森と平原の境界線
翌朝、イーステリアの森中部にあるコボルトたちの集落では件の幼女がモフモフたちに包まれていた。中々に暖かそうである。
言葉は通じずとも好奇心旺盛な年頃故か、昨夜に生後半年の仔ボルトたちと広場でじゃれ合った後、スミスたちが建てた東屋で身を寄せ合いながら眠ってしまったのだ。
どこか微笑ましい光景を見下ろす無粋な長身痩躯のコえボルトが小声で呟く。
「ガゥ、ガオァアウォウル クォオルァウゥオオゥ、グルゥア クォルファ
(ちッ、人間の幼体と一緒にぐっすり眠ってやがる、警戒心が足りねぇぜ)」
「ヴァルヴォ ウォアオゥ……
(朝からまたそんな事を……)」
いつも通りブレない幼馴染に呆れつつ、隣に立つランサーが他の仔たちを起こさないようにそっと手を伸ばして器用にモフモフの中心から幼女を引っこ抜いた。
「あぅ? 犬さん…んぅ… zzz」
まだ日が昇ったばかりの時間帯なので幼い少女は未だ微睡みの中にあり、きゅっとランサーの胸元に抱き付いて再び眠りに誘われていく……
「ガゥ、ウオォアン
(さて、行くとするか)」
「ガオゥア クァン オゥファウゥ クルゥアァウゥ
(人間たちもこの仔がいなくなって心配でしょうしね)」
短く会話を交わした二匹が踵を返すと随伴する二匹の若いコボルトたちが後に続いた。ここからヴィエル村までは数時間で辿り着けるため、午前中には幼い少女の冒険も終わりを迎えることだろう。
……………
………
…
一方、聖域のコボルトたちが出立する少し前、ヴィエル村の広場へと集う者たちの姿があった。
弓を背負って腰のベルトに矢筒と鉈剣を吊るした狩人が三名、粗末ながらも革鎧とショートソードで武装した村人が五名、皆この村の治安を維持する自警団員だ。
なお、一般的な都市などは領主の雇った常備兵がいるものの、小さな町や村にまで同じ扱いを求めるのは経済的に難しく、治安はそこに住まう有志達の手で護られるのが通常だ。
さらに言及すれば、ヴィエル村の住民達は聖域認定された森への出入りを許されている代わり、その禁を犯す者の捕縛も領主のフェリアス公より課せられていた。
今回に関しては禁を犯した者の捕縛ではなく、幼い村娘ソフィの捜索であるが……
陣頭指揮を執るのは未だ病床の父セルジオに代わって村長代理を務める娘のマリルで、彼女は朝早くから集合に応えてくれた自警団員たちへと語り掛ける。
「おはようございます、早朝から集まって頂いてすみません」
「「本当に申し訳ありません……」」
ぺこりと頭を下げる彼女に追随して、憔悴したソフィの両親も深く首を垂らす。
「構わんよ、こういう時の自警団だしな」
以前の野盗騒動の際に負傷した事もあるリーバスがやんわりと返すと、背後で気まずそうな表情をした狩人たちも頭を掻きながら呟く。
「…… 野盗の時は怯んで隠れてしまったからな、頑張らせてもらおう」
「俺は狩りで森に入ってたが…… まぁ、似たようなもんだ」
正直なところ、捜索範囲にイーステリアの森を含むため狩人たちの役割は大きく、期待の籠った視線を向けながらマリルが改めて状況の説明を行う。
「昨日お伝えした通り、ソフィちゃんがひとりで村の東端に歩いていったという証言が複数あります。だから、今日の捜索は東側の草原を冒険者の皆さんが、私たちは聖域の森を中心に行います」
そう言いながら、彼女は広場の外れに佇んでいる “黒鉄” の冒険者4名に視線を向けた。
「お願いするね、アレスさんにミュリエルさんも」
「約束して貰った報酬分は働くさ」
「任せて、困った時はお互い様だよぅ」
冒険者ギルドを介さず、個人的な信用だけで危急の依頼を引き受けてくれた彼らに感謝しながら、マリルは捜索に関する細部を詰めていく……
その後姿を見つめていた母親のナタリーは思わず溜め息を漏らした。
「昔からお転婆な子だったけど…… あれじゃ、嫁の貰い手がないわ」
マリルの上半身は革の胸当てで覆われており、腰には鉈剣を吊るして足元は革のブーツで硬めている。
皆を危険な場所へ赴かせて自分だけ安全な村に残ることに抵抗があるのか、碌に剣も扱えないくせに娘は森の中に踏み込むつもりなのだ。勿論、心配なので止めたけども聞きやしない。
(村長代行が板に付いてきたのは良いけれど、責任感があり過ぎるのも問題よね……)
再度の溜息を吐きながら、ナタリーは自警団を纏めるゼノにちらりと視線を送り、“娘を頼みます”という意図を伝える。彼自身も危険な秋の森の深部まで踏み込む気は無いので、娘が無理を言っても諫めてくれるだろう。
気が重いなりにも笑顔を作って母親は娘を送り出すものの、マリルが一生懸命に村長代行を務めるのは両親が人生を捧げたヴィエル村を大切に思うが故である。
親の心子知らず、子の心親知らずといった状況の中、ヴィエル村の自警団と冒険者たちは日の出を待って東側の草原、さらには奥にある聖域の森へと進んでいくのだった。
……………
………
…
それから数時間が経過して、あと一刻もすれば太陽が中天に差しかかる頃、イーステリアの森の入口では草原の捜索を終えた冒険者たちが草むらに腰を降ろしていた。どうやら少し早めに昼食の準備をしてるようだ。
「いいのかな? この状況でお昼ご飯って……」
「でもさ…… あたしらにこれ以上できることあるの、ミュリエル?」
先ほど狩ったプレーリーラットを短剣で捌きながら、斥候を務める狩人のミレアが逆に問い掛けてくるが、彼女の言う事は正論であるために何も言い返せない。
「なにしろ、聖域の森には入れないからな…… っとミュリエル、火を頼む」
「うん、ファイアッ」
焚火の準備をしていたリベルトの要望に応えて、携帯用の薪が敷き詰められた小穴の上に手を翳したミュリエルが短く言葉を紡いで火を灯す。
そこへミレアが捌いた肉を串に通して次々と焼き、辺りに良い匂いが漂い出した。
「お、旨そうだな!」
「てか、アレス、あんたも何か手伝いなさいよ!」
「あ~、後片付けは俺がやるわ、取り敢えず食おうぜ」
野営で用意できる食事など本来は粗末なものだが、今はヴィエル村に滞在しているため柔らかいパンや胡桃なども調達してあり、彼らの昼食はいつもよりやや豪勢である。
「うぅ、行方不明の子が心配でも食欲はあるのね、私も生き物ってことかしら…… 美味しく頂きます、プレーリーラットさん」
遠慮していては他の仲間たちに全部食べられてしまうため、暫し感謝を捧げたミュリエルはちゃっかりと肉の刺さった串を数本確保した。良い感じに焼け、程よく岩塩が振られて実に美味しそうである。
(……………… じゅるり)
(美味しそうな匂い)
(誰かが食べてるのって、何故か旨そうに見えるのよね)
森林と平原の境界から密かに木々の合間に隠れつつ、野獣たちが鼻をひくひくさせて冒険者たちの様子を覗う。もはや視覚よりも嗅覚に意識が奪われて何も見えてないのだが……
「うぅ、犬さん、涎がたれッ、もごッ!?」
何やら喋りだした幼い少女の口に肉球を押し当て、ブレイザーは目を細めて冒険者たちの中にいる赤毛の魔導師を注視した。
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