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閑話と彼女の闇

「日本ヤバい」


 地球へと戻った勝八は、起きあがるなり言い放った。


「え、どうしたの?」


 彼の急な発言に、ベッド脇に待機していた緩がびくりと体を震わせる。

 彼女は勝八が寝ている間、何をしているのだろう。


 少々疑問に思った勝八だが、そんな場合ではないと居住まいを直した。


「語尾ござるが普通だし、名前がゲイシャカブキだし、ハラキリがスポーツだし」


「え、え、え?」


 だが、まくし立てる言葉はやはり緩にとって意味不明なものである。

 彼女の困惑声に、勝八は大きく息を吸って落ち着くことにした。


「日本って言っても、異世界の日本な……えーと」


「あ、ジーペンのこと?」


「そう、それそれ」


 ようやく納得の表情を浮かべた緩に、パンと手を打った勝八は頷いた。

 ジーペン。それは緩が異世界に忍者やらを登場させるために作った、エセ日本である。

 勝八がまくし立てたのは、その現状であった。


 勝八達が立ち上げた――結局立ち上げる羽目になった新興宗教水精霊神ドロシア教(仮)の客寄せ。

 もとい勧誘に引っかかった第一号ゲイシャ=カブキの生態があまりにあまりで、勝八は動転していたのであった。


「ゲイシャ……これ男の名前な。彼が言うにはカブキ姓もありふれてて、一緒に渡航した友達はスシ=テンプラって言うらしい。職業は忍者だそうだ」


 その混乱を少しでも分かち合いたくて、勝八はうなだれて語った。

 まず命名法則が無茶苦茶である。

 ついでに職業を公言する忍者など忍者ではない。


「えぇーっ!? カッコ悪い!」


 緩も迫力のない憤慨の声をあげるが、勝八と引っかかるポイントがずれている。

 ともかくこれらの奇っ怪な点は、緩がわざわざ設定したせいで起こった悲劇ではないようだ。


「お前、ジーペンの設定適当だったろ」


 むしろ緩が「忍者!」とか「刹那大殺生丸!(刀名)」とかを出したいが為だけにジーペンを作り、その設定をおろそかにしたせいだと勝八は睨んでいた。


「え、あの……そうかも」


 勝八の視線に、緩はしゅんと肩を落とす。

 自国ベースであるが故に「この辺りは設定しなくても大丈夫だろう」という油断が生まれてしまったらしい。


「えーと、ま、アレはアレで楽しそうだし良いんじゃないか? 問題が出てたら俺とお前で直せば良いだろ」


「うん。そう……だね」


 とはいえ、勝八の聞いた範囲ではそのせいでジーペンが滅んだりした訳ではない。

 沈んだ緩を慰めつつジーペン問題は後回しにするとして、勝八は異世界であったことを説明する事にした。

 勝八の言葉で多少励まされたのか。緩も話を聞く姿勢に戻る。

 そんな彼女に対し、勝八はドロシアお友達増加作戦について説明をした。

 そして――。


「……つまり、怪我をしてる人を癒しの至玉で治して、それを浄化された水のおかげだって説明したの?」


 相変わらずあっちこっちに道草を食う勝八の説明。

 それをさらりとまとめた緩は、彼に確認をした。


「詐欺くさいけどな」


 頷いて、勝八は思い返す。

 ゲイシャの足は、出会い頭に勝八が放った癒しの至玉フラッシュで即座に治っていた。

 それを後から、水の精霊の加護だと誤魔化しただけである。

 ちなみに勝八の台詞は祭壇の裏にいるゾマがサポートしており、彼はほぼ置物に近い状態であった。


 客引きやその際のマリエトルネの怖ろしい演技を鑑みれば、100%詐欺と言い切って問題ない。


「そうでもないよ」


 だが、緩は手元の本をパラパラとめくりながらそれに反論する。

 勝八が目を向けると、そこには緩がこの間改竄した癒しの至玉に関する記述があった。


「癒しの至玉って、元々水の精霊の力で出来た物なの。ていうか、この前そうなったっていうか……」


 緩の背後に回り、それを確認する勝八。

 すると緩は、触れたわけでもないのにくすぐったそうに身をよじりながら説明した。


「どういうことだ?」


 息でもかかったかと考えた勝八は、彼女に覆い被さるようにして顔を前に出す。

 

「コ、コ、コ、黒肢病を治療するとき、せ、設定を足したでしょ?」


 と、裏返った声で鶏の真似をしながら、緩は肩を縮こませた。


「あぁ……なんか病気治せる以外にも足してたな」


 彼女が変な声を上げるのはいつも通りだとスルーしつつ、緩の肩に顎を乗せるか乗せないかの距離で設定を読んでいく勝八。

 すると彼はその中に、水の精霊という文字を発見した。


「え、ええとね。その時に至玉が出来た経緯も設定して……つ、作ったのは水の精霊ってことにしたの。でもシャシャ族の娘と、とある騎士が、駆け落ちして、シャシャ族の里から至玉は失われた。二人が逃げた先でできたのが、ユニクールなの。ちなみに二人が駆け落ちしたのには理由があって……」


 しばらくはカチンコチンに緊張していた緩だが、語っていく内に熱が篭もり、いつしか早口になって設定を羅列していく。 


「つまり癒しの至玉もドロシアの力って事で良いんだな?」


 多分きりがないやつだ。

 そう判断した勝八は適当なところで遮って緩へ顔を向けた。


「そうそ……うひゃぁ!」


 反射的に振り向いた緩が、彼我の距離を思い出しずさりと座布団を滑らせる。

 その際ぺちっとお下げが当たったが、勝八も年頃の娘に少々近づきすぎたかと反省して文句は言わない事にした。


「……ていうか癒しの玉が無くなったから、水神信仰廃れたんじゃねぇの?」


 別に怒ったわけではない。

 が、ふと気になった勝八は緩へと尋ねる。


「はっ」


 緩も今更気づいたようで、はっとした顔になる。

 というか口に出した。


 何でも癒す癒しの至玉。

 これがあれば勝八にすら教祖ごっこが出来るのだ。

 きちんとした団体が所持していれば、その効果は計り知れない。


「ど、どうしよう! 私のせいでドロシアちゃんがグレちゃった!」


 勝八の指摘に、緩はおろおろとしだし彼の腕を掴む。


「いや落ち着け! よく考えたらお前が設定書き換えてから一週間経ってないだろ!?」


 その勢いに動揺しつつも、勝八は彼女を諭した。

 自分で可能性を口にしておいてなんだが、緩が設定変更をした時期と水神信仰が失われた時期では大分隔たりがある。

 だが、勝八の言葉に対して緩はむずがるように首を振る。


「設定変更が、過去に波及する可能性はあるの。基本的に勝ちゃんが観測した事象と矛盾が起きるようにはなってないけど、その範疇なら……」


「……あんだって?」


 彼女から放たれた言葉は、いつもの厨二病めいたものだ。

 しかし今回は、何を言っているか一片も理解できない。


「つまり、やっぱり私のせいかもしれないってこと」


 勝八の問いかけに、緩は顔をそむけ答えた。

 机に向き直った彼女の手が、至玉の設定の上をフラフラとさまよう。

 おそらく消そうか迷っているのだろう。


「あのさ。なんか、意味があってつけた設定じゃないのか?」


 それを察した勝八は、つい彼女の手を取って問いかけた。

 びくりと、緩の体が跳ねる感触がする。


 おそらく体を触られた驚きだけではない。

 彼女の瞳を見た勝八は、そんな確信を持った。


 ただドロシアの害になるだけのものならば、緩は自分が作った設定でも躊躇わず破棄してしまうはずだ。

 勝八がそのままの姿勢で待っていると、緩は「どうして分かっちゃうんだろう」と小さく呟いてから説明した。


「シャシャ族が滅んだって聞いて、何とか……少しだけでも助けられないかなって、そう思ったの」


「あぁ、なるほど」


 それを聞き、勝八は納得の声を上げた。

 シャシャ族襲撃自体を消すことはできない。

 それは、ユニクール壊滅を修正出来ないのと一緒の理屈なのだろう。


 だが、以前に駆け落ちした人間がいるとなれば、シャシャ族の名前は消えようとも血筋は残る。

 もちろん、一人助かったからなんだとマリエトルネには言われるかもしれない。

 神なら全員救ってみせろとなじられても、勝八に言い返す権利はない。


 それでも、緩のささやかな設定を、勝八は愛おしく思うのだった。


「じゃぁ、その設定はそのまま残しとこうぜ。そもそも原因が本当に至玉かも分かんないしな」


 緩を励ますよう軽く重ねた手を圧し離して、勝八は彼女に笑顔を見せた。


「あ……うん」


 解放された手を胸に抱いて、緩が頷く。

 勝八が(設定を)大切にしたいと思った気持ちは伝わったようで一安心である。


 しかしシャシャ族がユニクールの始祖となると、元ユニクール王女チナリスはマリエトルネの遠い遠い親戚ということになる。


 残念ながら猫耳は遺伝しなかったようだが……この事実はマリエトルネに伝えるべきなのだろうか。


「あ、あと治療魔法とか、浄化魔法とかって、水精霊の力を借りた魔法だから、信仰してると効果にボーナスがつくの。神官の人が増えれば浄化も楽になるはずだよ」


 勝八がぼんやり考えていると、緩がゲーム脳めいた補足をする。

 浄化魔法。この世界におけるメインのろ過手段であり、詐欺行為もとい宗教勧誘のため、遺跡の水に対して行われた魔法である。


 この魔法を使ったのは、マリエトルネ率いる娼婦集団おつきの神官――ニタルさんであった。

 以前足を捻ったゾマを治療してくれた女性だ。

 彼女も召喚大移動に付き合っていたのだが、勝八が彼女の存在をまるで気にしていなかったのには訳がある。

 彼女の衣装は周囲の娼婦よろしく艶めかしいドレス姿であり、一見しただけではまるで見分けがつかなかったのだ。

 皆と同じ仕事をしているという気持ちを持ちたくて、と彼女は説明していた。

 神官の教義的なものに反しないのかと、勝八は疑問に思った覚えがある。

 だが、というか、そもそも……。

 

「ていうかそもそも、異世界の人間って何を信仰してるんだ?」


 もっと根本的な疑問に気づき、勝八は緩へと問いかけた。


「何をって……?」


 質問の意味が分からなかったらしく、緩は目を丸くする。


「いや、お前破壊神じゃん」


「は、破壊神じゃないよ!」


「破壊神だと思われてるじゃん。じゃぁみんな何を信仰してるんだ?」


 あくまで破壊神の称号を固辞する緩に、勝八は説明し直して彼女の顔をじっと見た。

 するとその視線から逃れるよう「あーうー」と首を動かして、緩は指折り呟く。


「基本的には、精霊信仰だと思う。でも、水の精霊信仰は廃れちゃった訳だから、他の精霊か。それとも私の知らない宗教ができてるかも」


 彼女の言葉は曖昧だ。

 つまり、緩自身は自分の代わりたる主神らしきものを一切作成しなかったということだろう。

 実際に彼女らが何を信仰しているかは本人たちに聞くとして……。


「大聖母神ノンとかは作らなかったのか?」


「つ、作らないよ! 恥ずかしい!」


 勝八が聞くと、彼女は左右に首を振って否定する。

 緩らしい謙虚さだ。

 だが、彼女が異世界でも神として地位を確立していれば、勝八もウィステリアでの活動がちょっとは楽になったのではと思わないでもない。

 

「……ドロシア教が軌道に乗ったら、今度は聖母ノン教作るからな」


「い、良いから! 作らないで良いから!」


 勝八が宣言すると、やはり緩はお下げをぐるんぐるんと回しながら拒否する。

 既にのんまんじゅうは作られた身であるというのに、それとは違う恥ずかしさがあるのだろうか。


「ま、これでドロシアが、少しでもやる気になってくれたら良いんだけどな」


 考えながら、十分緩をいじって楽しんだ勝八は話題を変えた。

 からかわれたのが分かったのか。

 緩はむくれた顔を見せた後、少し声のトーンを下げた。


「でも……私も分かるよ。世界なんてどうでもいいってなる気持ち」


 指を組みながら彼女が放ったのは、思いの外重たい響きを持った言葉であった。


「……そう、なのか?」


 自分の趣味たっぷりで作りながらも、内部で住人が困っているとなればその設定すら投げ捨ててしまうほど、異世界を大切にしている緩。

 そんな彼女が語った言葉に動揺し、勝八は軽く目を見開いて彼女を見た。


「あ、その、今は違うよ? でも、生まれたときからそんな役目が決められてて、誰に感謝されるでもないし」


 勝八の視線を遮るよう、パタパタと手を振ってから、緩は語る。

 それでも、言葉の中に闇が入り込むのは避けられなかった。


 自分の設定一つ。下手をすれば思い一つで世界が歪んでしまうのだ。

 勝八が選ばれたとしたら、早々に投げ出していただろう。


 緩は、そんな悩みを幼少から抱えてきたのだ。


「気づいてやれなくてごめんな」


 ずっと彼女と付き合ってきたのに、自分はまるで気づかなかった。

 彼女が虐められていたときと一緒だ。


 情けない気持ちになり、勝八は緩へと謝罪した。


「ううん! そ、そんなつもりで言った訳じゃないの!」


 彼の様子を見て、慌てふためいた緩が必死で顔を上げさせようとする。


「いや、でも……」


「勝ちゃんは今こうやって私を手伝ってくれてる! それだけで十分だよ」


 抗弁しようとする勝八の声に被さるよう、あるいは自分に言い聞かせるよう、緩は言葉を重ねた。


 どうやっても緩は一歩遠慮して、甘えきっていない、異世界の全てを見せていない気がする。

 上目遣いで緩の顔を窺いながら、勝八はそんな事を考えた。


 本当に今の緩は、異世界作りを楽しんでいるのだろうか。

 勝八が暗い話題ばかり持ってくるので、嫌な気持ちになったりしていないだろうか。

 自分は、彼女の助けになれているのだろうか。

 

「やっぱ、のん教作ってやるから」


「だからそれは良いってばぁ」


 ついたまらなくなって、勝八は再度緩に進言した。

 緩にはすげなく却下されたが、どうにかして異世界人から緩へのイメージアップを計ろう。

 勝八はそう決意したのだった。

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