エピローグ「北の地に訪れる春」
長い冬が終わりを告げ、アイゼンベルク領にも遅い春がやってきた。
分厚い氷に閉ざされていた大地からは、可憐な花々が顔を出し、雪解け水が小川となってさらさらと流れている。
城の中庭にある温室では、リウが苗の手入れをしていた。
以前は雪に埋もれていたこの場所も、ジークハルトがリウのために整備し直し、今では様々な薬草や果樹が育てられている。
特に大切にされているのは、南国から移植されたカカオの木だ。
魔導装置による温度管理のおかげで、小さな実をつけ始めていた。
「おはよう、リウ」
朝の散歩にやってきたジークハルトが、背後からリウを抱きしめた。
その表情は穏やかで、かつての「氷血公爵」と呼ばれた頃の険しさは微塵もない。
領民たちの間でも、公爵が変わったという噂は広まっていた。
冷酷だった領主が、妻を娶ってからというもの、慈悲深く、温かい政策を行うようになったと。
リウの作ったお菓子が城下町で振る舞われることもあり、「公爵夫人の奇跡の菓子」として大人気となっていた。
「おはようございます、ジークハルト様。見てください、カカオの実が大きくなりましたよ」
「ほう……。これでお前の菓子がまた食べられるわけか」
「ふふ、気が早いですよ。収穫はまだ先です」
二人は顔を見合わせて笑った。
足元では、少し大きくなったブランが、蝶々を追いかけて飛び跳ねている。
リウは今、心から幸せだった。
誰にも必要とされなかった自分が、この北の地で、大切な家族と居場所を見つけた。
手には愛する人の温もりがあり、胸には溢れんばかりの希望がある。
「リウ」
「はい」
「愛している。これからもずっと、私の太陽でいてくれ」
ジークハルトの言葉に、リウは満開の笑顔で応えた。
「はい。……約束します、あなただけのパティシエとして。そして、あなたの番として」
春の柔らかな日差しが、二人を優しく包み込んでいた。
甘いお菓子の香りと共に、彼らの愛の物語は、これからもずっと続いていくことだろう。
雪解けの季節に、永遠に溶けない愛を誓って。




