黒毛混じりの人狼犬と騎士令嬢の馴れ初め
西方諸国より持参した模倣宝石を装飾商に卸して、幾ばくか懐が潤ったのも束の間、小さな狐の獣に “羊肉の香草焼き” を強請られたりもしたが……
港町の宿屋で一泊した俺達は午前中に北門より発ち、四つ肢の獣姿で原野を疾走して昼頃にはアルメディア王都へ辿り着いていた。
(…… 俺には古都シャウラの呼び名が馴染んでいるが、今はエディルだったか?)
人の皮を被って雑踏に紛れ込み、随分と西方諸国の色合いが濃くなってしまった街並みを眺めて、微かな物寂しさに囚われてしまう。
そんな俺の右肩では好奇心旺盛な子狐妹がきょろきょろと首を動かし、忙しなく行き交う人々を観察していた。
「クォン、ガオァ ヴォアルゥウ オォアァン~♪
(兄ちゃん、人間も色んな種類がいるんだね~♪)」
「わふ、がぅがぉう がるぐぉあぁおぉるぅ
(あぁ、この辺りは入り混じっているからな)」
周囲から不審に思われないように小声で返し、改めて周囲に視線を向ければ色素の薄い西方系人種や、日焼けした浅黒い肌の東方系人種、そのハーフである小麦肌の者達が大通りを闊歩している。
どうやら文化以外にも東西交流は進んでいたようで、その中にアレクシウス王の従姉殿も含まれているんだろう。
「良いことなのか、悪いことなのか……」
人的な交わりによる価値観の均一化は不毛な争いを思い留まらせる反面、途中の経過に於いて衝突を生じさせてしまう事も多い。
そもそも、旧アトス王国を崩壊させた動乱の根底にも王家が西方諸国に接近し過ぎたことや、聖堂教会の東方進出が強く絡んでいた。
(…… 行き着いた先が東西分裂とは笑えない)
などと祖国に想いを馳せていたら、肩を並べて歩く黒髪の大男に擬態したバスターが唐突によろけた。
どうやら後ろから来た身長の高い女騎士の取り巻きと接触したらしく、急いで歩み去って行こうとした背中へ不機嫌そうな大声を投げる。
「待てや、そこのデカい雌!」
「………… 配下の者が失礼をしたが、人を雌呼ばわりは頂けないな」
「御嬢様、此処は我らに任せて先をお急ぎください」
「事の次第をウィアド様に確かめなければッ」
「いや、今日の私は不埒な縁戚のせいで機嫌が悪い…… 公の場での侮辱は自ら払拭させて貰う。少し痛い目を見せてやろう、抜け」
血の気が多そうな騎士令嬢が八つ当たり気味に腰元の鞘から片手剣を抜き、軽硬化錬金製と思しき堅牢な手盾を翳して挑発してきた。
その様子に往来の人々が距離を取って好奇の視線を投げる中、負けず劣らず血の気が多い黒髪の大男はにんまりとした顔で荷物を下ろし、背に担いだ大剣を斜に構える。
「受けて構わないか、大将」
「何処かの御令嬢みたいだからな…… 余り怪我はさせるなよ」
「クァアゥ クゥア ウァルオオゥ? (ちゃんと雌には手加減するのよ?)」
溜息した大型犬姿のランサーと一緒に釘を刺してから、相手方の兵達と同様に一定の距離を取って民衆に混じったところで、意趣返しの挑発をバスターがやり返す。
「活きの良い奴は嫌いじゃない、掛かってこいよ」
「はッ、大きく出たな、傭兵風情が!」
数歩分あった間合いを一息に詰め、肉薄した騎士令嬢がバックハンドブローで左手の盾を叩き込んだものの…… 狙い通りに大剣を跳ね除けられず、身を寄せた状態から引き下がった。
「…… 軽いな」
「くッ、馬鹿力め!」
呆れた彼女が踏み込んで下半身狙いの斬撃を繰り出せば、バスターは左斜めに体を躱しつつ、寝かせた黒刃の切っ先を水平よりも下げて受け止める。
ただ、相手は構わずに白刃を滑らせて振り抜き、手首を返して逆袈裟に切り上げた。
「疾っ」
「ッ、悪くない」
騎士令嬢の連撃を後方跳躍で回避する間にも、観衆は歓声や悲鳴を上げているが…… 傍から見た彼女の剣戟は斬り込みが浅く、喰らっても皮膚と僅かな肉を裂く程度に過ぎない。
(まぁ、先の言葉通り、痛い目を見させるに留めているんだろうな)
それは大怪我をさせないように言付けられたバスターも同様なので、なおも打ち込まれる斬撃を必要最小限の動作で躱して、無理な場合は大剣で防御していた。
「何故、攻撃してこないッ、私が女だと侮っているのか!」
「いや、打ち倒すに相応しいッ!!」
気勢と共に両腕の筋肉が膨れ上がり、騎士令嬢が次撃のために引き戻した片手剣目掛け、武骨な片刃の大剣が振り抜かれる!
「うおぉおおぉおおッ!!」
「なッ!?」
狙いすました武器破壊に対して彼女が右足を退き、半身となって左手の盾を翳した直後、独特な淡い魔力光を帯びた黒刃が叩き込まれた。
激しい不協和音の鳴り響く中、黒毛混じりの人狼犬が持つ固有能力 “衝撃操作” により、幾重にも増幅された振動が軽硬化錬金製の堅牢な手盾を破砕し、握り込んだ相手の左腕まで威力を浸透させる。
「ぐうぅッ!!」
予期せぬ一撃に飛び退いた騎士令嬢を逃さず、さらにバスターが追い縋り、剣柄から左掌を離して斜めに踏み込んだ。
「舐めるなぁああッ!」
右手に残された片手剣を突き込もうとする彼女に先んじて、左側面へ抜けながら首元へ左腕を絡め、そのまま豪快に上半身を捻らせて独楽のように回転する。
「うらぁあッ!」
「げふッ、うきゃぁああぁ!!」
案外可愛らしい悲鳴を上げた騎士令嬢が円軌道の動きに巻き込まれ、力尽くで地面へ引き摺り倒されて土埃に塗れる。
それでも起き上がろうとする彼女の胸元をバスターが軽く蹴り飛ばし、再び倒れた相手の右腕を踏み付けてから、大剣の切っ先でブレストプレートを小突いた。
若干、更新が遅れてしまいました(;'∀')
昨日は仕事で大きなミスがあって凹んでいたのが敗因でしょうか?
ともあれ、皆様と一緒に楽しめる物語を目指して精進あるのみです。




