44、『困惑』の求婚②
イリッツァ・オームは正直、ちょっとやそこらのことでは動揺しない自信があった。
見た目は十五歳だが、実際は三十年分の経験がある。特に、前半の十五年分の経験は、世界でも指折りの数奇な人生経験を積んだ自負がある。聖女と英雄の間に生まれ、聖人であることをひた隠しに王国最強の剣士として振る舞い、最後はあの壮絶な最期を迎えた。後半の十五年だって、転生などというわけのわからない状態を受け入れざるを得なかったり、男としての記憶を保持したまま女として生きる羽目になったり、聖女であることを隠してみたり、親友の死に直面して神の奇跡を起こしてみせたりした。絶対に神など信じないと豪語して三十年生きてきた男に、神の奇跡を信じさせるという世にも珍しい光景を目にしたのは、つい昨日のことだ。
こんなにも驚きの連続だった以上、自分の度肝を抜くような驚きは、もう起きるわけがない――そう思っていた。
つい、先ほどまで。
「――――――…」
まるで己の部屋だと言わんばかりに当たり前に連行されたイリッツァの部屋。ダニエルはもう少し女らしい内装にしてもいいと何度か言ってくれたが、モノトーンを基調とした落ち着いた色合いは、決してダニエルに遠慮したからでも清貧を愛すエルム教徒としての矜持からでもない。――単純に、ピンクだのオレンジだの、一般的に女性らしいと言われる色合いに囲まれる生活など、心の中にある半分の男の記憶が拒否反応を示しただけだ。
十五年慣れ親しんだはずのその部屋で、イリッツァは、つい数日前まではこうして対話することすら不可能だとあきらめていた男を顔を見上げた。
記憶にあるよりも、精悍で男らしい顔つき。前世で一緒にいた当時からマセガキだったのは変わらないが、それでも記憶の中では、ほんのりと少年らしさが垣間見えた。後半は青年らしさが前面に出ていた。――今は、どちらかというと『漢』っぽい。顔のつくりは大して変わっていないはずなのに、少年らしさも青年らしさも鳴りを潜め、落ち着いた大人の色香が前面に押し出されている。顔のつくりは似ていないが、雰囲気が似ているのは、記憶の中の本物の父。今のカルヴァンと同じ役職だった彼は、寡黙で息子を褒めることなどなく、厳格で生物としての雄らしさを前面に押し出したような、漢らしい男だった。
だが、その認識も、昨日までで終わった。
少なくとも父は――こんな、すれ違う女という女をすべからく誑かすような、むせ返る色気を発することなど生涯一度もなかっただろう。
「――――――――――――…えっと」
イリッツァは、つい先ほどまで自分の中で描いていた驚愕度合いの限界点を軽々と超えていったカルヴァンを前に、逃げ腰になりながら何とか声を絞り出す。――未だに、手を離してくれない。
「そろそろ、手を離してほしいんだけど」
「嫌だ。手を離したら、お前、逃げるだろ」
「当たり前だ!!!」
間髪入れず叫ぶように答える。何が悲しくて、野郎と二人、仲良くお手々をつながなければならないのか。それも、かれこれ二十年以上の付き合いになる旧知の友人相手に。
イリッツァは、これ以上ないほど顔をしかめ――呻くように尋ねる。いったん、手を離してもらえないことは諦めた。
「お前、さっきの――まさかとは思うけど…冗談、だよな…?」
「本気だ。――当たり前だろう」
ニッと色気のある顔で自信満々に笑われて、絶望的な気持ちで空いているほうの右手で額を覆う。――頼むから、嘘だ冗談だと言ってほしかった。
「勘弁してくれ――…俺、半分男だぞ」
「半分、だろ。半分は女だって、昨日自分で言ってたのはどいつだ。体はどこからどう見ても女だし」
何の問題もない、と言わんばかりのカルヴァンに、ぐうの音も出ずうなだれる。
(そうだ、こういうやつだった。女性に関しては恐ろしく守備範囲の広い男だった)
下半身が反応しさえすれば誰でもいい、と豪語していた昔の記憶を掘り返す。そういえば、ボーイッシュな女も男以上に豪胆な性格の女も、涼しい顔で何人も食い散らかしていた。女らしくない女、男っぽい女であっても、この女たらしにとっては躊躇する要素にはなりえないのだろう。
「いや…男とか女とか、その前に――だって、お前…『俺』だぞ」
イリッツァは、どうにかして親友に冷静になってほしくて、攻め方を変更する。
今の自分は、イリッツァなのか、リツィードなのか――そんな境目など、転生して十五年も経てば、正直自分の中ですら曖昧だ。素の口調はリツィードだが、昔のように男社会にまみれて生きろと仮に言われて受け入れられるかと言われればやや遠慮したくなる程度には、女社会に慣れた性格はイリッツァのものだろう。昔は「可愛い」と言われると女顔をからかわれていると嫌な気持ちになったものだが、今は普通に褒め言葉として受け入れられるのも、イリッツァとしての女の十五年があったからだ。
だが、今それを認めるわけにはいかない。
カルヴァンの前では、『リツィード・ガエル』でいなければならない。
そうでなければ――そう、己の貞操が本気で危うい。
イリッツァの渾身の反論に、少しカルヴァンは視線をさまよわせ何かを考え――
「いや、大丈夫。アリだ」
「ナシだろ!!!!!!」
全力でツッコミを入れる。
カルヴァンは、手をつかんでいるのとは逆の手で、左耳を軽く掻いた。
「何が問題だ?顔か?――そこは妥協しろ」
「そこじゃない!」
「ならなんだ。――あぁ、安心しろ。『初めて』でも、ちゃんと気持ち良くしてやる」
「何を安心しろと!!!?」
かぁっと顔に赤みが差す。カルヴァンの下ネタなど、昔は通常運転だったが――まさか、自分に向けられて発されることなど、ありえなかった。昔なら「お前、最低だな」と呆れて嘆息するだけで流せたはずのそれに、みっともないくらい動揺する。
イリッツァの反応を見て、カルヴァンは一瞬驚いたような顔をし――ふっ、と嫌になるほど色っぽい顔で笑う。
「何だ、その顔。――ちゃんと、女らしい顔、出来るじゃないか」
「はっ…はぁああっ!?」
「長い付き合いだが、お前のそういう顔は見たことない」
「当たり前だ!!!!」
何せ、色事などとは無縁の生活を三十年送ってきたのだ。聖職者になることをこれっぽっちも疑わず生きて来て、どうして色恋沙汰に直面して羞恥で顔を赤らめるような事態が起きようか。しかも相手は、色恋に関しては一枚も二枚も――五枚も十枚も百枚も上手な、あの生粋の女ったらしだ。
カルヴァンは、真っ赤になったイリッツァなど気にする様子もなく、ぐっとつないだ手を引き寄せ、彼女の細い腰に腕を回して顔を近寄せた。
「ちっ――近い近い近い近い!」
「今朝までは、普通にリツィードと変わらないと思ってたが――お前がそうやって真っ赤になって恥じらう顔は、なかなかいい。ぐっとくる」
「はいいいいい!!!?おっ、おまっ…眼ぇ腐ってんじゃねぇの!!?」
「形だけの仮面夫婦になるかと思っていたが――案外、普通に抱けそうな気がしてきた」
「む――無理無理無理無理!!」
今までの人生でこんなに他人と近づいたことなどない、という距離でぞくぞくするような声音で囁かれ、全力で抵抗しながら首を振る。貞操の危機が本格的すぎて怖い。
「第一お前っ…生涯誰とも結婚する気はないって言ってただろ!初志貫徹しろ!」
「言っただろ。タイプじゃない女と結婚する気がないだけだ」
「お前に女のタイプなんてないだろーーーーーーーーーーー!!!!」
近距離で必死に抵抗しながら叫ぶ。昔から来るもの拒まずで誰でもつまみ食いするカルヴァンに、女のタイプなどあるはずがない。
しかしカルヴァンは、思いのほか冷静な顔で反論した。
「失礼だな。俺にも女のタイプくらいある」
「へっ!?」
「主に外見だが」
言ってから、さらりとイリッツァの青みがかかった髪を一房手に取り、軽く口づける。かっとイリッツァの顔がさらに紅潮するのを見て、にやりと笑って、カルヴァンは口づけたままつづけた。
「髪は癖がないくらいにまっすぐでサラサラで――青みがかかった、不思議な銀髪」
「は――――」
「冷ややかな冬の湖面みたいな、薄青の瞳」
「――――――――は――――――?」
「雪よりも白い肌だと、最高だな。――跡を付けたらさぞ綺麗に映えるだろう」
「――――――――いや。いやいやいやいやいやいや」
にやり、と片頬をゆがめて意地悪に笑ったカルヴァンを前に、ぶわっと全身から冷や汗が噴き出す。
「お前、何適当なこと言って――」
「昔からだ。――俺が、生れて始めて、外見だけで声を失うくらい綺麗だと思った女は、今も昔も一人だけだ」
「へ――――」
「性格は、雪女よりも冷たくて、男女として付き合うのは絶対に御免だと思ったが。外見だけなら、誰よりも綺麗だと見惚れた」
「――――――」
てっきり、今の自分の外見を挙げているのかと思った口説き文句の真意を、イリッツァはぱちぱちと瞬きをして受け入れる。
それはつまり――
「え、母さん…?」
「あぁ」
「――――え、嘘、お前、マジで熟女趣味だったのか」
「失礼な奴だな。外見だけなら十代って言っても信じられるくらい年齢不詳だっただろ、あの人」
少しむっとした表情で反論され――自分の予想が当たっていたことに、イリッツァは再び驚愕記録を更新した。
「お、お前――昔、そんなこと、ひとこともっ…!」
「当たり前だろ。親友の母親が女としてものすごくタイプな外見なんだ、って、どの面下げて言えるんだ。まして、あの人をそういう目で見るなんてありえないっていう風潮だったし――万が一にも師匠の耳に入ったら、師匠に殺されそうだったし」
「――――…まぁ…剣で真っ二つか…魔法で一瞬で消し炭にされるか、どっちかだろうな…」
涼しい顔をして、意外と自分の妻を溺愛していたらしい父親にそんなことが露見すれば、間違いなくその逆鱗に触れ、冗談では済まなかっただろう。イリッツァは、ひくり、と顔をひきつらせた。
「どんなに美人と評判の女でも、あの人と比べると足元にも及ばない。――もし、どうしても一人の人間に縛られて結婚しないといけない羽目になるのなら、世界一の美女レベルじゃないと割に合わないだろ」
誰にも縛られたくない、と言って『タイプじゃない』と結婚を退けていた親友の、十五年越しの本音を聞いて、思わず呆れて言葉を失う。まさか、あの軽口が、意外と本気で叩かれていたとは夢にも思わなかった。
飄々と嘯いたカルヴァンは、腕の中にいるイリッツァに視線を落とす。
「その点、お前はよくやった。よくぞその顔で生まれてきてくれた。――お前の顔なら、結婚も悪くない」
ハッ…!と我に帰り、再び冷や汗が出て来る。
「いっ…いやいやいやいやいや!!!飽きる!飽きるって!ほら、美人は三日で飽きるってよく言うじゃん!やめよう!やめておこう!ほら、気をしっかり持て、カルヴァン!お前は退屈とか嫌いな性格のはずだ!」
「いや、絶対に飽きない」
「なんで言い切れるんだよ!」
「――――だって、性格は、リツィードなんだろう」
「――――――――――へ――?」
何を当たり前のことを、という様子で言われて、イリッツァはきょとん、と目の前の灰褐色の瞳を見返した。
昔と変わらない瞳は、じっと少女の顔を見つめる。――男としてではなく、昔と変わらぬ友の顔で。
「昔から、誰より長くずっと一緒にいたのはお前だけだ。毎日毎日、学校でも剣の稽古でも顔を合わせていたし――十歳で兵団入りしてからは、兵舎でずっと同室で一緒に暮らしてたんだぞ。その間、一回も、一緒にいて飽きたことなんてなかった」
「………いや…それは、そう…かも、だけど…」
「誰かに、何かに縛られるのなんて、未だに御免だと本気で思っているが――お前ならいい、と思って、昔、腹をくくって友人になった。結婚なんていう制度は、俺に言わせれば妻だの家だのに縛られる不自由極まりない生活だと思っているが――縛られる相手がお前なら、まぁ、昔と変わらない。お前が俺の手を取るなら、俺もお前の手を取る。そう言う約束だっただろう」
「――――――――」
(あ――やばい)
イリッツァは、ぐっと眉間にしわを寄せて、一瞬押し寄せた感情の波をやり過ごす。
少し――ほんの少しだけ、絆されそうになった。
唯一無二の親友が取ってくれた手を握り返して――彼の『特別』になる人生も、悪くないのではと、思ってしまった。
(しっかりしろ、俺。聖職者だろ、お前は)
死後、『愚かな聖女』と呼ばれたかつての母を思い出し、心の中で叱咤する。
聖職者が、『特別』な相手を作ると、ろくなことにならない、というお手本のような女だった。全ての責務を投げ出してこの世を去った彼女は、本来守るべきだった王国民を混乱の渦に巻き込んで、不幸の道へと進ませた。
そして――リツィードもまた、同じだった。
聖職者になるまで、という条件に甘えて、カルヴァンという『特別』な親友を作ってしまったせいで、聖人の責務から半年も逃げてしまった。結果、取り返しのつかない事態になってから、命を持って償うしかなかった。
(聖職者は、孤独から逃げてはいけない)
前世からずっと繰り返されてきた教えを、再度心に刻む。
孤独を恐れてはいけない。誰の手も取ってはいけない。全ての人に手を差し伸べるために、宙に浮いた市井の孤独な手を自分から取ってもいいが――相手から握られたら、決して握り返してはいけない。それが、聖職者の掟だ。誰かの『手を取る』という幸せを相手に教えることが目的だから。――自分以外の誰かと、手を取り合う『勇気』をもたらすことが、聖職者の役目だから。
それを喜びと感じられないものは、聖職者に向かない。還俗して、市井に還ることを進められる。
だが――聖女たる自分に、そんな道など、残されていようはずもなかった。
「――ごめん、ヴィー。やっぱり、無理だ」
そっと厚い胸板を押し返すようにして、静かに口を開く。
真摯な声で――誠実に。
今まで、外見のせいか、色々な人にそれなりに好意を寄せられてきた。フランドルも、リアムも、そうだ。
だけど――その誰に対してよりも誠実に、言葉を紡ぐ。
「俺は、聖職者で――聖女なんだ。誰かの手を取ることは出来るけど――握られた手を、握り返すことは、出来ない」
「――――――」
「お前のことは、大好きだよ。今も、昔も。本当に、心から、親友だと思ってた。今も――思ってる」
そして、静かに目を伏せる。
「でも――やっぱり、俺は、後悔してる。十五年前、お前に嫌われてもいいから、さっさと名乗り出ればよかった。そうすれば、王都の民は闇の魔法使いなんかの手に落ちることはなかったし、皆、神の化身と信じる聖人に石を投げたり火をかけたり、そんな罪深いことをしなくてよかった。あの日のことを気に病んで、自ら命を絶ったり、心を病んだ人が多くいたって、後から知った時は、やっぱり心が痛んだんだ」
間接的に、自分のせいで、不幸になった人間がいる。
それは、聖職者として生きてきたリツィードにとって、何よりも辛い事実だった。
「聖女とか聖人とか――そういうのは、本来、表社会に現れたらいけないんだよ。人の心を、簡単に惑わす。本当は強く生きられるはずの心を依存させて、弱らせてしまう。だから、出来ることならこのまま隠れて生きていたかったけど――露見したなら、もう、仕方ない。弱った人の心ごと、俺が、全員を救うしか、道はないだろ」
聖女なら、救える。
王国に強力な結界を張って、悪しき物を遠ざけて。弱った民に神の言葉を授け、奮い立たせる。
それが――残りの人生で、イリッツァがすべきこと。前世でその責からみっともなく逃げた自分に課された、使命なのだろう。
それこそが――カルヴァンに会いたい、などという聖人にあるまじき願いを抱いた見返りだ。神は、その過ぎた願いを叶えた。ならば自分も、神から与えられた使命を果たさなければならない。
「結婚しても、聖女の務めは果たせるだろう」
「はは…ダメだって。お前と一緒に暮らす毎日は、すごく楽しいだろうけど――でも、ダメだ。情が移る」
イリッツァは、眉根を寄せて、無理矢理笑顔を作る。
「もし、人の手には負えないほどの魔の脅威が迫ったとして――そうすれば、騎士団は、必ず派遣される。その時、一緒に暮らしてたら俺は――きっと、お前を、引き留めてしまう。もう二度と――――二度と、あんな想いは、ごめんだ…」
ぐ、と気丈に作ったはずの笑顔が崩れる。
数日前の光景が目の前によみがえった。
何度呼びかけても答えない体。息を吹き返さない唇。どんどん冷たくなる四肢。真紅の衣が、赤黒く染まっていた、あの絶望。
同じことが起きたら――きっと、どんな国の脅威が迫っていようと、何をおいてもカルヴァンを優先してしまう。あの時だって、イリッツァにとってカルヴァンが『特別』でなければ――きっと、もう少し、救えた命があったはずだ。
それが、聖女が『特別』を作ることの弊害。
本来救えるべき命を、心を、救えない。
「今なら情が移らない、と?」
「うーん…どうだろうな。正直、もう、取り返しのつかないくらい移ってる自覚はある。――だから、もう、これ以上は、ダメなんだ。孤独と向き合い、孤独と生きるのが聖職者だ。お前は俺を独りにしたくないって言ってくれるけど――その気持ちはありがたいけど、本当に、俺、平気なんだ。聖職者っていうのはそういうもんだし――俺は、独りだったお前が俺の手を取ってくれただけで、本当にうれしかった。出会ったころ、あんなに頑なにだったお前が、誰かの手を取る勇気を出してくれたことが、本当に幸せだった。お前を救えたことは、俺の人生で数少ない成功体験だよ。だから、お前が幸せなら、俺は、孤独とか――寂しい、とか、感じない。本当だ」
「――――…本気で言ってるのか」
「もちろん」
笑顔で言い切る。カルヴァンは、灰褐色の瞳を少し伏せ、じっと一点を見つめた。
「…ヴィー…?……わかって、くれたか…?」
思案顔になった友人に、優しく声をかけると。
「は?――――馬鹿が、納得するわけないだろう」
「は!!!!?」
きっぱりと、何の躊躇もなく言い切られ、思わず声が裏返る。
「いやいやいやいや、今のは『お前が本気なら、それでいい』って殊勝に物わかり良く引き下がるところだろ!!!?空気読めよ!!!!」
「阿呆か。昨夜言っただろう。お前のその不幸体質、絶対に治してやる。俺は絶対に認めない」
「なんでだよ!!!認めろよ!!!!さっき神妙な顔で考えてたのは何だったんだよ!!」
「…どうしたらお前に聖女としての責務とやらを放棄させられるかを考えてた。お前が言うところの、俺の手を握り返させるにはどうしたらいいんだ?」
思わず絶句してイリッツァは黙った。カルヴァンの灰色の目は、全く笑っていない。真剣そのものだ。
ひたり、と灰褐色の瞳がイリッツァの薄青の瞳で止まる。
「――――…さすがに、王都に着く前に処女性がなくなってたら、聖女として認められなくなるか?」
「は――――?」
真剣につぶやかれたかと思うと――気づいたら、ドサッと体ごとベッドに投げ出されていた。
「い――――いやいやいやいやいや!!!!!ちょ――おま、待て!!!何考えてる!!?」
「大丈夫。これはリツィードじゃない。大丈夫、女だ。しかも、外見がすごくタイプの。――よし、抱ける」
「何一つ大丈夫じゃない!!!」
そんな、必死に自分に暗示をかけるように何度もつぶやきながら抱かれるなんて冗談ではない。
「うるさいな…少しはさっきみたいな色っぽい顔をしてろ。興がそがれる」
「絶っっ対に断る!!!!」
手も足も使って、全力で抵抗する。どんなに鍛錬を重ねていたとしても、屈強な戦士たるカルヴァンに敵うはずがないが――今ほど、女に生まれたことを後悔したことはない。
「なんっでお前はそう強引で――すぐに下半身で物事を考えるんだ!」
「うるさい、色々面倒になったんだ。最初から、さっさとこうすればよかった」
「よくねぇええええええええ!!!!!」
魂の叫びを迸らせたその時――
コンコンコン
二人の間に割って入るように、ノックの音が鳴り響いた。




