水車が欲しいのさ~
一連の古代の森への旅も無事に終わり、群れと合流を果たした翌日の早朝、けたたましい鳴き声を聞いて、俺は棲み慣れた巣穴の中で目を覚ます。
寝ぼけまなこで目を軽く擦りながら上体を起こし、巣穴の一角に視線を転じて、藁が敷き詰められた囲いの中で元気よく鳴き声を上げる雄鶏を一瞥した。
「…… ヴァオル グォルアァン (…… 朝から威嚇しやがって)」
朝鳴きは鶏の習性だと思っていたが、どうやらこれは示威行為らしいとコボルトの本能が訴えかけてくる。
その証拠に番の雌鶏は静かなものだ…… 傭兵の頃、養鶏や畜産が盛んな町で害獣駆除をした際、牧場主から鶏の朝鳴きに順番があると聞いたな。
(まぁ、コイツらにも序列とかあるんだろう)
群れで暮らす生き物には当然の付きものという事か。
昨日も集落の広場で3歳と4歳の雄たちが序列争いの決闘を始め、セリカやレネイドのような武門のエルフは興味深そうに眺めていたが、リスティやアスタたちは顔を顰めていたことを思い出す。
今は繁殖期なので、群れの雄コボルトたちが荒ぶっているのだ。
因みに3歳の雄が勝ったものの、蹴り飛ばされた相手が見物しながら鹿肉を喰らっていたバスターにぶつかり、肉を取り落として唖然となった奴の鋭い一睨みで尻尾を丸めて怯えていた。あれでは群れの雌たちに恰好良い姿をみせたとは言えない。
「ウァアゥオォ…… (気の毒なことだ……)」
ともかく、恋の季節を経て越冬した後に訪れる春先のベビーラッシュへと備え、今のうちに集落を拡張する必要がある。全く犠牲が無いとは言えないが、俺たちが頭角を現してからは群れの仲間の死亡率が低下傾向にあり、既に現状でも手狭となっていた。
(森の外側に拡張する訳にもいかない、やるなら南東側か……)
頭を片手で掻いてから魔法銀製の仮面を装着し、中央広場に張られているエルフたちのテントへと様子を見に向かう。
「…… おはよう、アーチャー」
群れのコボルトらの寝起き姿がチラホラと見える広場で、セリカが大きめのコッフェルを焚火にかけて湯を沸かし、手持ちのドライハーブを清潔な布へ包んで縛ったティーバッグを放り込む。
「ワオォン、ガゥアル クーウォアゥ
『おはよう、目覚めのハーブティーか』」
「……… いる?」
やや寝癖が残る頭で黒曜のエルフ娘が小首を傾げるのに応じて頷き、焚火を挟んでその対面へと腰を下ろすと、職業柄なのかハーブの香りに誘われた青銅の薬師と鍛冶師がテントから這い出てきた。
「ふみゅ、ペパーミントの香…… 頭をスッキリさせる効能があるのですぅ」
「いつもミラが作ってくれるミントティーと少し香りが違うけど?」
「ん、ちょっと待つのです、アスタ♪」
そう言いながら彼女は再びテントに戻り、寝ているリスティたちを起こさないように薬草を小分けにして保存できる薬師の革鞄を持ってくる。
「このローズマリーを追加するのですぅ!」
手早く乾燥ハーブを布製の薬用小袋に入れてコッフェルの中に投入し、革の水筒から人数の増えた分だけ水を足す。
「クォファウ~、 ガルゥ ウォルアゥ♪
(いい匂いだね~、これも入れようよぅ♪)」
ミラと同じく匂いに惹かれてきたアックスも焚火の前に座り込み、手にした瓶の蓋を開けて木製の大きな匙で4杯ほど蜂蜜を放り込んだ。
「ぐぉるぐぁあぅ くぁるふぁう…… (あまり甘いのは好みじゃない……)」
「ウ~、クルァ~ウゥ (え~、美味しいのに)」
さらに追加で蜂蜜を入れようとした甘党コボルトの手をセリカが掴み、アックスはしょんぼり顔でぺたんとケモ耳を伏せる。
(俺としても甘すぎるのはどうかと思うけどな……)
心の中でセリカに称賛を送りつつ、仕上がった蜂蜜入りのミントティーを受け取り、コボルト二匹と白磁以外のエルフ三人で焚火を囲みながら朝の緩やかな時間を楽しむ。
「ウォルゥ アウァ、クァウォルン ウオゥルォオン?
『ところでアスタ、昨日見てもらったアレはどうだ?』」
「あ~、スミスたちの頑張りは認めるけど木材加工の精度が悪い…… アレだと直ぐに壊れる。彼らが自作した手斧と槍鉋だけじゃなくて、せめて鋸の類は必要だ」
アレとは群れから離れる前にスミスに製作を指示していた水車のことである。
水源たるスティーレ川と集落の位置関係ではこちらが高い土地となるので、大雨が降った時の氾濫による被害は軽減できるが、水路を作って畑に水を引くことは難しい。
まぁ、猫人たちから買い付けた秋蒔き小麦に関しては必要な降水量が少ないし、近隣のヴィエル村やルクア村が水路を完備していなくても栽培ができている事から、この周辺であれば自然農法も可能なために引水が必須とも言えない。
(だがな…… 他の作物も考えているし、効率性の問題もある)
降雨量が少ない地域が多い砂漠の国出身者として、俺は “灌漑農法” の有効性を理解していた。安定的に水分を供給してやれば単位面積当たりの収穫量が期待できる。
そのためにも必要となるのが側面に複数の水筒を取り付けた “揚水車” だ。
川の流れを動力として筒で汲み上げた水を車輪の回転運動により高く持ち上げ、水車の頂点付近から水道に落とすことで高低差を生み出す。それにより土地の条件を緩和して水を集落まで引き込むことも可能となる。
基本的には水車に水筒がついているだけなので、ヴィエル村の粉挽き水車を参考にして真似するように、手先が器用なスミス率いる垂れ耳コボルトたちへと頼んでいたんだが……
一見すると唯の木組みのように思えても、一筋縄ではいかないらしい。
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