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犬の宅配便

(あれは…… 御頭がお気に入りの奴じゃねぇか)


そう思いながら隣を見るとランサーも気付いたのか、首を縦に振ってハンドサインを送ってくる。


アレ・シッテル・ヒトネ


アァ・ソウダナ


そのやり取りに若い世代のコボルト二匹も首を縦に振って頷く。


彼らも集落に初めて訪れた人間は衝撃的であり、しかも群れでNo2の腕黒巨躯のコボルトが ”大将の雌だ” 発言をしたので、赤毛を結い上げた少女は強く印象に残っていたようだ。


彼女をこっそりと窺いつつ、やると決めたからには細部まで拘る長身痩躯のコボルトが目を細めていく。


(…… ミュリエルと言ったな)


確か、御頭たちが連れてきた人族の雌で名前持ちだと記憶している。


以前にエルネスタたちと行動した際に、人は誰もが名前を持っていると知ったため、それで彼女の強さや人族の中での立場を窺い知ることはできないが……


顎に手を添えてブレイザーが思案していると、彼の腕が小さな手でパンパンと叩かれる。


「うっう~、くるしいよぅ」


「ッ、ルァウゥ (ッ、すまない)」


抑えた声で詫びつつ、肉球で口を塞がれて息苦しそうにしている幼女から手を離すと、すかさずにランサーが立てた指一本を口に当てて静かにするように伝える。


その仕草は銀毛のコボルトが幼い頃から騒々しい妹によくやっていたもので、気が付けば群れ全体に普及しているものだ。


何故か人の仔にも伝わったようで幼い少女はこくりと静かに頷き、ブレイザーは再び草原に座り込んでラット肉を齧る冒険者たちへと視線を戻す。


(さて、この仔を引き渡すか否かだが……)


人間には猫人の仔やエルフを攫うような連中もいるため警戒する必要があるものの、根本的な部分を疑えばこの幼体がヴィエル村の仔という確証もない。


何やら黙考しはじめたブレイザーを見つめ、ランサーは軽く溜め息を吐き出す。


(慎重なのは良いけど……)


人間と意思疎通ができない以上、新たな情報も獲得できないので思考は堂々巡りとなる。


それならば仲間たちと数日の旅をして集落に辿り着き、ヴィエル村まで一緒に行った事もあるミュリエルに幼女を押し付けた方が良いのかもしれない。


(ん~、アーチャーが信頼している相手なら良い気もするわね♪)


彼女は小さく頷いてハンドサインを切る。


アイツラニ・アズケテ・ミナイ


ソレガ・ブナンカ……


どうやら長身痩躯の幼馴染みも同じ結論に達したようで、皆へとハンドサインを出して直ぐ動けるように準備させてから、腰の後ろに回した小さな鞄に手を伸ばす。


コボルト・スミス製作の動きを阻害せず、革袋よりも容量がある鞄から取り出したのは…… 今の季節ならどこにでも落ちているドングリを処理した非常食だ。


なお、ドングリには虫が湧いている事もあるために未処理では食べられない。


最初に拾ってきたモノを水に放り込み、浮いてくる虫に食われてスカスカの実を取り除き、状態の良い実を選別する。


その後、以前なら水でふやかして食べたりもしたが、現状の集落であれば垂れ耳コボルトたちが器用に自作の火打石で火を起こすので、煮沸してアク抜きしたものを再乾燥させて保存食としていた。


まぁ、今は食べるために取り出したわけではなく、握り込んだドングリの一つを調整のため、何も知らずにもぐもぐと肉を食べているミュリエルとの中間点に投げる。


(よしッ、距離感は掴んだ、狙い撃つぜッ)


微かな風切り音を鳴らしてドングリが宙を舞い、彼女の頭部へと程よい力加減で当たった。


「ん、ドングリ?」


赤毛の魔導士娘が近くに落ちたドングリを拾いながら、飛んできたと思しき方向へと視線を向けると……


「うぁッ、い、犬さん!?」


そこには森の茂みから押し出されるようによろけながら姿を現した幼女がひとり。


「ア、アレスッ、ちょっと!!」

「ん、どうかしたのか、ミュリエル?」


「ソフィちゃん、見つけたかもだよ!」

「…… マリルから聞いた特徴や服装と合ってるわね」


狩人の目を持つミリアが森の境界でこちらをじっと見つめる幼い少女を見返し、探し人であることを皆に告げながら率先して歩を進める。


「あっ、待ってよぅ」

「リベルト、飯は後だッ」


他の仲間達も慌ただしく昼食を中断して小走りにミリアの背を追い、探していた幼い少女を囲んだ。


「うっ、うぁ…… だ、誰?」


いきなり4人の冒険者に取り囲まれて警戒を滲ませる相手の前にしゃがみ込み、視線の高さを合わせたミュリエルが優しく話しかける。


「初めまして、ミュリエルです。えっと、ソフィちゃんで良いのかな?」

「うん……」


その返事を聞いて後ろでぐっと拳を握り込んで喜ぶアレスとリベルトを余所に、ミレアも膝を折って視線を低くしながらソフィへと問い掛けていく。


「ソフィちゃん、今までどこにいたの?」

「ん~、犬さん、いっぱいのところ♪」


「犬? 野犬かしら…… でも、それなら何故無事なのよ」


何やらぶつぶつ小声で呟いて、ソフィの言う “犬さん” に意識を向けるミレアの隣で、赤毛の魔導士が幼子に向ける笑顔が固まり、やや乾いた笑いが零れる。


(ど、どうしよう、とても心当たりがあるよぅ…… あ、でも集落周辺は聖域指定を受けたから、大抵のことは大丈夫なのかも)


ちょっと前にその事実を親友のエルネスタから教えられ、聖域に阻まれて()のコボルトたちと接触できないと嘆いたのはミュリエルだけの秘密だ。


(それにしても、セルクラムの聖獣って……)


自分の知らない間に親友と協力して王都で七つの災禍の一角を崩したとか。全てを事後で聞いた彼女としてはちょっとだけ寂しかったりするわけである。


ともあれ、その結果として聖域化したイーステリア中央部の森には司祭枢機卿か、若しくは付帯事項で認められたヴィエル村の人々しか立ち入れない。


さらに村の住民達は数ヶ月前の野盗の一件以来、コボルトたちに悪い印象を持っていないので、彼らの集落が人族との関係の中で危機に瀕することは早々ないだろう。


(ん、大丈夫そうね)


一息ついたミュリエルであるが、心配は杞憂で長身痩躯のコボルトはやや複雑な回り道を経由して森の境界まできており、幼い少女は集落の場所を正確に覚えていない。


なおもブレイザーの几帳面さは遺憾なく発揮され、冒険者たちが保護した幼女と一緒に昼食を再開し、その後にヴィエル村へと帰り着くまでしっかりと追跡確認してから仲間たちと引き返していく……


一方その頃、二手に分かれて森の浅い部分を捜索していたマリルたちは…… 既に探し人が保護された事に気づかないまま濃霧に視界を奪われて道に迷い、木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊(ミイラ)となっていた。

”皆様に楽しく読んでもらえる物語” を目指して日々精進です!

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