ヴェルル・デ=グロート Ⅰ´
黒衣を羽織り不敵に笑うその女性は悪く言えば、よからぬことを企んでいる狂った科学者や魔女の様にも見える。
そんな邪悪とも言える表情にこれから自分はどんな訓練をさせられるのかとクリスは固唾を飲む。だが、耐え兼ねたクリスの素の性格がフローレンスの耳障りの悪い言葉や表情に喰って掛かってしまう。
「そんな言い方……確かにヴェルルは無表情で人形みたいな奴ですけど……それだとまるで、本当にただの人間じゃない様な言い方ですね」
言い終えてからクリスは見られてもいない視線を横へ逸らした。
どうして自分は信頼できそうにない相手だと、直ぐに強く言ってしまうのか。
しかしそんなことを悔いている間も無くフローレンスが返答する。
「えぇ。そうよ」
「え?」
あっさりと肯定されクリスは驚くも、フローレンスは彼女の感情を置き去りに淡々と、立て続けにヴェルルが普通の人間ではないという根拠を並べていく。
「おかしいとは思わなかった?
あなたよりも華奢な少女が辛く厳しい士官学校の訓練と試験を敢えて手を抜き、目立たない様に常に中央値を維持し、簡単に卒業できた事。
あなたと同期の少女があらゆる実験に耐えうる肉体と高度な操縦技量、状況を的確に伝える説明能力を必要とするテストパイロットをやっている。
十数年を生きた人間の少女が到達できる領域かしら?」
「……な、なら、ヴェルルは人ではなく何だと言うんですか?」
フローレンスの後に続き、話しながら歩いていると、いつの間にか巨大なエレベーターの前に着いていた。
フローレンスはクリスの質問には答えず、キーカードをかざし、下へ向かうボタンを押す。
「まさか、この組織で ただの人間じゃない何かを無理やり生み出してるってわけじゃ……無いですよね?」
その的外れな質問にフローレンスは少し間を置いた後、笑い出す。
「笑ってごめんなさいね。悪気はないの。
そっか、そう見えるしそう聞こえたよね。
まぁ例えて言うのであれば、あの子は生まれつき、いや、生まれる前から我々より遥かに優れた有機生命体だった。と言えばいいかしら。
全部話したいのは山々だけど。私が今、クリスティアナさんに話せるのはここまで」
しばらくするとエレベーターの扉が開きフローレンスは乗り込むと振り返り最下階へ向かうボタンを押す。
「…………」クリスは未だ疑いの目を向け立ち尽くしていた。
その様子を見たフローレンスは扉が閉まらない様にセンサーに手を当てる。
「安心して?そんな変な研究は私たちはやってないし、ヴェルルは我が社にとって大事なテストパイロットよ? そして今は天音アスト大佐の大事な部下だから」
「であれば、今後、彼女と私は同じ部隊であり、戦場を共にする戦友であり、私にとってはライバルです。 ですが、そんな味方の素性が不明瞭であるなら、艦を、機体を、そして背中を預けるわけにはいきません」
あぁ、その眼……知ってる。
フローレンスは真っ直ぐなクリスのその鋭い瞳と言葉に、かつて戦場を共にした九条一花と天音アストを連想した。
彼女の苗字は……タチバナ、だったかしら?
普段はだらしなかったり、ふざけてたり、頼りない癖に……
ホント。私が見てきた日本人っていう遺伝子はどこまで行っても……馬鹿で、繊細で、堅物で、魅力的で……とても――――フフッ 憧れちゃうわ
「仕方ない……わかったわ。けれど、話すことはできない。だからあなたが体験した事実から一つだけ教えてあげる。 ヴェルルには相手の動きを完全模倣できる力がある。実際に戦ってみて分かっただろうけどクリスティアナさんの動きも戦いながら学び、取り入れ始めていた」
「私の、動きを……?」
「私たち人間が時間を掛けて手に入れる操縦技術をあの一瞬で模倣し身に付けてしまう。あなたが勝とうとしている相手はそういう生物だという風に思っていた方がいいかもね」
クリスは何度も続いた鍔迫り合いの際、自分自身と戦っている様な錯覚を思い出す。
「あれは、錯覚じゃなかった……?」
つまり、終盤に突然動きが変わったのも誰かの操縦を模倣した動きに切り替えたから……
「はい、この件はこれでお終い‼
兎に角、詳細がどうであれ、あなたの目標はヴェルルに勝つ事でしょう?
それなら今まで通り1人でがむしゃらに頑張るか、それとも私の下で特別な訓練を受けるか、その2択しかない。
私は元々この訓練には乗る気でなかったし、来るか来ないかは最終的にあなたの判断でいいわ」
フローレンスの言う通り、訓練生時代は一人で強くなろうとがむしゃらにやっていた。だからこそ分かる、一人で上を目指す難しさと辛さ。
頭ではまだ疑っているが、過去のその経験がクリスの脚を自然とエレベーターの方へと歩を進めさせた。
背後の扉がゆっくりと閉じていくのと同時に本当に良かったのだろうかと不安が襲う。やがて扉が完全に閉まると2人を乗せたエレベーターが下へと移動を始める。
会話の無い時間に2人だけの空間、普段は気にも掛けないエレベーターの駆動音がクリスの不安を煽った。
「訓練て……何をするんですか?」
意図せず不安が混じった弱音の様な質問をしてしまい、クリスは自分を情けないと思ったが、フローレンスはそんな質問にも淡々と答えてくれる。
「うーん、まずは訓練機材の説明を受けながらウォーミングアップ。それから現状、何をどれくらいできるかを測定……それに合わせたシミュレーションを組んでいる間に色々覚えてもらうのと――」
うわ……こういうのって聞かない方がいいんだった……
訓練生1年目の頃も下手に訓練メニューを聞くとテンションが下がった。
やる前からハードだと分かる、詰め込まれたスケジュールに少し嫌気が差す。
その表情に気づいたフローレンスは「みんな期待してるんだから頑張って」と優しく励ます。
「私が……期待されてる?」
訓練生時代、元々パイロット適性が低かった彼女は、今まで誰からも期待をされたことがなかった。良く言えばそのお陰で今の気概のある精神が身についたと言ってもいい。
「当然よ、あのヴェルルと引き分けたんですもの。
まぁ模擬戦を組む前からやたらと期待してた人が1人、直ぐ傍にいたけど……相変わらずの先見の明よねぇ」
期待してた人、というのは恐らく模擬戦を組んでくれたアスト艦長のことだろうが、あの時の自分の態度を思い出しクリスは小さく溜息をついた。
そんな溜息と同時にエレベーターの駆動音が消え、扉がゆっくりと開く。
案内される場所は良くてもデジタルな最新器具が所狭しと設置されているトレーニングルームの様な場所だろうと勝手な想像をしていたクリスはその先の光景に眼を見開き驚愕した。
地下とは思えないほど開けた格納庫の様な空間には大勢のサクラメントのスタッフが作業を行い、彼らの中央には黒色を基調としたDrive Dollと思われる機体が1機だけ横たわっている。
「これが期待されている何よりの証拠。
ここにいる全員が、2日前からあなたの為に急ピッチで作業を進めている。
だからもう一度言うわ。
ヴェルルを超えたいのであれば、しっかり付いて来なさい。
そして、私達の期待に応えなさい」




