其れなりに強いじゃないか!
頭上から降る三つの風刃に対し、白い仮面の怪人は両腕を交差させて頭部を庇う。
「グ……ウッ!」
奴の顔面を狙った風の刃が “ゴッ” という硬質な音と共に弾かれる。だが、残り二つの風刃はアルヴェスタの右肩と左脇腹を切り裂いて血を噴き出させた。
その様子を確認しながら、空中で再び体勢を入れ替えて向かい側の屋根上に着地する。即座に背へ回した左手で機械弓バロックを掴み、右手は腰元の矢筒へと伸ばすが……
(ッ、動きが鈍らないだと!?)
負傷をものともせずに壁面を蹴りつける三角飛びで、アルヴェスタは路地裏から宙へと身を躍らせていた。その手から生えた赤黒い刃を斜めに振り上げながら迫ってくる。
「ッ…ア、ァアァッ!!」
奇声とともに奴は上半身を狙った袈裟切りを放つ。
「グゥッ!(ぐぅッ!)」
間一髪、俺はバックステップでその斬撃を躱し、さらに後方の屋根上へと跳ねながら機械弓に今度こそ矢を番えて的の大きい胴体を狙う。
「ウォルアッ!! (射貫けッ!!)」
ヒュンッ
俺を追って距離を詰めてくる白い仮面の怪人に、躱す余地の無い距離から矢を放つ!
「グッ…… マ、魔物……風情ガ…ッ!」
その矢は狙い過たずにアルヴェスタの脇腹を穿って血を噴き出させるが、奴は意に介さずに追走してくる。そして、こちらの屋根に向かって跳躍しながら、赤黒い血の刃を脇に構えた。
「グッ、ガルゥッ!! (ちいッ、ままよッ!!)」
先程のバトルクライによる身体能力向上は未だ有効のため、その脚力を以って跳躍し、空中でアルヴェスタと衝突する。
「ナ、ニィ!?」
意表を突かれて一瞬判断が遅れた奴の機先を制し、血の刃を生やした腕を右手で押さえ込んで斬撃の出端を挫く。
「グゥルオァッ!!」
近接状態から膝蹴りを鳩尾に叩き込み、機械弓を握ったままの左拳で白い仮面を殴り飛ばしてやった。
「ッ…… グゥッ、ァアァアァ!?」
打撃を受けたその仮面の端にビキッと僅かな罅が走り、アルヴェスタは大袈裟に苦しみながら路地に墜落していく。まぁ、俺も物理法則に従って路地へと落ちるが、途中で体勢を整えて無難に着地する。
路地にはそれほどの幅がなく、近接戦闘となるために機械弓を路上へ投げ置き、腰元のシミターを引き抜いて構えながら、白い仮面の怪人を睨みつけた。
「グ、ウァアッ!」
(この距離で血煙を撒かないのは…… こいつが引き起こす流血病はやはり人以外に感染しないのか?)
内心でホッとした瞬間、意識の隙を突くように仮面の怪人が素早く身を翻して駆け出す。
「ッ、ガルォアァンッ (ッ、逃がすかよッ!)」
機械弓を拾い上げて、その背を追いながらも周囲に潜む仲間たちへと合図の咆哮を響かせる。
「ガゥ、グァオアァア―――ンッ!! (さあ、狩りの時間だッ!!)」
「「ウォオオ―――ンッ!」」
「「クルアォオオ―――ンッ!!」」
仲間たちが呼応して上げる咆哮を聴きながら、足を止めずに先程の攻防を考察していく。
(攻撃を受けた際の怯みや動作の遅れが感じられない…… 効果は限定的だ。それに対して仮面を殴ったときの反応、月並みだがそういう事だろう)
あからさまな弱点に思えるが、防御する面積が少ないというのはそれだけでアドバンテージが大きいため、厄介なことには違いない。
などと思っている間に入り組んだ路地でアルヴェスタの姿を見失うが、大した問題じゃない…… 血の匂いが濃すぎるんだよ。
「ウォアァア―――ンッ」
「ガルァオオンッ」
時折、深夜の王都にコボルトたちの遠吠えが響く。
仲間たちとの位置関係を遠吠えで確認しながら、同時に獲物へ自分たちの存在を教えて逃げる方向を誘導していく。王都の入り組んだ路地も屋根上を走ればそこまでの障害とならない。
さらに幾ばくかの駆け引きの後、接敵した場所から南東側に位置する魔術師学院の講堂前広場へと白い仮面の怪人を追い詰めて足を緩める。
「ナ、何故、ト、都市ニ…… 魔物、ガ?」
講堂前広場に飛び込んでくる白い仮面の怪人を鐘楼に留まった白い鳩が見つめる。その視覚は上空 1000m の位置にふわりと浮かぶ銀髪碧眼の魔導士と共有されていた。
高空で月明かりを受けて銀髪を輝かせるエルネスタの背中には純粋な魔力で構成された不可視の翼が存在し、風魔法で起こした上昇気流を受け止めて滞空を可能としている。
さらに頭上に掲げられた掌を中心に、光を帯びた風が環状に循環して直径3m強の光輪を成していた。さながら天使の輪といったところだろうか?
嵐の女神セティオの加護を受けた征嵐の魔女だけが行使できる固有魔法、“嵐天使ザキエルの光輪” だ。通常は直径1mほどの光輪の径を大きくして、距離感による誤差を吸収させる意図が込められている。その特徴は通常の魔法の10倍以上の長距離射程と、比類なき切断力にあった。
事前に上下の雲は風魔法で散らしてある。彼女は狙撃のために視覚を魔力強化した自前の瞳へ切り替え、眼下の講堂前広場の中央を走り抜けようとする小さな黒い点に向けて狙いをつけた。
「…… 一撃で終わらせるッ! ザキエル・ハイロゥッ!!」
輝きを増す嵐天使の光輪が投擲されようとしたその直前、白い仮面の怪人はハッと空を見上げるッ!
「ギィイィイッ!?」
ドオォオオォッ
放たれた嵐天使の光輪が 1000 m/s に近い速度で一瞬にしてアルヴェスタを切り裂くも、彼の怪人は首を傾げて頭をずらし、上体を反らすことで仮面への直撃を回避した。
光輪はアルヴェスタの右肩から股下までをやや斜めに切断して真っ二つにした後、その付近にあった学院長の銅像をも一部切断して、地面に吸い込まれるように消えていく。
「ウォルァッ!!(殺ったかッ!)」
「ガゥウオ、グルァッ!!(まだだ、御頭ッ!!)」
「カッ、カカッ、シ、凌イダ…ゾ」
縦に両断されたはずのアルヴェスタは倒れることなくその場に佇む。その切断面から噴き出した血が分割された半身同士を接合し、仮面の怪人を元の姿へと戻した。
「何でよッ、ありえないッ!」
その光景は白い鳩の目を通してエルネスタにも見えているが、飛翔と光輪の魔法で魔力を使い果たしつつある彼女に第二射は不可能だ。
「グルォ、ヴォアル ガォウッ!!(皆、仮面を狙えッ!!)」
「ガゥッ! (ああッ!)」
「ルゥオア クァンオッ!!(灯れ狐火ッ!!)」
そう叫ぶと同時、俺は斜に構えた機械弓へ矢を番える。
少し離れた場所ではブレイザーが小弓付きガントレットの絡繰りを動かして、籠手と一体化したクロスボウを展開し、妹は突き出した両手の間に大きな狐火を生みだす。
「サ、サセ…… ナイッ!!」
「ウオッ!(うおッ!)」
「ガゥ(ちッ)」
「クキュウッ(きゃあッ)」
しかし、こちらよりも僅かに早く仮面の怪人が血煙を広範囲に撒き散らした。
極少量の血は最初の戦闘で浴びている気はするが…… 大量の血を浴びても流血病に感染しないという確証は未だ持てない。
「クォッ(退けッ!!)」
ゆえに無理はせず、その場から飛び退いて距離を取る。
「クルォア――ンッ!(喰らいなさいッ!)」
血煙で見通しが利かない中、俺達の斜め後方にいたランサーが咄嗟にスラッシュスピアをアルヴェスタの頭部があった場所に向けて投擲するが……
カランッ
と、槍の転がる音だけが響く。
血煙が霧散した後、白い仮面の怪人の姿は既になかった……
「…… ウォオン ガルォアァン(…… どこまでも追ってやるさ)」
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