人狼族との遭遇
件の連中はアルメディア王国軍の中核に組み込まれているため、再びダウド将軍の大天幕がある方角に歩を進める事暫し、人に擬態していても鋭敏な狼犬人の嗅覚が “同族と似て非なる匂い” を捉える。
「どうだ、大将…… この土地に棲む犬族の類だと思うが?」
「いや、状況的に俺達みたいな混ざりものじゃなく、純粋な血統の人狼族だろう」
元を糺せば祖先を同じくする彼の種族は商隊や街中に紛れて人を喰う事例も多く、人族から天敵と認定されて絶滅の危機に瀕しており、普通に生きていれば早々出会う機会など無い。
故に断言できないものの、バスターやアイシャの話を聞く限り、老いた領主と側近たちは人狼である可能性が濃いと判断できた。
「そもそも、ディウブという言葉は一部地域で “狼” を意味するからな」
「大神を騙るか…… 大きく出たものだ、あの爺さん」
何やら誤解して嗤うバスターに犬人族が信奉している大神と狼の違いを説明しながらも、デミル領軍の兵士達が屯する合間を抜けて目的の天幕まで辿り着く。
此処までの道すがら感覚を研ぎ澄ませていた事により、デミル領軍に属する殆どの者達が何の変哲もない人間に過ぎず、領主の身辺警護にあたる側近十数名だけが人外だと理解できた。
幾ばくかの好奇心を含んだ彼らの視線が集まる最中、天幕からひょっこりと小柄な黄金瞳の少女が顔を出して会釈し、緩りとした動作で内側に招き入れてくれる。
「ようこそ御越し下さいました、異郷の客人。それにしても “銀毛” ですか」
「一応だがな、然したる意味は無いと思うぞ」
寝物語で番の生物学者に聞いた話だと、人狼族は化けた姿の髪色から毛並みが推測できるため、俺の毛色を言い当てたのだろう。
ただ、人狼族にとって “銀毛” は御伽噺の人狼王ベオウルフなど大神の寵愛を受けた特別な存在らしく、リアスティーゼの王都で聖獣扱いされた微妙な記憶が脳裏を過ったので、さらりと受け流して天幕に足を踏み入れた。
通気性が良い内部には地火炉が設けられており、四方を囲むように敷かれた織物の奥側に筋骨隆々な歴戦の御老体が座している。
「誘われた手前、何も持たずに来たが…… 気を悪くしないでくれよ、ディウブ卿」
「ははッ、酒も肴も用意しておるわ、くだらん事を気にするな」
気さくな態度で軽く掲げられた酒瓶の中身は恐らく “ラク” と呼ばれる東方の蒸留酒で、セリ科の一年草であるアニスに起因した薬草的な香りが鼻腔を擽る。
この酒ならば腐ることも無いため帰国時の土産に丁度良いなと、頭の片隅で思いつつも自身と仲間の紹介を簡素に済ませ、勧められるままマリル(偽)と一緒に対面の敷物へ腰を下ろした。
「グルォ ウアォウゥ (私たちはこっちね)」
「わふ (あぁ)」
軽い足取りの大型犬に続いてバスターも左側の敷物に着座した頃合いで、入口で出迎えてくれた人狼族の少女に声が掛かる。
「ウルド」
「はい、心得ております」
朗らかな声音で応じて皆に木製のマグを配り、老人より手渡された蒸留酒を振る舞っていくが…… 確か “ラク” のアルコール度数は相応に高かった筈なので、妹が差し出したマグを横合いから掴んで降ろさせた。
それだけで察したのか、彼女は順番を飛ばして酒を注ぎ終えてから席まで戻り、自分の為に用意していたのであろう甘い果実酒を手に取って、やや拗ねていた妹のマグを琥珀色の液体で満たしていく。
「ん、わぉあん♪ (ん、ありがとう♪)」
「がるくぉおうぅ (どう致しまして)」
微笑みながら彼女自身のマグにも果実酒を注いだ後、それと蒸留酒を見比べて少々思案した上で、前者を深皿に入れて獣化しているランサーの眼前に差し出した。
なお、皆に酒が行き渡るまで待っていたディウブを鑑みるに、乾杯の意図などもあったのだろうが…… 空気を読んだ槍使いの幼馴染みを除いて、残りの二匹は好きに喉を潤していたりする。
「うちの集落に乾杯の習慣が無くて申し訳ない」
「いや、儂らも人喰いを禁じて世間に溶け込むまで知らなんださ」
「…… その様子だと、人狼族がほぼ絶滅したというのは嘘偽りか」
「然り、数は減ってもしぶとく生き残っておるよ、銀狼殿」
気負いなく言ってのけた屈強な老人の言葉を受け、酒の肴となる腸抜き済みの川魚にせっせと串を通し、地火炉で焼いていた狼少女のウルドが得意げな表情を浮かべた。
「ふふっ、人狼絶滅の噂を流しているのは私たち自身ですから」
「なるほど、過去の存在になった方が実利的という訳だな」
「ところで貴方たちは一体何なんですか? 銀狼に黒狼、種族として近しい犬人までは理解できますが、極東の狐人族まで混ざり込んでいるなんて……」
怪訝な顔付きで問い掛けられて幾つか確認すれば、ウルドたち人狼族も経験の蓄積による進化はあれども、種族の枠組みを越えるような変化は無いそうだ。
個人的な直感に従うなら、進化の振り幅と強靭さが二律背反であるのは否めず、恐らく俺やバスターも最早人狼の枠組みから大きく外れはしないのだろう。
そんな考察も踏まえて全員がイーステリアの森に棲むコボルトだった事や、集落の暮らしなども掻い摘んで人狼たちに内情を話していった。
日々、読んでくれる皆様に心からの感謝を!
誰かに楽しんで貰えるような物語を目指していきます。




