線を送る。
ただ、そこにいたのは子狐が一匹であり、彼は一度向けた関心を逸らした……
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