蒼色巨躯の守護者
肉迫した蒼色巨躯のコボルトが鍛え抜いた上半身を捻転させながら、握り込んだ戦斧を逆袈裟に切り上げる。
重厚な刃が骸骨地竜の左前脚へ叩き込まれるも、砕けた骨片が飛散しただけで…… 纏わり付く目障りな小型犬を払い除ける如く太い脚骨が振るわれた。
「グゥゥウオオオッ」
「ファウッ! (痛ッ!)」
得物を引き戻す動作の途中で蹴られたアックスが押し戻されると同時、右前脚を引いて旋回した相手の尻尾が薙ぎ払われる。
「ワフゥ、グゥッ! (あぁ、もうッ!)」
若干、苛立ちつつも長盾を草むらへ斜めに突き刺し、角度を持たせた盾裏に引っ込めば、繰り出された尾骨が表面を滑って上空へ受け流されていった。
激しい衝突の残響が収まらない中で、機を窺っていたブレイザーも疾駆し、晒された骸骨地竜の腹部目掛けて黒塗りのロングソードを振り抜く。
ただ、速度と遠心力を上乗せしても武器重量と膂力が不足するのか、渾身の剣戟は硬い肋骨一本を切り飛ばすに留まり、そこまで有効な攻撃とならない。
「グッ、クォウオォオン (ぐッ、硬いじゃねぇか)」
両掌に伝わる痺れに思わず苦笑した長身痩躯のコボルトを踏み潰すべく、骸の地竜が振り向く動作に合わせて前脚を掲げ、勢い良く振り降ろしてきた。
「ガォアァアァアァアァッ」
「ワォゥッ (よっとッ)」
後方跳躍で踏み付け自体は回避するも決め手に欠け、攻めあぐねたブレイザーの聴覚に凛としたエルフ巫女の祝詞が届く。
「勇敢な戦士たちの刃に断ち切る力を……」
何やらエルフ語での詠唱が終われば、長身痩躯と蒼色巨躯の二匹が構える得物が細かく振動し、澄んだ音を鳴らして一瞬だけ淡い黄金の魔力光に包まれた。
「ウォア…… ッ!? (これは…… ッ!?)」
僅かに意識が逸れた間隙を突き、咆哮を響かせた骸骨地竜が身体全体をしならせ、全て諸共に薙ぎ倒すべく強烈な尾撃を放つ。
「グルォオオォオオ―――ッ!!」
「ガルクォンッ (させないよッ)」
咄嗟に飛び出したアックスの長盾が蒼い燐光を纏い、発動した “最強最弱の盾” が微かに接触した尾骨から全ての運動エネルギーを奪う。
蒼い輝きは一度だけ攻撃を防いで弾け飛んだが、周辺環境を通じて供給されていた歪な魔力までも瞬断し、相手の体勢を大きく崩して地に伏せさせた。
致命的な隙に乗じた蒼色巨躯のコボルトは両手持ちした戦斧を頭上へ掲げ、手放された長盾が倒れるよりも早く左足を後方へ滑らせ、深く振り抜いた一撃を骸骨地竜の太い尾骨へ落とす。
「ウォオオォンッ! (でりゃああぁッ!)」
「ギッ、ァアアァアッ」
竜骨にめり込んだ刃より生じた振動が付与魔法で輻輳され、高周波に転じて物質間結合を崩壊させていき、攻撃自体の威力と相まって尾骨を根元付近から断つ。
同様に好機を逃すことなく近接したブレイザーも、振動切断の魔法が付与された黒剣を閃かせて、立ち上がろうとした相手の右前足を今度こそ切断した。
だが、前脚一本と尻尾の大半を失ったにも関わらず、骸骨地竜は倒れながら残り三本の脚でのた打ち回り、視線の先に捉えたリスティへ大顎を開けて地滑りしていく。
「ウガァアァァアァアァッ!!」
「ひぁッ!?」
突発的な窮地に際して、戦闘経験が殆どない彼女の反応が遅れたのは当然であり、愕然と硬直してしまうエルフ巫女へ竜骨の牙が突き刺さる。
…… かに思えた刹那、右側面から吶喊してきた蒼い巨影がショルダータックルを凶悪な横面に見舞い、鋭く獰猛な牙を辛うじて逸らす。
「あぅ…」
腰を抜かしてへたり込むリスティに構う暇もなく、即座に戦斧を振り上げたアックスが止めの斬撃を骸骨地竜の頭蓋へ喰らわせ、刻まれた魔力回路の中枢部ごと高周波を宿す刃で打ち砕いた。
「ガルゥウア…… ォオゥ?
(これで終わり…… だよね?)」
「わ、わぉおうぅッ、わぅうるぉ
(だ、大丈夫ですかッ、アックス殿)」
体当りの際に竜牙を引っ掛けたのか、右肩の体毛を赤く染めて軽くよろけた彼をリスティが支える最中、その意識は白銀の螺旋へと導かれていく。
……………
………
…
「アォウ~、ウォワファアァン……
(あの~、普通に痛いんだけど……)」
以前に銀毛の人狼犬が経験した時と同じく、この生命の樹に於いて厳密な肉体など存在しないものの、心象が実体よりも優先されて影響を及ぼす。
幸いな事に現実における時間経過の影響も極小となるため、大小幾つかある傷口からは血が流れておらず、深刻な状態にはならない筈だ。
(ん、どれもそこまで深くなさそう)
一通り自身の負傷を確認した後、蒼色巨躯のコボルトは降り注ぐ祝福と喝采を受けて、光輝く白銀の螺旋階段を昇り始めた。
なお、終局に至ると嘯く階段は “既に用意されていて” 多少の分岐はあれども、“個々の行き先は確定されている” というのが螺旋に集いしモノたちの考え方では主流を占める。
故に彼らは信じるのだ。
自らの認識が及ばない大いなる存在が全てを規定していると…… けれども待って欲しい、螺旋の涯に至った者など果たしているのだろうか?
確かに知覚の及ばない高次の存在はいるだろうし、一部のヒューマノイド型種族はそれを崇め奉る傾向を持つが、彼らもこの螺旋を進むひとつの生命に過ぎないのかもしれない。
見方を変えれば、生まれた時から全知全能の存在など傍迷惑であり、そんなモノがいるなら何も干渉せずにいて欲しいものだ。
“誰かに運命を左右されるなんて御免被る” と考えるモノもこの場では多く、一概にその思想を否定する事もできない。
時折、喝采に紛れて揺蕩う、全能者への考察に耳を傾けた蒼色巨躯のコボルトはと言えば……
(きっと、大神様はいるんだよぅ)
割と信心深かったりするものの、誰かの意見を真っ向から否定する性格でも無いため、心の内で思うに留めておく。
アックスは自身が正しいと思っていても、主張を貫く事で不要な争いが生じるなら廻り回って害悪でしかないと考えていた。
まぁ、生きていれば譲れない事柄もあり、いざ群れの仲間を護るためには手を汚す事も厭わないし、場合によっては蜂蜜の瓶一個で本気になれるのだが……
そんな未熟で曖昧な生命の一つとして螺旋を進み、次の位階へ到達した犬人の意識は再び真っ白な闇に抱かれて、ゆっくりと現実へ浮揚する。
通称:アックス(雄)
種族:コボルト
階級:コボルト・ディバインブラッド
技能:斬撃耐性 衝撃耐性 初級属性防御(全)
最強最弱の盾 (発動後は暫く使用不可)
強磁性体の盾
血液操作 造血(要体力)
病魔の血煙 (初級 / 人族特攻)
称号:血煙を纏う世界樹の騎士
武器:王国兵の戦斧(主) 血武器(補)
武装:表面が凸凹と化したデュエルシールド
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