世界樹には固有名称があります
アリスティアたちの先導の下、迷いの森を抜けるとそこには耕作地が広がり、ちらほらと小麦色の肌に銀糸の髪を持つ黒曜のエルフたちが農作業を行っていた。
基本的に都市外縁には人口を賄うだけの耕作地などが開墾されている。その広がり方にも法則性があり、都市から近い場所には手の掛かる繊細な作物の畑、離れるに従って頻繁に世話をする必要のない丈夫な作物の畑となる。
そして、何よりも視線を奪うのは距離があるのに目立つ世界樹だ。
「フワァ、ヴァウルガウ~ キュウッ♪
(ふわぁ、でっかい樹だね~ 兄ちゃん♪)」
「ワゥ…… 『あぁ……』」
妹が嬉しそうに声を弾ませて遠くに聳え立つ世界樹を見つめ、その隣では腕黒と蒼のコボルト二匹も遠近感を狂わせそうな巨木を眺めている。
「ガルォオウァアォン…… グゥァ
(この距離を考えれば…… 凄いな)」
「ワォオゥ (ホントだよぅ)」
…… 元は砂漠の民である俺にしても、初めて見る世界樹は感慨深いものがあった。
故郷である砂漠の国アトスは西方諸国と繋がる大規模な内海沿いに海岸平野と丘陵地があり、山脈付近の降雨地域もあるため農耕も可能であるが、国土の約40%が砂漠だ。勿論、世界樹などあるわけもない。
「どうです? 王都エルファストの世界樹 “永遠” は古代の森でも最大の高さで、約250m もあるのですよ」
世界樹に惹きつけられる俺たちにどや顔で侍従騎士のエルフ娘がそう言い放ち、種族的に薄い胸をえっへんと張る。
「…… 留守にしていたのは一月と少し程ですが、世界樹を眺めると感慨がありますね」
ちらりと横を見ると、アリスティアも目を細めてまだ先にある世界樹を眺めていた。
「グルゥアォオオゥ ガルァアァ、ウォア……
『棒立ちしていてもしょうがない、行くか……』」
「えぇ、そうですね」
未だ遠くに見える世界樹へと向け、時折、農作業に従事する黒曜のエルフたちの視線を受けながらも王都に延びる道をぞろぞろと歩いていく。
「…… ルヴォルウァン、クァルォウァ ウォルァウ
『…… 作付面積の割には、エルフたちの数が少ないな』」
「あー、それは黒曜の氏族が抗議集会に参加して農作業を放置しているからです」
俺の素朴な疑問に侍従騎士のレネイドが応え、そこにアリスティアが質問を重ねる。
「私の知るものと比べて、抗議集会の規模や様子はどうなっていますか?」
「ん~、規模自体は大きくなっていますが、エリザ殿の尽力で暴動と成りそうな雰囲気は減じています」
当初、抗議集会やデモを主導していたのは不満を持つ一部の黒曜のエルフたちで、改革穏健派にあたる彼らが氏族の者たちを集め、自由と平等を希求するものだったらしい。
だが、そこから実力行使を辞さない改革過激派の思想が生まれて力を持ち、一時期は暴動の危険もあったという……
それを抑えたのが保守過激派の宰相の御令嬢で、主導者たるデルフィスを失った保守穏健派を纏め、同じくマーカス暗殺により混迷する改革穏健派を支援したエリザ嬢とのことだ。
現状、黒曜の氏族を主体とする改革側では、穏健派が主流となりつつあるとレネイドは言う。
「そうですか、エリザが…… 策士策に溺れるタイプだと思っていたのですけど」
「…… 何気に酷評ですね、アリスティア様」
「いえ、年の近い友人だからこそ率直に言えるのです」
(…… 確かに、生まれを同じくする友は仲間内でも別格だな)
彼女の意見に同調しつつ、隣を歩く腕黒巨躯のコボルトを窺う。
「ガルォン、グルァ (どうした、大将)」
「グゥ、ガルゥオ『いや、何でもない』」
軽く返しておいて、エルフ娘達の会話に再び耳を傾ける。
「であれば、事態の収束も…… いえ、主導権を奪われつつある改革過激派の暴発が心配ですね。彼らも既に引き返しができない印象があります」
「マーカス司祭暗殺の件は調査中ですが、中央議会襲撃事件やデモ行進に紛れた暴力行為などは間違いなく彼らの仕業ですからね……」
まぁ、既に死傷者や被害を出している以上、その責任を問われずにはいられない。今更、引っ込みもつかないだろう……
「ウ、キュアンワファ? (う、兄ちゃんあれ何?)」
「ウォア…… ヴァングル『あれは…… 城だな』」
近付くに従って、徐々に大きくなる世界樹 “永遠” の根元から広がるエルフたちの街並みが見え、妹が世界樹を囲む大きな建築物を指差す。
高さが 250m 近くある世界樹が王都の中心に聳え立ち、その周囲を大きな建築物が囲んでいるため、一見すると世界樹の鉢植えのようにも思えるが…… きっと王城なのだろう。
そして、日が沈みつつある奇麗な夕焼け空に立ち上り、世界樹にアクセントを添える黒煙……
(………… 黒煙だとッ!?)
「クオルァウォォン、グルァ ヴァルクァオウゥ…… ジュルッ
(晩御飯の時間だから、皆で肉を焼いてるんだよぅ…… じゅるり)」
背後から蒼色巨躯のコボルトがのんびりとした雰囲気を醸し出しているが、そんな平和なものでもなさそうだ……
「これは…… 王城が攻められていると見るべきですね」
「急ぎましょうッ!!」
「ワォアン『そうだな』」
駆け足で間近となっていた王都の外縁部へと北側から踏み込むと、其処は煉瓦と木でできた2階建ての木造建築が並ぶ居住区となっていた。
整備された石畳の街路の脇には草木が青々と茂るが、路上の人影は少なめでどれも小麦色の肌をしたエルフのみだ。
彼らは皆、複雑な表情で王城から立ち上る煙を眺めていた。
「ッ、エルダー種のコボルト!?」
「コボルト族がどうして街に……」
こちらを見て何やら騒ぐ黒曜のエルフたちを無視し、通りを駆け抜けると街並みが少々変化し、何やら妙に凝ったデザインの建築物が並ぶ、鉄や薬草、薬品の匂いが漂う区画となった。そこでは青肌に黄金瞳を持つエルフたちがやはり不安そうに王城と世界樹を見上げている。
「弓兵殿、この先が白磁の居住区でそこを抜けると王城北門に辿り着きますッ」
「オフゥッ『待てッ』」
皆を先導するレネイドを止め、一際高い建物を見上げる。
(まぁ、落ちたら危ないが…… どこかの銀髪の魔女と違って飛翔はできないものの、落下速度を制御する風魔法ぐらいは使えるしな)
「どうかしたのですか、弓兵殿?」
「…… 青銅のエルフたちのギルド本部に何か用事でも」
どうやら、細部にまで拘って建築された無駄に芸術性を訴えてくる建物は技術者集団といわれる青肌エルフたちの本拠地らしい。
「ウォルルォアァン『物見台の代わりだ』」
疑問符を浮かべる翡翠眼のエルフ娘たちに短く答え、両脚に風魔法の旋風を纏わり付かせて跳躍し、ギルド本部が構造的に持つ凹凸を利用して天辺まで駆け上がっていく。
「ワゥアッ『よっとッ』」
最後に窓の張り出しを足場として跳躍し、屋根の端を右手でしっかりと掴んでよじ登った。
「ガゥッ、ガルォアァアン!『はッ、ばっちりじゃないか!』」
ざっと見渡した限り、このギルド本部はエルフたちの王都では城に次ぐ第二の高さの建物らしい、街の状況がよく見える。
…… ここから一望できる王都エルファストは恐らく俺たちが野営をした湖から延びる河が街にまで引き込まれ、所々に木々を植樹された自然と調和する美しい都市だ。
思わず本来の目的を忘れそうだ、いかんな…… 一度だけ瞑目し、視覚を魔力補強してから遠方を窺う。
(あれは、抗議集会とやらの連中か? こんな時まで王城に詰めかけようとするのは感心しないな……)
王城の西門から多少の距離がある場所では、白磁のエルフの居住区に食い込んだ千人以上のデモ隊を百余名ほどの衛兵たちが押し留めている。
その逆側となる東門は疎らな衛兵が城壁の内側を護るだけで、今のところは争いの場となっていないが…… 俺たちの進行方向にある王城北門では衛兵隊が城壁を活用しつつ、凡そ倍数の武装した過激派たちを押さえていた。
(南門はここからは見えないにしろ、微かに響く音、立ち上る煙から判断するにそちらの方が激戦といった感じか…… 城内にアリスティアたちを届けるとすれば、東門からだな)
ざっと考えを纏めた後、昇った時のほぼ逆順で街路へ降りていくと、そこには青肌のエルフの男が一人増えていた……
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最近は新規の読者様が減っているので、後は下がるだけかもしれませんが、
頑張って更新していきますので、ご愛読願います!!




