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村での一幕

ゴブリンたちの村を強襲しようとするコボルト連合と、それを迎え撃つ小鬼族の戦士たちが互いに喊声を上げて交戦を始める少し前…… 村外れの森に潜み、その様子を窺う犬人族の精鋭たちの姿があった。


(さて、奴らの村にどれくらいの守備兵が残っているか……)


ここから死角になる場所の確認に向かったオズワルドたちを待ちながら、全体的に幾つかの状況を想定していると、微かな葉擦れの音を拾う。


皆は微細な音に反応して茂みへと視線を移すが、少数での敵地浸透に緊張しているのか、若干遅れて若いコボルト・メイジたちが慌てながら振り向く。


(いや、オズワルドたちの匂いがするだろうがッ!)


心の中で突っ込みを入れながらも、偵察から戻ったオズワルドにハンドサインを送る。なお、“郷に入っては郷に従え” という言葉の通り、今回は俺がシルヴァの群れで狩りの時に使われているものを覚えておいた。


ムコウハ・ドウダッタ


ココカラ・ミエナイ・ゴヒキ・イル


村の北東寄りに五匹か…… 北西寄りにも同数で計十匹だな。

油断は論外としても多少の余裕はありそうだが、気掛かりなのは別のことだ。


ヤツラハ・イタノカ


イヤ・タイケン・ソウケン・ミミカケ・ドレモイナイ


(ちッ、ハズレたか)


イーステリアの森で対峙した大剣巨躯や長身痩躯のような変異種、若しくはこっちで遭遇した騎兵長の少し耳が掛けた大柄なゴブリンがいれば、この場で各個撃破できると思ったんだが……


逆に敵方の主だった者全てが俺たちの本隊に向けられているとすれば急ぐ必要がある。


焦りを抑えつつも現状確認を進め、上位種のゴブリン・ウォリアーが一匹、大柄なゴブリン・ファイターが二匹、弓兵を含む一般的なゴブリン七匹の計十匹が守備に就いていると判明した。


新たな情報を加えて準備を済ませたところで、少し離れた南側の森から風に乗って微かに届く戦場の喧騒を拾い、皆のケモ耳がぴんっと立つ。


(始まったかッ、急がないとな!)


表情を引締めて頷き合った後、俺を含む魔術師たちは弓兵たちと別行動を取り、密かに小鬼族の村へと侵入して(はず)れにある木造建築の前で止まった。


「ワォ ガルォッ!! (よし、燃やせッ!!)」


「ガルゥ、ウォルォ (勿論だ、賢者殿)」


にぃっと口端を歪めながら悪い笑みを浮かべて、犬人族の炎使いクセルが両掌を胸の前で向かい合わせ、魔力の流れを収束させていく。


「ガルファウッ、クルォ ヴォアルフッ

(原初の焔よッ、全てを灰燼に帰せッ!!)」


両掌の間に生じた高温高密度の魔焔が、猟騎兵用の魔物を飼育する施設に撃ち出される。それは着弾と同時に壁面へとしつこく纏わりつき、徐々に火の手を広げながら帯びていた火属性魔力を減じて普通の炎となった。


「ガォウァオンッ! (次は煽るぞッ!)」


「グルァアァンッ!! (やってやるぜッ!!)」

「ウォフッ、クルァアァンッ! (風よッ、吹きすさべッ!)」


まだ内部にイノシシ型の魔物が居たらしく、騒がしい鳴き声が響く中でコボルト・メイジ二匹の御する魔法の風が炎をより一層燃え上がらせる!


「ギゥウッ、ギゥルアッ!! (炎がッ、敵襲だ!!)」


「ヴォルフ、ガルファ! (切り裂け、風刃ッ!)」


燃え盛る炎に惹かれて、こちらの様子を覗き込んできたゴブリンへと俺は即座に風刃の魔法を撃つ。


「ッ、ウァ……ァ、ギィァ………ッ」


疾風の刃が不運なゴブリンの顔面を潰して絶命させるが、先程の警告は村の防備に残ったゴブリンたちを招き寄せ、村の広場から駆けつけた大柄なゴブリン・ウォリアーの視線が俺たちを捉えた。


「ギィ、グァガルギア ギィルクッ!! (ちッ、あの犬どもを射殺せッ!!)」


怒鳴るように指示を飛ばしながら、家陰に紛れて動き出した麾下の弓兵たちを一瞥し、大柄なゴブリンが腰元の鞘から剣を引き抜く。


「ガドスラゥッ、ガディア! (叩き切ってやるッ、征くぞ!)」


「「「グオゥッ!!(応ッ!!)」」」


指揮官自らが白兵達を率い、こちらの魔法攻撃や弓矢を警戒しながら近接してくる。


一般に町や村などの建物が多い場所では襲撃を受けた際に相手の総数が判然とせず、それを知るためにも斬り込んでいくしかないからな……


(行動自体は及第点ではあるが、こちらに意識を取られ過ぎだ)


などと考えていたら、不意に物陰からゴブリンの弓兵たちが顔を覗かせてショートボウを構え、こちらに狙いを付けてきた。


「ギラゥアッ!!(当たれよッ!!)」


「ギアスレゥッ! (撃ち抜くッ!)」


短い掛け声と共に撃ち放たれた矢を物陰に隠れて躱しつつ、向かい側の家陰に隠れたクセルとノーアの無事を確認した後、少々反省をしておく。


「ガゥッ、グルゥ ウォルグァオォ (はッ、俺も意識を取られ過ぎだな)」


自戒しつつもそっと顔を出して敵方の弓兵達を窺うと、第二射を放つ間際の彼らを悲劇が襲っていた。


「ギャゥアッ!?ゲハッ……ゥ」


「ギィイッ、ギゥ……ッア……ッ」


突如飛来した矢に喉や胸を射抜かれた二匹のゴブリン弓兵が倒れ伏す。


別行動をしている遊撃隊の弓兵たちが猟犬としての本能を遺憾なく発揮し、気配を殺しながら燃え盛る炎と此方(おとり)に気を取られた連中の隙を突いたのだろう。


そしてまた、別の場所から哀れなゴブリンたちの悲鳴が上がる。


「ギャアァァアァッ!!」


「グァアァッ、ッ、ァア……」


俄かに騒がしくなっていく中で、焼打ちされた建物からは火の粉や燃え盛る木片が風に煽られて飛散し、今も近隣に延焼を広げて黒煙を立ち上らせていく。


「エ、エド ギラゥス……ッ!? (む、村が燃えて……ッ!?)」


その光景に一瞬だけ怯んだゴブリン・ファイターを狙い、無属性の純粋な魔力で構成された二つの魔弾をノーアが時間差を持たせて撃ち放つ。


「ギッ!? (なッ!?)」


小鬼族の戦士は初弾をかろうじて小盾で防ぐが、弾かれてガラ空きとなった胸元に追撃の次弾が直撃して致命傷を負う。


「グァルオォアゥ、ウォアゥ ガルォオオァウ

(悪く思わないでよ、こっちもやられたからね)」


「グッ、ウァ…… アァアァッ……ァ」


次々と守備に残った仲間の悲鳴が響く中、指揮官らしきゴブリン・ウォリアーが怒りを露にして叫び出す。


「ガレグドラッ、ギウス ギィラッ!!

(ふざけるなッ、何なんだコレはッ!!)」


何やら喚き散らす小鬼族の闘士へと、俺は腰元のシミターを鞘から引き抜きながらゆっくりと近づいて対峙した。


「ギゥルァアアッ!!(貴様ぁああッ)」


機先を制して、雄叫びと共に繰り出される渾身の袈裟切りをバックステップで躱し、身を屈めて脚に力を蓄え、低い姿勢から飛び込んで刹那の斬撃を放つ。


「シャアァアアッ!!」


裂帛の気合を乗せた一閃はゴブリン・ウォリアーが振り下ろした得物を引き戻す前に喉元を引き裂いた。


「ッ、ウゥ、ァアァ……ッウ……ッ」


「クァルォウァ (楽にしてやる)」


左掌を胸に押し当てながら魔力を収束させ、至近距離から風刃を打ち込んで無為な苦痛を終わらせる。直後に頽れる大柄な体を躱しながら曲刀を鞘に納め、感じていた気配へと俺は振り返った。


「ウォアルォオオン? ウォルォ (ここはこんなものか? 賢者殿)」


「ワゥ、ウァオン (あぁ、そうだな)」


ふらりと姿を現したオズワルドの言う通り、炎は程よく広がって狼煙を上げていた。あまりやり過ぎると牢屋付きの族長宅まで焼き払って、捕らわれているエルフや冒険者を死なせる事になり兼ねない。


(もう十分だな、次の行動は……)


少々思案した後に皆を呼び寄せて、付近の森で戦うゴブリンどもへ村を押さえた事を知らしめる咆哮を上げ、戦いの喧騒が聞こえてくる南側へと駆け出した。

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[気になる点] イーステリアの森で対峙した大剣巨躯や長身痩躯の変異種 ゴブリンの勇者が生き返ったことって確かしらないんじゃ?
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