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深夜の王都を徘徊するモノ達

「うっう~、手加減していたとはいえ…… まさか負けちゃうとか」

「クルック~」


「ん、励ましてくれるの、ハク」

「クッ、クゥ」


王城で一番高い尖塔の頂点に腰掛けて凹む銀髪の魔導士、その肩には白い鳩が一匹…… 先刻の御前試合で鳩尾にキツイ一発を貰ってから記憶が無い。目を覚ましたら治癒室のベッドの上だった。


(…… 義父以外に負けるのって、凄く久し振りかも?)


悔しいと思うことができるというのは幸福なことだ。もし、戦場などで負ければ死ぬだけでそんな事を思う余地すらない。


“お前がしていたのは手加減ではなく油断だ、愚か者”


と、義父から厳しい言葉を送られるのも当然だ。


「いつまでも落ち込んでいるわけにもいかないし、そろそろ彼らも動き出す頃ね…… 私もちゃんと働きますか!ハク、お願い」


「クルッ!!」


彼女の肩から白い鳩が王都の夜空に飛び立つ。


エルネスタは幼い頃より風属性の魔法しか使えないが、同じ風属性であれば使い魔を持つこともできる。そして、ハクと彼女は魔力的に繋がっているため、ある程度の距離であればその視覚を借りることが可能である。


まぁ、それでも彼女の使い魔は昼行性なので、夜目の性能は劣るが……


人々が活動する日中にアルヴェスタが血煙をばら撒いた場合、周囲の被害が甚大となる。そのため感染防止を目的とした外出制限のある深夜の時間帯に討伐を決行する運びとなっていた。


「…… さて、彼らは上手くやってくれているのかな?」


夜空を舞う白鳩と繋がる魔力の糸を経由し、その目を借りて王都の広域を見渡す。先ず、目に入ったのは十字が刻まれた純白の外套を纏うテンプルナイトの特務部隊だ。彼らも戦闘時の周囲への被害を想定して深夜の王都を駆けている。


彼らは対アルヴェスタ戦を想定して、全員がロングボウを持った手練れの弓騎士で構成されていた。又、その動きも鎧を着た者の動きではなく、防具は聖属性の防御魔法が籠められた外套のみである。


(…… アルヴェスタの前で重い鎧なんて愚かに過ぎるけど、また思い切った部隊ね)


その彼らも自身の頭上に白いフクロウの守護獣(使い魔)を飛ばしており、怨敵を発見次第、狙撃ポイントを確保して攻撃に移るつもりだろう。


(ロングボウの有効射程は150mもあるけど、かつてその身に何本かの矢を受けたアルヴェスタは意に介さずに動き回ったという記録もあるし…… 微妙ね。別に彼らが黒雨を討っても良いのだけど)


ただ今回、彼らの向かう先はコボルトたちと正反対の方向だ。猟犬たちの嗅覚を信じるならば、今夜に彼らが白い仮面の怪人と出会うことは無いだろう……


エルネスタはハクへ魔力の糸を介して指示を送り、今度は深夜の王都を疾走するコボルトたちを視界に収める。家々の屋根上を飛び移りながら、迷いなく一直線に進む猟犬たちの姿には確信めいたものが感じられた。


……………

………


幸いなことに黒雨のアルヴェスタの居場所を特定するのは俺たちコボルトにとってそこまで難しくない。独特の血の匂いは離れていても嗅覚にこびりつく……


夕暮れ時、外套を羽織ってグレンの魔導騎士小隊に紛れ、既に赤黒い血の雨が降った場所に赴いており、そこでアルヴェスタの独特な血の匂いを覚えている。



…… オカシラ、ミツケタゼェ


先頭を征く長身痩躯のコボルトが脚を止め、屋根上から雑多な貧民区画の路地裏を睨みつけながらハンドサインを送ってくる。


アタシニモ ワカル コイ チ ノニオイ


ここからは死角になって見えないが、妹と同じく非常に濃密な血の匂いを俺も感じた。


(この場所からだと、近いのは候補地3番の魔術学院か)


そう考えながら、頭上を見上げて白い鳩が上空を旋回しているのを確認し、3本の指を立てて掲げた。


(さて、いよいよご対面か……)


一応、仲間たちにもアルヴェスタの病魔がコボルトにも有効な場合を想定して危険性は伝えてあるが…… 念を押しておこう。


イイナ? ヤツニ セッキンサレタラ キケンダ ニゲロ

ワカッタヨ ニイチャン


妹や仲間たちが頷くのを確認してさらに続ける。


イカク ニ テッシテ ムリ スルナ

…… トウゼンダゼ


生き残った者がすなわち勝者だと考える長身痩躯のブレイザーはここで命を懸けるつもりは毛頭ないといった態度だ。


アト オレガ タオレテモ スグニ ニゲロ

ソンナノ デキナイヨゥ


アックスが蒼い巨躯を竦めて困った表情をするが、ここは仕方がない。


ランサー コイツヲ タノム

ワカッタワ


槍使いのコボルトが頷くのを確認してから、俺たちは行動を開始する。


アックスとランサーにはアルヴェスタの気配がある場所の南西側、ブレイザーとダガーがその反対側の北東側、俺は北西側に回り込んで屋根上に身を伏せた。


暫し、各自が持ち場で息を潜めて銀髪碧眼の魔導士からの合図を待つ。

白い鳩が俺の視線の先、王立魔術学院の敷地へ向けて飛び去っていく。


「……ッ!」


それを見届けたうえで俺は身を起こして走り出す。


「グルァオォオオ―――ッ!!」

【発動:バトルクライ】


魔犬の咆哮で強化された脚力を以って屋根を蹴り、路地の上を飛び越えざまに身体を捻って頭の上下を逆転させる。


「ギ…ィ…?」


視界が周囲へ溶け込む異様な黒ずくめの怪人を捉えた。

奴は白い仮面越しに伽藍洞の眼孔で俺を見つめたまま小首を傾ける。


「ヴォルフ、グォガルフッ!! (切り裂け、三連風刃ッ!!)」


俺は右手を突き出して、昼に見て覚えたばかりの風属性魔法を放つ!

読んでくださる皆様、本当に感謝です!

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