馬上の村娘(偽)
(と、言われてもな……)
先ほど感じた違和感をそのまま無視するのも気持ち悪いので、御夫人が持つ親書の内容を少し確認させて貰おうとしたら、胡乱な表情を向けられてしまう。
「話の腰を折るようで申し訳ないのですけれど、幾つかヴォルフ卿に確認してもよろしいかしら、あなた」
「あぁ、勿論だ」
「ありがとう御座います」
軽く頭を下げて寝台に横たわる夫に微笑した後、此方に向き直った相手は少々冷やかな視線を投げてきた。
その態度に警戒意識を僅かに引き上げて、問い掛けに応えられるよう身構えておく。
「このアレクからの手紙に貴殿の所領はイーステリアの森中西部だと書かれてますけど、彼の地は私の兄であるフェリアス公爵が治めている筈です…… どういう事ですか」
もっともな疑問に面喰らえども、表情には出さずに瞑目して断片的な情報を繋ぎ合わせていき、事前にエルネスタから聞いていた爵位と領地の報酬に思い至る。
恐らくは俺の身元保証や箔付けも兼ねて、既に手続きが進められていたという事だろう。
「国元へ疎開させる件はアレクシウス王以外に貴女の兄君も関わっていたからな、前払いで領地の一部を割譲してもらっていたようだ」
「…… この手紙が本物である以上、そうなのでしょう。でも、あの辺りは小さな村があるだけで、他にはコボルトのような魔物しかいませんよ?」
「実よりも名を頂いたと理解しておくさ」
たとえ形式的な領主貴族の立場でも相応の価値があるため、納得してくれた様子の御夫人から視線を外し、先に頼み込まれた戦地での護衛についても思考を割く。
(別に断ることもできるが、返事の手紙すら持たずに帰るのも不義理か……)
至極、個人的な観点でも亡き祖国の流れを汲むアルメディア王国に対する思い入れは否定できない。
さらに言えば民主や平等などと声高に標榜する一方で武器を取り、普通に暮らしている人々を巻き込んで、多くの血を流させた旧改革派の建てたザガート共和国には憤りもあるが……
「一つだけ条件がある」
「何故私を見るのだ、弓兵殿?」
「引き際だと思えば手段を選ばず、アイシャ殿を戦場から離脱させる事に同意して欲しい」
それでアレクシウス王やフェリアス公への義理も多少は立つだろうし、敗戦が確定した後なら母娘共々リアスティーゼ王国まで連れ帰るのも可能かもしれない。
(いざという時は巨狼化して彼女を咥えて逃走するだけとしても、我ながら甘い考えだ)
「アゥ、クォン、ヴォルァオゥ ガゥアァウ?
(あれ、兄ちゃん、また面倒な事考えてる?)」
何やら呟いた子狐妹の指摘を聞き流し、静かに唸り始めた騎士令嬢を見遣る。
「うぐぅ、それは自分で決断したいが、バスター殿や弓兵殿が領軍に加わってくれるなら仕方ない…… よしッ、了承しよう!」
破顔一笑、割り切りの良いアイシャが母親似の美しい顏で微笑み、ガントレットに覆われた手を差し出した。
少しだけ身体の向きを変え、相棒の大男に目配せして異論が無さそうなのを確認してから握手に応じる。
「少しの間、領軍で厄介になろう。護衛と言っても雑多な戦場で何処まで守り切れるかなんて保証できないけどな」
「それで構わんよ、娘を任せる」
「宜しく頼みますね」
揃って頭を下げたハーディ夫妻に頷き、当主の傷病を理由とした指揮権委譲に対抗する話も詰めた後、首尾よく物事が転がって上機嫌なアイシャに郊外の陣幕まで案内され…… 現在に至る訳だ。
「さて、望まれない御客人にはお帰り願ったし、場を外させて貰うぞ」
「あぁ、好きにしてくれ」
気に喰わない縁戚たちを追い返した事で清々しい表情となった騎士令嬢に見送られ、バスターを引き連れて軽装騎兵隊が屯する練兵場へ足早に戻る。
そこに預けていた犬姿のランサーと村娘マリル(偽)の様子を窺えば、姿形模写の固有能力で擬態した妹が楽しそうに軍馬を乗りこなしていた。
「がぅがぅ~♪」
「凄いな、嬢ちゃん!」
「今日、初めて馬に乗ったとは思えねぇ」
周囲の騎兵たちが囃し立てる中で自由自在に馬を繰るのを眺め、日頃から巨狼化して疾走する俺の背中に平然と乗っていた事の賜物かと呆れてしまう。
一応、喋れなくとも身振り手振りで少なからずも意思疎通ができる事や、可憐な少女の外見と生来の人懐っこさも相まって、アイシャ麾下の連中に引き合わせてから二刻程で妹は隊内へ溶け込んでいた。
「これなら問題なさそうだな」
「それにしても、納得いかねぇ…… 俺だけ乗れないなんて」
今朝の乗馬訓練で振り落とされて痛い目を見たバスターが唸り、訝しむような視線を向けてくる。
人化能力の獲得以降、集落で派遣組エルフたちに様々な知識を与えられた幼馴染は他意が無くとも、折に触れて色々と疑問を抱くようになっていた。
「というか、大将は何処で馬の乗り方なんて覚えたんだ?」
「近いうちに教えてやるよ」
取り繕った説明など幾らでもできるが…… 物心ついた時からの友に吐く嘘など持ち合わせてないので、前世の記憶に関しては頃合いを見て話すつもりだ。
その時は群れの皆も交えるべきかもしれないと思いつつ、物資の箱に立て掛けられていた訓練用の木槍二本を纏めて掴み、馬上で亜麻色の髪を靡かせるマリル(偽)の傍へと歩み寄った。
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