我思う故に我あり
気侭なコボルト達が向かう闘技場の町にはG達が先んじて訪れており、どうやら賭け試合に参加しているようす……
「喰らえやぁああぁッ」
先手必勝とばかりに距離を詰めた拳闘士が咆え、右掌へ握り込んだ円月輪を左肩上に廻して引き付けた状態から、斜めに刃部分を叩きつけてくる。
遠心力を乗せた斬撃に対して、小鬼族の双剣使いは冷静に交差させた二本のショートソードで受け止めると同時、事前に体内で練り上げていた紫電を刃に纏わせた。
「ギギァッ!?(馬鹿がッ!?)」
侮蔑の言葉を吐こうとした自身の予想に反して、相手は感電すること無く剣身と交わらせた円形の刃を滑らせて振り抜き、あまつさえ腰を捻りながら反対側の円月輪で追撃してくる。
「せいッ!」
「クッ(くッ)」
即応して次撃の刃も防御したソードが飛び退り、一時的に多少の距離を取ってから、相対する拳闘士に胡乱な視線を投げた。
飄々とした態度のリナルドは別にネタをばらしても構わないと判断したのか、懐から一枚の紙切れを取り出す。
「お前の試合を見て、まともに切り結べないのは知っていたからな…… 雷撃無効化のスクロールだよ、効果は紐解いてから十分程度でも馬鹿みたいに高くついたぞ」
「アゥラス…… (なるほど……)」
何とは無しに対策が講じられている事を察し、双剣に宿した紫電を雲散霧消させて、ならば純粋な剣技のみで十分だと鬼人モドキが不敵に笑う。
「ゼストラゥッ(推して参るッ)」
地を這うように飛び出したソードは相手の足元を狙い、左手の短鉄剣を勢いのままに振り抜いた。
「うぉッ」
若干の焦りを滲ませた拳闘士が飛び退いて躱すものの、間髪入れずに追い縋って右手の短鉄剣を切り上げる。
「シャアアッ! (しゃああッ!)」
「ぐうぅッ」
反射的に突き出された左側の円月輪で二撃目も阻まれてしまったが、剣聖の異名を持つ小鬼の連撃は止まらず、既に引き戻されていた右手の得物を脇腹へ突き込む。
「ちッ」
舌打ちした相手が右側の円月輪で刺突を横に反らした直後、双方が鳩尾目掛けて膝蹴りを繰り出した。
「グァッ (ぐぁッ)」
「ぐべッ」
似たような呻き声を小さく上げ、近寄り過ぎた間合いから互いに飛び退く。
それにより、多少の距離が生じたところで拳闘士は左腕を振り抜き、投擲した円月輪で体勢を崩そうとするが……
「ギウォオオォオオッ!!(うらぁああぁああッ!!)」
此処が勝負所と見たソードも即応して、力任せに右手の短鉄剣を放り投げていた。やや斜めに回転した剣身が質量の差で円月輪を弾き、面喰ったリナルドへと吸い込まれていく。
「ッ!?」
虚を衝いた攻撃に慌てつつも、拳闘士が残る円月輪で飛翔物を叩き落した隙に乗じて、肉迫した小鬼族の双剣使いが狙い澄ました刺突を放つ。
「シッ (疾ッ)」
「がッ、あぁ……ッ、ぐうぅ……」
無刃の短鉄剣が軽装越しに腹部を穿ち、肋骨を折られた拳闘士が斜め後方によろけて跪けば、観客席から大きな喝采が降り注いだ。
「サテ、手ヲ滑ラセルカ……」
意趣返しで相手の言葉を捩り、嘲笑を浮かべたソードが歩み寄ると、顔面蒼白になった相手は片手を開いて突き出す。
「ま、待ってくれッ、降参だ!」
「ギウッ、レゼスギゥゼルァ (ふんッ、勘弁してやらぁ)」
鳴り響く歓声の中、敗れた拳闘士リナルドが闘技場の規定に沿った降伏を示し、勝者であるソードも慣例に従って得物を天高く突き上げた。
「「「うぉおおおぉおおッ!!」」」
「良い試合だったぞ!」
「儲けさせてくれて、ありがと~」
「うがぁあッ、すっちまったじゃねえか!」
賭け事に一喜一憂する人々を特等席から見下ろし、ちゃっかりと連れ合いに小銭を賭けていた黒髪緋眼の御令嬢が微笑する。
「まぁ、当然よね♪」
「…… 戦いに確定した勝利など無いぞ、楓」
仲間のゴブリン達の死に際を数多く見てきた小鬼族の元勇者が窘めるものの、強力無比な存在である彼女にどこまで意図が伝わるかは不明だ。
(些事で足を掬われなければ良いがな……)
隣席の行政官と談笑する彼女を暫く見遣った後、腰を上げた二人に続いてブレイブも護衛兵らに先導され、貴賓専用の通路より場外へ向かう。
表通りでアベラルド達と別れてからは街角に楓と佇み、比較的に大きな都市の風景をぼんやりと眺めて、古い付き合いとなる相棒を待った。
(しかし、人間というのは恐ろしいものだ)
森で生まれ森に潜み、冒険者や近隣の村娘を襲い攫っていた時分には想像もしなかった人族の繁栄に慄き、小鬼族では到底建造することなどできない円形闘技場を仰ぐ。
(順調に数を増やして縄張りを広げても、やがて大勢の人間どもに襲撃されるのは自明の摂理だったか……)
それでも日々生き足掻いている同胞らに畏敬の念を感じながらも、段々と道を踏み外しつつあるブレイブは自身の存在に対し、得も言われぬ違和感を抱いてしまう。
「俺は一体何なんだろうな……」
「それは貴方が自分で決めなさい」
しれっとした態度で元凶たる鬼蜘蛛の娘は呟きを受け流し、簡素なフード付き外套と鉄仮面で素顔を隠したソードを見つける。
闘技場の裏口から出てきた長身痩躯の鬼人モドキに軽く手を振り、無事に合流を果たした彼女らは宿部屋で酒盛りする準備のため、賑やかな雑踏へと姿を消していった。
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日々、読んでくれる皆様に心からの感謝を!
誰かに楽しんで貰えるような物語を目指していきます('◇')ゞ




