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投稿トキメキ報告

「はっ!?」


 勝八が目を開けると、そこには彼を心配そうに見つめる緩の顔があった。


「むぎゅ」


 が、それに感謝する余裕もない。

 勝八は彼女の額を押しのけると、体を起こして何度も息を吸った。

 こちらの世界の肉体は酸欠だったわけではないので過呼吸となり、肺がビリビリと痛む。


「だ、大丈夫?」


 恐る恐るといった調子で、彼の背中を小さな手で撫でる緩。

 ようやく落ち着いた勝八は、胸を二度三度と叩いて彼女の顔を見た。


「おう、死ぬかと思った……いや」


 死んだのか。異世界での最期を思い出し、体を震わせる勝八。


「勝ちゃんが唇を突き出したかと思ったら急に苦しみだしたから、どうしたのかと思って……」


 勝八が平静になったのを見、緩がほっと息を吐きながら呟いた。

 どうやら異世界での動作や心情は、こちらでもある程度反映されるらしい。


「って、事はお前が異世界から戻してくれたのか?」


 彼女の言葉を聞いて、勝八は緩へと尋ねた。


「え、あ、うん」


 それに対し、緩は戸惑いながら頷く。

 死んだのでこちらへ戻ってきたのかと思っていた。

 だが、もしかしたら寸でのところで緩が助けてくれたのかもしれない。


「中で俺……俺のアバターがどうなってるか分かるか?」


 考えた勝八が再度問いかけると、緩は察するところがあったのか慌てた様子で机の上に置かれた本へ体を向ける。

 そして、それをパラパラとめくった。


 背後から覗き込むと、緩が見ているのは昨日作ったアバターシートとやらの項である。

 そしてその上には、赤い線で大きな×印がついていた。


「ダメ……死んでる」

 

 がっくりと、緩が肩を落とす。

 つまりこの線は彼女が書き込んだものではなく、勝八が異世界で「死ぬ」とつくものらしい。

 

「ごめんね。もっと早く戻してあげれば良かった」


 お下げの間からうなじを見せたまま、緩は呟く。


「き、気にすんなって。よく考えたらこれから死ぬって状態でこっちに戻ってくるほうが辛かったし」


 もしかして泣いているのだろうか。

 慌てて彼女をフォローする勝八。


 あの状況ならどうせ死んでいたのだ。

 むしろきっちり死んでから戻してくれて良かった。

 

「でも……」


 それでも、緩は納得しない。


「ったく」


 将来禿げるのが確定の強さで頭を掻いた勝八は、彼女の前に回りこんだ。

 本の上に置かれた緩の手を取ると、自分の胸に押し当てる。


「ほら、生きてるだろ。何も問題ない」


 やっぱり涙目になっていた緩が、彼の行動にびっくりと顔を上げた。

 別に巨乳を鷲掴みにさせた訳でもない。

 そんなに驚かなくても良かろうに。


 憮然と考える勝八。

 だが彼は、窒息するほどキスをしたせいで、自身のボディタッチ倫理が緩くなっていることに気づいていない。


「う、うん」


 握られた手と反対側は自身の薄い胸に当て、緩が頷く。

 まるで心臓の鼓動を比べあっているかのようだ。


 沈黙が流れ、妙な雰囲気になる。

 そういった空気への耐性はまるでない勝八は、手を離して緩へ問いかけた。


「それで、この体って直るのか? それとも作り直しか?」


 リセット世代と罵られても仕方のない発言だ。

 しかし緩自身が死んでも大丈夫だと言っていたので仕方がない。


 緩は解放された手をグーパーと動かしてから、彼の質問に答えた。


「直すよ。でも、一日ぐらい時間が欲しいな。異世界の中でもそれぐらい時間が経っちゃうけど」


 先程よりは大分しっかりした様子である。

 心臓の鼓動をリンクさせたことで、勝八の根拠無き自信が移ったのかもしれない。

 

「すぐ蘇生されるともう一回あの女に殺されそうだし、そっちのが助かる」


 そんな阿呆なことを考えながら、勝八は口元をぐにぐにと動かした。

 しかし一日も経つと、勝八の死体がどうなるか分からない。


 土葬ならまだ良いが、火葬や遺灰を海に撒かれるとなると無事に再蘇生できるか怪しい。

 その辺りを勝八が質問しようとすると。


「あの、どうして死んじゃったの?」


 それより早く、緩が上目遣いで尋ねてきた。

 だが、それに答えるには前提の様々なことを説明しなければ伝わらない。


「どうしてって……宰相に死ねって命令されて」


 伝わらないのだがつい面倒で、勝八は直接の原因だけを緩に告げた。


「え、宰相って宰相スカーレット!? なんで!?」


 以心伝心の幼馴染みと言えど、さすがにここまで過程を吹っ飛ばされると何も伝わらない。

 思いもしなかったであろう登場人物にひっくり返った声を出しつつ、緩は勝八に詰め寄る。


 それにしても、緩の驚きようは勝八の予想を上回っている。

 やはりあの宰相には何かあるのか。

 緩の勢いに押された勝八は、つい口を滑らせた。


「いや、キスしたら怒られて」


 すると、緩の動きがぴたりと止まる。


「……キ、ス?」


 彼女は目を丸くし、異世界の言葉を聞いたかのごとく(緩の異世界は日本語だが)、その単語を繰り返す。


「お、おーい緩?」


 目の前にいる自分も見えていないかのような彼女の様子に、恐る恐る呼びかける勝八。

 だが、緩の魂はどこかへ行ってしまったようで反応は無い。


 「女の子に無理やりキスするなんて最低!」ぐらいのお叱りは覚悟していた勝八だが、この状態は予想外だった。

 いや待て、そもそも無理やりと誤解される前提すら話していない。


「さ、最初からちゃんと説明するから! とりあえず戻って来い! なっ!」


 きちんと説明するって大事。

 それを身に染みて感じながら、勝八は異世界での出来事を順序立てて話しだした。



◇◆◇◆◇



「そっか、魅了の魔法のせいだったんだ……」


 一から事情を説明し、それからうちわで仰ぎ3分待つと、ようやく緩は復活した。


「あぁ、まさかこんな弱点があるとはな」


 勝八には何故緩がここまでの機能不全を起こしたのか分からない。

 だが、それを尋ねると緩がまた停止する気がする。


 とりあえず彼は、疑問を横に置いて緩の経過を見守ることにした。


「魔法抵抗は完全に魔力依存ステータスだから……。ごめんね、説明しないで」


 緩のほうも接吻の話題に触れるのはやめたようで、そんな謝罪を勝八にする。


「いや、俺が強引に決めたからな」


 そもそもこの脳筋仕様を押し通したのは自分である。

 ひらひらと手を振って、勝八は天井を見た。


「その……アバターの作り直しは出来ないんだけど、大丈夫?」


「何とかなるなる」


 喉仏を見ながら問いかけてくる緩に対し、勝八は楽観的にそう答える。

 要するに魔法を食らわなければ良いだけだ。

 具体的な方法はさっぱり浮かばないが、魔法使いっぽいやつには気をつけよう。


 考えた勝八が視線を戻すとやはり緩は心配そうに見ていたが、彼が根拠の無い笑顔を見せると、ぷすぅと息を吐いて呟いた。


「それは……勇者ブレイブレストに勝てちゃうんだから、大抵のことでは死なないと思うけど……」


 自分が考えた最強ビルドである勇者を、勝八があっさり叩きのめしてしまったのが不満なのかもしれない。

 彼女の難しい顔を勝手にそう解釈した勝八は、とりあえず緩を慰めることにした。


「まぁでもほら、あいつお前の理想からは大分変わってたみたいだし」


 能力的にも緩が想像した基準に達しなかったかもしれないし、性格は間違いなく彼女憧れの勇者様とはかけ離れていた。

 なので勝八に倒されてしまっても落ち込むことはない。


「え、うん。そうみたいだね」


 という勝八なりの理論だったのだが、緩は勇者の変貌に対してあまりショックは受けていなかったようで、曖昧な返事をした。


「うーん。でも何でそんな風になっちゃったんだろう」


 彼女は変貌の原因に意識が行っているようで、むむむと唸るとむつかしい顔をする。

 緩の眉根は柔らかく、眉間に皺を寄せると柴犬とか秋田犬を想像させる印象になった。


 ぐりぐりしてほぐしてやりたい。

 そんな衝動を抑えつつ、勝八は思いついたこと緩に告げた。


「……お前の理想が変わったからじゃね?」


 魔物の設定を作りこんでいた緩だが、それを実際に異世界へ登場させるつもりはなかったと話していた。

 つまり、緩が例の分厚い本に挟み込んだ設定以外にも、彼女が考えただけで世界に反映されてしまう事柄もあるということだ。


 だから、緩の好みが変わることで知らず知らずの内に勇者の性格が変わってしまうこともあるのではないか。 


「そんな事……ないと思うんだけど」


 勝八が話したのはただの思い付きだったが、緩は唇をたこのように突き出し考え込む。

 自分の気分次第で異世界の人物の性格が気軽に変わってしまうとしたら、緩にとっては大事だろう。


「勇者さんって、どんな風に変わってたんだっけ」


 眉毛をハの字に変形させた緩は、上目遣いで勝八に尋ねてくる。

 勇者の性格に関しては先程も話したが、もう一度勝八の口から聞きたいらしい。

 というか勇者さんて。


「一言で言うと、バカ」


 彼女の妙な呼び方に内心でツッコミを入れながら、勝八は勇者の性格について端的に説明した。


「バカ、かぁ……」


 すると、緩は勝八の顔をもう一度凝視してから息を吐いた。

 まるで勝八が件のバカかのような態度である。


「ううん、あり得るのかな。でもそこはずっと変わってないわけだし……ううん」


 彼の顔を見ながら、緩はうんうんと唸っている。


 まぁ、自身の理想がいつの間にかバカに変わっているとしたらショックだろう。

 そう納得して、自身と勇者の共通項に関してまでは考えを及ぼさない勝八。


「えーと、後は、ペガスが私の設定と大分違っちゃってるところかな」


 そうしていると、緩が誤魔化すように話題を変えた。


「あぁ」


 それに乗って応えはしたが、勝八はペガスの設定など覚えていない。

 彼の返事でそれを察したらしく、緩は自身の「設定」と異世界での差異を勝八に説明した。


「ペガスは武の国だけど他国への侵攻はそこまで積極的じゃなかったし、二等国民って制度も知らない。シャシャ族を滅ぼしたりも……しない」


 勝八が何とか思い出そうとしているうちに、緩は俯いて言葉を並べ立てる。

 最初に説明した時は接吻の件で放心していたが、やはりこちらもショックだったらしい。


「設定が足りなかったとかは?」


 例えばシャシャ族を滅ぼしたり二等国民を作ってはいけませんよ、などとわざわざ設定に書き込んだりはしないだろう。

 そういった穴をついてペガスは勢力を拡大したのかもしれない。


「それは、あるかもしれないけど……」


 勝八らしからぬ鋭い指摘に、緩は一瞬考える仕草を見せる。

 しかし、すぐにお下げを揺らしながら首を横に振った。


「ペガス王が急逝して若い王子が後を継ぐのは合ってる。でも、それは王子が14歳になってからなの」


 彼女が告げたのは、緩自身が作った設定とのあからさまな矛盾である。

 14歳とはっきり言ったのは、彼女がそう書き込んだからであろう。


「中二には見えなかったな……あいつ」


 彼女の言葉を受けて、勝八は王子…・…もとい現ペガス王の容姿を思い出した。

 目の前に高校生とは思えない緩がいるので迂闊なことは言えないが、おそらく十歳程度だったはずだ。


 周囲の認識すら歪めてしまう緩の設定が書き換わっているとなると、もはや彼女の不備とは言えない。


「えーと、じゃぁ俺はどうすれば良いんだ?」


 何か人為的な……もしかしたら神である緩を超えた力を感じさせる改変である。

 だがその影にも気づかず、勝八は緩へとまる投げした。


「ペガスの情報がもうちょっと……あ、でも、うぅん」


 慣れっことばかりに指針を示そうとする緩だが、途中で言葉を止め唸りだす。


「なんだよ。どうしたよ」


 煮え切らない彼女の言葉に、勝八は首を左右に傾げながら緩へ問いかけた。


「……復活したとしても、やっぱりペガスは危険だと思うの。また勝ちゃんが死んじゃったら嫌だし」


 すると、緩は指の押し合いをしながらそう答える。


「死んでも問題無いって。さっき言っただろ」


 ため息を吐いて、勝八は自身の胸に手をやった。

 もう一度鼓動を聞かせてやろうかのポーズだ。 


「だって、勝ちゃんすごく苦しそうだったし……」


 しかし緩の憂い顔は変わらない。

 勝八のポーズも気づかない落ち込みように、彼はそっぽを向いて告げた。


「お前がしょげたりガッカリしてるのを見てるほうが、死ぬより苦しいっての」


 普段なら思っていても言わないセリフだ。

 というかかなり臭いセリフである。

 が、やはり先程あった接吻から溺死の連携が、勝八の恥ずかしいという閾値を緩くしていた。


「勝ちゃん……」


 もちろんそんな事を言われたのは緩も初めてで、彼女はぼぅっとした眼差しで勝八を見る。


 ――今目を正面から合わせると、何かが崩れる予感がする。

 いやいやまさか。僕達幼馴染みの絆は永遠で……。

 そろそろと、勝八が緩と正面から見つめ合おうとすると。


「あ」


 と、緩が短く声を上げた。


「な、何だよ!?」


 意気地を挫かれた感触がして勝八が若干情けない声を上げると、緩はもっと情けない顔をして彼の顔を覗き込んでくる。


「さっき、勇者さんの人格が私の理想で変わってるんじゃないかって話……したでしょ?」


「お、おう」


 話の流れが分からず、困惑する勝八。

 彼が固唾を呑んで見守っていると。


「今ので勇者さんがもっとバカになったらどーしよ!」


 緩は頭を抱えると、そんな悲鳴を上げた。


「何の話だよ!?」


 自分と勇者の繋がりが分からない勝八にはまるで理解できない緩の悩みに、彼もやはり悲鳴を上げる。

 二人の距離が近づいたような、近づきすぎてすれ違ったような。

 そんな不確かな感触を残しながら、その日は解散となったのであった。

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