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インク&ローラー

 馬車に乗るマリエトルネ達。

 それを尾行する人影。

 彼女らを待ちかまえる山賊達。


 そして、三者の接触を待つ勝八。


「ちょっと準備してくル」


 緊張高まる中、ゾマが突然そんな事を言い出した。

 彼女はうつ伏せていた体を起こし、乳バンドについた埃を払う。


「準備って何を?」


 ポインポインする彼女の乳を見て、勝八の緊迫感はあっさり霧散した。

 とはいえ勝八の緊張など、あと一分もすれば消え去っていた可能性が高いが。


「イロイロとダ。スグ戻ル」


 ともかく内容は乙女の秘密らしい。

 ゾマはそう告げると、疾風のごとくその場を去ってしまった。


 急に腹がすいたとか、腹を壊したとかそういうことだろうか。


 勝八がボンヤリ考え数分。

 彼がいる崖からでも見える街道に、ゆっくりと進む馬車が現れる。


 勝八にはゾマほどの視力は無いので、御者の顔など分からない。

 それでも、崖下の山賊達が慌ただしく動き出したのは察せられた。


 彼らの内何人かが弓をつがえだし、全員が街道の方へと向かっていく。

 街道沿いは密集した森になっており、勝八の目では行方を追えない。


 ――山賊達が行おうとしているのは、威嚇射撃で馬の足を止め、その隙に森の中へと引きずり込む作戦である。


「やっべぇ……撃たれる!」


 あくまで初撃は脅しなのだが、勝八にはそれが分からない。

 彼の脳には、矢ぶすまになった馬車が浮かぶ。


 左右を見回すもゾマは戻ってこない。

 やはり腹の調子が悪いのか。


「今行くぞ!」


 このまま馬車を見捨てるわけにはいかない。

 雄叫びを上げた勝八は、助走をつけて崖から跳躍した。


 彼の目には、追跡者の姿など捉えられない。

 勝八と娼婦達が接触したところを報告されたら、きっと厄介なことになるだろう。

 山賊達が動き出す前に抑えれば良かったと考えるも、後の祭りである。

 きっとゾマも、寝不足で思いつかなかったに違いない。


 どしん! という大きな音。

 頭の中で勝手に納得し、勝八は街道のど真ん中へと降り立った。

 実に二百メートル近い跳躍である。


「ヒヒィン!」


 突然空から降ってきた勝八に、馬が嘶きを上げ立ち上がる。


「ど、どうどうどう!」


 御者のお姉さんが、あわててそれを宥める。

 キュロットのまぶしい彼女は、やはりマリエトルネの専属御者である。


「な、なんだいなんだい!?」


 確認すると同時に、馬車からマリエトルネ本人が顔を出す。


「よっ!」


「あ、アンタ……!」


 それに手を上げ、勝八はそのまま街道脇の茂みへと首を向けた。


「よおおお」


 まるで歌舞伎の見得のような姿勢で、そこに潜んでいる山賊達を牽制する。


「げぇ!」


「また出たぁ!」


 すると、隠れていた山賊達が次々に悲鳴を上げ、厄払いのごとく矢を放ってきた。

 ありがたいことに山賊達は勝八をしっかり狙ってき、彼らの矢はことごとく勝八の体にぶつかるとひしゃげ、弾かれる。

 

 馬車へ流れ弾が行かなかった事を確認した勝八は、お返しにと砲弾のごとく突貫。

 軽く跳躍すると、山賊達が伏せているすぐ横の木を蹴った。


 バキバキと音を立て、長い年月をかけ育ってきた大木が折れる。


「に、逃げろー!」


 幾人かが押しつぶされたが、残った山賊は一目散に逃亡しようとする。


「逃がすかっての」


 それを見た勝八は、折った大木の幹を片手で持ち上げる。

 更に、それを腰の回転で振り回した。

 嵐が巻き起こり、周囲の山賊とともに木々が倒れ、平和を脅かされた鳥獣が一斉に逃げ出す。


「ふぃぃ」


 その後には、痛々しい自然破壊の爪痕と倒れ伏した山賊達の姿があった。

 一息ついた勝八だが、気を抜くのはまだ早い。

 

「カッパチ!」


 彼を諫めるよう、聞き慣れた声が響く。

 同時に風音。


 矢がどこからか飛来し、勝八と馬車の間を通り抜けた。

 まだ山賊が残っていたわけではない。


 べちゃり。矢の先端に刺さっていたリンゴ大の果実が破裂し、茂みの一部を紫色に染め上げた。

 そこがガササっと震えたのを見、勝八はピンと閃く。


「どっせぇい!」

 

 持ち上げた幹を、彼は茂みへと投げ捨てた。


「ぐえっ」


 すると馬車を越え放物線を描いた大木は、悲鳴とともに茂みの中にいた何者かを押しつぶす。


「……おぉー」


 勝八が駆け寄ると、まるでカメレオンのように風景と同化していた覆面をつけた人間の姿が露わになった。


「なるほど。魔法で隠れてたんだね」


 同じく寄ってきたマリエトルネが解説する。

 ようするに、彼女が以前勝八にかけた隠密魔法と同一らしい。


「茂みの動きで、追跡者がいることは分かっタ。だから、タタネの実で目印をつけたのダ」


 更に茂みの中からゾマが現れ、そんな解説をする。

 先ほど破裂した実がそのタタネとやららしく、ぶつけられた黒衣の追跡者はスルメのような臭いを発している。


 そしてゾマの手には、立派な弓が握られていた。


「あれ、その弓って」


「元締メに借りた弓ダ。近くに隠していタ」


「元締め言うな」


 勝八の問いに、ゾマは弓を持ち上げつつ答える。

 マリエトルネが抗議したが、娼館の元締めで間違いはないはずである。


 そう言えば、隊長達をペガスから逃がす際にゾマは弓矢を使っていたはずだ。

 今更思い出し、勝八は彼女の用事について合点が行った。


「それとナントカの実を探してたわけだ」


「狙撃できる場所もダ。もう少し猶予があると思ったのだガ……」


 勝八がのんびりと待っている間に、色々動いてくれていたらしい。


「ドンマイドンマイ。結果オーライさ」


 それに感謝して、勝八は彼女を慰めた。

 時間に猶予が無くなったのは勝八が慌てて飛び出したせいである。

 だが、彼はまるで気づいていない。


 ゾマも結果オーライだと諦めたのか。

 ため息一つでそれを流した。


「とにかく助かったよ。アンタらに助けられるのは二度目だね」


 彼らのやり取りが終わったのを確認し、猫耳幼女がニッカリと笑い礼を言う。

 表情だけ見れば、ただの生意気幼女そのままである。


 しかしよく見れば、彼女は革製の胸鎧に具足を身につけ、腰には細剣も帯びている。


「何その格好」


「あの状況で都から出されたって事は何かあると思ってね。いざとなったらアタシが皆を守らないと」


 勝八が尋ねると、マリエトルネは細剣を抜きしゅっしゅとやりだす。

 格好は立派だが、どうも戦いに慣れているわけではないようだ。

 拾った木の枝で遊ぶ小学生のような立ち振る舞いに、勝八はぼそりと呟いた。


「年寄りの冷や水」


「にゃんだって!?」


 子供扱いは怒られるだろうと、別の感想を口にする勝八。

 だが、それも誉め言葉にはならず、マリエトルネはシャーと髪を逆立てる。


 長靴を履いた猫の方が良かっただろうか。


「ったく恩人じゃなかったら目玉突っついてやるところだったよ。アンタらも出ておいで」


 さらなる失礼を重ねる勝八の内心も知らず、マリエトルネがこぼす。

 それから彼女が呼びかけると、馬車の中からゾロゾロと女達が現れた。


 前回の旅より多い。

 どう考えても定員オーバーである。


「え、何でこんなに!?」


「留守番してるようにって言ったんだけど誰一人聞きやしないのさ」


 びっくりして勝八が聞くと、マリエトルネは呆れた様子でそう答えた。

 娼館の全員が彼女を守護らねばとついてきたらしい。


 その優しい女性達が、勝八の姿を見ると彼へ駆け寄ってくる。


「蛮族の坊や!」


「ありがとー! また助けてくれたのね」


「これはもうスペシャルコースでもてなすしかないわね」


「あ、姉さんズルい私も」


 彼女たちは次々に礼を述べ、勝八の首や背中へと体を寄せてくる。

 正に世は春である。


 ガ、その蜜月はマリエトルネのパンパンと手を叩く音で中断した。

  

「ほれ、アンタらはとっととその辺の山賊縛る。そしたら出発するよ」


 彼女の呼びかけに、娼婦達は不満顔ながら勝八から離れ、気絶している山賊達の元へ向かう。

 手には既に縄が握られており、先ほど提案されたスペシャルコースの詳細が若干怖くなる勝八。

 が、その内の一人に「後でね」と投げキスをされ、その辺りの疑問は吹き飛んだ。


「良いのか?」


 代わりに湧いてくるのは、男達の処遇に関する疑問である。

 二度も命を狙われたのだ。

 縛って放置の、人によってはスペシャルコースで済ませて良いのだろうか。


「アンタが全部ペガス河に放り込んでくれるなら助かるけど、それも後味悪いだろ」


 すると、マリエトルネは鼻から息を吹きながら答える。


「衛兵に突き出すとか」


 自分も一度溺死した勝八としては、確かにそういう真似は避けたい。

 とりあえず彼は、元は法治国家に住まう一市民らしい提案をしてみた。


「捕まえたはずの山賊が野に放たれていル。国もグルダ」


 だがそれを、馬車から縄を持ってきたゾマがぶっきらぼうに否定する。

 彼女は勝八に背中を向けると、木の下から追跡者を引きずり出そうとした。


「まさか山賊使ってまでアタシを始末しに来るとはね。考えが甘かったよ」


 憮然と腕組みをしながら、マリエトルネは呟く。

 つまり一度捕らえた山賊をわざと逃がし、マリエトルネ達が出てくる時間を教えて彼女を襲わせる算段だったらしい。


 山賊を見かけてから十数分。

 ようやく理解が追いついた勝八は「なるほど」と手を打った。


「あ、手伝うぞ」


「イイ」


 それから、木の下から追跡者を引っ張り出そうとしているゾマに声をかける。

 だが、彼女の返事はつれないものだった。


「あの、ゾマさん何か怒っていらっしゃる?」


「別ニ……」


 おそるおそる勝八が尋ねると、ゾマは気にしていない人は発しないトーンで答える。

 もしかして、先ほど勝八がデレっとしていたのが気に障ったのだろうか。

 だとすると非常に可愛らしい。

 しかし、このまま意固地に作業をされると、丸太が転がって彼女が怪我をするかもしれない。

 何せゾマは寝不足なのだ。

 

「あのさ、ゾマ。さっきはすごく助かった」


 それに、先ほど言いそびれた言葉がある。

 思いだし、勝八はゾマへと語りかけた。


「ゾマは目も良いし、耳も良い。弓だって俺は使えないし、ゾマの土地勘が無きゃここへも三日月塔にも来れなかった」


 他にも異世界に来て以降、彼女には助けられっぱなしである。

 その感謝をしっかり彼女に伝えてこなかったからこそ、ゾマは不安になってしまったのだ。


「急に、何ダ……」


 勝八の言葉に、ゾマがゆっくりと顔を上げる。

 眉根を寄せたその表情はまだ怒っているようにも、照れているようにも見える。


「だから、変に無理しないでくれ。ゾマに倒れられたら、俺は困る」


 ゾマの顔をしっかり見て、勝八は彼女へと伝えた。


「カッパチ……」


 彼と見つめ合う形になったゾマが、金色の瞳を見開き、しぱたかせる。

 その度、彼女の瞳には水分が貯まっていき――。


「ハイハイごちそうさま」


 どこか二人の世界へと旅立とうとしたゾマと勝八を、マリエトルネが引き戻した。

 勝八が慌てて周囲を見れば、娼婦達も作業を止め微笑ましげに彼らを見ている。


「あぁもう! 急ぐんだろ!」


 勝八達の姿を他の人間に見られれば、色々厄介な事になりかねない。

 気恥ずかしさを誤魔化す乙女のような心境で、勝八は丸太をぐいと持ち上げた。


 すると、その下でノビている追跡者の姿が明らかになる。


「これは……」


 女性であった。

 先ほどまでは覆面をしていて分からなかったが、黒衣の下に描かれたボディラインを見れば一目瞭然である。

 年は勝八より少し上か。

 

 小学校時代に女子をぶん殴ってその後永らくシカトされた勝八としては、肝の冷える光景である。

 が、「うぐぐ」だのと唸っているので生きてはいるようだ。


「ま、こいつだけは連れてこうか。聞きたいことが沢山あるしね」


 肩をすくめ、マリエトルネが提案する。

 賛同した勝八達は、気絶している女追跡者と共に馬車へと乗り込んだのであった。



 ◇◆◇◆◇



 揺れる馬車の中、勝八は肩を狭めて座っていた。


 元々の定員オーバーに加え、3人もの追加が出たのだ。

 御者の女性は愛馬を宥め賺し、ようやく歩かせている状態だった。

 

 勝八の肩では、ゾマが寄りかかって寝息を立てている。

 彼に誉められ、何だかんだで彼女は安心して眠れたようだった。


「くっ、殺せ! 殺せ!」


 となると、問題は中央に転がされた追跡者である。

 彼女は打ち上げられた魚のような格好で、ビチビチと騒いでいる。


「うるさいね。暑苦しくて狭いんだから暴れんじゃないよ」


 それを、ピチピチさの足りない声でマリエトルネが蹴りつける。

 彼女の名誉のため言っておくと、肌自体には張りがある。


「わ、私はどんな拷問にも屈しないぞ!」


 それはともかく、蹴られた女は虐待の始まりかと余計音量のボリュームを上げる。


「……なんか愉快なの拾っちゃったみたいだな」


 どうにも追跡者というクールな職業イメージとはかけ離れた存在である。

 将来追跡者になりたい少年が彼女を見たら、確実に夢を変更するだろう。


「愉快とはなんだ!?」


 すると追跡者は、更にぎゃーぎゃーと鳴いた。


「どうすんだよこいつ」


 あまりうるさいとうちの子(ゾマ)が起きちゃう。

 などと母親めいた心境で、小さな寝息を立てるゾマを見守る勝八。


「気持ち悪い顔すんじゃないよ。こっちで何とかするからアンタは外に出てな」


 すると、マリエトルネが勝八に外套を投げつけつつ命令する。


「スゲェ! 布の服だ!」


 今まで腰巻きしか装備できなかった勝八に与えられた、初めてのまともな羽織ものである。

 その喜びは、気持ち悪い扱いされたことすら勝八に忘れさせた。


「あ、でもゾマは?」


「こっちに預けるといいよー」


 しかし、今の勝八は迂闊に動けない。

 勝八がまごついていると、ゾマを挟んで反対側の女性が申し出た。


 若干ふくよかで、母性を感じさせる女性(ひと)である。


「あ、あぁ頼む」


 勝八が返事をすると、彼女はゾマの体を抱いて自分の方へと寄りかからせた。


「うぅ、むゥ……」


「はいはい。よちよち」


 むずがるゾマ。

 しかし女性に宥められると、彼女はあっさり落ち着いた。

 勝八としては少々シャクである。


「イザナは赤ちゃんのプロだから」


「未婚なのにね」


 悔しげな勝八の表情を見て、周囲の娼婦達が慰める。

 前職が保母さんだったとかだろうか。

 ……それとも今も、大きな赤ちゃんをよちよちしているのか。


 勝八が想像を広げていると、女性はニコリと彼に笑顔を見せる。

 その笑みは慈母のようでありながら、内に妖しさを秘めている。


「て、ていうか、何するつもりなんだ」


 不安になった勝八は、マリエトルネに尋ねた。

 勝八を追い出して、彼女らは追跡者をどうしようというのか。


「なぁに。優しく色々尋ねるだけさ」


 すると、猫耳幼女は口を三日月型に開きニチャリと笑った。

 母性だのは一切感じない笑みである。


「さ、お坊ちゃんには刺激が強いから出た出た」


 二の句が継げなくなっている勝八を、娼婦の一人が追い出す。


「スペシャルコース入りまーす」


 背中でそんな声が聞こえたが、彼は外套を羽織りフードを上げ、聞こえないふりをしたのだった。

 追跡者はともかく、ゾマが悪い夢を見ないよう祈りながら。

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