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いざ、王都セルクラムへ

フェリアス領イーステリアから魔導騎士団第一中隊が帰還の途を急いでいるその時も、誰もいない路地裏でくるくるりと白い仮面が舞い踊る。


「ィ、祈リナド、ム、無価値…… メ、目ヲ覚マサセ、同胞ヨッ!」


王都セルクラムの夕闇の中、赤黒い雨が路地を濡らす。


「あぅ……くッ、かはッ!?」

「あ、あれ、ち、力が……ぐぅッ!!」


流行り病の兆しありとの御触れが王都全域にでているものの、生活を維持する最低限度の営みというものがあり、人の流れや経済活動はとまらない。


ゆえに、今日も路上に人々が倒れ伏す。


「サ、惨劇ヲ、乗リ越エロ、ィ、愛シキ、ニンゲンッ!自ラノ、シ、執念デッ!!」


そして、躍る怪人は誰にも気づかれずに壊れたように言葉を綴る。誰もその言葉を聞く者はいないのだが……


……………

………


「アレクシウス王、現在推定される流血病の罹患者は4300名ほどになっております。各区画の聖堂教会の医療施設や市井の病院にも収容の限界がありますので、都市内にこちらが管理できない罹患者も増えています」


老齢の宮廷魔導士長から報告を受ける線の細い壮年の王はその金糸の髪とは対照的に表情を曇らせる。


「…… 先刻、エイワード卿から医療施設に収容できない流血病患者を王都から追放するという提案を受けた。二次感染をそれで低減できるとな、どう考える?」


「効果はありましょうが、混乱によるリスクも高いでしょうな…… 一時的に王都の外に仮設の隔離施設を作ることもできますが…… 」


「その方向で頼む。ただし、隔離ではなく治療施設だ。流血病の者たちと家族に対して差別的偏見が生まれないように考えねばなるまい」


アレクシウスは玉座に坐して深いため息を吐く。


「しかし、よろしかったのですかな?」

「ん?何の話だ」


「私の義娘に持たせた“誓約書”ですよ」


「あぁ、あれか…… 構わんよ、王都で起きていることだからな、知らんふりはできない。私がただの民であれば、たとえこの声だけでも誓約の対価にするなどはせんが」


意識してか、そうでなく自然な動作か、王は自身の喉を軽く撫ぜる。

その様子を見てグレイオ・エルバラードはため息を吐く。


(いくらエルネスタの押しが強いとは言え、一国の王が魔物と“誓約書”を交わすなど人が好過ぎる…… 民を思い遣れるのは良い資質だが、あくまで平時の王といったところか……)


「ところで、エルネスタが連れてくるというハイ・コボルト、興味があるな。そもそも私はコボルトを見たことがないのだ」


それ以前に実物の魔物を見たこともないわけであるが……


「御戯れを…… 全てはこちらで対応しますので、吉報をお待ちください」


グレイオは踵を返して、謁見の間を辞す。

やるべき事はいくつもある。


差し当たっては先程の王都の外に造る治療施設の件と、教皇府から派遣されてくる聖堂騎士団特務隊を王都へ受け入れて欲しいという相談の件があった。


(毎度、返り討ちにあって病死するというのに熱心なことだ……)


聖堂騎士団特務隊は黒雨のアルヴェスタを討つためだけに存在し、一定の周期性を持って現れる白い仮面の怪人を追っている。件の怪人が現れるたびに全滅するが、未だに部隊として健在なのは神に命を奉ずるような熱狂的な信者が多い故なのだろうか?


ともあれ、枢機卿をあまり待たせても悪いと思い、白髪の魔導士長はその足を速めるのだった。


……………

………


エルネスタたちの中隊と一緒にイーステリアの森を出て暫く平原を進み、彼女たちの陣が張ってある場所まで向かう。そこには騎士に随伴する十数名の従者がおり、荷物番をしながら夕食の準備をしていたようだ。


嗅覚がスープの良い香りを拾う。

といっても、行軍中の食事なので簡素なものなのだろう。


「君たちの食生活にはそこまで詳しくないんだけど、豆のスープとか大丈夫? 後、干し肉を湯戻しして調理したのと、パンもあるけど……」


「グゥ 、グゥオン『あぁ、大丈夫だ』」


「…… グウァ、ガオァアン グァオァオン (…… しかし、人間だらけで落ち着かねぇぜ)」

「ワファ、ガオァアゥ~ (そだね、人間だらけだよぅ~)」


しきりに辺りに鋭い視線を飛ばすブレイザーと比べ、アックスはこんな時でものんびりとしたものだ。


「ワゥ、グルォ クルゥア グォアルゥ、ガァグオゥン ウォアゥウゥ

(まぁ、彼らも猫人たちとそんなに違わないし、鉄の匂いが濃いくらいかしらね)」


「クゥ、クルァン ガルォウ (あ、あたしもそう思った)」


ランサーとダガーは先日のルクア村の出来事で人に近い姿の猫人たちに接しているためか、人に対してもそこまで警戒を露にはしていない。


なお、群れはバスターとナックルの二匹に任せてきた。


念のため、俺たちが出立した後にルクア村付近にあるかつてゴブリンどもが塒にしていた洞窟へ皆を連れて身を隠すように言ってある。


元々はナックルやスミスたち、垂れ耳のコボルトたちの属していた群れの集落があった場所らしいので、彼らに先導を任せておいた。


俺も銀髪碧眼の魔導士と交わした“誓約書”が無ければ適当なところで姿を眩ますんだがな…… 俺の誓約は王都に同行して交渉結果を確認し、こちらの提示条件で王が誓約を立てた場合に黒雨の討伐へ協力すること。彼女の誓約は黒雨の件に関わる期間に、人間が俺たちに害を成そうとした場合の排除だ。


共に違反時の対価は視力となっている。


一方的に誓約をさせなかったのは彼女なりの誠意ともとれるが…… そもそもが強引に過ぎるからな。


俺はジト目でエルネスタの背中を見つめる。


「…… じゃあ、後で食事を持っていくとして、グレン、天幕の準備はできてる?」

「えぇ、彼らのために二張りしておきました」


「取りあえず、寝床は用意してあるから来てくれる? 夕食が終わったら、約束していたうちの装備品を提供するよ」


そう言いながら、先行する彼女の背を追って俺たちは用意された天幕へと歩むのだった。

読んでくださる皆様には本当に感謝です!!

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