黙認して事に及ばれると気まずいだろう?
余り意識せずとも余所の群れと共闘して精神的に疲れたのか、黒髪の大男姿で熟睡中の狼犬人は身動ぎに伴い、片腕が抱え込まれていた事を不意に知覚する。
夏場故に天幕の出入口は蚊帳掛けした上で開放されており、差し込んでくる月明かりを頼りに確認すれば、亜麻布の薄着から健康的な小麦肌を覗かせた騎士令嬢の姿が視界に飛び込んできた。
(…… この状態になるまで気付けなかったのか? それにしても、誰も物音に反応しないというのは違和感があるな)
心地良く寝入っていた自身は棚上げして上半身を起こし、暗がりの中で悪友の銀狼犬や幼馴染達を見渡す。どうやら普通に眠っているものの、皆が無害な侵入者を敢えて看過した可能性は高い。
「然もありなん……」
「ん…… バスター殿、どうしたのだ?」
身を寄せていた筋肉質な腕が抜けた際、半ば意識の覚醒していたアイシャが小声を拾って、寝ぼけまなこで問い掛ける。
少々返事に窮した瞬間、彼女は素早く両手を伸ばして腰元へ抱き付き、鍛え抜かれた腹斜筋に遠慮なく頬擦りした。
「ふふっ、やはり良い、雄々しさを感じる」
「脈絡なく匂いづけされてもな……」
因みに武骨な大男は上半身裸で寝ていた事もあり、がさつに見えて手入れの行き届いた金糸の髪が直接肌に触れ、生じた微妙な擽ったさで表情を顰める。
されども彼女の好意を理解してしまった手前、無下に引き剥がすのも憚られるのだろう。それは人間の姿形に意識を引き摺られている影響だが、預かり知らぬ当人に少しだけ複雑な感情を抱かせた。
ここ最近は同胞たるコボルトの雌に限らず、相手が人狼族や人族であっても欲情できる自覚があり、銀毛の幼馴染が番に魔導士の娘を選んだ事を揶揄できなくなりつつある。
(…… まぁ、どうでも良いか、悩むのは好きじゃない)
もうひと眠りするため、腰元にしがみ付かれたまま身体を仰向けにしようと動けば、左掌が適度な張りと柔らかさが混在する何かを掴む。
反射的に感触で判断しようとすれば、何やら艶めかしい吐息が聞こえてきた。
「んぅ、手荒に胸を揉みしだいてくれるな、バスター殿。誘っているなら、私も吝かではないが…… 近くに皆がいて構わないのか?」
「ま、待て、そんなつもりは…… ッ、やっぱり起きてたのかよ、お前ら!!」
「ひゃう!?」
抑え切れずに笑い声を零した銀狼犬や、途中からケモ耳をぴんと立てていた大型犬姿のランサーに怒鳴ると、ひとり熟睡していた村娘(偽)が跳ね起きる。
「わ、わふぃッ!! (な、何ごとッ!!)」
「…… 落ち着け、深夜に大声を出すと近所迷惑だぞ」
寝耳に水の妹を諫めた俺は寝返りで横臥となり、暗がりで絡み合う二人に冷やかしの視線を向けた。
感覚に劣る人化した姿でも人狼犬由来の暗視能力なら、天幕に入り込む蚊帳越しの月光だけで不満気なアイシャの様子を窺うことができる。
「むぅ~、良いところで水を差さないでくれ、弓兵殿」
「いや、流石に黙認して事に及ばれると気まずいだろう?」
何処かで大きな物音を鳴らして中座させるつもりだったが、狼狽する聞き慣れた声に忍び笑いが漏れてしまったのだ。
最早、艶やかな雰囲気でも無く、若干の安堵を見せたバスターは無言で大柄な身体を横たえ、“睡眠の邪魔をしてくれるな” という態度で眠りに就こうとする。
仕方なく騎士令嬢も添い寝に戻り、安眠妨害されて納得がいかない表情の妹だけを残して、再び天幕内は静寂に包まれていく。
そんな空騒ぎから一夜明け、戦闘の疲労を考慮して遅めに動き出したザトラス領軍の兵士達が朝餉を摂っていた頃…… ザガート共和国の首都コンスタンティアが誇る防壁の向こう側、中央区に建つ議事堂の議長執務室に主要な人物が集まっていた。
「…… 絶滅が噂される人狼族の強襲か、アトス内乱の末期を思い出すな」
「未だに王家との関係は蜜月なんでしょうね」
眉間に深い皺を寄せたエルドラ議長に対して、肩を竦めたアルファズ将軍が軽い調子の言葉を返す。
内乱当時、聖堂教会の布教を認めていた王国の混乱に乗じて、西方諸国より信徒保護の名目で派兵された連合軍の一部が現地で略奪行為を始めた時、強盗紛いの連中が惨殺される事件が多発したのは有名な話だ。
遺体に残された鋭い爪牙の跡、錯乱した生き残りの証言を根拠に人狼たちの仕業と見做され、詳しい動機は不明とされた。
元々、反体制派を主導していた共和国の重鎮らは自陣営の関与が否定できる事に加え、王党派にとって獅子身中の虫である自称援軍の部隊だけが潰された事実から、人狼族と現アルメディア王家の密約を疑う者も多い。
それと昨夜の顛末を紐づけた報告をしている最中、横合いから不機嫌そうな声でクヴァル師が口を挟む。
「相手が魔物だろうとて、首都の安寧を護るのが貴様の使命だろうがッ、完成間近の大礼拝堂を壊された責任、どう取るつもりだ?」
「あそこは我々の管轄外です。警備担当は聖戦旅団の民兵隊でしょうに……」
辟易した態度で御門違いだと告げれば、過激派を纏める指導者は大袈裟な溜息を吐いた。
読んでくれる皆様に感謝です!
『続きが気になる』『応援してもいいよ』
と思ってくれたら、下載の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にお願いします!




