漆黒の花々 Ⅳ
――ヴェスヴィオが罠だと気付く15分程前――
北暦291年
ケプラー日時 1月13日 13:09
太陽系全宙域防衛戦線 第20艦隊管轄近郊宙域
アルキオネ ブリッジ
「――餌に反応有り。デブリで正確な数ではありませんが、現在確認できるDDは10……いえ、12。敵機の照合はCypherの物とは一致しませんが一部 FUNGの機体と思わしき機影を確認しました」
そう簡単にCypherは釣れないか……だが――
「 FUNGか……厄介だな……」
奴らの様な賊やらギャング共のDDは度重なる違法改造の影響で見掛けられる度に形を変えていることが多い。つまり機体の照合が一致しないことが日常茶飯事だ。
逆に一部でも手配されている機影データと同じ箇所が有れば、それはその機体だったと言っても過言ではない。
にしてもまさか狼が餌に掛かるとは……
以前までの俺なら管轄の第20艦隊と上へ適当に報告だけしてさっさと尻尾巻いて逃げていたところだが……
アストはチラリとCICに座るサラ副長の方を見る。
目が合った彼女は自信に満ちた瞳で小さく頷いた。
さっきまで「本当にあんな物で敵が釣れるのでしょうか?」とか言って不安そうにしてたのに……今は準備万端です。って顔してくれちゃってさ……ホント、毎度のことながら頼もしい副長様ですこと。
やれやれだ……気張って行こう。
作戦に、変更なし。
「――ヴィジランスレッド発令。 作戦通りブロッサム部隊で対応する。 TeamAを先行させ、餌に食い付いた敵へ奇襲を、その混乱に乗じTeamBに敵機、敵艦の正確な位置を割り出してもらう。 その後ジョセフィーヌさんには敵艦を抑えてもらう。 そして把握できている以外の敵――つまりはCypherが潜んでいる可能性を考慮し本艦はこのまま慣性移動を続ける」
アストの指示にサラ副長は即座に「Copy――」と返事をし、淡々とオペレーティングを開始する。
『ヴィジランスレッド発令。ヴィジランスレッド。ブラック・ブロッサムのパイロット各員、搭乗機にて待機。繰り返す――』
「メアリー、DD出撃完了後、第20艦隊と上にFUNGとの接触の可能性を報告してくれ」
「了解です! 第1気密シャッター閉鎖。主砲及び自動砲座及びミサイル・ベイ、全ハッチ展開します!」
『ブロッサム部隊、イグニッション開始。パイロットは各システムの最終確認を行って下さい。繰り返す――』
「左舷ハンガー、Bコンテナ開放。DDとのドッキングを開始。続いて右舷ハンガー、Aコンテナ開放――」
――"Drive Doll UFourP-S008" 起動シークエンス開始――
メインエンジン/コンタクト――
AI S/起動――ヴィジランスレッド感知――アイドリングモード 移行――
搭乗者リュドミラ・スミルノフを認識
メインモニター/オンライン――
姿勢制御システム/オンライン――
ウェポンシステム/オンライン――
BUSTERギアコネクション正常
登録母艦 U275B-AR-5――アルキオネ 通信接続
『Cypherとは違う集団みたいです。 狙い応えのある的だと良いのですが』
リュドミラは起動シークエンスと共に自身の身体にフィットしていくコックピットの中、ブラックブロッサムの起動画面を少し呆けて眺めザヴァリィとサブモニター越しに会話する。
『そっか、少し残念。 私は前回は出撃したのに出番無かったから……何だか滾る』
頭の上で手を組んでいたザヴァリィはそう言うと手を下ろしパイロットスーツの手首の位置を引っ張り何度か握ると、操縦桿を掴んだ。
『――サラ副長。6番機、起動完了しています』
『"ブラックブロッサム6番機" 起動を確認。第4気密シャッター閉鎖。右舷リニアカタパルトへ固定。発進スタンバイ。 5番機――リュドミラさん。機体状況は?』
『あ、サラ副長。申し訳ないです……5番機。起動シークエンス完了してます』
『了解。"ブラックブロッサム5番機" 起動を確認。第2気密シャッター閉鎖。 右舷リニアカタパルトへ固定。発進スタンバイ。 両舷リニアカタパルト、ハッチ開放』
両舷のカタパルトハッチが徐々に開いていく中、サラ副長が『パイロット各員へ。出撃後、Cypherが動き出す可能性もあります。警戒されたし』と少し強い口調で警戒アナウンスを告げた後、艦長席に座るアストの姿が全機のサブモニターに表示された。
『初実戦の者、久々に戦場へ出る者。皆不安かとは思う。 が、数的不利な状況は日頃から無限に湧き出るENIMを相手にする筈の俺たちにとっては専売特許だ。どんな状況でも全員気後れすることはない。頼んだぞ』
艦長の激励を終え、サブモニターの表示が消えたタイミングでハッチが完全に開き切り、再びサラ副長の音声へと切り替わる。
『――左舷リニアカタパルト音声認識接続。発進どうぞ』
「了解――"ブラックブロッサム"。ザヴァリィ・カーメネフ、行くよ」
『続いて、右舷リニアカタパルト音声認識接続。発進どうぞ』
「了解――"ブラックブロッサム"。リュドミラ・スミルノフ、出ます」
2機の黒い機体が勢いよく飛び立つ、そして間髪入れずサラ副長が次の発進を潤滑に進める。
『Team Aの出撃完了。Team Bの発進シークエンスへ移行します』
背中に大きなブースター付きのコンテナを背負った機体がカタパルトの方へとゆっくりスライドしていく――
『うぅ……と、とうとう実戦……』
そのコックピットには声と両手を震わせるルーナ・オイラーの姿があった。 彼女にはアストの激励が逆にプレッシャーになったか、それともサラ副長の淡々としたオペレーティングの所為か、より緊張に拍車がかかっていた。
彼女は深呼吸をしその手を強く強く握る。
ガゴン、と機体が少し上下に揺れ、足元が固定された感覚が身体に伝わる。
ルーナは自身の緊張を解そうと、この数ヶ月、いや、体感数週間の訓練で未だ慣れないこの最新鋭のコックピットのレバーやらボタン、その機器類が、どれが何なのかを頭の中で唱えてた。
するとDD部隊の隊長であり、同じ分隊のゼノビア・マルティノスの姿がサブモニターに表示され優しくルーナに声を掛ける。
『ルーナちゃん再度確認。装備はCONTAINERギアだからもしも戦闘になっても前には出ずに私の後ろでサポートをお願いね』
『わ、分かりました! が、頑張ります!』
『うふふ。そんなに気を張らなくても大丈夫よ。私たちの仕事は索敵と支援だから。絶対に怖い思いはさせないわ』
『お気遣い あ、ありがとうございます。ゼノビアさん』
『それに現状の敵戦力だけならザヴァリィとリュドミラ、ジョセフィーヌの3人だけである程度は片付いちゃうと思うわ』
『ある程度……片付く?』
ルーナはゼノビアの優しい声と何が片付くのだろうという疑問に気を取られ一瞬だが緊張を忘れることができた。
『"ブラックブロッサム8番機" 起動を確認。左舷リニアカタパルトへ固定。
――左舷リニアカタパルト音声認識接続。発進どうぞ』
「了解――"ブラックブロッサム"。ゼノビア・マルティノス、出ます」
『続いて、"ブラックブロッサム10番機" 起動を確認。右舷リニアカタパルトへ固定。
――左舷リニアカタパルト音声認識接続。発進どうぞ』
「は、はい!――"ブラックブロッサム" ルーナ・オイラー い、行きます!」
『右舷ハンガー、Aコンテナを開放します! DDとのドッキングを開始!
――TeamBの出撃完了を確認しました! TeamCの発進シークエンスへ移行します!』
メアリーの活気のある音声に耳を澄ましながらもジョセフィーヌは祈る様に自身の高鳴る胸へ両手を添え、目を閉じていた。
久しぶりの戦場……それもあのお方の指揮の下で……
アストの激励で身体が火照る。
過去、最前戦で数多のENIMを葬り、任務を完遂してきましたけれど、今日以上の高揚がありましたでしょうか……
宇宙の騎士。 天音アスト様……いえ、アスト艦長。
今の あのお方に爪を立てようとする者が居れば、宙賊であろうとENIMであろうと……そして宇宙連合が敵となろうとも――
ジョセフィーヌはゆっくりと目を開き操縦桿を握る。
「ASSAULTギア ドッキング完了。メアリー様。7番機、起動良好です」
『ジョセフィーヌさん了解です!
"ブラックブロッサム7番機" 起動を確認しました! リニアカタパルトへ固定。
――パイロットの音声認識を接続しました! 発進どうぞ!』
――私は盾となり、武器となり……その全てから護り、全てを葬りましょう。
「――"ブラックブロッサム7番機" マリー・ジェンナ・ローサルト・タシェ・ドーラ・ボアルネ。発進致します」
合計5機の黒いDrive Dollがアルキオネから出撃し終えた。
両舷のハッチが閉じていく最中、中央カタパルトが開いていく。
その奥に黒き一輪の蕾を携えた改良型のリニアカタパルトレールが戦場へ向け真っ直ぐに伸びていくのだった。




