第11話「溶けた呪いと最愛の口づけ」
夜の帳が下りた執務室のバルコニーに、二人の人影があった。
ジークハルトは、リウを寒さから守るように毛皮のマントで包み込み、その肩を抱いている。
眼下には、城下町の明かりが星の海のように広がっていた。
時折、冬の夜空に魔術による花火が打ち上がり、雪原を七色に染め上げる。
「……綺麗ですね」
リウが白い息を吐きながらつぶやくと、ジークハルトは愛おしげにリウの髪に口づけた。
「ああ。だが、私の目にはお前の方がずっと美しく映る」
「も、もう……旦那様ったら」
リウは顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯いた。
最近のジークハルトは、甘い言葉を惜しみなく囁いてくる。そのたびにリウの心臓は破裂しそうになるのだ。
「リウ。今日は『祈りの日』だ。……私からも、お前に渡したいものがある」
ジークハルトは懐から、小さなベルベットの小箱を取り出した。
パカッ、と開けると、そこには氷の結晶を模した、美しいダイヤモンドのネックレスが収められていた。
その輝きは、まるで北の夜空そのものを切り取ったようだ。
「こ、こんな高価なもの……! 」
「私の瞳と同じ色だ。……これをつけていれば、たとえ離れていても、私が常にお前を守っている」
ジークハルトはリウの首にネックレスをかけ、その冷たい鎖の感触にリウが身震いすると、すぐに温かい手で首筋を覆った。
「ありがとう、ございます……。大切にします、一生……」
リウは胸元の宝石を握りしめ、涙ぐんだ。
そして、意を決して、背後に隠していたバスケットを差し出した。
「あの、僕からも……これ、受け取ってください」
ジークハルトがバスケットを受け取り、中の箱を開ける。
そこには、宝石のように輝く「オペラ」が鎮座していた。
「……これは」
「聖ヴァレンティヌスの祈りを込めて作りました。……旦那様の心が、もっと自由になれますように。そして、ずっと一緒にいられますようにって」
ジークハルトは、しばらく言葉を失っていた。
そのケーキから溢れ出る魔力の奔流に、圧倒されていたのだ。
ただの癒やしではない。もっと深く、熱く、根源的な「愛」の波動。
それが、ジークハルトの体内に巣食う「氷の呪い」――過剰な魔力による侵食――を、根本から浄化しようとしていた。
「……頂こう」
ジークハルトは、用意されていたフォークでケーキの一角を切り取った。
美しい層が露わになる。
口に運ぶと、濃厚なチョコレートとコーヒーの香りが爆発した。
苦味、甘味、コク、香り。それらが複雑に絡み合い、極上のシンフォニーを奏でる。
そして、飲み込んだ瞬間。
ドクンッ!!
ジークハルトの心臓が、大きく脈打った。
体の中を駆け巡っていた冷たい嵐が、完全に止んだ。
代わりに満ちてきたのは、春の陽だまりのような温かさと、満ち足りた幸福感。
長年、彼を苦しめていた魔力の暴走への恐怖も、孤独な寒さも、全てがリウの愛によって溶かされたのだ。
「……リウ」
ジークハルトはフォークを置き、リウを強く抱きしめた。
その腕の力強さに、リウは少しだけ苦しくなったが、それ以上に嬉しさが勝った。
「お前の愛が、私を救った。……もう、何も恐れるものはない」
ジークハルトの瞳から、氷のような冷徹さは完全に消え去り、ただ一途な情熱だけが揺らめいていた。
「愛している、リウ。……契約などではない。私の番として、妻として、永遠にそばにいてくれ」
その言葉を聞いた瞬間、リウの瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「はい……っ! 僕も、愛しています……ジークハルト様……っ!」
初めて名前を呼んだ。
ジークハルトは満足げに微笑み、リウの顎をすくい上げた。
ゆっくりと顔が近づき、吐息が触れ合う。
そして、二人の唇が重なった。
チョコレートのように甘く、とろけるような口づけ。
雪が舞うバルコニーで、二人は何度も確かめ合うように口づけを交わした。
冷たいはずの北の夜は、二人の熱によって、どこまでも温かく燃え上がっていた。
遠くで打ち上がる花火の光が、二人の影を一つに重ねていた。




