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いろんな蛮族

 木枠に支えられたテントの中。

 内側を支えるように配置された棚には、木の実やら草やら乳鉢やらがずらりと並べられている。

 なるほど。両親が薬師だったというのも頷ける内装である。


 そこで勝八は何故か、ユニクール近衛隊長フリオと、その部下のキュール君と再会していた。


「えーと……まずは目を瞑っててくれる?」


 だが彼がまずしたことは、事情の確認ではなく唐突なお願いだった。


「え、何で……?」


「キュール君」


 もちろんレンズの下の目を丸くするキュール君。

 しかし隊長は彼を諌めると、太い眉毛の下の目をぐぐっと閉じた。


「分かりました……」


 それに倣い、キュール君も渋々ながら目を瞑る。


「悪いな。入ってきていいぞゾマ」


 彼らに謝罪すると、勝八は中の様子を窺ったままのゾマに呼びかけた。


「ゾマ? ゾマって君の仲間の……」


 キュール君が困惑した声を出す。

 それでも目を開いたりしないのは、彼の人柄が良いのかよほど隊長を信捧しているのか。


 ともかく勝八の手招きに応じ、両手で胸部を隠したままのゾマがテントの中へと入ってきた。


「黒でもスケスケでも好きな胸当て選ぶと良いぞ」


 何はともあれゾマの胸当てを補充してやるのが最優先だ。

 自分の家かのように勝八が両手を広げると、ゾマは彼をじとっと見て言った。


「カッパチも後ろ向いてル」


「はい……」


 勝八はゾマの下着選びに付き合うことは出来ないようだ。

 仕方なく、勝八はキュール君の前にしゃがみ込む。

 そして彼をじっと見つめることでゾマの方から意識を逸らす。


 目を閉じてとまでは指示されなかった。

 これは彼女が勝八を信頼している証拠だ。

 がさごそと衣類を漁る音がするが、彼女の信頼をけして裏切ってはいけない。

 決して。


「あの、何か怨念めいたものが放射されてくるんだけど……」


 血の涙すら流しそうな勝八の目から放たれるビィムに、キュール君は瞼を閉じたまま悶え苦しむ。


「ヨシ」


 しばらくして、おニューの乳バンドを巻いたゾマが勝八の正面へと回り込んだ。

 やはりシンプルな一枚布だが、色が黒で染められたものへと変じている。


「ゾマは天使だな」


 きっと自分のリクエストに応えてくれたのだろう。

 そう解釈し、彼女に微笑みかける勝八。


「て、天の使いはカッパチだろウ」


 サイズが合わないものを引っ張り出してきたのか。

 胸元を弄りながらゾマは視線を逸らす。


 間に障害物が無ければカワイイを叫んで抱きしめたくなるほどだった。

 

「えーと、もう良いかな」


 件の障害物ことキュール君が、辟易とした声を出す。


「おぉ悪い。もう目を開いて大丈夫だ」


「いや、どっちかっていうと間でイチャイチャされるほうがダメージ大きいんだけど……」


 勝八が謝罪すると、キュール君はため息を吐いて目を開く。


「うむ、若いというのは素晴らしい……!」


 隣にいる隊長も、無駄にカッと勢いをつけて目を見開いた。


「んで、隊長達は何でこんなところにいるんだ?」


 衝撃波も出かねないその勢いに怯みながら、勝八はようやく本題に入る。

 どの辺りでゾマと分かれたか聞きそびれていたが、対ペガスレジスタンスとなった彼らが何故こんな場所で捕まっているのか。


「うむ……今の我々に必要なのは多くの同志だ。そこで付近でペガスの次に大きいグリフォという街へ向かうことにしたのだが……」


 勝八の疑問に、隊長は威厳のある声で語りだした。


「我々はお尋ね者な上にこの格好だ。街道を行くわけにはいかない。なので森の中を歩いていったのだ」


「真っ直ぐ森を突っ切ったほうが早いしな!」


 隊長も道無き道を真っ直ぐ行って迷子になる派だったか。

 同類を見つけたと思いはしゃいだ声を出す勝八。


「ハハハ、君ぐらいの力があればな」


 だがどうもそういうことではなかったらしく、隊長は勝八の言葉を冗談と受け取ったのか暑苦しくも爽やかに笑った。


「そこで運悪く蛮ぞ……ええと、君らの部族とばったり出会ってね」


 そのまま話が逸れそうになるのを、キュール君が横から軌道修正する。


「どうも彼らは丸出し族という全裸の部族をさがしているらしくてな。この格好をした我々を仲間だと疑ってきた」


 すると「おぉそうだ」とばかりに膝を打った隊長が、その続きを引き継いだ。


「何だよその丸出し族って」


「分からん。我々も聞いたことのない部族だ」


 飛び出した珍妙な名前に、勝八は眉根を寄せる。

 自身につけられたおかしな名称を認めたくないわけではない。

 本気でそれが自分の事だと分かっていないのだ。


 一方、丸出し族の正体に気づいたゾマは、勝八にジトッとした目を向けた。


「なのでそこの君……ゾマ君というのだったな。金色の瞳を持つゾマ君の知り合いだと説明したら何故か余計怒り出してな」


 そして、そんな彼女へと更に隊長が視線を向け説明を追加する。

 部族の者をぶちのめした勝八のみならず、ゾマの話をしてもダメということは彼らは例の「過激派」であろう。


「数では勝っていたが我々は丸腰の半裸だ。部下は逃がしたが私……と逃げ遅れたキュール君が捕まったのだ」


 という推測にはまるで至らなかった勝八。

 だが、キュール君が運動力不足で逃げ遅れたのは彼の面目なさそうな顔からも分かった。


「……なんか俺らのせいでごめんな」


 丸出し族というのはよく分からないが、どうも勝八がゾマを助けたおかげで隊長達は厄介な事になったようだ。

 もちろんゾマを助けたことに後悔はない。

 それでも罪悪感が湧き、勝八はフリオ隊長達に謝罪した。


「そ、そう思ってくれたならとりあえず縄を解いてくれ」


 するとキュール君が芋虫の如く蠢いて懇願する。

 彼らが縛られ転がされたままであったことを、勝八は今更思い出した。

 

「歯で良いか?」


 腕で引きちぎると彼らの体まで傷つけてしまうかもしれない。

 ゾマの時のように歯でキュール君の縄を切ろうとする勝八。


「食べないように気をつけロ」


「ひぃっ食人種族!?」


 ゾマからそんな注意が飛び、キュール君が悲鳴を上げる。


「だから前も食ってないって」


 とんでもない風評被害だ。

 彼女に厳重な抗議をし、改めて勝八が縄を噛み切ろうとしたその時。


「そこまでダッ!」


 ドタドタという音を立て、浅黒い肌の男達が一斉に踏み込んできた。

 彼らは同じように槍を構え、勝八達へと突きつける。


 勝八もまた同時に飛び出すと、先頭の男の顔を叩いた。

 男は戸口から外へと吹っ飛び、そのまま見えなくなる。


「……失礼な奴らだな」


 そうしてから、勝八は手をはたいて呟いた。

 止まったのは、先程殴る方向を間違えればゾマの家が崩壊していたと今更気づいたからだ。


「き、キサマ!」


 全体へと向かっていた槍の穂先が、一斉に勝八へと集中する。

 

「あーはいはい悪かった悪かった」


 その内の何本かをまとめて掴んだ勝八は、それを無造作に折る。

 折った穂先をボトボトと落としながら、彼は部屋の中央へと戻った。

 唖然とした男たちは、誰一人動けない。


「アレは殴っても良い奴らか?」


「殴ってから聞くのか!?」


 ゾマを庇うようにして立ちながら問いかけると、キュール君が驚愕の声を上げる。


「ここではダメ」


 一方勝八の考えなしの行動には慣れたのか。

 ソマは短くそれだけ告げる。


 勝八としてもゾマの家を壊してしまうのは忍びない。

 全員戸口に向かって一列に並んでくれないかと勝八が願っていると。


「やはり戻って来ましたわネ、ゾマ!」


 件の戸口に、一人の女が現われた。

 肌はゾマと同じ褐色。

 それを必要最低限の胸当てと腰巻で隠しているのは一緒だが、髪は金でしかも縦にロールをしている。

 後頭部には大きなリボンがつき、勝八に背景設定をまるで読み取らせなかった。


「見張りを二重にして正解でしたワ! オホホホ!」


 あとしゃべり方がどう考えてもおかしい。


「誰この過積載女」


 緩が作った「設定付き」だろうか。

 いや、彼女は蛮族の存在を知らなかったのだから、それはないはず。


 考えても分からず、勝八はゾマに尋ねた。


「アリュナ。長老の孫で……過激派のリーダーダ」


 すると、ゾマは浮かない顔でそう答える。

 

「え、どゆこと?」


 ゾマの話しぶりからして、勝八は長老というのは過激派ではないと思ってた。

 しかし、その孫が過激派でしかもリーダーとは。


 理解が追いつかず、勝八は首を捻る。

 

「過激派とは失礼ですワ! ワタクシこそが正統な神の意思を……」


「ごめん。俺が立ち位置把握してから喋ってくれる?」


「なッ!?」


「キサマ! アリュナ様に向かっテ!」


 取っ掛かりがなさ過ぎて人間関係がよく飲み込めない。

 勝八がしっしとやると、褐色縦ロールは絶句し、周囲の取り巻きどもが激昂する。


「どうも我々が一番の部外者のようだが……」


 転がされた隊長がポツリと呟くが、彼らを巻き込みつつ屋内で戦闘が発生しようとしている。


 一人ずつ脳天チョップで床に埋めていけば何とかなんべ。

 勝八がそんな皮算用で手刀を構えたその時だった。


「やめなさいアリュナ」


 金髪蛮族の更に後ろから、そんな声が響いた。

 しわがれているが、よく響く。


 人を動かす隊長の声とはまた違う。

 人を制止する、静の威厳が篭められた声であった。


「お、お婆様……」


 関節が凍りついたかのようにぎこちない動きで、アリュナが振り向き道を開ける。

 そこには、杖をついた老婆の姿があった。


 指は枯れ木のようで顔にも年輪代わりの皺が刻まれている。

 だが瞳だけは、ゾマと同じく宝石のような金色をしていた。

 老婆が前へ進むと男達も道を譲る。

 

 ただし、槍の穂先は下げない。

 それにムカっときた勝八は槍の穂先を全て折ってやろうとしたが、老婆は気にした様子もなくするりと勝八の前に立つと、背後にいるゾマへ呼びかけた。


「すみませんでしたゾマ。こちらハ?」


 やはり訛ってはいるが、上品な雰囲気がそれを感じさせない。

 ゾマは勝八の横に並び立つと、手のひらを上に向けて彼を紹介した。


「こちらは神の使イ。カッパチでス」


「やはり……」


 むずがゆい紹介に、長老は重々しく頷く。

 

 ごきぼきごきゃ。

 そして次の瞬間、長老の体から恐ろしい音が鳴り響いた。


「ひぇっ!?」


 何事かと怯む勝八の前で、長老はいつの間にか土下座へとトランスフォームしていた。

 先程の音は錆び付いていた関節がフル稼働した音だったらしい。


「久々に神の御手を見ましタ。あれは……アナタが関わっていたのですネ」


 ようやく理解が追いついた勝八に、顔を伏せた老婆が語る。

 やはり彼女にも神の……緩の手が見えていたようだ。


「お婆様!」


 だがしかし、そんな考察も老婆の無茶の前には吹き飛ぶ。

 

「ちょ、婆さん大丈夫か!?」


 アリュナが悲鳴を上げ、勝八もひざまずき老婆の様子を窺う。

 今すぐ立たせてやりたいが、勝八が手を貸すとこの姿勢のまま持ち上がりそうだ。


「長老ダイジョウブ。カッパチはそういうの気にしなイ」


 ゾマが口添えすると、長老はようやく顔を上げた。

 更にゾマは長老に体を添えゆっくりと立ち上がらせる。


「そうですカ。寛大なお方なのですネ」


 その手つきは慣れたもので、日常的に彼女が長老の世話を請け負っていることが見て取れる。

 背後ではアリュナが面白くなさそうな顔をした。


「なるほど」


 彼女らのやり取りを見て、勝八はようやく彼女らの関係性を理解した。

 つまりゾマと婆さんは、巫女繋がりで仲良しである。

 金色の瞳を持たない縦ロールはその間に入れない。彼女は日常的にゾマを疎ましく思っており……。


「だからって生贄はやり過ぎだろ」


 そこまで想像したところで、勝八はアリュナを非難した。

 ただ、そこに至るまでの過程を全省略したせいで、その場にいたほとんどの人間がぎょっとした顔をする。


「ワ、ワタクシは生贄までは指示していませんワ! ソノ、ちょっと怖がらせて欲しいとミナサマにお願いしただけデ……」


 中でも狼狽がひどいのは当のアリュナだったが、彼女には勝八の言葉が正しく伝わっているようだった。

 もしくは心の中で「キィィ、ゾマめ妬ましいですワ!」などと考えていたのかもしれない。


「そ、そうだ。アリュナ様はゾマに長老へ近づかないよう忠告しただけダ!」


「それをこいつが断わるから、俺達が生贄に捧げるフリをして脅しテ……」


 彼女に視線を向けられた「ミナサマ」が口々に言い訳をしだす。

 よく見ればその中には包帯を巻いた男達が混じっており、勝八が一度懲らしめた奴らであると察しがついた。


「フリ?」


 何を今更。言ってやってくださいよゾマさん。

 と、視線を投げかける勝八。


「コイツラにそんな度胸は無イ」


 が、当の本人からそんなセリフが返ってきて、彼はひどく混乱した。


「いやいや、ゾマが生贄とかしてて困ってるって言ったんじゃん」


「仕留めた動物を勝手に生贄にするので困っていタ」


 過去の発言に関して追求するも、拍子抜けの答えが返ってくる。

 ……もしかして、自分が彼女を助けたのはいらぬお節介だったのだろうか。


「あのままでは双方引っ込みがつかなくなって、結局全員ウロボロスレイヴに食べられていタ。だからカッパチには感謝していル」


 肩を落とす勝八を慰めるよう、ゾマが柔らかく微笑む。

 ほろりときた勝八は彼女を衝動的に抱きしめたくなるが、今やると長老まで巻き込むので何とかそれを自制した。


 ともかく過激派というには過激さがイマイチ足りない男達だが、徐々に過激さを増し取り返しのつかない過激派へと変化しかけているのは事実のようだ。

 やはりもう一度お灸を据えねばならぬと決心した勝八。


「アリュナ。神の使いが生贄を拒んでいるのでス。もうこんなことはやめなさイ」


 だがその前に、ゾマに支えられた長老がアリュナを諌めた。


「こ、心が読めたからと言って、本当に神の使いとは限りませんワ! それに……」


 しかし反抗期の孫娘には逆効果だったようで、彼女はさりげなく勝八に読心術があるとの勘違いを披露しながら長老に抗弁する。

 女の子だけどやっぱり一回叩いておこうと決心した勝八。

 そんな彼を、ゾマが片手で制する。


「ゾマが生贄にならなかったかラ……聖邪龍ウロボロスレイヴを倒してしまったから、あんな事になったのですワ!」


 ゾマが止めるので勝八も話を聞いてみようと決めたというのに、アリュナは尚も思わせぶりなセリフを続ける。


「あんな事?」


 仕方なく、勝八はその単語に反応してやることにした。

 これでまだ引っ張るようなら今度こそ引っ叩く。


「それは……」


 そう決意した勝八の前で、アリュナはそこで意味ありげに口をつぐんだ。

 この女。やはりぶん殴ろう。


「落ち着いて聞いてくださイ……ゾマ」


 一歩前へ出た勝八を再び留めたのは長老である。

 しかし彼女が平静を促したのは、勝八ではなくゾマだった。


 自分が宥められるとは思っていなかったゾマが、勝八を止めようとした動作を中断して長老を見る。

 勝八も意外な流れに、アリュナへと歩みだしていた足を止めた。


 二人の視線が自分に移ったのを確認するように一呼吸置いてから、長老は語った。


「黒肢病の兆候が表れた者がいまス」


 ――その言葉を聞いた途端、ゾマが金色の目を見開いて息を止める。

 長老を支えていたはずの彼女の体が傾ぎ、勝八は慌ててそれを受け止めた。


「だい、じょうぶダ……」


 ゾマは気丈に言い張るが、寝不足が急に噴出した訳ではあるまい。

  

「え、その何とか病って……?」


 話についていけず、困惑する勝八。


「隊長……僕ら完全に忘れられている気が」


「キュール君。今は我慢の時だ」


 だが、もっと話についていけない者が床に転がされているのを、その場の全員が完全に忘れていたのであった。

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