氷結の準魔導士
街人に呼ばれた警邏中の自警団員が何やら話し掛けてくるのを一瞥し、石畳に転がされたレインは朦朧とした意識を繋ぎ止め、聞き取れないほど小声で悪態を吐く。
「っう…… なに、やっているのよ、私」
ヴェルハイムの町に到着し、ヴェスト家の邸宅で試しの件を聞いて以後、心の何処かでもしかしたら…… という浅ましい想いを抱いた事は否定できない。
(だから、強引に妨害しちゃったのかな?)
自嘲気味な表情を浮かべて巻き込んだ護衛二人に心の中で謝り、彼女は年上の幼馴染に仕えるため王都へ上がった際、再会を祝して贈られた青水晶の髪留めにそっと触れて瞼を閉じる。
同じ頃、先行したアズライトと残りの護衛は雑多な街区で小さな魔獣たちを見失い、要所で探知魔法を発動させて慎重に周辺状況を探っていた。
「…… 如何でしょう?」
「ッ、反応ありだ、これは…… 」
二軒ほど離れた家の屋根上で動きを止めた魔獣と、周囲をうろついて何かを探るようなもう一匹の魔力反応がある。
(息を殺して潜んでいるのがレッサーバンクルで、動きがある方が子狐かな?)
大体の予測を付たアズライトが懐へ忍ばせた魔石から凝縮された水の元素を引き出し、密かな愛読書『剛力粉砕』に記された魔法術式を構築して、防寒用の靴で覆われた両足に水属性から派生する氷魔法の冷気を纏う。
「少し待っていてくれ!」
「何を…… ッ!?」
路地の端まで移動して護衛に一声掛けた後、彼は魔術師とは思えない俊敏な動きを見せて、壁面へ氷結の痕跡を残しつつも垂直に駆け上がっていく。
「よっと!」
最終的に特殊な防寒加工を施したグローブにも冷気を纏い、両手も壁面へ氷結させて街酒場らしい建物の屋根まで到達した。
一連の動作で少し乱れた息を整える間も惜しみ、素早く周囲を見渡して捕獲対象を射程に捉えたアズライトは右腕を突き出し、速度重視で術式構築した氷魔法 “氷結弾” を撃ち放つ!
「クゥッ!?」
短く鳴いたレッサーバンクルが持ち前の反応速度で回避するも、着弾点を中心に周囲が凍結して左足が巻き添えとなり、さらに追撃として放たれた氷結弾により四肢を封じられてしまう。
「クヮァアァウッ!」
「よしッ、捕まえ…… た?」
彼が喜びと共に軽く拳を握り締めた瞬間、足掻く魔獣を挟んだ向こう側から建物の屋根上を疾走し、魔法由来の颶風を背中に受けて跳躍する銀髪の弓兵が視界へ映り込んできた。
「ッ、間が悪いにも程がある!」
愚痴を零したアズライトは少し距離がある次の屋根へ飛び移る事を躊躇うが、手慣れた風使いの弓兵は足元を凍らされた小さな魔獣の傍へ悠々と辿り着く。
「クゥウゥ~ッ!!」
「これは…… 大和言葉で言うところの “据え膳” というやつか」
俺が獲物と子狐を探して屋根伝いに移動していた時、風に紛れる魔獣の匂いを捉えて急ぎ来てみれば…… ディークベル家の嫡男殿が姿を現して、都合よく氷結魔法でレッサーバンクルの動きを阻害してくれた。
ただ、本人は非常に不服そうな表情をしており、どこか気まずい雰囲気が漂う。
「横取りはどうかと思うよ、アーチャー殿」
「…… 此方も妨害されたからな、お互い様だ」
因みに長身痩躯の幼馴染など、“手段を選ぶ偽善者や誇りに縛られた愚者よりも、成果に飢えた獣で構わねぇ” と言っていたので、この場はそれに倣いたいが……
どこか小骨が喉に刺さった感じは否めないし、この間合いだと嫡男殿も黙って獲物を奪われる事はない筈だ。
「ふむ、此処は一戦交えて決着でもつけるか、ディークベル殿」
「…… 先に聞いておきたい、レインたちは?」
「あぁ、今頃は街の自警団員に介抱されているだろう」
「そうか、なら僕も頑張らないとね…… 」
呟いて意識を切り替えた彼が冷気を纏う右腕を突き出した瞬間、俺は予測される弾道から外れるように駆け出し、眼前の屋根へ飛び移る。
追従して翳された掌より飛来する氷結弾を炸裂風弾で大気ごと破裂させれば、宙空に綺麗な氷の華が咲いて砕け散った。
その儚い芸術を気に留める暇も無く、追加で放たれた次弾を跳躍で回避してそのまま建物の壁際を落ち、途中で壁面を蹴り上げながら足元で風魔法を暴発させて跳躍する。
そうして、ディークベル殿と同じ傾斜の緩い屋根に上がり、一息に距離を詰めて旋風を纏わせた回し蹴りを叩き込んだ!
「ぐぅッ!!」
「ッ!?」
咄嗟に掲げられた彼の左腕ごと蹴り飛ばして後退させたものの、纏う冷気が瞬時に凍結して即席の籠手となり、蹴撃の威力を低減させてしまう。
「薄々気付いていたが、“魔装” だな」
「“征嵐の魔女” に縁があってね、憧れてしまったんだよ。さすがに僕の身体だと金剛体の負荷には耐えられないけど、やりようは幾らでもあるのさ」
ふらりと身体を揺らしたディークベル殿が素早く近接し、軸足へ纏わせた冷気を強めて、俺の足元を凍らせながらも鋭い打撃を放つ。
瞬時に左脚へ纏う旋風を弾けさせて迫る冷気を吹き飛ばし、繰り出された右掌底を打ち払えば、そこから威力を抑えた水弾が射出されて見当違いの方向へ流れた。
此方も防御に並行して旋風を宿した右拳で反撃するが、彼は左腕を絡めて打撃を外側に押し下げ、背後を取るような円軌道のステップを刻んでくる。
奇を衒う変則的な動きに応じて逆軌道の足取りから掌底を打ち出し、同様に掌底を放った相手と腕を交差させた直後、風弾と水弾が虚空へ飛び去った。
読んでくださる皆様の応援で日々更新できております、本当に感謝です!
ブクマや評価などで応援してもらえると嬉しいです♪




