取り敢えず、話ぐらい聞けよ……
居残り組の三匹が騒動に一枚噛んでいた頃の弓兵はというと……
コボルト族は案外、個性的な奴が多いと痛感していた。
「ガォウ、ヴルァ グルォアゥルォン
(だから、取り敢えず俺の話を聞け)」
「ヴァオ、クルァウ ガルォルァアァン!
(嫌だッ、聞いたら儂が納得するだろ!)」
三角立て耳で巨躯の犬人ブラウがそんな事を言いながら耳を両手で塞ぐ。くっ、納得させるために話すわけなんだが…… 疎林に控える奴の犬族達もうんうんと頷いていやがる。
「ウ~、グァウルォウ ガーウァオル キュオルァア~ン
(ん~、ブラウはいつもガーヴィ殿に丸め込まれてるから~)」
「…… アルォ、クォル ウォグルァ グォアルオォン?
(…… シロ、何気にうちの族長を貶さないでくれる?)」
相変わらず間延びした口調で話すのはフワっとした白い毛並みのシロで、その隣には精悍な白黒混毛の犬人ハスタが座している。なお、ハスタの群れはシロたちの厄介になっているため、彼らの背後には両方の犬族たちが集まり、聞き耳を立てていた。
実は彼らの勢力が数的には一番多い。ざっと見た感じだと、俺と同じ銀毛のシルヴァの率いるコボルト族の戦士が三十匹、ブラウも三十匹を擁し、ハスタとシロが従える戦士は四十匹ほどだ。
ここにG討伐のために集まったコボルト族の戦士たちは……… 纏まりを欠いていた。
(…… こいつら、単なる烏合の衆じゃないか)
俺は内心で溜息を吐く。
ゴブリンたちの村の偵察から帰った後、一緒に飯を食っている間は仲が良かったんだが…… 具体的な襲撃に関する案を俺が出したらややこしくなった。
今もブラウとシルヴァ、シロが喧々と主導権の取り合いをしているのを眺めながら、さっき貰った干し肉の残りを齧る。
(燻製、良いな…… 集落に帰ったらスミスに研究させて、皆で冬に備えて作ろう)
単に何かの木片で燻しただけの塩漬け肉であるが保存は利く。コボルト仕様の味覚では、しっかりと塩抜きしないと食べ難いが…… 犬と違ってある程度の塩分に対する耐性もあるので、古代の森のコボルト達のように多少の糧食の準備もできるというものだ。
彼らは干し肉の燻製に加えて、木の実などの3 ~ 4日分の食料を各群れで用意して集まったらしく、食糧調達をゴブリンたちの縄張りで行う必要がない。
まぁ、100匹前後のコボルトたちが食糧の現地調達に出れば、獲物以前にGとの遭遇を果たす確率が高く、捌いた際の血の匂いでこちらの野営地が露見する恐れもある。どうせ連中の村へ近づけば斥候に見つかるだろうが、できる限りそれを遅らせるに越したことはない。
(その辺りの統率は取れてるんだがなぁ……)
再度、意識を切り替えてブラウとシルヴァの話に傾注する。
「グゥ、ガァルオアァウ ガーウァ クァルグォ ワフィッ!!
(大体、共闘を持ち掛けたガーヴィが来ないのは何故だッ!!)」
「ガーウァガォ ヴォファ ファルウォルァウ? ヴォルオォオンッ!
(ガーヴィ様は60回目の春を越えられたのよ?無茶いわないのッ!)」
ん? エルダー種のコボルトはそんなに寿命があるのか……
「クッ、ガゥアッ、クオァルォオン! ルォウゥッ グォルァァアァンッ!!
(くッ、もういい、話では埒が明かん! いつも通り拳で語ろうではないかッ!!)」
「「「ウォオォオオオ―――ンッ!!」」」
ブラウが太い腕に力を籠めて突き出し、背後の立て耳コボルトたちが吠えて賛同の意を示す。因みに釣られた白黒コボルトたちの一部も吠えていたが、ハスタに睨まれてしゅんとなっている。
「ヴァ、グルゥガァウ クァアゥンッ!
(嫌よ、私が一方的に不利じゃないッ!)」
意を唱えるシルヴァは俺と違い真っ当なハイ・コボルトなので魔術師に分類される。つまり、すらりと引き締まった体躯をしているがブラウと殴り合うのは無理だろう。
コボルト同士の争いは致命傷を負わせないためにも、拳で行うことが暗黙の了解だ。そういう意味では、術士系のコボルトは群れで重宝されても一部の例外を除き族長にはなれない。
「ガウッ、クァルオオゥン、ヴァウ ガゥア?
(ちッ、軟弱なこと言いやがって、ハスタはどうだ?)」
「ガゥオ、アルォ?
(どうする、シロ?)」
仲間が世話になっている群れの纏め役をちらりと白黒混毛のコボルトが窺う。
「グルゥ クァル~ン、ヴァ、ヴァウ グルォアオゥ~
(僕も軟弱だからね~、じゃ、ハスタが僕らの代表で~)」
「「「ウォアアァア―――ンッ!!」」」
彼らに従う犬族たちが気勢を上げるが、今度はハスタも注意はせずにシルヴァと視線を合わせて確認する。
「グルォアォオン? グゥ ガゥオルアァン グオルヴァアウ……
(お前たちは良いのか? 後で文句を言われても筋違いになるぞ……)」
「クォッ、グゥッ! ワォア、グルォアオゥ ガルゥッ!
(ちょッ、もうッ! じゃあ、私たちの代表は彼よッ!)」
「ワフ?」
やにわにシルヴァに指差されてしまう。
「ウォ ヴォルファルォ ウォアァオウッ、ガルァアァン?
(その鍛え抜いた身体は飾りじゃないでしょ、いけるわよね?)」
「グルォン…… ウォオオアゥ グルァオオゥ?
(構わないが…… 勝ったら好きにさせてもらうぞ?)」
一応、釘を刺しておく。
「ガーウァガォ グルヴァルウォ…… グルォアン?
(ガーヴィ様と同じエルダー種なら…… 皆もいい?)」
「「「ワゥッ (あぁッ)」」」
シルヴァたちの後押しを受けながら他の二匹に合わせて立ち上がり、彼らと同じく動きを阻害する革鎧を外していく。その間に俺たちを取り巻いていたコボルトたちの輪が広がって疎林の中に多少の開けた空間ができていた。
と言っても、疎らに木は生えているが……
「クゥオァアァン、ルァウォル
(期待しているわよ、若き賢者)」
「ヴァウ、ウォルゥア キュオアァン ガルォオ~ン
(ハスタ、怪我したら治してあげるから頑張って~)」
などと気楽なことを言いながら銀と白の二匹のコボルトもここから離れて外側の輪に加わる。
「ワォア、ガォアル ウォルアゥウォオン
(じゃあ、最後に立っていた奴が勝ちだ)」
「…… ワォン
(…… 承知)」
ブラウの宣言にハスタが頷く。三匹で勝ち抜き戦をすれば、初戦を免除された一匹が有利になるため、同時に潰し合うようだが……
(あー、そうだな、普通はよそ者を先に潰すか……)
薄茶巨躯と白黒混毛の二匹のコボルトの鋭い視線がこちらに向く。その取り決めに対して、俺は同意を示すために頷きながら全身に地属性の魔力を漲らせ、ゆっくりと息を吐き出す。
「フウゥウ……ッ、ウォオォンッ!!」
【発動:金剛体(土属性型)】
瞬時にして鋼の如き筋肉を纏い、筋骨隆々とした体躯を晒す。
あっさりとシルヴァの推しを受けた俺だが、その理由の一端は純粋に戦うことが嫌いじゃないからだ。
(はッ、戦いたがる傭兵など三流じゃねぇかッ!!)
理性ではそう諫めるものの野生の本能が疼くのか、この体になってからどこか戦いを好む自分がいた。
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