23、『不吉』の前兆①
リアム・カダートは、今日ほど神に感謝した日はない。
やっと憧れの騎士団員になれたと思ったら、配属されたのは考えが読めない優秀すぎる上官の補佐官。優秀なだけならいいが、考えの背景を周囲に全く教えないまま、自由気ままな振る舞いばかりするから、いつだって尻拭いに奔走させられた。新人が入ってくるたびに怯えて付いていけないと彼らが零せば、必死に影で説得して潤滑油として東へ西へと飛び回った。最近では騎士団としては全く関係ない団長の個人的な案件――王族との婚姻に関する交渉とかスケジュール調整とか――まで請け負う始末だ。正直、もっと報われてもいいと常々思っていた。
それが、今は――
「リアムさんは本当にすごいですね!上官がそんなに自由奔放だと大変そうですけど…本当に尊敬します」
「いやいや、それほどでも…」
これ以上ないほどに鼻の下を伸ばしながらデレデレと答える。過去誰一人ねぎらってくれなかった仕事を、この世のものとは思えぬほどの美少女が、こんなに手放しで褒めてくれるというのだから、もしかして自分は本当に今日この日のために生きてきたのかもしれない。
弱冠十五歳の少女の薄青の瞳が優しく緩むのを見て、リアムはそんなことを考えていた。祈りを終えて、表に上官を待たせている身であるにもかかわらず、誰もいない礼拝堂のベンチに腰掛けてつい会話に花が咲けば、この時間が永遠に続けばいいとすら思ってしまう。
(――でも、さすがにこれで帰ったら、団長に怒られるよな…)
もともとが真面目な青年であるリアムは、仕事人間である自分の性格に心の中で苦笑してから、それまでの雑談と変わらない表情とトーンのまま、さらりと今日の目的に触れることにした。
「そういうイリッツァさんこそ…昨日、領民の皆さんから聞いたのですが――貴女は、優しく敬虔な信徒であるだけではなく、光魔法も大変得意だとか。幼いころから、神童と呼ばれていたと聞いていますよ」
「え――あぁ…皆が大げさに言っているだけですよ」
急に自分の話になったので、一瞬目を瞬かせたものの、イリッツァは少し困った顔で答えた。
「いやいや、そんなご謙遜を。聖人祭の儀式にも、司祭様と一緒に祭壇に上がってお手伝いをするとか」
「あぁ――…はい。司祭様が引退なさったら、次は私が後を継いでこのナイードの司祭になる可能性が高いですから。今から、色々な儀式の方法や魔法について、早く学んでおこうと思っているだけですよ」
「そうなんですか、なんと勤勉な…!ますます好きです」
「――――――…ありがとうございます」
どさくさに紛れて愛の告白をしてくるリアムに、ひく、と片頬を引きつらせてから、完璧な聖女の微笑みで返す。
(あぁ…相手を傷つけないように配慮しながらも、「お仕事」用の笑顔で返すことで絶対に希望はないと悟らせる、その完璧な対応――そんなちょっとつれないところも、お仕事用とわかっていても見惚れてしまうほどの笑顔も、全部全部大好きです)
リアムは心の中でもう一度告白をしてから、切り替えるようにコホン、と咳払いをした。
「ですが、司祭になるとなれば、『お手伝い』ではいられないでしょう。まして、聖人様の結界効力が消えたとされる昨今、今後魔物の勢力は活発になるばかり――領民にも領地にも、魔物の魔の手を伸ばさないためには、それなりに強力な結界を張れるようにならなければなりませんよね」
「…?は、はい…それは、もちろん――」
「そこで疑問なんですが――正直なところ、イリッツァさんは、どれくらい強力な結界を張ることが出来るんですか?」
「――――――――」
ぱちり、と一度だけ薄青の瞳が瞬き――すっと、まっすぐにリアムを見据える。
先ほどまでの完璧な聖女の笑みが一瞬掻き消え、代わりに現れた冬の湖面のようなその瞳に見据えられ、リアムは一瞬息をのんだ。先ほどまでのように、惚れた弱みからではない。
ぞくり――と。
背筋に、何かが這った気配があったからだ。
(…これは…大当たり、ですかね…?)
一瞬だけひやっとした背中に、リアムは確信を深めた。その視線は、記録や報告にあるような、のんきにぬくぬくと、朗らかに与えられるものを平和に享受するだけで生きてきた少女が出来るものとは到底思えなかった。
「奇跡の領地と呼ばれるこのナイードを、ずっと守り通すのは大変なことですが――オーム司祭は、大変失礼ながら、さほど強力な魔力を有していないと記録で目にしたことがありますから、イリッツァさんのが『お手伝い』で補佐しているのはどれくらいなんだろう、と思いまして」
「――――――」
(だんまり、か…)
それはある種正解だ。カルヴァンの頭脳についていけるほどの優秀な頭脳を持つリアムを相手にするには、余計なことを言ってぼろを出すより、多少の不信感を抱かせたとしてもまずはその言葉の意図を探る方が優先度は高い。
ひんやりとした礼拝堂に、それ以上に冷たい沈黙が下りた。
「――――――…質問の、意図がよくわかりません」
最初に沈黙を破ったのはイリッツァだった。ふ、と薄青の瞳を伏せると、表情が読めなくなる。
「意図もなにも――そのままですよ。イリッツァさんの光魔法の実力が知りたい。それだけです」
「…それを知って、どうするのですか?まさか、女のくせに司祭になるなんて生意気だ、とでも?」
「いやいや、まさか。王立教会の副司祭は二人とも女性ですよ。神聖なる職務に就くのに、優秀さは必要ですが、性別なんて関係ありません」
「では――やはり、質問の意図がわかりません。昨日の装備を見る限り、今回の貴方たちの目的は魔物討伐ではないのですか?ナイードの周辺に魔物は出ていないはずですよ。それなのに――遠征途中で、たまたま立ち寄っただけの、天下の騎士団長率いる騎士団一行が、何の問題も起きていない領地で、進軍を一時停滞させてまで聞きたいことが、それですか?」
(――――この子…気づいてる…?)
ピリッと背筋を緊張させて、ぐっとこぶしを握りこんだ。
今年十五になるこの少女は、報告でも記録でも、ここナイードから出たことがないはずだった。それにしては、おかしなことが多すぎる。
まず、騎士団の装備を見ただけで、それが魔物討伐のものだと気づいたこと。戦士の集団を見て、装束の違いから、騎士団か兵団かの違いに気づくものは多いが、装備の違いで魔物討伐かそれ以外の遠征かを区別するものは、軍事関係者か国政の中心者でもない限りめったにいない。
さらに、立ち寄った領地に一団が一泊し、一見世間話の延長でしかない質問を受けただけで、そこに何か意図があると気づいている。
(――――何者だ…?)
リアムは、先ほどまでの色恋に浮かれた頭に冷水を浴びせられたように、警戒を強めていく。
「リアムさん。――逆に、質問しても良いですか」
「え…は、はい…何でしょう」
答えると、伏せられていた薄青の瞳が、すっと真正面からリアムの鼈甲を射抜いた。
「私は今――何の疑いをかけられているのですか?」
「そ――れは――」
「最初から、おかしいと思っていました。確かに十五年も一度も訪れていない領地があれば、立ち寄ってみるくらいの気まぐれも、普通ならあるかもしれません。必要以上のことに興味関心を持たず、何でも最短最速の行動を徹底するカルヴァン団長は、そういう気まぐれは起こしそうにないな…というのが最初の違和感でしたが、この遠征自体を彼ではなく他の誰か――例えば、補佐官のリアムさんが提言した、ということもあるでしょうから、騎士団がここを訪れること自体は、あまり気にしていませんでした」
しかし、とイリッツァは言葉をつづける。
「昨日、騎士団長が訪ねてきたときに、小さな違和感は大きな違和感に変わりました。いくらなんでも――彼が、教会に、自らの意思で訪ねてくることなど、ありえないでしょう。何か、それなりの思惑でもない限り」
(………確かに)
歴代の騎士団長ならば、それは何の違和感もない行為だ。神に仕える戦士である騎士は、戦いの前には神に必ず祈りをささげるのが常だ。その長ともなれば、積極的に信心深い行動をするはずで、初めて訪れた街の教会には、何を置いても最初に来訪し、その街まで無事にたどり着けた旅程の安全を感謝し、この先の旅程の安全と控える戦いの勝利を祈るはずだ。
だが――神など信じない、と豪語するカルヴァンに限って、そんなことはありえない。事実、今までの遠征でも、立ち寄った街での教会への義理はすべてリアムや他の団員が請け負って済ませていた。
「しかも、わざわざやって来て――何をするのかと思えば、修道女見習いと、わずかなおしゃべりだけ、とは。神を嫌う彼は、聖職者も等しく嫌っているでしょう。まったく不可解な行動すぎて、昨日は彼が帰った後、冷静になってからとても混乱しました。――しかも、明日も来る、などと言うので、余計に」
「それは俺も混乱しましたけど」
ぼそり、と口の中でつぶやく。聞こえなかったのか、イリッツァは気にした様子もなく言葉をつづけた。
「とはいえ――伝説の騎士団長様がお越しになったわけですから、私も昨日の時点では少し浮かれていました。長い時を経て、いつの間にか、彼も神を信じるようになったのかもしれない。明日も来ると言っていたけれど――それも、もしかしたら、何か、不測の事態が起きて、遠征に余裕が出来ただけかもしれない。例えば、遠征先の魔物の出現情報が誤報だった、とか」
「――――…昨日時点、では?」
「はい。昨日時点では、本当に――本当に、無邪気に浮かれていましたよ。いろいろと自分に都合のいい解釈ばかり思い浮かべては、明日も、彼がこの教会に来てくれるのだ、と」
にこり、と微笑む。美しく完璧な笑顔。
「ですが今日、彼は祈りに誘っても教会に入ろうとしませんでした。そして――貴方は、私に光魔法について尋ねてきた。――それで、思い出したんです。そういえば昨日、カルヴァン団長も、開口一番私の光魔法の話をしていたことを」
「あぁ――――…なるほど。それは、確かに、怪しいですね、思い切り。――俺としては、なるべく、雑談の中で聞き出したかったのですが。どうにもあの人は、そういうの、苦手そうです」
「ふ、ははっ…確かに、そうですね」
くしゃ、と――初めて、イリッツァは『聖女の微笑み』を崩す。
カルヴァンが言うところの――『人間らしい笑み』。
しかしそれは一瞬で断ち消えて、イリッツァはふと祭壇を見上げる。宗教画の中から、エルム神が、静かに二人を見下ろしていた。
「エルム様に誓って、領民に――国民に仇なすようなことは、何も。何もしておりません」
「…はい」
「なので、心当たりは本当に何もないのですが――彼が、わざわざ教会に、二日も足を運ぶくらいです。きっと、何か、深刻なことについて、私が疑われているんでしょう」
「えっ、わっ、ちょっ、イリッツァさん!顔を上げてください!」
まるで、断罪を待つ咎人のように聖印を切って頭を垂れたイリッツァに、リアムは慌てて声をかける。
「その、団長は、おっしゃる通り、神様とか奇跡とか、そういうものを全く信じない人でして――だから、『奇跡の領地』には何かからくりがあるはずだと、そうお考えでっ」
じっと頭を垂れ続ける少女に、必死に言葉を重ねる。
「何も、何もないならいいのです!報告に上がっていないような優秀な光魔法使いがいて、その魔法使いが秘密裏に強力な結界を張っている、なんていう平和な結果なら、もう、本当にそれだけでいいんです」
「え――…」
その言葉に、イリッツァはようやく顔を上げる。色白のその表情は、何かにおびえるように血の気が引いていた。
「こ、怖がらせてしまいましたか!?すみません…疑っている、といっても、イリッツァさんが領民に何かをしているとか、そんなことを思っていたわけではないですよ!?ただ――優秀なら、どうして隠すのかな、と思っただけで!」
「優秀――…」
「は、はい…優秀なら、王都に行って、王都で聖職者になることもできるじゃないですか。待遇は、大変申し訳ないですが、王都の方が絶対に手厚いですよ。イリッツァさんはとても聡明ですし、きっとここにいるよりたくさんのことを学べます。秘密にする必要なんてないのに、どうして――と思いまして」
「――――…ぁ…な、なんだ…はは…」
ふにゃ、と安心したように、イリッツァは緊張を解き、表情を崩した。
「私はてっきり――聖女であることを偽ってるとか、そういう疑いをかけられているのかと――…」
「い、いや…それは……でも、聖印はどこにも浮かばないんでしょう?領民の方がおっしゃっていました。団長は、それでも、見極めの儀式で司祭様が隠ぺいした可能性もある、なんて罰当りなことを言っていましたが――そんなことをして隠ぺいしても、司祭様にとっての利が何もないですからね。神に仕える司祭様が、そもそもそのようなこと、するはずないですし」
「……そう、ですね。司祭様は、そのようなこと、絶対にしませんよ。魔法の力はともかく、心根は、まるで聖人のように清らかでつつましい誠実なお方です」
ふ、と安心したようにほほ笑んだイリッツァは、穏やかな表情で伝える。リアムはそれを見てほっと眦を緩めた。
「では最後に確認しますが――やはり、『奇跡の領地』は、貴女が守っているのですね?」
「…はい。でも、本当に、結界を張っているだけです。それ以上のことは、何も。穏やかな毎日を送らせてくれているこの土地の人々の幸せを――目に映る幸せを、私の精一杯で、守りたい。私の、今の願いは、それだけなのです」
前世のように、聖人として、国民全員を、すべての脅威から守るのではなく。
目の前の人の、穏やかな日常を、守りたい。
『自分らしく』生きる――それが、今生に課された課題なのだとすれば、イリッツァ・オームが願うのは、ただそれだけだった。
聖女や聖人に頼りきりになる世の中など、歪な世の中だ。誰かを頼ることはすなわち、依存すること――心が弱くなり、結果、十五年前のような悲劇が生まれてしまう。
国民一人一人が、自立して人生を切り開いていけること――それこそが、悲劇の聖人としての人生を終えたリツィードが、少女・イリッツァとして見つけた、国の守り方だった。
「あぁ…そんな表情も、本当に可愛らしい…ねぇ、やっぱり優秀なんだから、王都に来ましょうよ。俺、絶対貴女に苦労はさせませんよ。イリッツァさんのためなら、鬼上官の無茶ぶりにも理不尽にも頑張って耐えられます」
「ははっ…ごめんなさい。彼の理不尽には、自力で耐えてください。――あぁ、そろそろ、カルヴァン団長が待たせすぎだと怒るかもしれませんね。行きましょうか」
「いや、俺としては、仕事も終わったしこれからやっと個人的に貴女を口説けるとうきうきしてるのですが」
「優秀な騎士様にそんな風に言ってもらって光栄ですが――ごめんなさい。私は、神様に貞淑を誓う女なので」
「くぅっ…まったく付け入る隙がない…くせに、滅茶苦茶かわいい…好きです」
先に立って歩き出したイリッツァに、何度も惚れ直しながらリアムが続く。教会の重い扉を開けると、背の高い灰がかった藍色の髪の男が、最後に見た時と同じ位置で腕を組んで佇んでいた。扉が開いた音に気づき、ちらりと視線を投げてくる。
(わ、機嫌悪い…やっぱり待たせすぎたかな)
その一瞥だけで敏感に上官の機嫌を察し、イリッツァが先導したままこちらを振り返っていないことを確認してから、パパッとカルヴァンに向かって顔の周囲でハンドサインを送る。
「――――――…」
相変わらず表情筋を全く動かさない上官は、それでもかすかにうなずいた。
『予測は当たり。だが、警戒の必要なし』
ハンドサインを的確に読み取ってくれたことに安堵のため息を漏らす。――これで、長時間任せたことに関しては、仕事をしていたせいだと言い訳出来る。
「もしかして、ずっと立って待っていたんですか?そこのベンチにでも、掛けていてくれればよかったのに――」
「帯剣していると、ああいうベンチは座り辛いんだ」
「え、外せばよくないですか?」
可憐な少女の優しい心遣いにぶっきらぼうに返す団長に、リアムは割って入る。
「イリッツァさん、気にしないでください。団長は、寝るとき以外は剣を手放さない戦闘狂なので」
「おい、言い方に棘がないか?」
「ははっ…リアムさんは、本当に面白い方ですね」
ざわ――
イリッツァの吐息を漏らすような笑い方に、カルヴァンの胸の内がざらつく。冷静になったと思ったはずなのに――心は勝手に、昨日と同じ感想を抱いた。
(本当に――嫌になるくらい、似てやがる)
薄青の瞳を眇めて笑ったイリッツァは、ふと、カルヴァンの腰に視線を止めた。
「あれ――――その、剣」
「…?どうかしたか?」
じぃっと大きな瞳を剣にしっかりと固定したまま凝視してくる様に、疑問符を上げる。
「あ、えっと――その…綺麗な剣だな、と思って、珍しくて…」
「そうか?特に、何の変哲もない剣だぞ。ずいぶん古いから、何度も手を加えてあるが」
「そ、そうなんですね…剣なんて、めったにナイードでは見ないから、気になっただけかもしれません」
イリッツァは、ごまかすように後ろ頭を掻いて、へらっと笑った。
「剣の装飾自体は、そんなに珍しいわけでも高価なわけでもないですよ。でも、団長は、神様とか奇跡とか信じないから、武器や防具は使いやすいものをずっと長く使うんです。その剣も、だいぶ長いんですよね?」
「あぁ――…もう、十五年、だましだまし使い続けてる」
「――――――!」
イリッツァは、咄嗟に息をのんだ。
やはり――見間違いでは、なかった。
彼の腰に下っているその剣には、見覚えがあった。
それは、前世で――リツィードが使っていた、愛剣だった。
「鍛冶屋に持ってく度に、もういい加減にしろって怒られるんですよね。同じ型で新品を作ってやると言われても、団長は頑なにうなずかなくて」
「放っておけ。剣は、俺たちにとって、命を預ける相棒だ。信頼できる物しか持たないと決めている」
「いや、それにしたって、さすがにちょっとどうかと思いますよ。刀剣部分まるまる交換したりするレベルじゃないですか。しかも、退役した誰かからの貰い物なんでしょう?実際は、十五年どころじゃないんじゃ――」
「それでもいい。こいつを持っていれば、それこそ鬼神みたいなあいつの強さにあやかれそうだしな」
ドキン――
何気なく放たれた言葉に、胸の奥が軋む音を聞いた。
十五年も経ったのに――カルヴァンの中に、まだ、リツィードが生きている。
それは、なぜか、喜びではなく――寂寥を呼び起こした。
「だ、ダメです。そんな、命を預ける剣を――そんな、いつガタが来てもおかしくないような剣で賄ってはいけません」
「女に何が分かる」
「わ、私はっ…確かに、女ですけどっ…でも、さすがに、剣の寿命が十五年もないことくらい、知っています!」
唇をわななかせ、言い募った。
正体を明かせれば、どれほど良いことだろう。
そうしたら、真っ先に彼に伝えるのに。
――そんな、辛い思い出にすがらないで。贖罪のように、親友の形見を身につけないで。
寝るとき以外は体から離さないなど――そんな、ずっと、リツィードのことを忘れない努力を、しないで。
彼のことは、嫌というほど知っている。
神を信じない彼は――きっと、リツィードを救えなかった自分を恨んでいる。
「その、持ち主の人だってっ…きっと、貴方が、そんな風に剣を引き継ぐことを、望んでいません…っ」
「お前に関係ないだろう」
「っ…で、ですが――」
なおも言い募ろうとしたところで――
ざわざわと、領地が騒がしくなった。




